古の都13
取り敢えず、助けなくてはいけない。ロープを切る間に、手短に説明して貰う。
「ここは『愛しい人』がこよなく愛した場所らしいんだ。ここで俺がその魂を呼べば、必ず還って来るらしい。でも、俺がやらなかったと言うか、出来なかったと言うか……。まあ、そうしたら、ヒュウガは何処かへ行ったわけ。そう言えば、魔女の姿が見えないけど」
「あまりにも五月蠅いから、眠らせている」
苦労してロープを切りながら、上の空で答える。下手をしたら、ナジェルまで傷付けてしまいそうだ。守護者がいるとは言え、それは避けたい。ロープが切れた。ナジェルは立ち上がり、拳を握る。
「あいつーぅ。今度会ったら、返り討ちにしてやるぞーぉ」
神殿内にナジェルの声が木霊する。
「燃えてるな」
「あぁ。背後に炎が見える」
ボソボソと二人は囁いた。ナジェルは奇声を発しながら、鞘を振り回している。それを見かねたレイラが、ナジェルの剣を投げつけた。パシリと受け取る。思わず拍手が零れた。
セルフォードは太陽神の言った方法に反対だった。他に何かいい方法はないものかと考える。彼は根本的に、殺生が嫌いなのだ。
「早速、来やがったぜ」
ナジェルが舌なめずりをする。
「コタロウ。どうして止めようとするんだ。君も。愛しい彼女がどんなに素晴らしかったか知っているだろう」
「そんでも、あいつは過去の人や。わいは上の世界で暮らしとるし、お前はもう死んどる。それを理解しや」
コタロウはレイラの肩に乗り、真っ直ぐヒュウガを見た。ヒュウガはその答えが、気に入らなかったらしい。コタロウに向かって、空気の塊を飛ばす。コタロウは結界を張り身を守る。
「お前の相手は俺だ」
ナジェルがヒュウガの背を取り、斬りつけにかかる。
ガキン
受け止めたのは、セルフォードだ。
「ダメだ。僕はそんなやり方は許せない」
ナジェルはジルフォートがここにいなくてよかったと思う。これを聞いたら、烈火の如く怒るに決まっているのだ。
「甘ちゃんだな」
ナジェルは呟く。それでも、澄んだ瞳に負けて、剣を収める。
「その剣は、俺を主と認めなかった。太子、お前を主と定めたんだよ」
ナジェルはセルフォードの肩を、ポンと叩いた。セルフォードはニコリと笑う。そして、ヒュウガの方を向いた。
「ヒュウガさん。貴方にとって愛しい彼女とは、どのような人なんですか?」
虚をつく質問をする。誰もが一瞬、ポカンと口を開けた。
「くっくっ。面白いことを言う、神の御曹司だ。そうだなぁ。愛しい彼女は、美しい人だよ。人の心を開かせるのが上手かった。彼女は光だ。太陽なんかよりも、ずっと強い光を発していた」
ヒュウガは目を細めた。それを見れば、ヒュウガがどれくらい、イヨを愛していたか分かる。
「では、次のことを聞きますね。愛しい彼女は、この世界に再び戻ってくることを望んでいるでしょうか」
「もちろん、望んでいるだろう。彼女は、この世界も愛していた」
「それは違いますよ。貴方は、一人で逝くのが怖いんです。だから、この世界で一緒に生きてくれる、誰かが…仲間が欲しいんですよ」
ヒュウガは何も言わなかった。よく目を凝らせば、セルフォードの体から、白い光が滲み出ている。
「最後に聞きます。愛しい彼女は、この変わり果てた世界を見て、どう思うでしょうか」
「……それは……。また新しい世界を築く……。愛しい彼女なら、そうするはずだ」
「では、新しい世界とはどのような世界でしょう」
「……彼女の築いていた世界だ……」
「それは、新しい世界ではないですよ。過去の世界です」
ヒュウガは耳を押さえて蹲る。幼い子どものようだ。
「耳を塞いでも、それが現実です」
セルフォードははっきり言う。何だか、傍観者のナジェルも、心が痛くなってくる。
「嘘だぁ。嘘だぁ」
ヒュウガは槍を振り回し始めた。セルフォードの顔や腕を、幾度も掠める。それでも、避けることをしなかった。
「何をしている。何処まで甘いんだ」
ナジェルが叫んだ時だ。セルフォードの体と、聖銀の剣が真っ白い光を発した。
「僕は、誰も傷つけたくないんだ」
セルフォードが叫んだ。
辺 り 一 面 が 、 眩 い ば か り の 光 に 包 ま れ た 。
どれくらいの時が流れたか分からない。ほんの一瞬だったような気もすれば、何時間もの時が流れたような気もする。今だ、神々しいばかりの光を発し続けるセルフォードは呟いた。
「誰もが孤独なんだよ。一人だから感じる孤独もあれは、誰かといるから感じる孤独もある。結局は、誰もが一人なんだよ」
日頃、セルフォードが感じていることなのだろう……。
ユラリ
ヒュウガの姿がだんだん薄れていく。レイラは、さも可笑しそうに笑った。
「たしかに甘ったれの、ボンボンだ」
「でも、魔術師。アレは何なんだよ」
笑うレイラを気味悪く思ってか、ナジェルが尋ねる。
「アレは、浄化の力だ。本来なら、太陽神の持つ力ではないんだが」
「それならどうして、太陽神の子どもである太子が持ってるんだよ」
ナジェルは不満だらけだ。自分には、分からないことだらけなのが悔しい。
「それは俺にも分からない。多分、あの剣と共鳴して、眠れる力が開花したのだろう」
どうしてレイラが楽しそうにしているのか、何となく分かる。森羅万象の神にとって、前代未聞は何より楽しむべきことなのかもしれない。
「じゃあ、太陽神の力って何だよ。それ以前に、浄化の力はどんな神が持っているんだ」
そうこう話している間にも、ヒュウガの姿は薄れていく。
「太陽神の力は、主に千里眼だ。あとは先読みだな。だいたい、太陽神とは、そこにいるだけで良い存在だ。浄化の力を持っているのは、まずは俺。森や河の神もそうだな。精霊だと、シルフやニンフ、ウッドワスなんかだ」
「へぇー。って、アイツどうして、あんなに薄れて……!」
ナジェルはレイラから視線を移し、そして驚く。
「浄化の力によって、闇が払われたんだ。その前に、セルフォードが現実を突きつけていたしな。くっくっく。本当に面白い」
ナジェルはペタンと座り込んだ。
「何か俺、めっちゃ疲れた」
「ヒュウガさん。何か言うことはありますか?」
セルフォードが尋ねると、ヒュウガは微笑んだ。
「少しコタロウと話がしたい」
コタロウはレイラの肩から降りると、ヒュウガの前へ足を進めた。
「小太郎。壱与は許してくれるだろうか」
それが最後の言葉となった。ヒュウガの姿が風に流される。
「日向、そげなこと、わいには分からへんよ」
小太郎は虚空に向かって呟いた。
今、一人の男が消えた。上界の時にして五年。ただ一人の女性を愛し、そのために全てを捧げた男が。今、全てが終わった。
……気がする。




