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友達、歪んだ友情

今回から本格的にタグのヤンデレが発揮される……かもしれない。


「災難でしたね」

「まったくだ……」


 例の意識転移を制限時間まで安定させるアイビーリングを右手に付けたまま、四季の女神様の左手を掴んで今日の出来事を話した。


「でも、魔法の威力の調整なんてそんなに気にしなくても良いんですよ? 筋力が上がっても握ったコップを壊したりしなかったでしょう? それと同じ様に、必要だと思う量が自然と発揮される物なんです」


「えー……つまり、俺の取り越し苦労?」

「そうなりますね」


 がくっと頭を下げた。だったら俺は何をやっていたんだ……


「ですけど、魔法は確かに危険なものです。注意して行使しようとしたツムグさんは、間違っていませんよ」

「っはぁー、しょうがない。そうだとしたらあの先生、マジでやる気の無い奴に見えたんだろうなぁ……なんとか謝ってしっかり教えてもらおう」


 女神様は落ち込む俺の頭の上に手を置いてそっと撫でてくれた。


「頑張って下さい」

「……ああ、頑張るよ」


 愛らしい笑顔で応援されては、我ながら現金ではあるが元気も沸いてくる。


「あの、ツムグさん」

「ん? どうした?」


「……キス、して貰えませんか?」

「っ!? え、な、何だって!?」


 衝撃の言葉に戸惑う彼女いない歴=年齢の俺。いや、急にそんな事を言われれば童貞でなくても驚くだろう。


「何故!? 何ゆえに!? このタイミングで、キス!?」

「す、すいません! や、やっぱり私とは、嫌でしょうか?」


 涙目になってそう言われると、素直に嫌とは言いにくい。


「……な、何でいきなり?」

「め、女神の加護で私と触れている間はステータスが上がる様に、女神の口付けにもアビリティを強化する効果があるんです……」


 アビリティの強化。その言葉を聞いた俺から戸惑いが消え、頭の中でその意味を理解する。


「アビリティを、強化?」

「はい。そうすれば、意識転移の制限時間を延ばせると思うんです! だから、私と――」


「駄目だ」


 俺は彼女の言葉をバッサリ切った。


「あ……やっぱり、駄目ですよね」

「……女神様、こうやって手を繋いでいる俺が言っても説得力無いかもしれないけどさ。別に俺は女神様を利用する為に友達になったんじゃない。勿論、ステータスは上げて欲しい。力が欲しい。でも、だからって貰える物を全部遠慮なく貰うつもりは無い」


 俯く女神様に俺は続けた。


「女神様の気持ちは嬉しいけど、貰ってばっかりだとそれは友情にはならない、と、思う。俺も友達なんて作ろうと思わなかったから良く分からないんだけど、友達だからってそんな軽々しく何かを渡したら駄目だ」


「……はい」


 彼女の友達に対する想いの強さは、この右手に付けられたアイビーリングが物語っている。これは意識転移を制限時間まで使用し続ける、此処に来れた友達を可能な限り引き止めるアイテム。彼女がどれだけ孤独を過ごし、繋がりに飢えているのかは分からないがきっと今この時間は彼女の求めていた時間そのものなんだろう。


「ごめんな。俺が甘えている筈なのに、偉そうな事を言った」

「いえ、ツムグさんのお気持ちは良く分かりました。私の事を大事に想ってくれているツムグさんの心遣い、本当に嬉しいです」


 どうやら納得してくれたらしい。良かった。


「ですから……」


 そう言うと女神様はアイビーリングの2つの輪を繋ぐ茎へと指を置いた。


「伸びて」

「へ?」


 女神様の言葉に茎は伸びて俺と彼女の繋いでいた手は離れ、女神様は俺から距離を取った。


「ツムグさんが言いました。貰ってばっかりだと友情にならない。私も、ツムグさんと友達でいたいです。だから、今度はツムグさんが何かを私にください」

「え、えぇぇぇ?」


 なんか拗らせたぞこの女神様!? そもそも、それだと本当に友達じゃなくて取引相手みたいになるんだけど……


「ふふふ、今日の出来事を私に話して下さっている間は私に触れても構いません。ですけど、これ以上私に触れたかったら……キス、して下さい」


 頬をなぞる桃色中学生の不思議な魅力! やはりピンクは淫乱だったか……じゃなくて!


「キスって……お願いの難易度が高いんですけど……」


 そもそも美少女にキス&アビリティ強化&ステータス強化ってデメリットが俺の心の問題以外に何も無いんですけど……いや、キスした瞬間童貞が発作して死ぬかもしれないけど。


「い、いや……だったら、いいや」


 童貞、ヘたれは主人公の特権だ。此処で最大限に生かして断ろう。

 俺は女神様へとを背を向けて床に座った。


「え……?」

「そこまでしてステータス強化したい訳じゃないし……もうステータスも十分上げて貰ったし友達からこれ以上何か貰うのもなぁ?」


 流石にキスしないと上げられないのであれば遠慮させてもらおう。もしかしたら、今の俺の台詞は凄く勝手な言葉かもしれないけど。

 俺がそう言うと背中に向かって小さな足音が響くと同時に、俺の背後からもの凄いスピードで抱き着かれ、涙声が聞こえてきた。


「ご、ごめんなさいぃ! もう離れたりしませんから、許して下さい! もう、へんな事を頼んだりしませんからぁ!」


 その謝罪に自分のやった事への罪悪感、以上に悪寒が重くのしかかる。

 冷や汗をかき始めた俺は背中で泣いている女神様に謝罪を返した。


「だ、大丈夫だ! 別に、怒っちゃいないって」

「ほ、ほんとう、ですか? 私、へんな事、頼みましたよね?」

「そんな事で嫌いにならないって! 友達同士でキスするのは可笑しいってだけでさ」


「……と、友達とは、キス、しないんですか?」


 涙目の上目遣いでキスとか言われると萌えてしまうんで止めて下さい。


「少なくとも、恋人にならないとやらないだろうな……ははは」


 セフレ、などと言う邪な言葉が脳を横切ったがそんな事は胸に仕舞いつつ、これで女神様も収まっただろうか。


「……分かりました。私、もっと友達でいます。そしたら、今度は恋人になって、色々教えて下さいね、ツムグさん」

「え、えぇぇ……? お、おう。分かった、よ……」


 この場を収める為にそう言ったが、女神様の眼光に思わず震えた。

 今の言葉で十分理解できた。


「……ふふふ、その日が楽しみですね?」


 この女神様、間違いなくヤンデレだ。


 ヤンデレとは、アニメやゲームのヒロインが持つ個性の1つで、愛する者に抱く愛情がどんなスキンシップでも強くなり、日常の中の何気ない行動で歪んでいき、対象者への愛情表現が過激になってしまう性格の事だ。

 他の女が近づけば眼を飛ばし、会話をしたらその女に危害を加え、浮気されたら心中か浮気相手を殺した上で対象者にも何らかの害を与える。

 料理を作らせれば髪や血の混入、薬物だってあり得てしまう。


 兎にも角にも、恋人と自分が結ばれる為にならどんな手段も使う最凶の恋する乙女、それがヤンデレだ。


「今から貴方に私が与えるのは女神の契りです。女神の加護を受けた者が、女神とより深い絆を手にする事で受けられるスキルです」


 彼女の言葉と共に2人の腕に付けられていたアイビーリングが消え去った。同時に、体に何かが入ってくる感覚。


「これでこの空間にいる間は私に触れなくてもステータスが上がります。少々遠のいてはしまいましたが、これで私達の絆は、もっともっと深まっていくんですね?」


 友達のまま余り近付きすぎると嫌われると思ったのか、随分便利な能力をくれた様だ。


「本当は昨日再会してすぐに渡したかったのですけど……これを渡すには女神との接触を数回行わないといませんので、漸く渡せる様になって私は大変嬉しいです」


 本当にそう思っている様で、笑顔を浮かべてはいるがその眩しさが俺の心を重くする。


「……そろそろ、時間みたいですね」


 女神様が残念そうに言うと俺の体は薄れ始めた。


「また明日、お会いしましょう」

「お、おう……またな」


「はい、さようなら」


 ニコリと、笑顔が咲いた。


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