訓練、騎士団と魔術師団
「これより、勇者様方の訓練を始めます! まずはステータスを確認し、筋力の高い方には騎士団の訓練に、魔法力の高い者に魔術師団の訓練に入ってもらいます!」
目の前に立つリーリン王国騎士団長が俺達にステータスの確認方法を説明し、ステータスの項目の説明を行った。
生命力は怪我や毒を受けると減ってゼロになると死ぬ。
魔力は魔法やアビリティに使用するエネルギー量の事で、筋力は純粋な身体能力の事でこれが高ければ重い武器を振り回して戦い続けられ、魔法力が高ければより強力な魔法が使える。
耐久力は物理的、魔法的なダメージを軽減し、速力は走る速度だけでなく動体視力も関係するそうだ。
運は状態異常や弱体化、呪いなどへの耐性であると同時にそれを相手に与えられるかの確立をあげる為の物だと説明を受けた。
それ以外にステータスがあるかと聞いたが、騎士団長に無いと言われたので例の謎の数値についての質問を諦めた。
「ツムグ殿には騎士の訓練の後に魔術師団の訓練に参加していただく!」
「はい!」
口頭によるステータス報告だったので俺は昨日のステータスを報告した。いきなり全ステータス800以上なんて言ったら事態が如何転ぶかなんて、想像もつかない。
訓練は男子が騎士団、女子が魔術師団にそれぞれ綺麗に別れた。
騎士団の訓練を受ける俺達には刃を潰した金属で出来た剣を配られた。
「それではまずは素振り800回!」
「は、800!?」
「勇者様方も初日ですからね。少し減らしておきました」
減らして800か。どうやら普段はもっと多い様で、他の騎士団員達は笑って剣を構え始めた。
「……始め!」
「っち!」
「やってやらぁ!」
開始の合図に従い、其々が剣を振り回し始めた。
「勇者様方! 下半身がブレすぎです!」
早速騎士団長のダメ出し。
「もっと腕を上げて!」
「それは振っていません! 振られているのです!」
間違えれば直ぐに団長から修正を求められ、直しながらの素振り800回。終わる頃にはクラスメイト達はばてていた。
「っはぁー……」
俺以外の男子が肩で息をしている中、俺は一呼吸だけ吐いた。
(……全く疲れない)
ステータスが飛躍的に上昇した影響か、俺は全く疲れていなかった。しかし、先の朝食の時、普段通りの力加減だったにも関わらず食器が壊れる事は無かった。
(必要な時以外は、ステータス通りの力を発揮しない、って言う事なのか?)
「次は走り込み!」
「っはぁぁ!?」
騎士達は其々剣を仕舞うとさっさと練習コースらしき場所に走って向かっていった。
「嘘だろ……」
「勇者様方も! お急ぎを!」
クラスメイト達は疲れ切った体に鞭を打ち、起き上がる。
「こ、こんな、きついなんて……」
「だけど、元の世界なら100回も振れなかったぜ、あの金属で出来た剣……」
「力は確かに上がってるみてーだが……騎士連中がバケモンに見えてくるぜ……」
本当にギリギリな様で皆は早歩き程度の速度でコースを走っている。
「勇者様方! 遅いですよ!」
俺も皆に合わせて走る。
「……なんか、紡は余裕そうだな……」
「ああ、加護のおかげで皆よりステータスが少しだけ高いからね……それでも結構堪えるよ」
内心は全然余裕なのだが、顔に出さない様に苦笑顔で答えた。
この後も騎士団剣の基本的な振り方、足運びの訓練が待ち受けていた。
団長が言うには1週間の間はステータス上げを兼ねて午前と午後にひたすら素振りと走り込みで鍛えるそうだ。
俺は魔術師団の訓練が午後に控えているので、地面に転がり滅茶苦茶な息の吐き方をしている男子一同には二重の意味で悪いが今日の所は此処でさよならである。
「っくっそぅ……俺も魔術師団が良かったなぁ……」
「はははは! あちらの団長は私よりも厳しいと聞きますよ」
「あ、アンタより厳しいとか、悪魔かよ……?」
全員が疲労でもはや午後の事を考えたくも無いようだ。結局団長が再び昼食に呼ばれるまで全員が地面に倒れて体を休めた。
***
「ステータスが上がってるぜ!」
「本当だ、レベルアップもしている」
昼食の時間に葉駒と小野寺がステータスが上がった事に気付いたようだ。しかし、訓練でレベルアップ?
「戦闘する事でレベルが上がるって聞いていたけど……」
「ん? なんだ導野は聞いて無かったのか? 訓練でもある程度まではレベルが上がるらしいぜ。俺達みたいな戦闘経験が無い奴は訓練で少しレベルを上げてから魔物との戦闘を繰り返して更にレベルを上げるんだ」
「それに加えて勇者として召喚された者は、この世界の人達よりも成長が早いらしいよ」
葉駒と小野寺はそう説明してくれたが、急に済まなそうな顔をして謝る。
「あ、すまん。今のは無神経だったか?」
「いや、この世界について知るのは大事だからね、ありがとう」
「本当にレベル、上がってないのかい?」
「ああ……レベルは上がらない」
皆を騙しているようで申し訳ないが、俺は意識転移を寝る前に行うだけでステータスを上げる事が出来る。それについては今は黙っておくしかない。
(あの王女の洗脳とやらが始まるまでに力を蓄えないと……運がよければ、加護持ちで戦力にならない俺には洗脳を施さない可能性だってある。油断させれるならさせてやるべきだ)
皆の言葉を信じるとレベルアップで上がるステータスには個人差があるようだが、大体1回で10前後で上がっているようだ。
「魔術師団の方はどうなってるんだろう?」
「さあ? 女子共は結構平気みたいだけどな」
金堂が女子の座っている机を見る。
まるで疲れている様子は無く普段通りに談笑している。3人寄れば姦しいとはこの事か。5人だけど。
「魔法かぁ……一体どんな訓練やら」
「おい、導野! 覚えたら俺にも教えてくれよ!」
「あ、俺女子にモテまくる魔法がいい!」
不良組は昨日と同じ様に茶化してくるが、俺も魔法には興味があった。
一体どんな訓練なのか、騎士団とは違って想像もつかないが女神様から貰った魔法を発動させる為にも……
(いや、待て……!? 魔法がコントロールの効かない物だったらどうなる!?)
此処で俺は隠そうとしているステータスの強大さを思い出し、魔法がコントロール可能なものなのかという不安が浮かぶ。
(バレる……確実にバレるぞ……)
「おーい、どうした導野?」
「まさかお前、あの騎士団長の言ってた言葉マジだと思ってんのか?」
「幾らなんでもアレより厳しい訓練なんかねぇって!」
どうやら俺が急に喋らなくなったのが訓練が怖くなったと勘違いしたクラスメイトが笑って励ましてきた。
(あながち、勘違いでも無いんだよなぁ……)
「あ、ああ……まあ、気楽に行くさ」
言葉とは裏腹に全然気楽にはいられないのだが、こうなってしまっては仕方が無い。覚悟を決めて、魔術師団の訓練を受ける事にした。
***
「へぶぅ!?」
俺の顔面にスイカ位の大きさの水の塊が命中した。
「やる気がないのなら失せろ!」
魔術師団の訓練は城内の広い部屋で行われた。女子は午前の復習をする事になっており、俺も一緒にそれを行う事になった。
しかし、パーマのかかった赤髪の魔術師団長、セリア・メニーナは騎士団長の言っていた通り、相当厳しい人物だった。
「魔法は呪文でイメージを沸かせ、イメージで使用する魔力を調節する! ステータスの魔力も十分にあり、魔法力が10を超えるにも関わらず呪文を唱えても魔法が上手くいかない原因は貴様のイメージ不足! やる気の無さだ!」
確かに、呪文を唱えて火を放つイメージをすればそれだけで放てそうではあるが、俺には脅威の800越えの魔法力がある。
故に女子の様にそのまま放つのは不味い。
何度やっても魔法を放つ寸前に俺の恐怖が魔法を完成させるのを中断させてしまう。
「せ、セリア先生……?」
「あら、何かしらアンナちゃん? 風属性と水属性について、何か知りたいのかしら?」
しかもこの美人団長、男嫌いなのかレズなのか知らないが女子には優しく、男の俺にだけは厳しい。魔法を放つのを中断する俺に水の塊を放ってくるくせに女子には一度も叱る事無く優しく教えている。
鼻に水が入って痛いしなんつー嫌がらせだ。
「次に失敗すれば2分間このウォーターボールの中で溺れさせてやる!」
俺の頭を余裕で包める大きさの水の塊を出現させつつ脅しをかけてきた。それはもはや拷問だ。
「っく……!」
こうなれば仕方ない。小さい火、マッチだ。マッチの火をイメージして出すしかない。
最初からそうすれば良かったのだが魔法の呪文を唱えると、燃え盛る炎が脳裏に浮かぶ。魔法のために呪文が必要なのはこの脳裏に浮かぶ新鮮なイメージがそのまま魔法になるからだ。
「“燃え盛れ、赤く滾る炎”、フレイムバレット!」
呪文から浮かび上がってくる炎の弾丸のイメージに負けない様に強くマッチの灯火をイメージして指の先から小さな火を放った。
その小さな火は的のど真ん中に命中して、小さな焦げ目をつけると消滅した。
「……」
「……出来た……ぶばぁ!?」
「出来た、じゃない! 何満足してるんだ! これの何処がフレイムバレットだ、ふざけてるのか!?」
キレたセリア団長は宣言通り水の塊を俺の頭の位置まで移動させるとそのまま固定して溺れさせる気だ。
「おぼ、ばぼぼぽぼぉ!?」
「せ、先生! 紡君死んじゃいますよ!?」
その後、山仲の静止で一命こそ取り留めたが俺はセリアに今後は訓練に参加するなと言われたらしい。
(こっちの方から願い下げだっつーのっ!!)