教祖、森の中で過ごす
サキュバスのミラの襲撃で帝国の城を乗っ取られた。
紡とクラスメイト達は王女アマエルと共に魔道国ワルトへとやってきた。
クラスメイト達が新生活に励む中、四季の女神様から教祖になればミラの企てた儀式で邪神となっても救われると言われた紡は……
ワルトにやって来て1週間が過ぎた。
クラスメイト達が依頼をこなして金銭を稼ぐ中、俺は旅の間で手に入れた金でやり繰りしている。今の最優先目標はミラの企みをどうにかする事だ。
6日前、女神と話した俺は結局最悪の事態を避けるために渋々だが四季の女神様の教祖になる為の活動を始めた。
町を出て離れた場所にある森へ行き、数時間程歩き回って丁度いい感じの大樹を見つけ、その四方に彼女から渡された種を植えて真っ白な木を育て始めた。
これが数日で育って白い柱となり、葉と枝が屋根を形作る事で神殿として扱われるらしい。
その日はまた戻って来れる様に森の木々に印を付けつつ遅くならない内に帰った。
「紡君、一緒に寝よう!」
「駄目です。男女が同室するなんて、何を考えているのですか?」
アマエルの屋敷に帰ってくるなり、山仲に詰め寄られた。どうやら彼女の以外の女子生徒に対する魅力の効力は既に無くなっているらしく、俺も安心した。
「……あの、連谷さん? なんで俺の部屋に?」
「いえ、一応今日の事を話しておこうと」
連谷さんは一人で行動している俺を気遣ってくれている様だけど、情報交換なら先男子と食堂で会って話したので大丈夫だと伝えた。
「……そう、ですか」
……その表情に影があったのは気になったが、更に忙しくなるだろう翌日の事を考えた早目に眠った。
そして次の日。
寝起き早々、アマエルの顔が目の前にあるという心臓に悪い光景を見せられる事になる。
「ツムグ様、おはようございます」
「……取り合えず、降りてくれ」
そんな最悪な目覚めで迎えた5日前、神殿となる木の育成と同時に教祖である俺はやはり信仰を広げる必要があるので、取り合えずその森の動物達や魔物、亜人達を相手に女神様の存在を伝える事にした。
最初は一目見ただけで逃げられたり、攻撃されたりで大変だったが魅了を使えば動物や魔物にも好かれる事はドラゴンであるアエで証明されていたので、雌限定であるが瞳の偽装魔法を解いた状態で友好関係を築けた。
しかし亜人に関してはゴブリンやオークの様な知能の低い者が多く、俺の魅了も効かないので適当に魔法で蹴散らして追い払う程度にした。不安だったので罠を仕掛けて置こうとも思ったが、どうやら彼らは魔物の群れには勝てないらしくそれすら不要だった。
それを知って少しすまない事をしたかもしれないと思ったが、見た目が怖いので襲ってきたので返り討ちにした。
その死体は魔物に食料として提供しつつ、ある程度剥ぎ取って冒険者ギルドで買い取って貰った。
***
「ふふふ、神殿もそろそろ完成するね」
「教祖になるにはまだ掛かる?」
「まだまだこれからだよ。やっぱり信仰が問題かなぁ」
それでも魅力のおかげで森の動物や魔物の懐柔は進んでいる。もう少しで群れ全体を引き込めそうだ。
「動物や魔物が相手ならこれだね」
四季の女神様は俺に新しい種を手渡した。
「これは?」
「私が普段ツムグさんに食べて貰っている果実……そのままだと、ちょっと問題があるので数段ランクを落としましたけど」
つまり、これで動物達を餌付けしろって事なのか?
「最初の種は植えてから1時間で直ぐに生える様に出来ています。
その実から取れる種は徐々に遅くなりますが、きっと動物や魔物と仲良くなれますよ」
渡された種を仕舞いつつ、俺は魔物と動物の違いについて聞いた。
元々、動物は人間の役に立つ生き物で魔物は魔力を持つ事で動物より強靭で魔族の役に立つ生物らしい。
今は魔法の発展で種類によっては人間でも魔物を使役できたりするらしいが、食用に向いている魔物は更に稀なので人間に飼育される事はないそうだ。
逆に魔族が動物を使役したりはしない。動物からは彼らの栄養となる魔力が摂取できないし、何か作業させるにしても魔物の方が力があるので必要ない。だが、サキュバスの様な人間と関わりのある者の中には動物を飼育して身分の偽装や人間の食事とする事もある様だ。
「……そう言えば、ステータスの1つがそろそろ5万になりそうですね」
「あ、そう言えばそうですね」
確かに他の項目と比べて高めに伸びている生命力が約4万5千だ。
「もう新しいステータスが増えたりしてないので良いんですけど……」
「私が女神として生まれた時の生命力が20万でした」
「え? そうなんですか?」
つまり俺は生命力だけなら女神の4分の1なのか。
「嬉しいです! ツムグさんがどんどん私に近付いてきているんですよ!」
「……でも、女神の加護は女神様より強くはなれないんですよね? そろそろ打ち止めなんじゃ……」
いや、この世界に来て再開した時に彼女は俺の5067倍のステータスを持っていると言ったので、それより弱くなるにしても打ち止めまでは5000日位掛かるのか。
「ツムグさんが信仰を増やせば、私のステータスも高まるから大丈夫です!」
「あ、そうですか」
でも、これだけあっても魔法に敵わないってやっぱりこの世界、パワーバランスがおかしいのでは?
「精神は鍛えてでしか強くなれませんからね。ツムグさんがもっとしっかりとした自我を持てば簡単に惑わされたり洗脳されたりしないんですよ?」
「そんな事言われても、毎日毎日女神様に縛られてちゃ、そんな自信も育たないって」
女神様が褐色肌白ワンピースに変わってからはほぼ毎日椅子に縛られている始末。これでは自尊心は伸びません。
「ふふふ、じゃあやっぱり教祖になって私に守られる存在でいて下さいね?」
「いや、教祖ってそんな役職じゃないんじゃ……」
「ツムグさんは、私の友達ですから。教祖じゃなくても、守ってあげますよ」
そう言ってギュッと抱きしめられ、勝手に安心感が湧き出る自分の心内にちょっと恐怖した。
***
その翌日、この世界でも雌が集まると自然と雄も集まるらしく、この森には生えていなかった女神様製の果実で餌付けしつつ動物や魔物の群れの懐柔に成功した。
そして与えた木の実や果実と同じ種類の種を栽培して、彼らに女神様の恵みであると説明すると多くの生き物が神殿の木に水を持ってきたり、枝やその種族の証となる物を大樹の下に飾られた女神の像に捧げる様になった。
群れの長が俺を強襲しようとした様だが女神の加護のインフレステータスの前にあっさり降伏したので、結局血が流れる事は無かった。
「よし、掃除終わりっと……ん?」
俺がぐちゃぐちゃに置かれた供え物を整理していると小さなリスの様な動物がこちらに小さな果物を持って来た。
「あー、供え物は毎日じゃなくていいって言っておいてくれるか?」
「――っ!」
俺の言葉が通じたのか、持ってきていた果実を口に入れて去っていた。
このまま異世界で隠居スローライフを楽しむ……訳にはいかない。
出来れば、事前に俺の邪神化を防ぎたいのだが何も知らない俺が城に乗り込むのは下策だろうし、兎に角今日も教祖としての活動に励もう。
「今の所は教祖じゃなくて森に住んでる変わり者みたいだけどな……」
そんな感じで魔道国ワルト、ではなく大半の時間を森の中で過ごしていたのが、今日はクラスメイト達全員で再びアマエルの屋敷で報告会をする事になった。
取り合えず俺は邪神化を避ける為に四季の女神様の教祖になる事を皆に話した。流石にそれで俺が被るストーカー被害までは説明出来なかったしする気もないけど。
「なるほど……教祖になれば邪神になってもすぐにその地位を剥奪して貰えるんだな?」
「だから森に入ってたのか」
「まあ、そう言う訳だから俺の問題はあんまり心配しないでくれ」
「なら、俺達の方も問題なさそうだな」
「そうだね」
不良の金堂とお人好しな葉駒が頷き合うと言うちょっとレアな光景に首を掲げると、女子達が説明をしてくれた。
「私達、ちょっと遠出の依頼を受けようと思うの」
「クラスメイト全員で住める家が見つかったの。しかもお隣同士で二軒!」
「家を買うって事か? でも早くない?」
「それがさー、昨日の夕方に割の良い依頼が2つ、同じ目的地が指定されているのが張り出されていたんだって!」
今いる屋敷よりは小さいが各物件に部屋が3つ位あるらしく、俺達10人で住むには問題ない大きさらしい。
「なんでも、依頼は光属性の魔力が濃過ぎる洞窟での採掘依頼らしい」
「光属性に対してある程度の耐性がないと10分と持たずに気を失うらしいです。
日射病みたいな物でしょうか?」
「で、俺達勇者は全員光属性耐性があるから、制限時間なしで取り放題って訳か」
「ええっと、神仰石でしたっけ? なんでも、ありがたい彫刻なんかに使われるらしいです」
「魔法のツルハシって言う魔力が必要な道具で掘るらしいから、掘るのは男子じゃなくて女子の担当なんだよねぇ。正直怠いかもぉー」
「そう言う訳で、ちょっと遠いけど頑張ってくるね!」
なんでも洞窟は往復で1週間近く掛かるらしく、その間俺を1人にするのが危険かもしれないと言っていたが、教祖活動で森に入られるなら問題ないとなった様だ。
「別に俺も一緒に行って良かったんじゃ……あ、そうか。俺だけ勇者じゃないから光耐性がないのか」
「そういう事だ」
「良いですか? アマエル王女は忙しい様ですが、くれぐれも彼女に気を許さないで下さいね?}
「わ、分かったって! なるべく、森で行動するよ!」
普通、森の中の方が危険なんだけど……すっかり、この世界に慣れてしまったのかもしれないな。
「よし、それじゃあ導野の安全の為にも、頑張ろうか!」
『おー!!』
俺の為に一致団結してくれるクラスメイトの優しさに涙が出そうになった。いや、泣いた。
それを金堂にからかわれたので拳で……は冗談ではすまないので、枕投げでぼこぼこにしてやったのだった。
***
翌朝、いつも通り神殿と信仰の作業をしようと森の中に入った。
しかしその道のりで俺は最近見ていなかった2人と再会した。
「主様、お久しぶりです」
「ご無沙汰しています」
「……ニコ、エリ……」
茶色のフードを着たこの2人は、サキュバスの村で初めて出会ったニコと、門番をしていたエリだった。
確かに、村では世話になった……気がしなくもないが、あまり喜ばしい再会とは言い難い。
ミラはサキュバスの村の長なのだから、この2人が彼女の企みに加担していない筈がない。
厳しい口調で質問をする。
「なんの用だ?」
「私達は、主様に会いに来たんです」
「あんな風に……見つめられるだけで果てさせられては!もう精を貪るサキュバスではいられません!」
やめて。その出来事、魅力を制限出来てなかった時の黒歴史だから。
「だけど、ミラは今俺を邪神化させようとしている。お前達だってそれに協力しようとしているんだろ?」
「そんな! 私はお姉様の言い付けを破って此処まで推参しました!」
「私もです! ですから、どうかお傍に置いては戴けませんか?」
「じゃあ、ミラについて知っている事を教えてくれ。まさか、何も知らない訳じゃないだろ?」
「はい。お姉様はあちこちの国から魅了を使って生贄や信者を集め、魔族を中心とした教団を作っています」
「後は、神殿と像を完成させれば主様を神へと昇華出来ると言っておりました」
そこまで進んでいるのか。だったら、この顔見知りの2人はやはりスパイとして俺に送り付けて来た可能性が……
「ですが、私達はそれを止めて頂きたいのです」
「……? 何?」
「お姉様が主様を神にすべく動いているのには2つの目的があるのです」
2つの目的?
「まず、主様が神になればこの世界に永住する事になります。ミラ様は異世界人である主様をこの世界に繋ぎ止めたいが為にこの様な凶行に及んだと思われます」
「まあ、そうだろうな。神になったら俺はバーシアに頼んでも元の世界に帰れなくなるとは聞いているしな」
「そして、もう一つの目的が……儀式の阻止です」
その言葉を、良く理解できなかった俺は2人に訝しい視線を送る。
「ミラ様は、他ならぬ主様の手で儀式を阻止して欲しいんです」
「それが私達が見逃された理由でもあります」
喋りながらニコが魔法で何かを取り出して見せた。
「……それは……?」
「見覚えはあるでしょうか?」
それは首輪だった。
数秒程それを眺めると、以前それをミラに見せられた事があるのを思い出した。
「……服従の首輪?」
「ええ。サキュバスにとって愛を永遠とする呪具です。
きっと、これを着ければミラ様は止まって下さいます」
鵜呑みにするのは危険だと分かっていたけれど、それでも2人の言葉を否定できなかった俺はその首輪を手に取った。
「……本当に、ミラは止まるのか?」
「ええ。お願いします。どうかお姉様の愛を受け止めて頂けますか?」
首輪をどうするのか。その答えを出さないまま、俺は教祖としての仕事を続ける事にした。
***
「……あの……」
「主様、あーん」
「あの」
「あーん」
こちらにニコがスープを掬ったスプーン、エリが肉が刺さったフォークを向けてくる。因みに、俺の手にはサンドイッチが握られている。
「あのさ……先までのミラの愛をどうのってのは?」
「それはそれ」
「これはこれです」
「「はい、あーん」」
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