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始動、ワルトのバーシア

大変お待たせしました。


「すまない!」

「まさか、そんな大事になっているなんてな……」

「助けてくれて、ありがとうございます!」


 両手を合わせ謝る葉駒林介とバツの悪そうな顔をする小野寺篠内、光田命は頭を下げてお礼を言った。


「でも、導野が生きてて良かったよ!」

「そうそう! あたしもう会えないかと思って寂しかったんだけど……あれ? なんかキュンとしなくなってね?」


 島崎詩乃と渡辺芽衣は俺の偽装魔法で魅力に飲まれなくなった様だ。


「詩乃ちゃん! 良かった、無事だ!」

「安奈、ちょっと、苦しい……!」

「いや、再会できてうれしーけどよ……金堂は何処にいんだ?」


 此処にはいない金堂を探して首を振る不良その2、もとい金髪低身長の長尾頼(ナガオライ)


「金堂は、アマンダ王女達が謝らなかったのが気に入らなくて外に出て行ったよ。多分近くにはいると思うけど」

「……確かに、俺達をさんざん洗脳してこき使ってたんだから、当然だな」

「本当にこき使ってたかは知らないけど……」


 問題はここからどうするかだ。

 現状を飲み込めた皆と今後の話をしなければ……と思っていたが、俺より先に葉駒が最初に口を開いた。


「これからどうする?」


 洗脳された事に対する怒りはあるが、城が崩壊している以上俺達がこれ以上帝国に報復する必要は無い。寧ろ、後ろ盾の無くなったこれからの事を考えるべきだ。

 俺は皆に提案する。


「アマエル王女は魔道国ワルトに行くらしい。俺達もこの国から離れてそこに行くのがいいんじゃないか?」

「ワルト……だが、王女様が一緒って安全なのか? 洗脳魔法は元々その人の魔法なんだろ?」


「洗脳魔法は俺達が警戒心を持っていれば効かない。それに、何時までも魔族の占領した城の近くにいる方が危険だ」

「確かにな……」

「皆はこの世界での生活と言うか、一般常識的な物は教えられているの?」


 俺の質問に光田が小さく手を上げて答えた。


「多少は教えられました。私達なら、冒険者として生活ができそうですね」

「後はクラス全員が住む場所だな。流石に、こんな世界でバラバラだと不安だし」


 それに関しても、思ったより皆に不安はなさそうだ。


「……大丈夫なのか?」

「心配すんなよ! 導野がいなくなった後、俺達はお前を探そうと気合を入れて鍛えていたからな! 全員揃ったらな、帰る方法を探すだけだ!」


 小野寺の言葉に、皆が頷いた。

 やばい、ちょっと泣きそうだ。


「……じゃあ、早速アマエル王女に頼もう」

「念を入れて全員で行こうぜ。また洗脳されたら溜まったもんじゃねえからな」

「いや、アマエルなら扉の前にいるよ」


 そういって俺がノックをすると、音を立てて扉が開いた。


「話は終わりましたか?」

「アマエル王女……!」


 流石に自分達を一度は洗脳した王女の前で心穏やかではいられないのか、クラスメイト達の何人かは敵意をむき出している。


「導野について話がある……そう言って俺達を呼び出して、魔法をかけましたね?」

「ええ。それに関しては、私から謝罪させて頂きます。そして、恐らく姉のアマンダも、今頃金堂さんに謝っている事でしょう」

「アマンダ王女が?」


 眉間にしわを寄せた小野寺の言葉に、彼女は頷いた。


「臣下の前では頭を下げられない……そう姉が言ったのですから、今頃人目の無い場所で話している筈です」

「それで、ワルトへは俺達も同行したい。出来るか?」

「ええ。折角でしたら、私の為に建てられた別荘がある筈ですのでそちらに宿泊されたらいかがですか」


 その言葉に、皆は少し難色を示していた。


「……一度は洗脳しておいて、俺達を傍に置いておこーってか? ジョーダンじゃねぇぞ!」


 怒りに燃える長尾、そして此処までアマエルと接触の無かった5人はまだ疑っている。まあ、俺も気を許した訳ではないが……


「勿論、あちらで冒険者として金銭を稼いで、宿を使うのも良いでしょう。それまでの一時的な拠点としてお使い下さい」


 アマエルの説明と、頭を下げっての謝罪を見て、切羽詰った現状も合わさってクラスメイト達は納得せざるを得なかった。




***




 金堂と合流した俺達は大した準備も必要無かったので、早速転移の魔法陣で魔道国ワルトに向かった。正直最初の転移があの事故だったので気は進まないが、そうも言ってられない。


「行きます」


 アマエルの一言と共に陣が光を放ち、俺達は魔道国ワルトに――到着した。


「早っ!?」

「本当に転移したんだ!」


 これはクラスメイト達も初めての体験だったようだ。

 森の中から突然、まったく違う場所に移ったのだから当然か。目の前には3階建ての屋敷が見えている。


「此処が魔道国での留学中に私が使っていた別荘です」

「別荘っていうか……屋敷だろ、これ」


 金堂も面食らっている。

 確かにこれだけの大きさなら宿が見つかるまで俺達10人全員が住んでも問題なさそうだ。


「私はこれから準備をしてから、城へ向かいます。皆さんは自由にお過ごし下さい」


 先に歩いて屋敷に向かうアマエルは彼女の連れてきた5人の女騎士達と共に中へ消えた。


「兎に角、中に入ってみよう」

「まあいきなり町に繰り出すよかましか」


 屋敷に入って俺達は応接間に腰を下ろして、今一度この町で何をするか話し合った。


「まずは職を確保してお金を手に入れないといけない」

「そうだよね。こんな屋敷が大きくても、アマエル王女の近くは危険だからね!」


 光田が葉駒に頷くが、その力強さで彼女の淡い恋心が垣間見えた気がする。


「だけど、仮にギルドで働いて稼げても毎日宿で過ごすのはもったいなくない?」

「そうそう。異世界で魔法とか戦いとかばっかだったし、ゆっくり出来る場所はほしいよねー」


 1人暮らしの経験のない平凡な日本人の俺達にとっては、確かに毎日宿代を払い続けるのは余りいい出費には思えない。


「では、空き家の相場でも調べておきましょうか? ただ、10人全員で住むにしても、個人で住むにしてもそれなりの額が求められるかと」

「どのみち元手は必要だな」


「俺たちゃあくまで寝泊りしてる場所さえ互いに知って連絡取れればいいんだし、自分で手に入れた金の使い方は個人の自由だろ?」

『……』


 長尾の言う通り……なんだが、素行の悪い奴だったからか、金の使い方と言われて余り良い使い方をしていなさそうだとここにいる全員が思ってしまったんだろう。


「……な!? いいじゃねぇか! 好きに使っても!」


「ま、まあ確かにな…………」


 葉駒が苦笑いで誤魔化して、本題に戻る。


「ギルドの仕事は危険な依頼が多い。もし今日受けるつもりなら、皆、油断しないでくれよ」


「おう!」


 しかし、葉駒のこの言葉は杞憂に終わった。

 何故なら、魔道国ワルトでは魔法の研究や一般化が帝国よりも進んでおり、それに伴い研究対象の魔物の討伐や触媒、エネルギー資源の回収と、最低から最高ランクまで幅広い依頼が掲載されていた。


 各依頼の詳細情報もしっかりと提示されており、勇者として召喚された彼らが知識不足で苦戦する事もなかった。


「……さてと」


 彼らの頑張りを無駄にする訳にはいかない。入り口の左右に立っている像を少し睨んでから、俺は教会へと入っていた。


 目的は当然、女神バーシアとの対話だ。


 俺は女神の加護を持っている事を証明して、教会の中の宿泊部屋で少し休憩をとる事にした。もちろん、意識転移を使う為だが。


「さてと、久しぶりだが……どうなる事やら」




***




「ふふふ、来たわね!」

「ん? なんだ?」


 やたら調子に乗っているバーシアに迎えられた。


「お礼参りとは中々弁えているわね」

「何の事だ」


「話には聞いているわよ。近々、新しい神が誕生するかもって。

 最下級神見習いとして、私という最上級神に挨拶に来たんでしょう? 土産によっては、信者の増やし方や育て方を教えてあげても構わないわよ?」


「馬鹿言うな。俺がなりかけているのは魔族が崇拝する邪神だぞ?」


「ふふふ、邪神は大歓迎よ!」


 何? てっきり邪神は神達とは対立する存在だと思っていたんだが……


「だって、邪神の操る魔物や魔族を倒す為に勇者を召喚すれば私の信仰はまた爆上がり!」


 こいつ、本当に俗っぽい女神だな。だが、俺としては邪神になりうる俺の存在を危惧して、この世界から追い出してくれる展開を期待していた。

 それに、この状況で嬉しそうなのはイラっとくる。


「冗談じゃない! 俺は、邪神になるつもりはない!」


 怒りに駆られて俺はバーシアの胸倉を掴んだ。


「俺達全員を元の世界に返せ! 出来ないなら――テメェの教会だけ潰させ続けるこすい邪神になってやる!」


 俺より一回り小さい女神を掴んで怒鳴りつけているこの姿は、傍から見ればかっこ悪くて、悪人の様に見えるかもしれない。


 だが、クラスメイト達と再会して理解した。やっぱり、俺達がこの世界の連中に翻弄され続けるのは間違ってる。


 何より、邪神になってしまえば恐らく俺が元の世界に帰るのは不可能になる。全員一緒でないと帰れないと最初に会った時にこいつは言った。なら、なりふり構ってられない。


「……だ、だけど、勇者が帰っちゃったら、誰が魔王を倒すのよ?」

「なら、魔王を倒せば帰してくれるのか?」

「う……そ、そうでーす……」


 分かり易い嘘だ。こいつ、泣き虫のくせに妙に……いや、そうか。


 以前四季の女神様は言った。女神は死なないと。

 それだけで俺とこのバーシア……だけじゃない、四季の女神様も含めた神との価値観は全く違う筈だ。たまに人間臭いが。


(なら……こいつの心を――)


 ――そんな事を考えていた時に、バーシアの零れる涙を見た。

 頭に上っていた血と怒りが、さーっと引いてく。


「……帰る」


 俺は掴んでいた裾を離して、意識転移を解除する。


(不良の金堂や長尾が良い奴だってのに、俺がこんな子悪党みたいなマネをしてどうする?)


 このまま此処にいても、良い考えは思い浮かばない。


「あ……ね、ねぇ!」


「なんだよ?」

「ま、また来なさい!」

「なんでだ?」

「うるさい! 私が来てって言ったら来なさい! それまで勝手に来ないでよ!」


 ……一体、どういう事だろう? だが、こちらとしても望む所だ。


「分かった」




***




「ツームーグーさん?」


 怒りと共に俺の名前を読んだ四季の女神様。


「バーシアの所に行ってましたね?」

「ま、まあ……」


 俺はその態度で話題を続けるのはよろしくないと思い、取り合えず彼女に質問した。


「その、俺が邪神になるのを止める方法ってないのか?」


「簡単です。あのサキュバスや人魚達を始末すれば――」

「――そ、それ以外で! 俺が拒否したら儀式が完成しないとか……!」


 流石に、俺の魅了から始まった事なので出来ればもっと穏便に済ませたい。


「私達多くの神は今まで、純粋な信仰によってこの姿を得た者が殆どなの。嵐を見た大勢の生物が嵐を神だと畏怖して嵐の神が生まれ、四季に神が宿ると敬われて私が生まれた。そこに、私達の意思はなかった」


「でも、邪神なんて」


「邪神は一生物が神格化した者の総称です。邪な存在、っていう訳じゃないの」


 八方塞がりだ。神様なら何でも出来る訳じゃないのか……


「でも、ツムグさんが私の教祖になるなら、話は別です!」

「え?」


 確か彼女と魂まで永遠に繋がる事になるけれど、信仰を集めて、もし四季の女神様がバーシアを上回る力を手にすれば俺達を元の世界に戻す事が出来る様になるのが教祖だった筈だ。


「そうすれば、例え邪神になっても私が貴方を副神として扱えるから信仰を一体化出来るし、神の権能を管理できる。勿論、剥奪も!」


 ……回りまわって、女神様に外堀を埋められている気が……!


「教祖か……」


「そうなると神殿を立てるのが最優先事項だね。私、自然が豊富な場所なら木を神殿化しても良いから、その為の種を作らないとね。そして、像! これも私の形で生える木の種を作ればいいかな? 後は信者だけど、それはツムグさんが邪神化した時に貰えばそれでいいし……まあ、別にツムグさん以外の人なんてそんなにいらないんだけど、バーシアを退ける為にも我慢だね!」


 話が勝手に進んでいる……でも、それしかないのか?


 俺を縛る女神のツルは、着々とこちらへと伸びつつあった。


感想や誤字報告等、お待ちしております。

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