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信仰、森の中の人魚

 ボスを倒してから調子の着いた俺達はその後もある程度進んだ所でアマエルの転移魔法で帰還する事になった。そこで俺は皆の前でアマエルに勧誘される事になったが、先に決めていた通り、先ずはギルドでの用事を済ませたいと彼女に伝えた。詳しくは言えなかったが、察してくれたのか彼女は頷いた。


「ツムグさん、では3日後に北の方の門でお待ちしています」

「了解しました」


 王女アマエルの前で、一介の冒険者を演じている俺は頭を下げて、レイとルカナの2人と共に冒険者ギルドに向かった。

 ダンジョンで数日間過ごした筈だが、特に疲れていない様だ。


「さあ、行きましょう」

「もう十分な人数が集まっている筈だ」


 冒険者ギルドに入ると、モンスターの素材で出来ている事が一目で分かる装備品を付けた冒険者達が多くいた。


「皆、集まっているね」

「魔族が近くに出没してるんだ、皆真剣さ」


 男と女、合わせて18人程度で比率は3:7と言った所か。女性が多いのはサキュバス対策だろう。


「それで、早速破邪のロザリオの数、つまり5人で調査を行って貰いたい」

「だけど、魔族が潜伏している可能性がある以上、交戦を想定して実力のある者が行くべきだろう」


 俺が一歩前に出た。


「俺はツムグ。レイとルカナの2人に今回の作戦に誘われた。実力に関しては彼女達が把握している。調査に同行するつもりだ」

「ほぉお、随分な自信だな」


 周りの目は半信半疑と言った所か。だが、俺には破邪のロザリオを手に入れるという目的もある。多少騒がれても此処は強気にアピールしていこう。


「模擬戦では彼女達2人に勝っている。それでは不服か?」


 その言葉に殆どの冒険者が目を見開いた。


「なるほど、なら文句はない」

「では、後4人か」

「盗賊の私が行く」


 レイが手を上げ、やがて残りの3人の枠も埋まって調査メンバーが決まった。


「目的は調査ですが、最悪の場合は、破邪のロザリオを出来る限り回収した上で1人でも帰還してください」


 なるほど、魔族の対抗手段は命に代えても……と言う事か。

 調査隊全員がその言葉に頷き、俺達は一度解散して門で集合する事となった。幸いなのか、調査する森は近い為、1日分の食料と水、そして各々の準備した荷物だけで出発する事となった。

 破邪のロザリオの入った箱は門の前で配られ、皆に倣って紐を首に通した。


 街を出て十数分、森が見えてくると1人が声を上げた。


「盗賊のレイが先頭。拳闘士のアンタがその後ろ。シャルが中央。で、魔法使いの私とエマが後ろに着くわ」

「了解した」


 魔法使いのパスティが慣れた様子で俺達に指示を渡した。なんでも、Aランクパーティのリーダーらしい。他の者も特に不満はないらしく、俺もそれに従う。


「全員、森に入ったらなるべく魔法の使用は控える事。こっち魔族を見つける前に、彼方に見つかってしまうし、それで逃げられる様な事があれば調査なんて幾らしても何の成果も出ないわ」

「期間は明日の正午までだったな。それまでに見つける必要がある」

「だけど、焦りは禁物よ。痕跡さえあればそれでも構わないわ」


 慎重に進む俺達。その足が向かう先は自然と俺の知っている場所へと続いている。


(以前人魚のメリカに誘われた場所……まだあそこに居ればいいんだが)


 ポケットに入っている貝殻を触って確かめる。本当に手元を離れない呪いのアイテムだったので仕方なく入れているが、一応の対策として布で何重にも巻いているので歌が聞こえる事は無い。魔法の歌に効果があるかは分からないが。


「ちょっと止まって」


 パスティの声に皆が止まり、彼女の手が岩へと伸びた。


「見て、鱗よ」


 摘み上げた鱗は長さが人差し指程もあり、決して魚程度の動物の物では無さそうだ。


「これは……この輝き、間違いなく人魚の物だ」

「となると、やはり人魚はこの森に……!」


 証拠なり得る物を回収したが、皆の緊張は一層増した。魔族がいると分かった以上、気を緩める事は出来なくなったか。


「兎に角、報告の為にも一度戻りましょう」


 その言葉に従い、皆が言った道へと振り返った――


「――あら、折角来たんですからもう少しゆっくりしていけばいいでしょ?」


 その先には、余裕たっぷりのメリカがこちらを見据えていた。


「な――っ!」

「っく!」


 後衛と前衛が逆転され、その事に気付いたレイはいち早くナイフを抜いてパスティとシャルの前に出た。


「これで――!?」


 メリカは跳び、空中で一回転した後に川へと落ちた。


「せっかちね……別に、私は人間と争うつもりは無いのだけれど?」

「魔族の言葉など信じられるか!」


 レイの叫びに答える様に、パスティ達の魔法が放たれた。人魚の苦手とする火球が無数の雨となって彼女に迫る。


「魔歌・鎮火曲」


 しかし、彼女が溜め息の様に口を動かし歌詞を唱えると炎は全て消えていった。


「この程度では、私の体を燃やす事も出来ませんよ?」


 知り合いを攻撃するのは気が進まないが、俺も出なければ――そう思った瞬間、メリカの水流による攻撃を躱す為に後ろに下がった。


「動かないで下さい。貴方達だって、この程度の事で怪我をしたくはないでしょう?」


 なるほど……俺自身のステータスと今まで出会って来たのが強力な魔族だったから分からなかったが、人間の冒険者にとってメリカはこれほどまでに脅威なのか。


(とはいえ、俺が本気で迫れば多少の魔法を喰らいながらでも圧倒できる気はするが……)


「それに、私達魔族がこんな人間の街の近くで何をしているのか知りたいんでしょう? 良ければ、私の口から説明しますが」

「そんな口車に乗る訳無いでしょう! 時間を稼いで私達を包囲する気かしら?」

「いえいえそんな……必要ないんですよ」

「――ま、まさか!?」


 メリカの言葉に、辺りの茂みから一斉に魔物達が姿を現した。


「す、既に……」

「囲まれているな」


 オークや大きな蜘蛛、鳥など種族が異なる魔物達が今にも襲ってきそうな雰囲気でこちらを睨んでいる。


 パーティの彼女達が慌てる中、いよいよ俺も本気を出すかと考えていると、メリカが片手をスッと上げて、魔物達を遠退かせた。


「……なんの、つもり?」

「言ったでしょう? 私達の目的を説明して差し上げると」


 そう言い放ったメリカの目は、分かり易い位俺を見ていた。例え対峙していても彼女にとって重要なのは俺の存在の様だ。


「私達魔族の目的は……簡単に言ってしまえば、新たな神を信仰する宗教を立ち上げようとしているんです」


 その言葉に、パーティメンバーは皆驚き、シャルと呼ばれた魔法使いは嫌悪感を顕わにしてその事について追及した。


「貴女達魔族は神を信じない、宗教に属さない筈でしょう? 何故なら貴女達の長は、魔王だけなんですから」


「そうね……でもそれはもう昔の話。何度も世代交代をし続ける魔王にはもう、バラバラにそれぞれの暮らしをしている魔族を纏め上げる程のカリスマはもうないわ。だけど、別に私は魔王へ反逆をしようなんて考えていない。見ず知らずの魔王にそんな事する理由もないわ。

 宗教を立てようと考えたのは、単純で――」


 彼女の視線が俺を捉えると同時に、微笑みを浮かべた。


「――それ位、仕えたくて、奉仕したくて、愛したい存在が見つかっただけです」


 頬を赤らめるその様に、彼女の信仰対象を否が応でも理解した。


「……それは、一体何なんですか? 今の言い方だと、まるでまだ神と呼ばれる程の存在では無い者を神にしようとしている様ですが」

「そうよ? まあ、そこまで話してしまうのは流石に遠慮したいので一度話を戻しますが、兎に角私の目的は新宗教への入信者を増やす事。その為に魔物を手あたり次第誘っています。もう、この森の魔物は全て私と同じ存在に奉仕すべきだと、導いてあげた……って言うとそれっぽいのかしら?」


「愚かな……そんな事で、神に至れる筈が御座いません」

「人間は頭が固いわね……ああ、貴女はパーシアを信仰しているのかしら? だからそんなに頑固なのね」

「っ、私達の信仰を愚弄しないで!」


 シャルは先ほどよりも大きな火球を瞬時に発動させメリカへ飛ばした。しかし、やはり届く前に消えてしまう。


「一番いいのは神から力を削いでその椅子に座らせる事だけど――あの方は優しいからこの方法は好まないかしら」


 俺はわざと畏まった口調で彼女に質問をした。


「すまないが、神に至るのに一体どういう手順を踏む? 無知なモノでな、後学の為に教えて頂きたい」


「簡単です。神にも通ずる膨大な魔力を集結させ、それを多くの者の信仰心で神の器として至らせる……」

「それは……邪神の創造!」

「あら、邪悪であろうと神は神です」


 四季の女神様とはどうやらベクトルも意味も違うようだが、言葉で聞く限りは邪神と呼ばれる程の行いなのだろうか?


「神にも通ずる魔力を手にする方法なんて、神を殺すか、10万を越える生命の生贄が必要な筈……! それでは、貴女達は人間も!」

「そうですね、流石に魔物だけの魔力では質も量も良くありませんからね」


 皆が再び戦闘態勢を見せると、メリカは俺を一見してから空を見た。


「――迎えですね」


 やってきたのは、見覚えのあるドラゴン。


(アエか……! 最近見ていなかったが……!)

「では、御機嫌よう」


『――っ!!』


 アエの魔力を吹き飛ばす咆哮。思わず耳を塞いで立ち尽くした俺達が態勢を直す頃には、もはや誰も残ってはいなかった。




***




 エコントの街へ急いで帰還した俺達。街で待機していた冒険者達もアエの姿を見ていたらしく、俺達の帰還を喜んだが、彼女達が情報を報告する中、俺はそこにいたアマエルに睨まれた。

 やはり、ドラゴンが森から飛翔した事で第二王女である彼女も動きだし、冒険者ギルドに情報の開示を求めたらしい。


「邪神の創造か……複数の種族の魔族が連携すれば、不可能ではないかもしれないか」

「恐らく、この街の人間も既に洗脳され生贄にされているかもしれません」

「今の所行方不明者の報告は無いが、楽観視できる物でも無いな」


 随分と真剣な話し合いが続いているが、その隣の部屋では防音の結界を張られ、俺と王女が見合っていた。


「ツムグ様は私に怒って欲しいんですか? 嫉妬して欲しいのですか?」

「い、いや、そういう訳じゃないんだが……」


 他の冒険者に口止めされていたとはいえ、やはり詳細を何も言わずに出て行かれて機嫌が悪そうだ。


「俺としては魔族の攻撃に対する備えが欲しかったんだ。旅の途中で、何度か襲われていたしな」

「旅で知り合った方でしたか? 随分と変わった贈り物をする方の様ですね?」


 あ、これ呪いのアイテムもバレてらっしゃる?


「今の私では確かに解呪する事も出来ない物でしたので放っておきましたが、相談して下されば手を考えました」

「だけど、ダンジョンの中では他人のフリをする作戦だったんだから、仕方がないだろう」


 俺がそう言い返すと、アマエルはそうでしたね、と小さく笑った。そして、抱きついてきた。


「――だからって、自分の夫なり得る人が私に頼らず危険な行動に出た事がどれだけ私を傷付けるか理解していますか?」


 睨まれ、思わず狼狽えた。


「うっ、わ、分かったよ」


 相変わらず、ステータスで勝っていると分かっていても尻に敷かれている……こればかりは男の性なのかもしれないなぁ。


「それで、そうまでして手に入れたかったのがこれですか?」

「ああ、破邪のロザリオな」

「……ここにいたのがお姉様なら無理にでも押収していましたね」


 そこまで貴重な物なのか。


「それで、お知り合いの魔族は本当に邪神の創造を?」

「ああ、如何考えても狙いは俺だ」


 そう言って鼻を覆うように手を置いた。


「なるほど、ツムグ様の虜でしたか……納得しました。確かに、私も貴方なら神に……いえ、やっぱり理解できませんね。何を考えているのでしょうか?」

「ん? 邪神はやっぱり忌み嫌われるって事か?」


 しかし、俺の質問にアマエルは感情の一切見えない真顔をこちらに向けた。


「いえ、好きな人を大人数で信仰するなんて、愛する自信の無い脆弱な方達だと思いました。やはりツムグ様とは人目につかない森の奥で2人きりで暮らしたいです」


 相変わらず俺への想いが怖いんだが。


「……っと、その幸せな暮らしを得るためにも、先ずはツムグ様の学友を救わないとなりませんね」

「3日後にって話だったけど……」

「当然、何時でも出られる様に準備してありました。王女の選んだ冒険者として、これからは私達と共に馬車の旅となります。ふふふ、2人っきりの馬車の中で何をするのか、今から楽しみですね?」

「出来れば、ゆっくり休ませてくれよ……」


 洗脳されたクラスメイト達を助ける……恐らく、一筋縄では行かないであろうミッションに俺は今だけ魔族達の事を忘れる様に窓の向こうを見据えたのだった。




***



 私は、アマエル王女が苦手だ。


 私達を召喚し、洗脳なんて危険な魔法を使える彼女。なのに、今は私の大事な人と楽しそうに話している。


 彼は優しい。


 嘘を吐いて騙しているかもしれない彼女の話を信じて、洗脳された皆を助けようと張り切っている。だけど、もしかしたらこれは本当に罠かもしれない。

 女神の加護、と呼ばれる物で強くなったと彼は言っているけど、それが彼を騙しやすくしている気がする。


 私がしっかりしないと。


 王女は、彼の本当の目を見て彼を好きになったと言った。確かに今の彼は高校で見ていた時の様な、澄んだ瞳を濁していて、そこだけ別人のような違和感があった。


「確かめよう」


 そう決めた私は夜、彼の部屋へ忍び込んだ。寝ている彼の顔を内緒で見るのは罪悪感があったけど起きている時の彼は冗談でも魔法による偽装を解かない。


「……」


 掌の上で発動させた魔法の光を頼りに彼のベッドの前に立つと、ドキドキしてきた。安心し切った顔の彼を見て、鼓動はもっと早くなる。


「……ぷ、プリンが……!」 


「っ――!?」


「な、生クリームが……!」


 なんだか楽しそうな寝言が聞こえて、驚き、その内容に肩の力が抜けてしまった。意外な言葉が聞こえてきて、私は彼の秘密が知れたので嬉しくなる。


「――解除――良し」


 そこで、私は気付いた。魔法を解除しても寝ている彼の瞳は見えない事に。


「起こす訳には――いかない、か」


 しょうがない今日は引き返そう。そう思って立ち上がって、彼の顔を見た。


「――」


 見た。見続けた。

 なんだか、変だ。

 視線が離れない。

 相変わらず寝ていて、目は閉じている筈なのに、さっきまでと何も変わらない筈なのに私は彼にずっと釘付けになってしまった。


「魔法を解いたから……?」


 理解できたかもしれない。アマエル王女の言っていた事が。

 そっと、顔に触れてみた。


「……」


 それだけで、彼の体の全てが伝わってきた気がした。

 気がしただけだ。これでは彼の温度と呼吸の速さ位しか分からない。だけど、触れた時に余りにも心満たされた気がしたから思わずそんな錯覚に陥ってしまったんだ。

 その真実に行きついて、もっと知りたくなってしまった自分を抑えた。


「駄目。このままじゃ駄目」

「起きてる時じゃないと」


 それは理性だったのか、はたまた自分自身の行動に対して抱いた恐怖心だったのかは分からないけど、溢れそうな想いにストップを掛けた私は肩で息をしながら廊下へ出た。


「ふぅ……ふぅ……」


 どうしよう。アマエル王女の言葉の意味は理解できた。

 だけど、明日から私は、どんな顔で彼に会えば良いのだろう。


「……でも、楽しみなのかもしれない」


 自分の部屋に戻っても、胸の高鳴りは消えはしなかった。

感想や誤字報告等、お待ちしております。

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