計画、森の魔族
逃がさない。そう言わんばかりに盗賊であるレイがテントの出入り口に立ちはだかっており、ルカナはこちらを真っ直ぐ見つめている。
「……話と言ったか」
「ええ、出来れば勇者達や王女にも内密にして頂きたい」
その言葉には面倒事の匂いしかしないが……
「一応先に聞いておくが、断るといったら?」
「出来れば、話だけでも聞いて欲しい」
……まぁ、もし危害を加えられる様な事態になれば本気で抵抗しよう。
黙ったままの俺を見て話しを続けて良いと考えたルカナは口を開いた。
「……実は、最近エコントの近くで魔族、それも人魚やサキュバスと言った高い知能を持つ者達が目撃される様になっています」
(あー)
反射的に口から洩れてしまいそうな言葉を何とか心の内に留めておきながら、心当たりのある話題に耳を傾けた。
「冒険者ギルドはその噂を確かめようと依頼を出していたが、帰ってくる者の殆どが何処かおかしな様子のまま何も無いと言うばかりで、一切有用な情報を手に入れられていないのです」
「なるほど。俺にその調査の協力して欲しいと?」
「ええ」
「だが、サキュバスがいるのなら男では無く女性の君達の方が役に立つのでは?」
「いえ、問題はその後です。もし噂通り人魚やサキュバスがいるのであれば討伐には貴方の様な実力者が必要です」
(いや、俺結構好き放題されたんだが……)
「実力者が欲しいなら、勇者や王女に頼るべきじゃないのか?」
「いえ。勇者達は精神が未だ未熟です。魔物達の誘惑に抗えるか分かりませんし、王女に相談して騎士団を呼ばれても魔族との戦闘は経験が浅いですから戦力として頼れません。それに、冒険者ギルドが冒険者以外の戦力を頼るとギルドで要らぬ火種となったり、国からの干渉が増えてしまうかもしれません」
「なるほど……」
うん、完全に買い被られたな。
「残念だが、俺だって魔族との戦闘は経験が無いし、精神攻撃に対抗出来ない。足手まといは俺も一緒だ」
「それは大丈夫です」
そう言ってルカナは小さな箱を取り出して開いた。
中には銀色の鎖に繋がれた十字架が入っていた。
「これは……」
「エコントの冒険者ギルドが見つけたAランクのアイテム、破邪のロザリオ。装備したものは闇魔法に対する耐性を得るだけでなく、精神に作用する魔法を無効にします。数は限られますが、これを装備した精鋭のみでの討伐を計画しています」
「なるほど」
対策はあるのか。しかし、クラスメイトの救出をしなくてはならない以上こんな寄り道は……
(いやいや待て待て! 耐性はともかく、洗脳を無効に出来るアイテム! 欲しい! 人魚の歌には良い様にやられていたからな……)
どうする? 協力するか?
(あ、でも協力しても手に入るとは限らないよな!?)
「因みに、その破邪のロザリオは報酬として貰えるか?」
「ええ。お望みと有らば」
(はい、欲しいです!)
いよいよ断るのが難しくなってきた魅力的な提案に、どうすればいいのか分からなくなってきた。
(アマエルと相談……いや、恐らく彼女達は俺が信頼に当たる人物か試している筈だ。下手に会話を見られでもしたらこの相談が無しになる可能性もある)
「どうですか? 決断して頂けますか?」
「……分かった。この街の為だ。力を貸してもいい」
「本当ですか!」
「感謝する」
「だが、一つだけ問題がある」
俺は2人に王女が勇者の側近として強い冒険者を見定め、引き抜こうとしていると言う半分くらいは都合よく作り替えた話をした。俺がこのダンジョン内で何度かその手の誘いを受けたとも。
「それは……参りましたね」
「断るのは容易だが、そのせいでそれこそ要らぬイザコザが発生しかねない。なので、数日で決着を付けておきたい。数日間の離脱だけならばアマエル王女も赦すだろう」
「問題ない筈だ。ギルドには既にAランクのチームが帰還次第、町から出すなと伝えている。森も近いし、調査程度なら直ぐに終わらせる事が出来るだろう」
「よし。ならば、その話、乗らせて頂こう」
「ありがとう、ツムグ殿」
その後、俺との協力を結べた事で若干警戒を解いてくれた2人と他愛の無い話をし、歴戦の冒険者らしい嘘話も交えて夜を過ごした。
***
「来ます!」
「俺が抑える!」
「魔法、行きます!」
警戒が解けたお陰か、翌日の探索では昨日までよりも彼女達とスムーズに連携が取れる様になった。元々クラスメイトである3人ともいい感じに動けていたのでダンジョン探索は進むにつれ軽快になっていった。
やがて、ダンジョンらしくボスの部屋までやってきたが、実力を隠したまま特に問題も無く2頭を持つ大きな狼を撃破した。
「楽勝! 誰も怪我してねぇな!」
「ええ、レベルも上がりました」
「良かったぁ」
まあ、勇者組の攻撃力が高過ぎてサポートも何もなかったけど。
最初に対峙して数秒、とんでもない速度の鉄球が右の顔面にめり込み、左の方には魔法で操った岩石が口目掛けて落とされ、ロクに身動きも取れないまま水の鉤爪が体を切り裂いたな。
なんだあれ、イジメか?
それでも倒れなかったのは流石ボスと言った所だったが、ダンジョン内で培った確かな連携が発揮出来たので苦戦を強いられる事も無かった。
俺とルカナで動きを押さえてレイと金堂が足目掛けての攻撃で機動力を削ぐと後衛の山仲と連谷の魔法を命中させる。基本的ではあるがだからこそ即興チームで完成度の高い動きが出来たのは俺達の自信になるだろう。
「初めて挑んだ筈なのに、こうも簡単に……」
「全く、驚かされる事ばかりだ」
「いえ、レイさんの動きは参考になります! どうやったらあんなに動けるんですか!?」
「い、いや、あれは盗賊として基本的なスキルで――」
どうも、距離感の近い山仲にレイはタジタジらしい。
「……貴方はどうやら避けられているみたいですね?」
「そりゃあ、これだけ怖かったらな……」
「確かに、見た目を気にしているみたいですね。瞳だけ、偽装魔法が色濃い様で」
偶に、ルカナによく見られている気がしていたが、まさか俺の偽装魔法を見抜かれていのか?
「気付いて居たか」
「ええ。偽造魔法には長く触れていますから」
これ以上は俺が余計な事を言いかねないので、無言でうなずいて倒した狼を見るアマエルの元へ様子を見に行った。
「――で、これをどうするんだ? 焼くにしても時間が掛かりそうだが」
「いえ、この大部屋で生まれた魔物は死んでから暫く放っておけば消えて、アイテムが残ります」
「そうか」
「ええ。私は暫く放っておいても消えませんし、愛も残り続けますよ?」
「上手い事言ったつもりか」
そんなツッコミを入れつつ、時間が経つと魔物の体が霧となって拡散した後、その場には床に鎧や宝石の様な沢山の石が出現した。
「これは事前に決めていた通り、金類に関しましては冒険者の方々に半分です。残りは勇者様方の装備となるとか、もしくは素材として使います」
「分かっています。代表として私が受け取ります」
宝石に見えたのはどうやら魔力の塊らしく、研究所等に冒険者ギルドを通して換金出来るらしい。王族から見ればボスから手に入れたと言えどその価値ははしたものらしいので報酬代わりとして渡される事になったと聞いている。
後は俺達の方で仲良く山分けだ。
「これって幾ら位なんですか?」
「この大きさなら金貨2枚って所だろうな」
山仲の質問にレイが答える。金貨1枚……3人で分けるのには面倒な数字だな。
「では、これを私達とツムグ殿で半分にしましょう」
「良いのか?」
俺の問いにレイも頷いた。
「これ位の階層は私達も既に探索しています。2人で戦ったのであれば装備の修繕費には少し心もとないですがそれもこれだけの戦力のお陰で特に被害もないので、単純な利益です」
「まあ、貰えるに越したことはないけど」
魔力の塊は魔力の通っていない武器で簡単に切れるらしく、非戦闘用の多目的ナイフで切って半分に分けた。
「では、今日は更に深くまで行ってみましょう。この下は少々難易度が上がりますが、このまま上手く戦えれば特に問題は無い筈です」
「分かった」
報酬の分配もそこそこに、俺達は探索を続けた。
***
「ふふふ、全部ぜーんぶ聞こえてますよ、英雄さん。なんて酷い人。私の歌から耳を塞ごうだなんて……」
私はそっと貝殻から聞こえてくる会話に耳を傾ける。
「破邪のロザリオ、確かに聞いた事がありますね。忌々しいアイテムですね。確か、大昔の女神が自分の使徒に渡していたけれど、女神バーシアの登場により自然分解した為、それ以上作られなくなった物の筈。そんな物を手に入れる機会が訪れるなんて貴方は本当に運が悪いですね」
ああ、本当に悲しいです。旦那様がそんなアイテムをぶら下げられて人間の女の元についてしまうなんて……
「……ですが、効果が確かなら私にはどうこう出来なくなってしまいます」
沸々と湧きあがる怒りを抑えながら冷静に考えた。残念ながら、アレが本物であれば私の歌は彼に届かなくなる。
(届かなくなる……? とど、かない……?)
「嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だ!!」
頭に浮かんでしまった不安が私の焦りと怒りを駆り立て、私が我に返ったのは耳元に近付けていた貝殻を自分の口元に構えた後だった。
「……お、落ち着いて。落ち着いて。大丈夫、大丈夫……!」
この感情に飲み込まれない様にと一度自分を落ち着かせると、もう一度貝殻に耳を当てた。
「はぁ……私の英雄さん」
彼の声が私に落ち着きを齎してくれる。
だけど、この声が奪われる様な事が――
「――随分と長い休憩では?」
「……何、サキュバスさん? 発案者だから見守りにでも来たの?」
「ええ。ツムグ様の為ですから」
「そうね、ええ。分かっているわ」
この女の、全てを利用して彼を手に入れようとする貪欲さは、私の目から見ても凄まじい。
「それで、この森はどうですか?」
「知能の低い奴から喋れる奴まで、もう殆ど魅了したわ。姉さん達が昨日、此処の主も落したわ」
そうだ。この森はもう私達の掌の上だ。いっそのこと、この連日の仕事で欲求不満なサキュバスにオーガ辺りでも差し向けてやりましょうか?
「……やめておきなさい。貴女程度の力では、私の魅了の上書きは防げないわ」
「何のことかしら? それで、そちらは必要な物が集まったのかしら?」
「ええ。勤勉な黒騎士さんが、大陸中を飛んで集めてくれたから残り1つよ」
「何よ、まだ揃ってないの?」
「何でも、魔王が持っているとか……」
「魔王……面倒ね。如何する気?」
「……折角ですから、ツムグ様のご友人にご協力してもらいましょう?」
そう言って心底嬉しそうに笑うサキュバスを見て、私は思考する。
(さぁーて、何処で裏切ってあげましょうか……)
何時までも私を下に見ているこのサキュバスの処理方法と、その結果私だけに向けられるだろう英雄さんの笑顔を想像し、この日はそれ以上のストレスに苛まれる事はなかった。
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