目的、アビリティ
「――魔王を倒せば」
「帰れるんですね? 元の世界に」
目覚めたかの様な感覚。目は開いていたのに意識が無かったかの様な曖昧な感覚を感じながらも辺りを見渡す。
物々しい鎧を着た兵士、混乱の色が見える9人のクラスメイト達。その中の1人が豪華な衣装を身に纏った王様の様な人と会話を交わしている。
(王様による現状の説明か……)
どうやら体は召喚されていたが意識の方は女神様の所に飛ばされていたらしい。お陰で説明は一切聞いてなかった。
「魔王討伐の為に勇者方への協力は惜しみません。是非とも鍛錬を積んでこの世界に平和をもたらして頂きたい」
「分かりました……皆、俺は魔王を討伐する! そうすれば俺達は帰れるのであれば、俺は戦う! 皆はどうだ!?」
勇者召喚の理由は魔王討伐、随分シンプルな目的な様だ。
「俺はお前に着いてくぜ?」
「小野寺……! ありがとう!」
魔王討伐に最初に名乗りをあげたのは葉駒林介、その次が彼の友人である小野寺篠内。
2人は幼馴染同士らしく、人当たりも良く学校ではカラオケに行かないかと俺を誘った事もある。
「わ、私も、やります……!」
「まぁ、やるしかないっしょ? あたし、魔法使うから誰か守ってよ?」
「私も、家族が待っているんです。やります」
女子も次々と参加すると言い出している。
「っち……気にいらねぇが、やってやるか」
「無理矢理やらされてるみてーで、気分がわりーけどな」
クラスの不良2人組みも、不機嫌なままだが立ち上がる。
「私も、頑張ります!」
「安奈が言うんだ、私もやるよ」
こうして俺以外の全員が立ち上がった。だが、俺だけは両手に地面を着けたまま、立ち上がれずにいた。
成長しないステータス。飲み込めていない状況。
俺は、黙って手を上げた。
「……紡君?」
「……王様、で良いんですよね?」
俺は王座に座る人物に質問を投げかけると首を動かし頷いた。
「女神の加護って、ご存知ですか?」
「っなに……!?」
「俺はそれを持っている。そして俺のステータスは国の兵士に求められるステータスの半分、それ以下の数値だ……これでも、俺を勇者と呼ぶんですか?」
王様と近くにいた家臣、周りの兵士はざわつき、訳の分かっていないクラスメイトは俺に疑問の眼差しを向けた。
「紡君? 女神の加護って、何?」
「……これがあると俺のステータス、力や魔力は成長しない。ゲーム的に言えば、レベルアップできないんだ」
俺の言葉にクラスメイトが驚愕した。
恐らく、既に王様からステータスの説明を聞いていたのだろう。
「――っははははははは!!」
静寂の中、不良コンビの1人が思いっきり笑った。
「なんだ、お前、レベルあがらない勇者とか使い物にならねぇな、おい! そんな勇者、ゲームでも使いたくねぇよ!」
「お、おい金堂!」
金堂旭はクラスメイトに咎められても笑い続けた。
「ははっはははは! 全く、しょうがねぇな! おい王様、俺達に協力は惜しまねぇんだろ? だったらこいつの世話見るくらい、訳ないよな?」
王様にそう尋ねた金堂の顔から、笑みが僅かに薄れている。
「し、しかし……」
王様がなにやら考えているが、金堂の目つきが途端に鋭くなった。
「見てやってくれよ。な?」
不良……とは言ったが金堂はケンカ好きで素行と口が悪いだけで、気に入らない奴以外には基本乱暴だが優しく接しているのを思い出す。
「わ、分かった。勇者様が望むのであれば……」
王様のその言葉を聞いて金堂はニヤッと笑った。
「んじゃあ、宜しく頼むな?」
***
クラスメイト達と共に召喚され、その際に女神の元に飛ばされレベルアップが出来なくなった俺は城の中を案内された。
先までいたのが王の間、魔法研究所も兼ねた図書館、食堂、空き部屋のある別館。
「3人程、前に出てきて貰いたい」
俺達を先導していたリーリン王国騎士団の騎士団長が最後に城の外にある訓練場へと案内した。彼に言われるがまま葉駒、小野寺、金堂の3人が前に出た。
「では3人に“アビリティ開放”と叫んで頂きたい」
「あん? アビリティ?」
金堂が難色を示した。そんな恥ずかしい真似をする理由が知りたいようだ。
「アビリティとは人間に与えられた能力の事です。1人に付き1つ、必ず持っております。大半が戦闘では役に立ちませんが、勇者方ならば素晴らしいアビリティを持っていると思います」
「アビリティ開放!」
騎士団長の説明が終わると同時に小野寺が叫んだ。
「……お、おお! なんかスゲェ力が沸いて来る! これは……!!」
傍から見ても何か変わった様子は無いが、小野寺は拳を握るとそれを空に突き出した。
「オッラァ!!」
気合の込められた拳の先が空を飛ぶ小鳥へと、見えない何かになって飛んでいく。
拳から放たれた何かが命中したのか、小鳥は空で静止するとその姿を大きく変えた。
翼を広げても30cm程度だった鳥は、大きく、大きく急成長し、3mの巨大な鳥へと変貌した。丸かった嘴も鋭くなっている。
「キェェェ!!」
大きな泣き声を上げ、暫く猛スピードで飛びまわっていた鳥だが、やがて元の姿に戻った。
「ふむ、オノデラ殿はエネルギー譲渡ですね。他者を短時間ですが強化します」
「すっげぇな! これ、ドラゴンとかにしてみてぇ!」
「手が付けられなくなりそうなので止めて頂きたい」
「凄いな小野寺! 良し、俺も! アビリティ開放!」
葉駒が叫ぶとその体から小さな光の粒が溢れ出した。
「なんだこっ――!?」
「うぉ!? 葉駒はえぇ!!」
目の前から葉駒が消えたと思ったら、数m離れていた小野寺の前を通り過ぎていた。
「光速化ですね。光ほど早い訳ではありませんが、光を放ちながらとんでもない速度で移動するアビリティですが――」
「わぁ!?」
「っきゃぁ!?」
騎士団の説明の途中だが、前進しようとした葉駒はそのまま図書委員長の傍で転んで、彼女の胸を両手で揉んでいた。なんてラッキースケベなんだ。
「――コントロールが難しい、と言いたかったのですが」
「は、は、葉駒君の馬鹿ぁぁぁ!!」
「痛っ!!」
ビンタを受けて痛がる葉駒を他所に、アビリティの確認は進んでいく。
金堂が触れた物を吹き飛ばす飛砲、図書委員長の光田命が魔法を文字にするワードナイズ等々、クラスメイトが戦闘に役立ちそうなアビリティを開放していく。
その最後に残ったのが、俺だった。
「おーい、導野。アビリティが無くてもお前の生活は保障されってから気楽にいけよ」
金堂の余計な一言にカチンと来るが、俺の不安を無くす為の挑発だろうと一度息を吐いてから頷いた。
「アビリティ、開放ぉぉ!」
さあ、もうどうにでもなれ。発動しないんじゃないかと言う不安を消し飛ばす為にヤケクソ気味に叫んだ。
「……」
「……」
「……」
バタリと俺が地面に倒れた。
「つ、紡君!?」
「おい!? 大丈夫か!」
皆が駆けつけてくる。あれ、何で俺に俺が見えているんだ?
『……!?』
そして漸く気が付いた。俺の視界が俺の眼球を離れてる事、俺の意識が俺の体を離れている事を。
『も、戻れ戻れ!』
(なんだ、幽体離脱か!? もしかして俺は死んだのか!?)
そんな恐怖を感じたが、意外な事に戻ろうと意識した瞬間、俺は起き上がった。
「っは!」
「紡君! 目が覚めたんだね!」
それを見ていた騎士団長が口を開いた。
「どうやら貴方のアビリティは、意識転移の様ですね」
「い、意識転移?」
「はい。自分の意識を体の外に転移させ、好きな場所を見る事の出来る能力です」
「だから俺の体の外に視界が移ったのか……」
戦闘向きではないが、それなら魔王の情報を集める事だって……
「ですが、魔族の中には霊体、物理的な体を持たない種族がいます。魔王の城に意識を飛ばして、体から離れすぎた意識が戻る最中に敵に捕まり戻らず死んでしまった者がいると、聞いた事があります」
駄目か……アビリティでも俺は役立たずの様だ。
「いいじゃねえか! すげぇうらやましいぜ導野!」
「こ、金堂……」
また笑う気か。そう思ったが金堂は腕を俺の首に回すと明らかに周りに聞こえる声量にも関わらず小声で言った。
「……なぁ……金は稼いで払うから、女子のパンツの色とか教えてくんねぇ?」
「金堂!」
「きゃあ、最低!」
おい、場の雰囲気を和ませたいのは分かったけど、俺に変なレッテルが付くだろうが。
「死んでも嫌だ」
内心、こいつの発想力を褒めていた。そういう使い方もありか。