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人魚、ダンジョン探索

「……」


 目が覚めて現実と向き合う時間が来ても俺は悪夢にうなされていた。


「……え、元の世界に帰っても俺これ続くの? 死ぬよ? 死んでも続くの?」


 途方もない絶望感にもうベッドから出る気力すらなくなりそうだが、なんとか洗面所へ向かった。


 王女による指名手配は無くなったが顔の偽装を維持しつつ元の宿屋で最悪の一晩を過ごした俺は朝食を取りながら今日の予定を思い出す。


 城に戻るまでの数日間を勇者達はダンジョンでのレベル上げに使う。


 俺もクラスメイト達と城まで同行する手段を手に入れる必要がある。その為にアマエルが考えた策は、ダンジョンを一部の冒険者達に開放する事だった。

 勇者パーティと同行する事を条件に入れる事で、金目当てではない先の襲撃によって防衛意識が高まった冒険者達だけでレベルアップを図るとギルドに説明したらしく、既に第二王女直々に試験が始まるとの事だ。


「流石に俺だけ裏口合格となれば兵士に怪しまれる。なので、俺も試験を合格する必要がある訳だ」


 内容は伝えられていないが、アマエルによると俺なら楽勝らしい。


「まあ、ステータスだけなら魔王より高いらしいしな……」


 しかし、メンタルのコンディションはこれ以上にない程最悪である。うっかり魔法が暴発してしまわないか心配だ。


「ええい! 兎に角目の前の問題を解決しなくちゃいけないだろ! 行くぞ!」


 宿屋を出た俺はダンジョンへと向かった。試験は入り口付近で行われると事前に聞いている。まだ時間はあるが余裕を持って――


「……ん? 誰か歌っているのか?」


 微かに聞こえて来た音に視線を泳がせる。なんだろう? 聞いていると吸い込まれる様な不思議な魅力が……歌詞の意味は分からないが、脳裏には海が思い起こされる。


 一度聞いた気がする、いや聞いたのは最近……? 思い出そうと頭の中を探りながらも俺は足を動かして街を歩いて、歩いて、森へ……


「……あれ? ここは、森の中? 川? 俺、何でこんな所に……?」

「私が呼んだからよ、私の英雄さん」


 後ろから耳へと届いた声が高い場所から聞こえて来たので振り返って見上げた。

 声の主は岩の上に座っていた。いや、正確にはその体の構造上立つのが難しいのだが……


「……あ、あの時の人魚!」

「マーメイドのメリカです。以後、お見知りおきを」


 岩の上で丁寧なお辞儀を披露した彼女は以前、エコントへ向かう道中で俺を歌で洗脳し、偽装魔法を解いたせいで逆に俺に魅了された人魚だった。


「歌のせいっていっても、此処から町まで結構距離があったのに……」

「ええ。普通は貴方に届きませんし、仮に届いても貴方以外の者を誘ってしまうかもしれない。ですので、私の歌を届けて頂きました」


 そう言って自分の腰辺りを叩く動作をする彼女を見て、俺はポケットに手を突っ込んだ。


「な、何だこの小さな貝殻は!?」

「所持していると私の声が聞こえてくる魔法の道具です。ふふふ、これで何時でも貴方に私の歌を届けられますね?」


 なら捨てればいいだけじゃ……あれ? 瞬時にポケットに何かが入ってきた。


「決して主の元を離れないおまじないを掛けておきました」

「それはおまじないじゃなくて呪いでは?」

「ふふふ、私の歌が何時でも聞ける素敵なアイテムですので、是非肌身離さず御持ち下さい」

「……えーっと、それで君の目的は? 商品紹介も終わったし俺は帰ってもいいかな?」


 意外な事に、メリカはどうぞどうぞと言って微笑んだ。


「でも、忘れないで下さいね? 私が貴方を呼びたいなと思ったら何時でも歌ってお誘いしますね?」


 暗に彼女の望みを叶えるまで何度も操られると言われてしまった。


「なるほど……分かった。それで、何が望みなんだ?」

「ふふふ、私は本当に英雄さんにイタズラなんてしないわ。だけど、そうね。私、実は貴方の為に今慣れないお仕事をしているの」

「仕事?」

「内容は言えないけれど、でも安心して。絶対に貴方の役に立つ事だから。

 だから、そのお仕事の報酬として私、キスが欲しいわ」


「……え」


 いや、いやいやいや、さ、流石にキスはその……ねぇ?


「ハードルが高いんじゃ……?」

「難しいかしら? 別に、頬でも良いのだけど?」


 頬なら……いや、良く考えろ! この場面もきっとあの女神様は絶対見ている。頬だろうとキスをすればきっとロクでも無い目に……!


「大丈夫。女神には見えない様に結界が張ってあるから。

 本当よ? 試しに意識転移を使ってみれば?」


 なんでこのメリカが意識転移や女神の事を? と思ったが言われた通りに発動を試みる。出来ない。


「この場所では例え自分の物でもあっても意識だけ、霊体になれないし干渉も出来ないわ。だから、私にキスをしても誰にもバレない」


 そう言って自分の頬を撫でるメリカ。


「別に私は1時間くらい歌ってもいいけど、貴方はそうも行かないでしょう?」

「……分か、った」


 一夫一妻の日本人としては付き合ってもいない女性にキスなんて不健全なのは理解しているが、俺に選択肢の余地はない。


「……さぁ、どうぞ」


 キスをする為に近付いて良く見る彼女の顔は人間と変わりなく、否、何処かサキュバスのミラに近い魔性の輝きを持っている。自制力のせいか、ドキドキはしない。

 元の世界ではあり得ない自然な色の長い青髪を手の平で持ち上げて晒された頬に、そっと唇で触れた。


「ふふふ、貴方の唇の感触、絶対に忘れないわ」

「もう、行っていいか?」

「ええ、英雄さん、また会いましょう?」


 俺は二度と会いたくないけど……


「じゃあな」


「悪い人……私はこんなに胸が高鳴っているのに、貴方の鼓動は乱れもしないのね?」

 



***




 意外にもダンジョンへの同行試験の参加者が多かったお陰で、森から帰って来てからも十分時間があった。


「次、29番!」

「俺の出番か……」


 試験の場には兵士と、アマエルがいる。こちらを見て軽く微笑みながら、直ぐに真面目な顔になった。


「29番、ツムグさん。これは勇者達と共に戦う名誉を得て、魔族からこの街を守る為の試練。その最初の門がこの試験です。準備はよろしいですね?」

「ああ」


 アマエルが手を叩くと傍に控えていた女性が2人、前に出ててきた。

 どちらも服装は戦闘を想定は戦闘を想定されたモノだが、騎士とは大きく異なっている。試験の為に呼んだ冒険者だろうか。


 一人は男の俺と同じ位のうなじを隠さない位のショートヘアーで動きやすそうな布服、腰には大き目のナイフ程度が入りそうな革の鞘を携えている。


 もう一人は鉄兜で顔は分からないが体の半分が隠れる程の大きな盾と体を覆う鈍い銀色の鎧が特徴的だ。だが、腰から下は金属の部分は少なく、足は革の膝当てを使っており、動きやすさを重視している様だ。


「始め!」


 戦いの説明は一切なく合図だけで前に出た二人がナイフと盾を手に駆け出した。

 なるほど、実力を見せる為の試合だと思い説明を待っているとこの強襲に対応出来ずに不合格って感じか。武器を抜く時間も与えられない。


(そもそも、今までも魔法位しか使ってこなかったからそれに関しては問題ないか)


 自制力を認識できたおかげか、この程度の攻撃には怯む事無く対処出来る。

 盾持ちの戦士の裏に盗賊が隠れた。


「なるほど――」


 俺は盾の突進を右に避けた。すると盾の裏から盗賊が飛び出してきた。

 回避行動時に隙だらけになる瞬間を狙って盗賊が仕留め――いや、ワンテンポ遅れながらも俺の前を通り過ぎた戦士が盾の後ろから剣をこちら目掛けて構えている。例えこれを避けても追撃が来る訳か。


「悪いね」

「な――!?」


 右から斬りかかって来る盗賊の動きを見切った俺は、その腕を掴んで彼女の勢いを利用して左の戦士へと投げつけた。


「うぁっ!?」

「アースウォール!」


 倒れ込んだ彼女達を囲む様に土で囲んだ。

 暫く待っても中から動きは無い。


「……これで良いのか?」


 周りの兵士達が驚く中、俺は遠慮がちにアマエルに聞いてみた。


「はい。29番のツムグさん、合格です」


 予定調和ではあったが、これで俺はダンジョンへの出入りを許可された様だ。


 手続きの処理を行う為にギルドに向かい、それが終わると再びにダンジョンに戻ってきた。その間に他の冒険者、恐らく脱落者と思われる彼らの視線が痛かったが実害は無いので放っておいた。


 戻ってくるともう試験は終わったらしい。俺を見て一瞬微笑んだアマエルだが、周りの人間に気付かれる前に真剣な表情になった。


「勇者様方、ご紹介します。この度ダンジョン探索に同行する事になりましたツムグさんです」


「よろしくお願いします」


 と、クイっとメガネを指で押す動作をする連谷。


「お、おう、これから、よろしくなぁ!?」


 口調の安定しない金堂。


「よろしくお願いします!」


 何時もより元気そうな山仲。


(今更だけど、この3人……いや、金堂と山仲と一緒に潜入救出とか大丈夫なのか?)


 二人の演技力のなさに不安を覚えながらも俺も初対面としてふるまう。


「勇者様、俺はツムグと申します。どうかお見知りおきを」


 そんな挨拶を終わらせると、アマエルと共に先の試験で俺の相手をした2人が少し気まずそうに一緒にやってきた。


「……戦士、ルカナだ。此度のダンジョン探索にて勇者様方と同行させて頂きます。よろしくお願いします」

「盗賊のレイ。実力はそこにいる男には劣るが、罠の解除や索敵の心得はある」


(まあ、自分を倒した相手がいるんだからそう言う反応も仕方ないよなぁ……)


 とはいえ、俺はダンジョンに潜るのは初めてだし出来れば彼女達に活躍して貰いたい……だが、それを彼女達の前で言うのは酷だし、兵士達に俺の力と経験の差に不信感を持たれてはいけない。


(それに俺が城に戻る際に同行する為にせめて何か手柄を立てて置く必要がある。ダンジョン内でそうそう都合よくアクシデントが起こる事は無いだろうし、アピールはしっかりしないとな)


「では、自己紹介もそこそこに行きましょう。勇者様達には余り時間が御座いません」


 顔見知りのクラスメイト達との演技による距離感、同じ職業である冒険者達と出来てしまった溝。アマエルは……兵士達をダンジョンの入口に待機させるらしい。


(あれ? これ、俺を他の奴らから遠ざけるアマエルの策略なのでは……?)


 そんな勘繰りをしてしまう。

 大きな岩に穴をあけて洞窟にした様な入口とは異なり、中は所々崩れてはいるが床、天井、壁すらも同じ模様が同じ間隔で彫られている。松明の置かれた入り口付近はまだ明るいが、奥の方は光が一切ない。


「では、盗賊であるレイさん、先導してください」

「ああ」


 王女に対して軽く返事をする。まあ、実力で決められた冒険者だし敬語なんて気にしなくていいか。俺も、敬語は最低限の方が冒険者らしいか?


「私が明かりの魔法を使います」


 アマエルの光が俺達7人を包んだ。一応これで最低限の視界は確保できそうだ。

 明かりを得てから見るダンジョンの通路は意外と広い。もしかしたら此処に住む魔物の戦闘スタイルに合わせているのかもしれないが、人間側もパーティでの集団戦がしやすいので大した有利不利はないだろう。


「魔物の様子はどうですか?」

「……昨日、殆ど誰も入らなかったからか魔物の数が多い。前方に5匹。恐らく1階に住処を持つエコントウルフだ」


「ウルフなら勇者様方でも対処できますね?」

「ああ、問題ねぇ」


 金堂が答え、女子の2人も頷くと1歩前に出た。俺と合流するまでの間に彼らも強くなっている筈だ。その実力、見せて貰おう。


「ウルフは既にこちらに気付いている。通路を並走して近付いてくる」


 その姿は俺でも目視で来ていた。通路を広く使って来ている。

 恐らく、冒険者パーティの定番、前線で守って後方が攻撃を彼らなりに分析した結果なんだろう。これなら5匹全てを1人2人で捌く事は出来ない。


「“風の槍よ、双璧となり敵を貫け”ウィンドランス!」


 連谷は丁寧に、それでいて早く呪文を詠唱し魔法を発動させた。突然現れた2つの突風に右端と左端のウルフは飲み込まれ、全身を切り刻まれた。


「飛砲球!」


 昨日宿屋で見た金堂の技だ。中央のウルフ目掛けて鉄球が放たれ、体を後方へと吹き飛ばした。

 流石にその光景にウルフ達の前進が遅くなった。


「行っくよぉ!」


 そして最後の山仲なのだが……なんだアレ?


 山仲は剣でも構えるかの様に持っているが、魔法の杖らしき物の先端から水で出来た3メートル程の爪を振り回して攻撃する――


「――鮭取り!!」


 随分ユニークな攻撃名だが高圧水流を振り回される相手からしたら溜まったモノでは無いだろう。ウルフ達は無いが起きたか理解するまでもなくバラバラにされた。


「えいえいえいえい!」


 しかし、山仲は一心不乱に振り続ける。目を閉じているので魔物が死んでいる事にも気付いていない。


「おい。山仲、終わりだって」


 金堂に声を掛けられて漸く山仲は止まった。


「……あ、ごめんね?」

「良いけど、他の連中皆引いてるって」


 俺自身も確かに驚いたが、他の冒険者の反応を見てみるとルカナもレイも確かに引いているようだ。


「勇者、まさかこれ程とは……!」

「四季の女神の使者はこれ程の勇者を未熟と言ったのか……!?」


(ごめん、俺も把握してなかった)


 だが、俺が思っている以上に、特に女子の戦闘能力が高かった。

 余計な心配だったかと、俺はそっと胸を撫で下ろした。


「初戦で呆けている場合ではありませんよ。魔物達も今の戦闘で警戒心を高めているでしょうし、レイさんは引き続き先導を」

「りょ、了解した」


 どうやら、そんなに心配の要らない探索になりそうだ。


感想や誤字報告等、お待ちしております。

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