撃退、クラス集会
俺は屋根の上から街の中で声を上げる人々を見ていた。彼らは皆、先程よりも焦っていた。
今から数分前、クラスメイト達3人、つまり町民達の知っている勇者達によりこの街の危機が知らされた。
魔物の軍勢が現れ、この街に向かって進軍している。逃げろ。
それだけの事だが、それを発したのが勇者達であれば話は別だ。
「皆の希望である勇者が危険だと判断したとなれば、唯の警報よりも慌てるだろうな」
もしかしたらこれのせいで余計な事故を引き起こす様な事態になるかもしれないが、こればかりは俺が呑み込むしかない。
「悪いけど、この状況は絶対に利用させてもらうからな」
そう呟いてみたが、誰にも聞こえやしない。耳に聞こえる喧騒に急かされる様に立ち上がった。
「さて、そろそろ行かないとな……」
擬態魔法で小さなトカゲに化けた俺は誰にも見えない小さな体と女神の加護で手に入れたステータスを使って街を抜け、外に出てると近くの森に急いだ。
「久しぶりだな、アエ」
「随分と待たせてくれたな、ツムグ。なにやら騒がしいようだが」
「ああ、街に魔王軍が迫っているらしくてな」
「ほほう、では暴れるのか?」
アエは好戦的に笑うが今回の目的はそうじゃない。
「今回は追い払うだけだ。ただし、俺が目立つ必要がある」
「目立つ? ツムグはずっと人目を避けて行動していた筈だが」
「ああ、だけど今回は思いっきり人目を集めたい。だから、演出に協力してくれ」
「うむ、任せろ! ツムグの為なら喜んで引き受けよう!」
「ああ。頼む」
俺はアエに簡単な作戦を説明した。その間にもクロエナとその軍勢は街へと接近しているようだ。
「――これだけだ。そろそろ行かないと間に合わなそうだな」
「うむ、了解した! 任せよ!」
俺はアエの上に乗って奴らの進行方向へと向かった。空を飛んでいる奴らは既に見張りの砦を越えて、目視で確認できる程に近付いている。
『な、なんだあのドラゴンは!?』
上空を飛び、外壁の前までやってきた。一応、城の兵士とエコントの兵士や冒険者達も迎撃の準備をしている様だが足並みがそろっていない様だ。その中にクラスメイト達の姿もある。
「聞け! エコントの民達よ!」
金髪でイケメンな姿に擬態した俺はなるべく偉そうに大声で外壁にいる全ての人々に言い放った。声量も擬態魔法の応用で大きくしている。
「私は、四季の女神より遣わされた使者! 未熟な勇者達に代わり、今この時、この地を守る者である!」
俺の言葉に兵士達や冒険者達は困惑の表情を浮かべる。中には挑発か何かと勘違いして怒りに近い表情を浮かべている者もいる様だ。
俺はアエから飛び降りた。
(このまま風魔法を使って浮遊を――あれ?)
ゆっくりと、魔法も使わずに空中に足を付ける様に止まれた俺は何故それが出来たのか、と言う疑問を一度置いておき、演出としての魔法を発動させる。
「サンライズ!」
俺が発動させたのは女神様から貰った加護の1つ、“夏に太陽の光が差す魔法”だ。
その魔法は曇り空に隠れていた日光を降り注がせ、俺を照らした。
『う、うおおおおおぉぉぉ!!』
その姿に希望を見た人々は叫び声を上げ、謎の力で浮いたまま俺はやってきたクロエナを将とする魔族の軍勢を見つめた。
「覚悟しろ」
「つ、ツムグ……様……!?」
「フレイムバレット!」
相変わらず攻撃魔法は初級しか使えないが、出鱈目ステータスに物を言わせて人間サイズの炎の球を数十個、周囲に展開した。俺の姿を見たクロエナは勿論、その後ろの魔族達も動揺している。
「まあ、耐えてくれよ――なっ!」
一斉に十数発を放った俺は、直接当てずに奴らの前で爆発させた。
『ギョエエエェェェェェ!?』
『がぁっぁぁぁ!』
だが、集団で集まっていたせいか回避が思う様にいかず爆風や爆音でダメージを受けた者はいる様で、何人かは体の何処かを抑えて痛がっている。
「魔の者達よ、まだこの四季の女神の使者である俺とやり合うか?」
「……ツムグ、様……!!」
だが、将軍であるクロエナは剣を構え、怒りの表情でこちらへ迫ってきた。
流石に素手で受けようとは思えなかったので威力を抑えたウィンドカーテンを放って後ろへと吹き飛ばした。
「ツムグ様! しっかりなさって下さい!!」
「……? クロエナ、何を言って――」
「――今すぐに、忌々しい女神の洗脳から解き放って差し上げます!」
とてつもない誤解をしてやがる。女神の加護の事を言っていなかったのが裏目に出てしまったか。
「クロエナ……」
俺は小声で喋りかけた。
「これ、芝居だぞ?」
「え?」
「ちょっと女神の使者だって名乗る理由があるだけなんだ。大人しく帰ってくれ……!」
「そ、そんな事言われても――きゃぁぁぁぁ!?」
俺はもう一度ウィンドカーテンを、今度は広範囲に広げて放ち、まだ後ろに待機しているクロエナの軍を巻き込む様に放った。
あまり会話をしていると後ろの町民達に不審がられる。既に逃走を促す様な攻撃しかしてないし、あまり時間は掛けられない。
「退かないのであれば――!」
頭上で持ち上げる様に、今度はフレイムバレットを1つだけ出すと徐々に徐々に大きくしていく。
「お、おいおい……! 嘘だろ……」
人間サイズから倍に、更に大きく、大きく……恐らくそれを見ていた彼らはこのままでは第二の太陽になってしまうのではと思うだろう。俺も、魔法で自分の力を測る様な事はしていなかったのでどこまで大きくできるか興味はある。もっとも、流石にこれ以上大きいと放った時にどれほど周りに被害を出すかは分からないが。
「く、クロエナ様!? ど、どうすれば!?」
「――って、撤退だ! 急げ!」
漸く撤退した……魔族達が去っていくのを見て俺はフレイムバレットを縮ませた。だが、それでは町の兵士や冒険者は納得しないだろう。
「吹き飛べ」
逃げる奴らの背後に向かって巨大な炎の塊を放った。大きさの割にはバレットの名の通りそこそこの速さで飛んでいくのでこのまま放っておけば命中してしまうだろう。
「2度目で芸が無いかもしれないが――爆発しろ」
もう一度、今度は視界全てを埋め尽くすほどに派手に爆発させた。
***
「うぉおおおおお!」
「宴だぁ!!」
「飲め飲め! 四季の女神様に乾杯だぁ!!」
魔族襲来、そして撃退から1時間後、避難していた人々も帰ってきて街は大盛り上がりだった。
俺もまた違う姿に擬態しながら街へと帰り、戦いの後のゴタゴタに乗じて国の兵士の警備が薄れた宿でクラスメイト達と合流した。
「紡君!」
「やったじゃねえか!」
「まさか、本当に魔族を撃退するなんて」
「ははは……やり過ぎたかも」
少し不安だったが、彼女達はあれ程の力を見せた俺の帰還を喜んでくれた。
「それじゃあ――色々話さないといけないな」
俺は3人に帝国の洗脳計画について話した。
「なるほど……それが彼らの企みでしたか」
「国の名前まで嘘を教えていたって……ロクでもない奴らだな」
「でも、王女様は紡君の事が好きなんだよね? お願いしてみたら?」
『……は?』
山仲の爆弾発言で他の2人の顔に驚愕が浮かび上がった。
「ちょ、ちょっと山仲さん……?」
「おいおいおいおいおい、紡さん? そろそろそのモテモテ魔法について説明してくれねぇか?」
「いや、だからステータスが……」
「そう言えば集中して忘れてしていましたが私の初恋を奪った事に関して、責任意識はありますか?」
「良く分からない責任が発生してません!?」
「ねぇ、私もちゃんと目が見たいなぁ?」
だいぶ話が逸れた。俺は一度咳をしてから話を戻した。
「それは後で要求するとして……他の皆は? 誰か変わった様子の奴とかいなかった?」
「実は、4日くらい前から城の外をこの3人で過ごしていたので、他のクラスメイトの姿すら見ていないんです」
「恐らく、分断して洗脳すんのが連中の狙いだろうな」
「そういえば葉駒さん、小野寺さん、光田さんの3人が一度城に帰されたと聞きましたが……」
「あの3人はお人好しだったからなぁ……洗脳された可能性は十分あるだろ」
となると、やはりアマエルを脅すなりして洗脳の解除を――そう思った時。
「――見つけましたよ、ツムグ様」
突然開いた扉の先に、アマエルが立っていた。それを見た連谷と金堂は立ち上がり、彼女を睨みつけている。
「王女、アマエル……!」
「丁度いい、そのツラを貸して貰おうって思ってた所だぁ!」
金堂の腕が光った。それはこの世界に来て一度だけ見た、触れた物を吹き飛ばすアビリティ、飛砲だ。
「いや、金堂ちょっと待ってくれ」
「安心しろ、ちょいと痛めつけてやるだけだ」
俺の制止に止まらず、金堂は服の袖から鉄の球を取り出して力を込めて握った。
そしてアマエルへと勢い良く突き出し手を開いた。
「飛砲球!」
投げ方からは想像できない程の速さでアマエルへと向かうソレを見て、俺は金堂の顔の前に開いた右手を伸ばした。
「――な、に!?」
俺の手の中に、反射して金堂へと飛んできていた鉄球が握られていた。
「流石はツムグ様。良く捉えましたね」
「結界か……」
連谷はそれを見て警戒心を高めたが、流石に攻撃する訳にはいかなくなり持っていた杖を僅かに下げた。
「こんにゃろぉ……!」
皆、ちゃんと俺がいない間に強くなった筈だがアマエルはこの世界の住人なのでレベルやステータスでは測れない強さを持っている。やはり彼女と戦うのは分が悪いか。
「何の用だ」
「勿論ツムグ様、貴方に御用があって参りました」
アマエルは俺へ1歩踏み出すと、笑顔で言った。
「私をお嫁にして下さると言うお話、返事を聞かせて下さいますか?」
「……何言ってんだてめぇ?」
皆が数秒沈黙した中、金堂の口から自然にそんな言葉が出た。
「いえ、おかしな事は言っていませんよ?」
「おかしな事だらけだろうが!」
「……脅迫のつもりか?」
アマエルは笑う。護衛はいない上に、勇者達に囲まれているこの状況で何の恐怖も無く笑っている。
「あの勇者3人は姉様のお気に入りで尚且つ魔王討伐に置いて最重要戦力です。彼らへの命令の主導権は全て姉様へと引き継がれていますが、洗脳を施したのはこの私です」
「洗脳を解除できるのはお前だけ……って事か」
「そうです」
その言葉に隣の金堂の顔は怒りに燃えていた。このままだと暴れ出すかもしれない。
「その条件を俺が呑んだとして、お前が洗脳を解除する保証は?」
「……どうやら、少し思い違いをしていますね」
「何……?」
「私のお願いはお嫁にして下さい、です」
……? 確かに城の時に言われたのは俺を婿にすると言う話だったが、それになんの違いがある?
「もしや……!」
連谷が何か思い至った様で、アマエルの目を見て言った。
「アマエルさん、貴女は家を出たいんですか? 彼の、導野さんの妻となって?」
「その通りですよ」
「……は?」
『――はあああぁぁぁぁぁ!?』
「な、な、なんでそうなる!?」
「いやいやいや、絶対嘘だろ! 罠だろ!?」
「え、え!? そんな、映画みたいな……! 逃避行!? 駆け落ち!? でも、紡君は私の――」
アマエルと連谷以外の全員が同時に慌て始めた。勿論、俺もパニックなんだが……
「ふふふ、ツムグ様といられるなら、第二王女なんて半端な権力も財力も、息苦しい肩書も全部要りません。だから……私をセンテ帝国から攫って下さい」
「……ふぅぅ、ふぅぅ、ふぅぅぅ……!」
落ち着け。落ちつくんだ。なんだ? もしかしてもうアマエルの術中か?
「ですが、それは導野さんを城へ誘い出す為の嘘ではないと言う証拠がありません」
「もう、無粋ですね。恋する乙女が想い人の為に全てを投げ捨てているんですよ?」
「どうすんだよ紡? 俺はもうなんだか拍子抜けして力が抜けちまってよぉ……」
「紡君!? 結婚は駄目だよ!? 私なんて、まだ放課後デートだって誘えてないのに……」
彼女の登場だけでこうも場をかき乱される中、やっぱり苦手だと再認識した俺は――不意に四季の女神様に言った言葉を思い出した。
「――友達! 先ずは友達からだ!」
「……友達?」
「そうだ、友達として、アマエルの家出を手伝う。ついでに、葉駒達も助ける! ……それでいいか?」
「……少々、距離が遠い気もしますが……良いでしょう。段階を踏まないといけないなら、そうしましょう」
渋々俺の提案を受け入れたアマエルを見て、俺は1つ大きなため息を吐きつつ天井を仰いだ。困惑はしたが、これで一歩前進した筈だ。
(元の世界に帰る。その為にも、先ずは他のクラスメイト達とも合流しないとな)
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