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襲撃、王女の堕落

「やばい! 一番見つかっちゃいけない奴に見つかった!」


 宿屋のベッドに倒れていた自分の体に意識を戻した俺は焦りに焦っていた。


「どうする、どうするどうする!?」


 アマエルに見つかったが、馬車には3人のクラスメイトが乗っていた。彼らを放って置いて良いのか?


「さっさと城に乗り込むべきか? でもあいつには転移魔法が……!」


 本能的に彼女の危険を感じられる。この世界の魔法は未だに未知数だ。もしステータスを完璧に封じ込められる魔法が存在するのであれば俺に勝ち目は無い……いや、待て。


「そうだ。アマエルはそもそも俺本体が何処にいるかまでは分からないんじゃないか? 意識転移の移動範囲は広いし、この周辺に俺がいる事にまでは気付かないんじゃ――」


『おい、見たかあれ!』

『ああ! あの似顔絵の奴を見つければ一生遊んで暮らせるだけの賞金が貰えるぞ!?』


 駄目だ。気付かれた上に先手を取られている。


「くそ……! 兎に角一度宿を出ないとな」


 俺はパレードで従業員も客も残っていない宿を後にし、偽装魔術で取り敢えず髭を生やした金髪の人物に見える様にした。勿論、高い魅力を隠す為の目への偽装も忘れない。


「これで良いか……」

「おいアンタ!!」


 冒険者らしいゴツイ男に声を掛けられた。もしや、偽装がバレてる?


「この宿屋に、この似顔絵の奴がいなかったか!?」


 そう言って見せられたのは、教科書でしか見た事が無い様な肖像画だった。一目で俺と分かるほど正確に書かれている。


「確か……昨日まではいたと思うが……」

「おお、そうか! よっし、これで賞金は俺の物だ!」


 ゴツイ男は去っていた。良かった。偽装は成功したらしい。


「それにしても俺と顔を合わせてこの短い間に、前もって用意していたであろう肖像画付きの手配書を配るって……やっぱりあの王女はヤバいな……」


 恐れている場合じゃない。この調子だとその内偽装魔法にまで手を打たれるだろう。


「仕方ない……此処は一旦3人と合流しよう」


 俺がもっとも危惧したのはあの3人を人質に取られる事だ。勿論、他のクラスメイトをどうこうされてしまえば同じだが、取り敢えず最初は3人には事情を話せればこっちの手も増えるか。

 兎にも角にも、まずは表通りへ――


「――うわっ!?」

「っと、悪い」


 狭い裏路地から出ようとした瞬間、前から走ってやってきた人にぶつかった。


「ご、ごめんなさい! 私、急いでて!」


「いや、問題ない――」


 顔を隠そうと慌ててフードを抑えながら相手の顔を見た俺は服装こそ戦う為の装備になり物々しいが、山仲だと気が付いた。


「山仲?」

「え……どうして私の名前を?」

「あ、そうだった……!」


 当然の再会に驚いたが、今は顔を偽装したばかりだった事を思い出して直ぐに瞳以外の魔法を解いた。


「俺だよ俺。紡だ」


「…………つ、紡、君?」


「ああ。久しぶりだな」


 突然の事で驚いている様だが、偽装を解いたままの姿で人目は避けたい。

 俺は彼女の手を掴んでもう一度来た道に戻った。


「話はあとだ。取り敢えず、どこかに隠れないと……!」

「あ、え、あ……!」


 物陰に隠れ、辺りを確認してから視線を仲山に戻した。


「……改めて、漸く会えたな山仲」

「本当に、紡君だぁ……!」


 山仲に強く抱き締められた。それになんだがホッとした。俺はまだ彼らに仲間だと信じられている事に安心したんだ。


「話す事は色々あるし、もしかしら突拍子の無い事だらけかもしれないけど聞いてくれるか?」

「うん。紡君、聞かせて」


 俺は彼女に女神の加護の事と王女達の企みを話した。当然、魅力(女性周りは流石に……)についても。


「……」


「……悪かったな。もしかしたら、そう言う感情もあったかもしれないけど、それは――」

「――ううん、違うよ。それだけは絶対嘘だよ」


 一番謝りたかった事を否定されてしまった。でも、あまりにも真っ直ぐなそれに触れた事が無い俺は顔と話を逸らすしかなかった。


「と、兎に角、あのアマエルって王女は不味い。他の2人共にもこの事を知らせてくれるか?」

「うん。分かった。でも、紡君は?」

「俺はどうにかして城に戻ってみるつもりだ。それで他の皆も助けて――」


 ――突然、僅かな足音が聞こえ慌ててそちらを振り返った。


「――果たしてそう上手くいきますか?」


 俺は山仲を庇う様に前に出た。こちらに微笑みながら進んでくるのはやはり王女アマエルだった。


「アマエル……!」


「ツムグ様がこの街にいる事を仄めかせば、アンナ様が飛び出して探しに行く事も、貴方様が彼女に接触する事も簡単に分かっておりました。もっとも、手配書の懸賞に目が眩んだ冒険者達の方が先に見つけられると考えていましたが……ふふふ、絆、と言う物ですか? 羨ましいです」


 確かに目の前の王女様は不気味な魔法を操るが、今の俺のステータスは平均19000越えの普通の人間では到達不可能な数値になっている。正直、これで日常生活に支障がないのが不思議な位だ。


「言っておくが、今の俺は早々簡単に捕まるつもりはないぞ?」

「ふふ、別に私は力で貴方をどうこうするつもりは御座いませんよ? ですが、私の前で何時まで偽りの瞳を向けるのですか? 正直に言いますと、余り良い物では無いのですが」


 偽装魔法に気付いたのか。だけど、魅力を封じているだけだし解除してやる必要も無いだろう。


(いや、待て。瞳の魔法が邪魔だって言うこの流れ、もう何度も見たぞ……)


 この前の人魚やエルフ同様、アマエルを惚れさせて……いやいやいや、確かにそれなら上手くいけば全ての障害が解決するかもしれないが、そんなうまい話があるか。


「では先ずはその魔法を――っ!?」


 俺は近くにあった木樽を投げつけ、その間に山仲の手を引いた。


「逃げるぞ!」

「う、うん!」


 偽装魔法で姿を変えると俺は多少強引ではあるが街から脱出してアエと合流する事にした。流石に俺のステータスをフルに使ってしまえば街への被害が無駄に大きくなってしまうので、忍者の様に壁を蹴って屋上に到着すると、跳躍して別の建物へ飛び移った。

 1つ2つと超えた後に、俺はお姫様抱っこで抱えてしまっていた山仲に一言謝った。


「すまん、山仲」

「だ、大丈夫! ぜ、全然、大丈夫だから」


 平気そうに笑うその顔は突然俺の腕から消え去った。その代わりに――


「――まぁ、ロマンチックですね? まるで勇者様に助けて貰ったお姫様みたいで……まあ、私は本物の王女ですけど」

「アマエル……!?」


 悪魔の微笑みがこちらを見ていた。入れ替わる様に現れたアマエルは俺の顔に右手で触れた。


「さあ、どうかその素顔を私にお見せ下さい」




***




 この人生において、私に輝く機会は一度も訪れなかった。何故なら、私には姉であるアマンダが存在していたからだ。


 最初に生まれ、第一皇女に定められた姉は温厚派で帝国の発展と戦力増加を滞らせていた父上の娘とは思えない程に好戦的で、彼女のその性格と7歳で既に男性騎士を圧倒する剣の才能が知れ渡ると父上に不満を抱いてた貴族達は姉の後押しをする様に動き始めた。


 一方、剣の才能はなかったが魔法の才能が12歳で露わになったのが私。既に望まぬ結婚や政治の道具として扱われる事になると家族を含む周りの人間に思われていた。


 特に私の、普通の人間ではまともに使う事が出来ないとされていた精神干渉の魔法は使えば使う程強力になり、剣の腕で見放されていた私が唯一返り咲く為にと研究と理解を深めていった。


 攻撃の基本となる属性魔法は勿論上位のモノを全て習得し、一国に10人も居ないとされる転移魔法の使い手になり、最初こそ多少他人の感情を抑えたり荒らしたりする程度だった精神干渉もある程度精神的に隙のある者を洗脳するまでに至った。


 ――今思えば、それが私がもっとも輝いていた時だったのかもしれない。


 今まで、私に与えられる筈だった全てを独占して来た姉に一矢報いるチャンスが回ってきた。それが帝国の王位継承者となる資格があるのかを披露する成人の儀だった。


 私はその儀の中で、姉であるアマンダとその下に付く貴族達を洗脳しようとした。

 

 ……だが、その結果は予想外の物だった。

 

 アマンダには剣の才能以外にも、なんとあらゆる魔法が効かないと言う数代前から失われていた“白竜の鱗”と呼ばれるアビリティを有していた。

 姉自身、私が放った魔法で傷が付かなかった事に驚いていたがそんな物を持っているとなればアマンダ以外の誰が皇女に認められると言うのだ。


 結局、彼女が触れただけで貴族達への洗脳魔法も解けてしまい、逆に私が貴族達からある脅迫をされた。

 それは、もはや失脚の瀬戸際まで追い込まれた父上が最後の悪あがきで私達に下した継承者が複数いる場合の習わし、帝国の発展と言う命題への協力だった。


 貴族達はそれが出来なければ私の洗脳魔法を理由に、王族であろうと裁くと言う神聖国へ身柄を引き渡すと脅してきた。


 王族であれば守られる訳ではない。寧ろ、第二継承者なんて争いの種でしかない私が自発的に消えてくれるのであれば喜々する者もいるだろう。


 その要求に従うしか、道は無かった。


 手始めに私は父上の感情を怒りに向け、荒っぽい姉への協力を促した。

 何も知らない姉に敵対を装いつつ協力する、茶番の様な継承者争い。それが終わってしまえば私は今度こそ用済みとなり、殺されるかもしれない。


 そんな恐怖の置き場所を、私は探していた。


 ――探していたそれは、意外にも継承者争いの中で見つかった。


 女神の加護を持つ役立たず。姉の計画には一切不要な駒。

 私と同じ、いや、この城で私以下の価値しかないだろう。

 意識転移で私達の話を聞いてしまったソレなら、私の手で飼い殺して処理してしまっても問題ないだろう。


 だが、自分でも驚いてしまったが翌日に生身の姿を見るとその人物は私のタイプだった様だ。

 なら、私の手でもっと惨めにしてあげよう。どうやら、ずっと周りや環境に責められ続けていた私は加虐心を燻らせていた様だ。


 ――しかし、それすら姉によって取り溢してしまった。


 彼が消える間際に漸く私は、加虐心と共に向けていた自分の本心に気が付いた。


 漸く見つけた。今度こそ、今度こそは!

 

 私は、本心で彼と向き合う為に彼の顔を隠す魔法の仮面を、全て剥がした――――!

  



***




「あ、紡君! よかった、無事――!?」


 アマエルと出会った裏通りに戻ると直ぐに山仲と合流できた。だが、彼女の顔は再会した時以上の驚きに満ちていた。

 それもその筈。何せ先までアマエルから逃げ回っていた俺がその彼女を背中に乗せているんだから。


「つ、つむぐぅ、様ぁ……しゅきぃ……らいしゅきぃでぇすぅ」


「あー……山仲、その……例の魅力のせいでな……

 ……取り敢えず無力化出来たからいいけど、本当は無闇やたらに使わないつもりなんだが――」


「――ずるい」


 山仲が言った言葉に耳を疑った。


「まさか、これを見ても俺の顔を見たいのか?」

「だって……」


 俺の背に乗っているアマエルの顔に指が差された。思わずそちらを振り向くと、先程まで妖しさと余裕を持っていた金の髪の王女様は頬を赤く染め、だらしなく緩めたままうわ言の様に俺への好意を口にしている。


「こんなに幸せそうな女の子、初めて見たもん」


「し、幸せ……なのか?」


「幸せだよ! 好きな人の一番素敵な顔が見えたんだもん。

 いいなー……ねぇ、今度は紡君の素顔、私にも見せてね?」

「はっはっは……絶対ダメ」


 それからずっと偽装魔法の解除をせがむ山仲をやり過ごしつつ、俺達は一度金堂達がいる筈の宿屋へと向かった。


「って……この先は兵士多いな」


 高級な宿屋の周りには兵士達や野次馬もそこそこいる様で、流石にアマエルを抱えたまま入れそうにない。勿論、事情を話して入れてもらえればそれでいいが、出来ればこの厄介な王女様からは目を離したくない。


「うん。私だけなら宿に戻れるかな?」

「金堂達を連れてこれるか?」

「やってみる」


 そう言って山仲は堂々と宿へと入って行き、俺は近くに身を潜めて待つ事にした。冒険者達がまだ俺を探し回っている。流石に見破れはしないだろが、アマエルはどうも魔法を弾く手段を持っているらしく偽装出来ないのでローブを被せて見えない様にしておいた。


 静寂を保ちつつクラスメイト達の到着を待とうとした――しかし、ぶつかり大きな警戒音を響かせる金属音がそれを許さなかった。


「今度は何だ!?」


『敵襲、敵襲!』


 兵士達の叫びが聞こえてきたので慌てて顔を出し、聞き耳を立てていると冒険者達の会話が聞こえてきた。


「上空に魔物の軍勢が――」

「――勇者達は何処に――」


 断片的ではあるがどうやら上空、空を飛ぶ魔物の軍勢がこの町に迫っているらしい。


「不味いな。兵士達を動かす筈の王女様が現在グロッキーだし……」

「ふふふ、ツームーグさーまー……」


 まだ寝ぼけてるのか……いよいよこの王女様を道端に放って置くプランを検討し始める。


「いや待て。水でも落とせば目を覚ますか?」


 正直このまま寝ていて欲しかったが、俺は魔法で水の玉を作って彼女の頭に落した。


「――っきゃぁ!?」

「よお、起きたか?」


 随分とあざとい悲鳴を上げながらアマエルは目覚めた。


「え、あ、つ、ツムグ様!?」


 偽装している筈だが俺だと分かる様だ。もはや、その程度ではツッコミも必要ないが。


「……」


 てっきり水を掛けた事に対し文句の1つ位言ってくると思ったのだが、彼女は俺の顔を見てから、赤くなった頬に手を当てて遠慮しがちな視線を向けている。


「何だよ?」

「……そ、そうでした! 今までツムグ様とそのご友人にしてしまった企み、行ないの数々、此処で謝罪致します!! ごめんなさい!」


 あの他人の見下していた筈のアマエルが、なんと地面に手をつけてまで謝ってきた。


「……信用に足らないというなら、私の命を捧げて見せます」

「ちょ、ちょっと待て!」


(お前もヤンデレなのかよ!) 


 突然刃物を取り出し自分に向ける彼女の腕を握って慌てて止めた。


「どうして止めるんですか? 私は貴方の御友人を洗脳し、利用するつもりだったのに……」


「今はそれどころじゃない! 兵士達の所に行って指揮を執ってこい!」


 俺が指を指すとその先では逃げ惑う人々や戦いに備え戦士達の声が聞こえてくる。


「……分かりました。では、処罰はその後に……」


 やはり先程とはまるで別人の様に畏まられてどうにも調子が狂う。

 兵士達の指揮へ向かった彼女とすれ違う様に山仲が帰ってきた。その隣には金堂と連谷の2人もいる。


「紡君!」

「おお、本当に導野じゃねえか!」

「ご無事でしたか!」


 相変わらずの人相の悪い顔と真面目そうな態度になんだか安心した。


「2人共状況は把握できてるか?」


「おう。お前が何で此処に居るかはしらねぇが、探す手間が省けたぜ!」


「金堂君、それではまるっきり悪役の様ですよ?

 しかし、呑気に再会を喜んでいる暇はない様ですね。兵士達の報告によれば襲撃は目視で2000を超える魔物の軍勢、しかもどれも翼や風魔法を有しており、空中戦に優れているそうです」


「なんでも、先頭に暗翼の騎士とか言うボスレベルの大将がいるらしいぜ?」

「暗翼の騎士……? あ」


(クロエナ!? アイツ、なにしてんの!? 俺の目的地はセンテ帝国だって伝えたよな?)


 更なる知人に頭を抱えた。どうするか? 俺が説得するべきか?


「飛行能力を持つ魔物に対して設置されている遠距離兵器が少ないとも言って居ました。最悪、この街を手放して市民を守りながら撤退する事になるかもしれません」

「まさか、それが狙い……?」


 クロエナは俺の目的地こそ知っているが、俺が到着するまでの時間も、アエを仲間にして移動している事も知らない。


 魅了に当てられた彼女が魔王の為と称してこの街を襲い、俺に献上しようとしている可能性がある……少なくとも、先のアマエルの心変わりを見た後だと、多少突拍子の無い考えではあるが信じてしまいそうだ。


 ……となると、遠回しに俺に街襲撃の責任がある。


 だが、これは少しチャンスかもしれない。他の皆には悪いが、勇者の株が落ちればバーシアの信仰心が落ち、勇者の召喚を維持する必要も無くなるんじゃないか?


(とはいえ、その為にこの3人を苦しめたり傷つけたりはしたくない。此処は……俺が行くべきか?)


「山仲、金堂、連谷さん。お願いがあるんだけど、聞いて貰えるか?」

 

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