催眠、相互洗脳
「……」
落下し、水面に激突した。
それでも俺は歌声の出所へ泳いで、岩場に辿り着いた。
「……」
意識は定まらず、ぼーっと、ただぼーっと歩くだけ……
「――♪ ……あら?」
漸く響き渡っていた歌声の主の所に辿り着いた。それと同時に、徐々に意識がはっきりとする。
「……人魚?」
「珍しいわね。人間が私の歌に誘われるなんて」
「誘われる? ……そう言えば、何で俺はこんな所に?」
辺りを見渡すが、先まで空にいた筈なのにアエの姿もない。
「ふふ、人間さんは何も考えなくて良いの……ね?」
そう言うと人魚は再び歌い出した。その歌が耳に入るとまた頭の中にもやが掛かったかの様な、自分がはっきりしない感覚を覚える。
「魔歌、保存再生……」
人魚は口を閉じて、右手に出現させた魔法陣から同じ歌を再生する。
「早速姉さん達に紹介しないとね……まあ、折角の人間だから私が独占するけど」
人魚がくいっと指を動かした。俺はそれに従い、ゆっくりと足を進める。
「強大な力を持つ者を虜にする英雄殺しのマーメイドソング……これに掛かるなんて、きっと貴方は素敵な英雄さんね」
微笑む彼女の後ろを、俺は喋る事すらせずに黙々と歩く。
「大丈夫。最初は抵抗して私の歌に流されるだけだろうけど、そのうちに私の声だけで私の言う事何でも聞いてくれる、優しい英雄さんになれるから」
「ツムグゥー! 何処だぁ!!」
何か声が聞こえて来る。だけど、頭はそれが何かを考えない。
「あら、竜の知り合いかしら? やっぱり貴方は英雄なのね、嬉しいわ! 早く姉さん達に自慢して、たっぷりと歌ってあげないとね」
更に喜んだ彼女は若干進むスピードを上げる。地上では歩きにくそうな下半身だが、魔法で浮いている様だ。
「さぁ、こっちよ」
洞窟に入る様に促され、俺は黙って歩く。
「……あら? 珍しい者を連れているじゃない、メリカ」
「あらあら、メリカが男を連れて来るなんて初めてじゃないかしら?」
「可愛くないなー……まあ、メリカのだし別に良っか」
洞窟に入って直ぐに、3人の女性に囲まれた。
「言ってなさい。この人はきっと凄い英雄よ! 先、名前を呼んでいるドラゴンが居たもの」
「凄い英雄……ふふ、あまり大きな事を言うものではありませんよ?」
「ドラゴンが探してるって、もしかして魔族なんじゃない?」
「魔族とは交尾できない。捨てよっか?」
「魔族じゃない! ちゃんと人間よ! 姉さん達ならそれくらい直ぐにわかるでしょ!」
姉達に弄られて彼女は怒鳴る。
「ごめんなさいメリカ。でもそんなに怒っちゃだめよ?」
「それよりもこの男、魔法が掛かってるわよ? 呪いや封印の類じゃないみたいだし、しっかり解除してから洗脳しなさい」
姉達に何か言われた様で、彼女は俺をまじまじと見つめると手をかざした。
「目に擬態魔法をしてるみたい。もしかして、瞳の色で差別でもされていたのかしら? それも英雄らしい、切ないエピソードね! 私がしっかり抱きしめてあげないと!」
「すっかり気に入っちゃってる……嬉しそうだから良っか」
かざれた手から魔力が放たれ、徐々に徐々に擬態魔法が掻き消される。
「そろそろね……はい、消えたわ――っ!?」
同時に、彼女の顔が一気に真っ赤に染まった。
「? どうしたのかし――」
続いて、こちらを見た彼女の姉達の表情が固まった。
「……!」
魔法による歌が止まって、そこで漸く俺の意識が戻ってきた。はっと、寝ぼけていた所を飛び起きたかの様に覚醒したが、時既に遅しだ。
「人魚の歌……そういえば、元の世界でも歌声で船員を誘って沈没させたって
伝説があったな。ステータスが高くても効くのか……」
良い様に操られていた事を反省する。だが、それよりもこの状況である。サキュバスと違って、目を合わせただけで果てる様な事は無い様だがまた妙な狂信者を増やすのも不味い。
「っ! ――っ!?」
さてどう切り抜けるべきかと頭を動かそうとした俺だが、メリカと呼ばれた人魚が歌い始めたので慌てて口を塞いだ。
「んー!?」
「ははは……歌われると意識が無くなるのは嫌だなぁ……あ」
『――♪』
やばい。此処には人魚が4人もいる。
だが、気付くのが遅れた俺の耳には他の3人の歌声が入ってきてしまった。自分の思考が止まり、頭の中の情報は無意味となり、感情を抱く事すら忘れてしまう。
「……メリカ、貴方だけの英雄、とはいかなくなったわね?」
「私達にも分けてよ、ね?」
「この人の子供、欲しい」
「――! 駄目! この人は私の物よ!」
再び魔法による歌が流れ出し、姉達から遠ざける様にメリカに抱きしめられる。
「私が囁いて、私が歌って、私の色で染め上げるの!」
「漸く見つけたぞ、魚介類共!」
洞窟内でアエの声が響いた。その声に魔法の歌が掻き消され、俺の意識は再び覚醒した。
「……そろそろ頭が痛い」
「ええい! この洞窟諸共、燃やし尽くしてやろうか!?」
おい、やめろ。俺も燃える。
なので慌てて俺は洞窟の外へと飛び出した。
アンチ・エンチャントドラゴンであるアエの咆哮によって魔法が封じられたので人魚達は直ぐには追ってこれない様だ。
「あ! ま、まって!」
「待たない! じゃあな!」
彼女達が立て直す前に俺はアエの背中に乗ってその場を去った。
***
「ふぅ……ありがとう、アエ、助かった」
「むぅ……まさか人魚の歌声に引っかかるとは思わなかったぞ?」
自分でも驚いた。まさかいきなり海に飛び込む事になろうとは……火の魔法で体温を保っているが、そうしなければ空の旅は寒過ぎて出来なかっただろう。
「って言うか、魅了した事が一番怖いんだが……今日全然自重できてないし」
「何を言う! 惚れた男が魅力的で、我も鼻が高いぞ!」
「あはは……ん?」
不意に下を見た。未だに果てしない海が広がっているが、アエの下の水の動きが可笑しい。
「……げぇ!?」
そして目を凝らしてその光景を確認すると4匹の最も早いグループを先頭に、イルカの様なサメの様な生物の群れが物凄いスピードで泳いでいる。
「もしかして……!」
もしかしなくても先頭の4匹の上には人魚が、先の洞窟の姉妹4人が座っていた。
こちらに気付いてウィンクしたり、手を振ったりしている。
一応、アエに魔法抵抗をしてもらっているので歌で操られる事は無いが、このままだと確実にずっと着いてくる気だ。
「安心せよ、ツムグ! 陸についてしまえば追跡は不可能だ」
「そ、そうだよな……そうだと、良いな……」
魅了された女性のしつこさを体験しているので、俺はアエの言葉に苦笑で頷くしかなかった。
「あれ?」
漸く気付いたのだが、いつの間にかアエの上で気絶していた筈のミラがいない。
「アエ、ミラは何処だ?」
「はいはーい! 私は此処ですよ?」
何処からともなくミラが俺の目の前に現れた。
「ちょーっと、正妻としてマーメイド達とお話しして来ました」
「いや、正妻じゃねえよ」
俺にツッコまれたにも関わらず、笑顔は絶やさないミラ。
「……なんだよ、不気味だな?」
「ふふ、いえいえ、なんでも御座いませんよ?」
なんだろう。徐々に、見えない何かに囲まれ始めている様な、不穏な空気感が……
(主様、もっともーっと……魅了して下さいね? 女心は私、大変よく理解できますから)
「理解できますので……支配も、容易いですよ」
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