金銭、移動手段の確保
「――センテ帝国は此処から馬でも2ヵ月掛かる、か……」
親指を顎に当てて俺は考え事に耽っていた。
異世界でのお約束の1つ、冒険者ギルドに入った俺は現在地の確認を行った。
「リーリン王国の東、魔族が住むと噂されている森が近くに存在する街って、間違いなくこの街、アーリエの事だろうし、地図から見た感じセンテ帝国との距離も結構離れていた……参ったな」
馬で2ヵ月と言われたが、この世界には当然、整備された道など無ければ看板だってない。
地図は高くて買えず、馬だって買うにしても高過ぎる。
「かと言って足で行くにしても……俺への負担が半端ない気がするんですけど……」
既に女神とサキュバスにストレスを掛けられている。これで身体的な疲労まで背負いたくは無い。
「お勧めされたのは商会の馬車移動の間の護衛をするか、金を出してそれに乗せてもらうかだけど……金がない」
ギルドに冒険者として登録はしてもらったが、護衛などの依頼をするにはギルドランクを上げる必要がある。だが、そんな時間は無い。
「だけど、金銭は確かにこれから先、必要になってくるだろうし……」
「主様、何やら悩んでいるご様子ですが私にご相談してみては?」
突然、横からミラに声を掛けられた。終わったら酒場に向かうと約束していた筈なのに。
「……街の中では俺とあまり近付くなって言っただろ」
「ふふ、驚かないで下さいね? 主様が冒険者ギルドに向かっている内に長距離の移動に適した知り合いを呼んで来ました」
「何?」
そもそも冒険者ギルドにいなかったのにどうして俺が長距離移動の為の手段が欲しい事を知っているのか。盗聴器の存在を疑う。
「ふふふ、実は以前私はドラゴンの知り合いがいて、その際に子育てを手伝った事があるんですよ!」
「ドラゴン……子育て……」
「そんな子竜も今では立派なドラゴンと呼べる大きさで、私の知り合いならば人間でも連れて行ってくれるそうです!」
だいぶ無茶苦茶な話だが、それが本当なら地形に影響される事なくセンテ帝国まで空の旅が出来る。目立つのは避けられないかもしれないがそれなら結構早く行けるかもしれない。
そこまで考えて俺は、はっとした。
「因みに、ドラゴンは飛べるのか? 性別は?」
「アエちゃんですか? 勿論飛べますよ! 女の子ですけど、今は擬態魔法が……あ」
何かを察した顔をしたミラが狼狽え始めたので全て理解できた。
「……因みに、アエちゃんの名前の由来って、あるか?」
「しゅ……種族が、強化系の魔法を無効化するアンチ・エンチャントドラゴン……」
擬態魔法が解けそうなうえ、また新たな頭痛の元になりそうなのでドラゴンは諦めました。
***
「しょうがない。コツコツ働くとするか」
冒険者ギルドから早速依頼を受けた。取り敢えず鍛冶屋の手伝いを頼まれたのでそこに向かう事にした。気落ちしたミラが何処に行ったかは知らない。
「すいませーん! 冒険者ギルドの者ですけど、依頼を受けに来ました!」
「ん? 珍しい事もあるもんだな……駆け出しか? まあ、仕事をしてくれりゃあなんでもいい。そこにある箱を冒険者ギルドに、あっちの箱を街の入り口にある道具屋に運んでくれ」
「はい!」
鍛冶屋のおっさんは俺の顔も見ず、指差しで指示を出す。まあいいやと思いつつ、冒険者ギルドに持っていく分の箱を持ち上げた。
「……軽いな。よし」
思っていたより軽いので更にその上に冒険者ギルドへ持っていく分を積み上げた。
「まあ、落としたら不味いしこれ位にしとくか」
3つ重なった箱を持ち上げて冒険者ギルドへと向かい、鍛冶屋に戻ってギルドへ更に持っていく。次に街の入り口の道具屋に向かい、ぱっぱと頼まれた箱を持って行った。
「終わりましたよー」
「んな訳あるか、おい、箱は1つずつじゃなくてそこにある奴全――」
「これ、受け取り確認のサインです」
俺は心の中でドヤ顔を浮かべながらもギルドと道具屋のサインの入った紙を見せる。
「ほー……手際が良い、と言うよりそこそこ力がありそうだな」
「ありがとうございます。それで、次は何を?」
「いや、これで依頼は完了だ。ほれ、報酬だ」
そう言っておっさんは俺に銀貨を十数枚渡してきた。
「銀貨15枚、確かに頂きました」
「おう、その内また依頼頼むから、気が向いたらきてくれ」
予想よりも早く依頼が終了した。ならばと、冒険者ギルドに戻った俺は更に依頼をこなし始めた。
「道具屋の荷物運び、教会の掃除、全部足しても金貨には届かないか……」
この世界の通貨についても少しだけ分かっている事はある。銅貨銀貨金貨に分かれており、銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚、と言った感じになっており、この街での物価は屋台で売っている串肉らしき物が銅貨50枚、剣が安い物で銀貨80枚となっている。
「この調子でこなしても、旅に十分な資金は手に入らなそうだな……となると討伐だが、そうなると数が……」
困った事にこの街での討伐依頼は南のゴブリン、東のカルニフラワー、西のバックモンキー、北のゴースト、と綺麗に場所が分かれているので恐らくこなせるのは1つか2つだけだ。
「……まあ、まずは依頼をこなしてさっさとランクを上げよう」
ギルドランクを上げる為にクエストクリア数を稼ぐ為、俺は道具屋に急いだ。
教会にはそもそも追い出されて立ち入れないのでそれしか選択肢がなかった。
***
「結局、今日の成果は宿屋代を含めて銀貨50枚……花屋の手伝いが銀貨23枚で一番稼げた事には驚いたな」
「主様! アエちゃんの件ですけど! 大丈夫です!」
「何がどう大丈夫なんだよ?」
適当な宿屋に泊まった俺は部屋で今日貰った報酬を数えていると、ミラが元気そうにやってきた。だが、こちとら9時からカフェインを大量摂取しているのだ、今日は間違いなく薬なしで徹夜できる。
「アエちゃん、擬態魔法は無効化できないそうです!」
「じゃあ、明日取り敢えず会うだけ会ってみるか……」
……駄目だ、割と規則正しい生活を送ってたから徹夜がキツイ。
「ええい! 寝てたまるか! トランプだ!」
「ふふ、勿論お相手しますよ……」
その後俺達2人は数時間に及ぶブラックジャック、ポーカー、ババ抜き、七並べを繰り返し、七五三にも手を出した。
「やべぇ……もう限か――」
「――そんな事ぉ……言わないで下さいぃ」
耳元でねっとりとした声で囁かれ、背中がゾクゾクした。
「主様ぁ……もっといい事、しよ?」
ゾクゾクと、耳から背中へと気持ちのいいざわめきが走る。
「私に勝てたら……なんでもいう事聞いてあげますからぁ……ね?」
「なら…………負けたら砂糖無しのコーヒー、たらふく飲ませてやらぁ!」
「そ、そんな罰ゲームは嫌ですぅ!」
漸く深夜テンションが訪れた俺は、ミラと共に浴びる様にコーヒーを飲み続けた。
※コーヒーの飲み過ぎや一気飲みは不眠、頭痛、失神、最悪の場合は命に関わる場合が御座います。絶対にマネしないで下さい。




