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帝国、現状と妥協


 悪夢の様な体験をした次の日、朝早くから俺は教会から追い出された。


 理由は女神様のお告げ、らしい。

 バーシアは思い通りにならない俺を追い出す方向で対処してきた様だ。


「まあそれは良いが……」


「主様、どうかなされましたか?」


 追い出された俺を教会の外でミラが待っていた。擬態魔法があるとはいえ白昼堂々とサキュバスと人間の街を歩くのはどうだろうか。


「女神の契り……なるほど、主様の強大な力の源はそれでしたか」

「昨日は30分程度だったが、それでも十分な程にステータスはあるだろうさ……まさか、女神が暴走するとは思わなかったけど」


 俺は女神様との関係をミラに説明した。あのヤンデレ女神様への対策案を夢に侵入できた彼女から聞きたかったからだ。


「幻滅したか? 自分の惚れた相手が女神頼みのインチキ男だった――」

「――そんな事は決してあり得ません!」


 俺の皮肉交じりの言葉をミラは遮って、叫んだ。


「私が主様を好きになったのはサキュバスとして生まれた時から決まっていた性、運命です! 例え主様であっても、私がそれを受け入れ、主様を好いている事を否定されたくありません!」


「う、運命って……重すぎるだろ」

「いいえ! 惚れた弱みです! 私は一生主様に着いて行きます!」


 起きても寝ても重りの様な女が周りにいる事に辟易しそうだ。


「頼むから……もうこれ以上の重荷は要らねえからな……」

「もう! 女性を重り扱いしてはいきません! いつか痛い目を見ますよ」



――同刻、センテ帝国――



「漸く落ち着いたな……」

「そうですね……」


 王の間、その後ろに存在する王族の脱出路の間に作られた会議室にて、王女候補の姉妹が力を抜いて座り込んでいた。


「あの男、ツムグと言ったか……まさか一昨日まで洗脳魔法が効くギリギリだった私達の信頼を一気に落とす事になるとはな……」

「姉様が余計な事をするからです……!!」


 信頼関係の崩壊は紡のクラスメイトとセンテ帝国の間のみならず、事の発端となったアマンダとアマエルの姉妹の、元々競い蹴落としあう為だけに繋がっていた信頼すら崩壊させていた。


「魔族による転移、と言って誤魔化したが……精神的に大きなダメージを受けた女子共もいる上に、男子生徒も此方を疑っている」


「……誤魔化していませんよ」

「何?」


 アマエルは深刻な、とても深刻な顔で呟いた。


「転移先を確認しようとしましたが、弾かれました。間違いなく魔族の住処に転移されましたね」

「なんだとっ!?」


「焦っても仕方ありません。最近、この帝国の動きを見せていましたので恐らく魔族は彼を拷問するでしょう。だから大丈夫です。生きている内に助け出せば問題ありません」


 そう言って立ち上がったアマエルだが、腕に力は無く目の奥には静かな殺意が芽生えていた。


「魔族なんて……皆殺しにすれば問題ありませんよ。あの人は生きているんですから、魔族を全滅させて、助け出せば……っふふふ」


 そっと笑い始める自分の妹に、アマンダは若干引いていた。


(……こいつ、昔から好きな物は絶対に手放さない主義だったが……悪化しているな)


「助け出した暁にはたっぷりと可愛がって、もっと楽しい事をして差し上げますね……?」


(……と言っても、それを奪うのが私だがな)


 妹の狂気を物ともせずに内心ほくそ笑むアマンダは、他の、本命である勇者の力を持つ勇者達を思い浮かべる。


(その為にも、早く洗脳を施さなくてはな……)



――2日前――



「う、ウソ……ですよね?」

「魔族に……拉致られただと……!?」


 クラスメイト達に告げられた王女アマンダからの紡消失事件は、彼らに途方もない衝撃を与えた。

 中でも、彼の魅力のステータスによって好意を抱いていた4人、その中でも元々好きだった山仲安奈への精神的ダメージは大き過ぎる物だった。


「魔力を探知し、私が直に目撃した……止めるだけの時間が無かったのでな」


「……それでは、導野君は魔族に?」

「ああ、その通りだ」


 それを聞いて激怒したのはやはり不良コンビの片割れ、金堂だった。


「おい! ふざけるなよ!! 俺達の生活を保障するって、あっさり魔族の侵入を許す程度の警備で約束してやがったのか!? しかも、それをバラすのが導野が連れ去られた後だぁ!?」

「っば、落ち着け!」

「冷静になれ!」


 金堂旭は今にも王女に殴り掛かりそうだったが、それを小野寺篠内と葉駒林介が必死に止めた。


「この失態の責任は必ず取る。その為にも今選りすぐりの偵察部隊で魔族、及びツムグ・ミチビキの捜索にあたらせている」

「捜索……? 導野はまだ生きているんですか!?」


 気絶した安奈を支えていた島崎詩乃は王女の言葉の意味を理解しようと声を上げて質問した。


「ああ……皮肉にも、この国の勇者召喚が奴らに伝わっているだろうから、かの者を捉えた魔族は恐らく捕虜、人質として扱うだろう」


 その言葉に、安堵は出来ないもののクラスメイト達は幾分か落ち着きを取り戻した。


「……っち!」


 金堂は抑えれていた体を乱暴に振り解きつつ、王女を睨んだ。


「で、これからどうすんだ? 俺達にまだ此処で訓練をやらせる気か?」

「いや、魔族の侵入が確認された以上、此処は危険と判断した。よって、勇者達には旅に出る事を命じる。先ずはこの国の各地を回り、魔族との戦いへのレベルアップと国の治安の回復、そして、魔王の正体を暴いてもらう」


「魔王の正体?」


 小野寺の疑問に王が答えた。


「魔族には様々な種族が存在するが、魔王は代を重ねるごとにその種族を変える。1つ前の代では炎魔族と言う炎を操る魔王だったそうだ。故に、魔王討伐の為には魔王の種族を暴く事が大前提となっている」



***


「今代の魔王は魔翼竜人、羽を持つ竜人です。最大の武器は羽で、その鋭さで羽ばたきだけで敵を切り裂く事が出来るそうです」


「へぇ……」


「ぶっちゃけ、主様の今のステータスなら直撃しても掠り傷で済んじゃいますけどね」


「別に倒すつもりはないけど、知ってて損はしない話だな……だけど、最強の敵は女神なんだよなぁ……」


 それを聞いたミラはごそごそとポケットを探り始め、小さな袋を取り出した。


「ではこれを!」

「……これは?」


 中には錠剤の様な物が数粒入っていた。


「これはサキュバスが起きている人間の精を奪うときに使う興奮剤です。使うと、眠気なんて吹飛ぶほどに高ぶります」

「……」


 俺はミラをじーっと睨みつけた。


「いえ、真面目な対抗策です! 要は、主様が睡眠を摂らなければ女神の間に飛ばされなくて済む、そういう事じゃないですか!」

「……まぁ……そうだなぁ?」


 半信半疑である。

 だが睡眠を摂らせないとは、流石サキュバス。人間と全然考え方が違う。


「だけど、人間は寝ないといつか倒れる生物だぞ?」

「大丈夫です。数日会えなければ、女の態度も自然と変わる物です。3日後、女神もきっと愛しい人に会えなくなって考えを改めると思います」


「結局、女神頼みって事ね……まあ、仕方ないか」


 俺はその錠剤の入った袋を貰う事にした。


「あ、お相手は私が務めます! どうしても襲いたくなったらぜひ!」


「……取り敢えず、薬抜きで頑張ろう」

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