修羅場、女神とミラ
「てな事があったん、だけど……」
女神バーシアとの残念な対面、その後俺は部屋に戻ると意識転移を発動せずに眠りにつき、気が付けば大人になっている四季の女神様の元に居た。
……サキュバスのミラと共に。
「バーシアは偉ぶるだけの小心な女神ですので、あまり虐めないであげて下さいね?」
「四季の女神様は本当にお優しいんですね? だったら、主様を私にお譲りして下さっても――」
「――黙れくされコウモリ。さっさとこの場から消え去りなさい」
聞いた事の無い様な罵倒と共に四季の女神様はミラを女神の間から吹き飛ばすが、3秒後には俺の横から再びミラが現れる。
「夢に入り込めるサキュバスですよ? 幾ら追い出しても無駄です。主様の夢の中から、何度でも此処に入れます」
「何故、村で別れた筈の貴方がツムグさんの夢に入り込めるのですか?」
「主様に渡しておいたお荷物の中に、転移用の印を付けて置いたのですよ。これで何時でも主様のお傍に居られます」
「……」
女神様を刺激しない様にとミラについての説明を後回しにしていたが、やはり仲裁は必要らしい。
「あの、女神様? こいつは俺の従者みたいな者ですし……よかったら新しい友人として迎え入れてくれると嬉しいなーって……」
「友人……? 友達……」
女神様は品定めをする様にミラに視線を移す。その視線はミラの胸を強調するチェニックと足を見せつけるレギンスを厳しく睨みつける。
「主様、女神と友人なんて無理です」
「ツムグさんは私に、こんな破廉恥な生き物と友達になれと?」
駄目か……認めたくないが俺を挟んで争っている時点でこの2人が仲良くなるのは難しいか。
この2人を無理矢理一緒にさせるのも良い案とは言えない。なら、別ける方向でいこう。
「ミラ。お前は俺が意識転移の時間制限でこの空間を出たら相手をしてやるから一先ず此処から出て行け」
「そ、そんな!? 女神と主様を一緒にだなんて置いておけません! 女神は人間に過酷な運命を与える小規模な災害の様な物、善意に満ちているだけに悪魔よりも質が悪いのです!」
「ツムグさん? どうしてこんな生物と一緒にいようとするのですか? 無駄な脂肪に非常識な露出範囲、女神の友達である貴方には相応しくありません」
「女神様……」
俺はため息を吐いて、なるべく悲しそうに、言った。
「俺は女神様に助けて貰った。だから貴女と友達になったし、これからも友達であり続ける。その結果で俺と知り合って関わった彼女を否定するのは、俺との友情の否定になりませんか?」
友情。
女神様はヤンデレだが俺への好意は恋愛的な感情よりも友と言う関係に偏っている。なので攻めるなら友達の文字を入れて攻めていくべきだ。
俺のゲスな考えを肯定するかの様に、以前よりも大人になって落ち着きの有った女神様は慌て始めた。
「い、いえ……そんなつもりは、ありません……」
「ミラもだ。俺の言う事が聞けないなら従者失格。大人しくサキュバスの村を治めていろ」
ミラは対等では無く俺の方が上の立場である以上、厳しく言えばこれ以上押してはこないだろう。
「すいません主様。種族間の価値観に、主様の御友人を巻き込んでしまいました」
なんとか2人に頭を下げさせる事に成功した。変な所で再発しないとは限らないが、一先ずこれで納得しよう。
「それじゃあ、ミラはまた後でだ。良いな?」
「はい……」
ミラはそれだけ言うと女神の間から消えていった。振り返って、女神様を見た。
「……女神様?」
「友達……ですよね? ずっと、ずっと……」
またトラウマスイッチを踏んでしまった様で、女神様の顔から血の気が引いていく。
「当たり前じゃないですか」
「うん、友達、ツムグさんは私の友達……」
女神様は静かに立ち上がるとまるで幽霊の様に動いて呟いた。
「おもてなし……クッキー、お茶、要りますよね?」
「あ、も、勿論……」
小さく笑顔を浮かべてすっと消えていくその様もまるで幽霊だ。
「お待たせしました……」
また手にクッキーをもってやってきたが、今回ばかりは見過ごせる姿ではなかった。
「ちょ、腕から血が!」
「……ふふふ、ちょっと手元が狂ってしまいまして……」
本人はそう言うが、どう考えても切らしていた調味料の代わりに使いましたと言われた方が説得力のある量の血液がそこから出ているだろう。
「でも大丈夫です。この世界では体力がゼロにならなければ死にませんし、神である私の体力はこの空間ではすぐに再生しますので……ほら」
女神様が腕の傷に手の平をかざすと、傷は何処に行ったのか、何も残っていなかった。
「さあ、食べてください」
「い、いや……」
今回ばかりは疑う余地も無い。赤くは無いがクッキーの中に血液が入っているのは間違いない。
「大丈夫ですよぉ……だって、何時もと全く同じクッキーじゃないですかぁ……」
「っげぇ!?」
様子がおかしいが今の言葉が本当なら血の入ったクッキーは最初から食べていた事になる。
「四季の女神の私の血は人間に祝福を与えます。ですから、何も恐れなくても良いんですよ?」
「い、いや……流石にそれは――」
――俺が後ずさると同時に、何もない筈の女神の間の上下左右、あらゆる方向から草の手錠が俺の腕や足に絡みついた。
「う、うぉぉぉ!?」
「女神の間では女神は人間を傷付ける事は叶いませんが、私の作ってきたアイテムなら拘束位なら行えます。アイビーリングの能力で意識転移は限界まで伸びています……逃げられない様にキスもしてしまいましょうか、女神の口付けでアビリティを強化できるのでもっと私と居られますね?」
そう言って女神様はゆっくり俺に近付いてくる。
「ま、待ってくれ……!」
「友達ですもんね。私も、あのサキュバスも。
だから、私だけ2時間程度の触れ合いでは不公平ですよね?」
なんとか説得しようと必死に頭を回すが、それより早く女神様が迫る。
「ん、っちゅ」
「っ――!」
触れた。唇が確かに触れてしまった。
わずかに、甘くあったかい感覚を感じた。
***
「っはぁ!?」
「っきゃ!? あ、主様!?」
飛び起きた俺の横で、ミラが小さく悲鳴を上げた。
「ど、どうかしましたか主様!?」
「な、なんでも……」
いやな汗が額に流れる。恐怖を感じつつ額を抑えた。
『アビリティが強化されると、発動している同じアビリティが切れてしまうですね』
『でしたら、明日からは私とちゃんと会えますね? 触れていられますね?』
『キス……もっとしたいです』
そんな女神様の声が、頭に木霊した気がした。
幻聴だと思いたい俺は気持ちを紛らわそうと窓を見る。まだ外は暗い。
「あの女神に何かされたんですか?」
「い、いや……何でもない」
バーシアに好き勝手して、完全に調子に乗っていた。
よくよく考えればあんな何処にあるかもわからない空間に住まう存在だ。油断なんてできる相手ではなかった。
「……あるじさまぁ……」
俺の耳元でそっと近付いたミラが囁いた。
「なんだ?」
先の恐怖を忘れたい。寝ていた筈なのに精神的にすっかり疲れてしまっていた。
そう考えていた俺にはミラの密着は余り気になる物では無かった。
「ふぅぅぅ……」
ミラの吐息で俺の覚醒した意識は何処かへ飛ばされ、突然やってきた睡魔に体はバタリと倒れた。
「……アビリティの使い過ぎで、あっさり催眠が効きましたね。女神に何かされたに違いないでしょうが、今の私に出来るのはこれ位です。
どうか、お休みになってください、主様」




