騎士、初の異世界戦闘
漸く戦闘シーン、魔法名のセンスについてはお察し……
「主様……暖かいです……」
朝チュンではないが、ミラに抱き付かれたまま迎えた朝。
正直起きて早々に美人の顔が目の前に合ったので混乱したが冷静に昨日の事を思い返した俺は先ず下半身の無事を確認した。脱力感も無ければ濡れてもなさそうだ。
「取り敢えず、まだ無事か……この調子で体が持つのか、俺?」
今日はミラの支配しているサキュバスの村を見に行く予定だった筈だと思い出した俺はミラを起こす事にした。
「おい、ミラ、朝だぞ?」
「……主、様? っ!?」
俺の声に眠そうに答えたミラは何故か慌てて魔法を発動させた。
「“生命の誕生を照らせ”、バース・ライト!」
ミラの前に魔方陣が現れ、そのまま消えていくと何故かミラの元気も消え去った。
「うー……子供がいない……」
「妊娠検査の魔法かよ!?」
「もしかしたら、主様が夜中に熟睡していた私を起こさない様に……」
「しないっての!」
俺はベッドから出て部屋から出ようとドアノブに手を掛けた。
「待って下さい!」
「……今度は何だ?」
「そ、その……毛布を私の上から取っては貰えないでしょうか?」
俺はその言葉に眉を細めた。
「お、お願いします!」
しょうがないと俺は彼女に近づくと、彼女の上に掛けてあった毛布を取った。
するとそこには、ネグリジェを着たまま両手両足を縛られたミラの姿があった。
「縛られて動けない女性に、人間の男は興奮するそうなので……魔法で自分を縛ってみました。どうですか?」
確かに、背中に両手を組んで足を縛られているネグリジェ姿のミラには男ならば襲いたくなる程の魅力があるだろう。
「じゃ、先にいくぞ」
しかし、俺はこのまま放置して部屋から出て行く事にした。魔法力が高いせいなのか、とにかく賢者な程に落ち着いている。
「ああ、主様! お待ちになって下さい!」
サキュバスの村に相応しい朝の迎え方だと思いつつ、俺は起つ前に立ち去る事にした。
***
パンケーキと具材選び放題なサンドイッチを朝食に頂き、俺はミラ、後からやってきたニコとエリの2人に連れられサキュバスの村を案内された。
「女、ていうかサキュバスしかいないのか?」
「ええ。サキュバスは意識転移や転移魔法に特化した種族なので人間の精気が欲しければ夜中に男のいる部屋に侵入できるので人間を此処まで連れてくる事なんて余りありません。気に入った人間を連れてくるサキュバスならいますが、他のサキュバスに見せる事なんて滅多にありません」
「なるほど、俺に向けられる視線の意味は良く分かった」
この村ではミラは全てのサキュバスにお姉様と呼ばれる程に偉い立場にいる。にも拘らず人間の男を横に連れていれば興味を引かれると言うものだ。
「……擬態魔法はちゃんと機能してるんだよな?」
「はい。今の主様はゾンビ並に死んだ目をしていますので誰も貴方の真の魅力には気付いておりません。私が昨晩その……激しくして死に掛けている、と勘違いしています」
擬態による魅力抑止が成功している様で何よりだ。昨日みたいに顔を合わせただけで周りのサキュバスを逆にゾンビの如くバタバタと倒してしまう事が無くて何よりだ。
「お姉様! お客様です!」
不意にいつの間にやら門まで行っていたエリがこちらに急いでやって来た。
「客? 私にですか? ……まさか」
「はい、例のお方です」
2人がやたら真剣な表情で話しているので流石に俺も気になった。
「誰なんだ? お客様って?」
「あ、主様! おはようございます!」
「主様、実は……」
「いたな、ミラ」
まるでタイミングを見計らっていたかのように、門の方角から見知らぬ人物がやって来た。例によって女性である。
「……なんの様かしら、暗翼の騎士さん?」
ミラは敬語ではあるが棘のある言い方で黒い鎧を着た女騎士を迎えた。その頭には人間には無い、まさしく悪魔と呼べるであろう2本の角があった。バッファローの様に真ん中辺りで曲がった大きな角はそれだけで見る者を威嚇している。
ミラの真の姿にも角はあったが、頭の上に小さく生えているだけの物だった。
「魔王様から全ての魔族へ徴兵命令が送られた筈だ。なのにサキュバスの村からは一切返事を貰っていない。見た所、何の準備も出来ていないようだな」
物騒な事を言い始めた彼女に、村の住人達も視線を向ける。俺が離れてまだ1日しか経っていない筈だが、もしや既に何処かの国と戦争を始めているのだろうか。
「サキュバスの村から誰も出て行かせるつもりは無いわ」
「魔王様に逆らう気か?」
暗翼の騎士と呼ばれた女騎士はあくまでこの村から兵士を集うつもりの様だ。
「貴様等サキュバスは高いカリスマ性を持つ者に服従する宿命だろう? 大人しく魔王様の下で戦え」
「いやよ、貴方みたいな狂犬じゃあるまいし」
ミラが皮肉交じりの返答を返すと女騎士は剣を抜いた。
「魔王様に従わぬのならば死ぬのみだ。貴様を殺した後に村人全員を魔王様の下へ連れていく」
「私の主は既に決まっているもの、魔王なんて私の主に比べたら唯の石ころよ」
「貴様……私の前で魔王様を侮辱するか……死にたい様だな」
女騎士は剣を握りながら魔力らしき物を高める。知識の無い俺にはオーラの様な物を纏っている事だけは分かる。
「まだ私の主様に力を見せていませんから……丁度良い機会ですね」
ミラは俺の方を向いてからそう微笑むと擬態を解いてルナティック・サキュバスとしての姿を見せる。
そして2人は翼を動かして、空へと飛んだ。
***
異世界戦闘に関してはまるで素人な俺の目には空で行われている2人の動きがはっきり見えた。
「フレイムカノン・レイン!」
そこそこ大きな炎弾を20発作り出したミラはそれをカラスの様な黒い翼を持つ女騎士へと放ったそれは、1発1発の弾道と弾速には違いがあり、女騎士の前方から様々な角度で襲い掛かった。
「温い!」
それを剣圧だけでかき消す化け物の様な力を発揮する女騎士。翼を動かして迫る炎弾を掻い潜りつつミラへと接近する。
「グラビィティウォール!」
そのまま切り裂かれるつもりの無いミラは自身の周りに黒色の壁を出現させる。それに触れた女騎士の剣は闇が纏わり付き、それを見た女騎士は慌てて壁から距離を取って、闇を払う様に剣を振った。
「っく……触れた物の重さを増加させる魔法か、面倒な防御魔法だな」
「残念、全身浸かってくれれば薄汚い鳥が地面に這い蹲ったのに」
「抜かせ!」
挑発しているがミラが不利なのは間違いない。魔法攻撃が主体のミラの攻撃魔法は剣の一振りで躱され、初見殺しのグラヴィティウォールも避けられた。
だが、そんな事よりも俺の中で気になる事が1つだけあった。
「フレイムカノン・レイン!」
先よりも数を増やして攻撃を開始する。
「無意味だと分からないか!」
自分の言葉を証明する為か46発の弾幕を避け様ともせずに暗翼の騎士はただミラを目指して前進する。
その間にも徐々に被弾数は増えるが速度は衰える処か増していく。フレイムバレットより明らかに上位に位置する魔法でも、傷一つ付ける事が出来ない様だ。
「ヘビィー――」
「――遅い!」
先の暗黒の壁の出現より先に剣がミラへと届く――しかし、ミラは剣先の貫かんとする首を動かし回避しつつ片手に溜めていた魔力を接近してきた女騎士へと炸裂させる。
「ブラスト!」
「っがぁ!?」
暗翼の騎士の体を闇が包み始める。鎧、翼、剣、体、全ての重さが増して飛べなくなった彼女は重力の働きに従って地上へと落下した。
数秒後、大きな土煙が舞い上がった。
「……まだ動けるな、あれ」
「え? あ、主様?」
殆ど反射的に俺は村の外へと落ちた女騎士の元へと向かった。見ればミラは戦闘が終わったと思って落下地点に降りている。
「終わりですね」
「……まだだ!」
「ッチ!」
俺の予想通りまだ戦意の残っていた女騎士は残った体力を使い、立ち上がると同時に斬撃を放とうと振り上げた。
「フレイムバレット!!」
「――ッガ!?」
間に合わないと思った俺はピッチャーの投球フォームの様に手から魔法を放った。
放たれた、と言うよりもバカげたステータスによって投げられた炎弾はプロ野球選手の剛速球並みの速度で目測500m程の距離を一気に駆け抜け、命中した女騎士を吹き飛ばした。
「ふぅ……」
「……あ、主、様……?」
どうやら流石のミラも引いたらしい。俺のステータスについてはまだ何も言っていなかったので当然といえば当然なのだが。
「が、っはぁ……」
女騎士の方は体が宙に浮いた後に落下し、火傷を負って気絶したようだ。
「すまん、やり過ぎた。悪いけど、治療してやれないか?」
「は、はい! 助けて頂いて、光栄です! 本当にありがとうございます!」
騒ぎ始めたミラが忘れない内にと、俺は暗翼の騎士に水魔法を放って村まで背負ったのだった。
(やっぱり、思った通りだ。
戦闘経験なんてなかったけど、あの戦い、俺が2人を相手に戦っても瞬殺だった……)
漸く測る事が出来た自分の戦闘能力に自分自身が一番引いていた。
言い訳になるかもしれませんが、この小説はラブコメ的な異世界物なので魔法名やら技名に拘ったりルビ振ったりはしません。決してダサいセンスを晒したくないとかじゃないんです。本当ですよ。




