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目標、ご機嫌取り


「擬態魔法、魔法力が高かったおかげであっさり覚えたな」


 食事を摂った後、直ぐに呪文を教えてもらった俺は擬態魔法によって目の色を濁らせる事に成功した。予想外の事に、それだけで魅力は大幅に下がった様で、ニコとエリ、玉座から降りたミラが一々喘ぐ事も無くなった。


 しかしサキュバスの宿命とやらは継続中なようで、ニコとエリは気絶しなくなったのが嬉しくて俺に抱き着き、ミラも俺の近くを離れない。


「主様、ご注文のお洋服が出来ました! 早速試着しましょう!」

「私、主様のお手伝いを致しますね!」

「私も!」


 ミラが服を持って来ればニコとエリが俺に付いてこようとし……


「今から私とお風呂に入りませんか?」


 風呂には何故か俺も誘われ……


「終いには此処まで来る気か……」

「主様、ご一緒に寝てもよろしいでしょうか?」


 なお、全部断った。途中、サキュバス特有の豊満なバスト(ニコがDでエリがC、ミラがF)にやられそうになったが断った。俺はまだ童貞である。

 逆に何故捨てなかったのかと後悔してもいるが、サキュバスに搾り取られて死にたいのかと自分自身に言い聞かせて振り払った。


「主様……せめて、同じ部屋で寝かせて貰えないでしょうか? 廊下の床は少し冷たいです……」

「あー、分かった! 入れてやるからそれやめろ!」


 流石にドアの下の隙間からそんな声が聞こえて来たら聞かない訳にはいかない。


「わぁ……! ありがとうございます、主様!」


 俺が部屋を開けると床に寝転がっていたネグリジェ姿のミラは嬉しそうに入って来た。


「ベッドで寝てくれ……俺は床に毛布でも敷いて寝るから」

「と、とんでもない! それなら私が床で寝ます!」


 言うと思ったと思いつつ、俺は頭を掻いた。


「……あのな、人間の男には矜持、プライドがあるんだ。女性を床に寝させると、俺のプライドが傷付く」

「それなら、主様もサキュバスとしての私のプライドを傷付けてます! 私と寝たがらない男なんて、今まで1人もいなかったのに……」


 拗ねながらミラがそう言うと、流石に俺も反論に困る。


「……分かった。今日だけ一緒に寝ていいぞ……だけど、寝るだけだからな!」

「はい! でも、主様が望むなら私は何時でも構いませんからね?」

「はいはい、分かりましたー」


 適当に答えつつ俺はベッドに寝転がり、その横にミラも寝転がる。

 正直不安過ぎるが、今までの言動でミラを信じる事にして俺は意識転移を発動させた。


(女神様……怒ってないと良いんだが……)


文字通りの神任せな願いと共に、俺は四季の女神の元へと向かった。



***



「……へ?」

「漸く此方に来てくれましたね、ツムグさん」


 女神の間にやって来た筈の俺を待っていたのはセーラー服姿の中学生ではなく腰に届く桃色の髪の女性。薄いピンクの和服を着ており、その体は大人と言って差し支えない。ここ最近巨乳ばかり目にしていたせいか、着ている服に似合う慎ましい胸が珍しく思える。


「ど、どちら様ですか?」

「ふふふ、驚いているようですね? 私は四季を通して成長と変化を繰り返す女神……春もそろそろ終わりですから私も成長しました。見た目は変わっても、貴方の友人である同じ四季の女神ですよ?」


 同じ、と言うには雰囲気も姿も違いすぎている。


「今日は随分大変な思いをしたようですね……」


 そう言って女神様は床に正座をすると自分の膝をポンポンと叩いた。


「此方に来て、お話下さい」

「えっ!? い、いや……それは」

「あら、お恥ずかしいでしょうか? なら……あちらなら問題ありませんよね?」


 女神様は奥にあったベッドを指差した。


「恋人でもなんでもない、今日あったばかりの魔族と一緒に入れたのですから、私ともご一緒して貰えますよね?」

「そ、それは、その……」


 笑いながらそう言うが、どうみても怒っている様にしか見えない。


「勘違いなさらないで下さい。私は決して怒っている訳ではありません。蔑ろにされるのが嫌なだけなのです」


 悲しそうな顔でそう言われると罪悪感が……沸かない。危機感ならば頭の中で警報を煩いほど鳴らしているけど。


「ひ、膝枕! 膝枕でお願いします!」

「はぁい、畏まりました」


 微笑む女神様の膝の上に冷や汗を流しながらも頭を置いた。


「私の渡したアイテムで魅力を抑える事が出来ませんでしたね。すいません」

「いや、もうそれは解決したし、大丈夫だ」

「そうですね……お役に立てない私を嫌いになりましたか?」


 この女神様は落ち込む度に目から光が消えていくので慌ててフォローする。


「嫌いになんてならないから! それに、今だって俺のステータスは上がってるしさ」


 正直これ以上上がっても困る。


「これから、どうするおつもりですか? クラスメイトの方達と合流するのですか?」

「それだよ。前に聞こうと思ってたけど、この世界から元の世界に戻る方法って、あるの?」


 俺の質問に、女神様は少し黙ると、ゆっくり口を開いた。


「……ありますよ」


 嬉しい答えが聞けたが、俺は女神様の心情を考えて冷静に次の質問をする。


「どうすれば帰れるんだ?」

「前に、この世界の神々についてお話しましたよね?」


 俺は頷いた。

 前の女神様の話では、この世界には様々な神々が存在し、その中でも人間を優遇している女神バーシアがこの世界の創造神の名を騙って、もっとも多くの信仰を集めていて神の中で一番強い存在だと聞いた。


「この世界フォーアルが異世界の者を召喚する事をバーシアが許可しています。逆に、異世界へフォーアルに居る者が行く事は禁じています。ですので、彼女の許可を取る事が出来れば、ツムグさんは元の世界に帰る事が可能です」


「それは……」

「難しいでしょうね。彼女が信仰を集める事に執着しています。どんなに僅かな人間でも、外に出す気はないでしょうね」


 つまり、帰還は絶望的だ。勇者を召喚出来たのは女神のおかげ、人間に対して勇者は目に見える女神の奇跡と言う事か。


「彼女に会う事はツムグさんなら可能でしょう。彼女を信仰する教会で意識転移を使えば、この女神の間に行く様に、彼女の元を訪れる事が出来ます」

「なんか、随分簡単に女神様に会えるんだな、俺……」


 余り嬉しくないが、戻れる方法があるのであれば一応彼女と話してみるか。


「では今後の予定は帝国を目指しながらバーシアの説得、ですか?」

「そうなるな」


 こうやって口に出してみると随分と面倒だ。元の世界で読み漁っていたネット小説の如く、魔王やら邪神やらを殴り飛ばして帰れたらどれだけ楽だっただろうか。

 しかし相手は女神、しかも俺のステータスは万を超えようが四季の女神様を超える事は無いのでその上であるバーシアを倒す事は不可能だろう。


「創造神ってのは、バーシアを許しているのか?」

「彼女の創造神を裏切る事は無いでしょうし、報告の度に創造神の元を訪れているで容認しているのでしょう」

「マジかぁぁ……」


 つまり、封印されている創造神を助けて返して貰う的な展開も無しだ。もう詰んでいる気がする。


「気長にいきましょう、ね?」


 四季の女神様に至っては俺の帰還が実質不可能と見て喜んでいる様だ。

 味方はいるが協力者はいない事が再確認出来た俺の目の前に、クッキーを1つ摘まんでチラつかせて始める女神様。


「さあ、今日のクッキーは昨日の私の物よりも美味しいですよ? 食べますか?」

「……食べるよ」


 なんやかんや美味しかったしと、俺は顔を上げようとするが女神様は手で抑えた。


「駄目です。私以外の女と就寝した罰です。私が食べさせてあげます。お口を開いてください……あーん」

「う……あ、あーん」


 恥ずかしがりながらも開いた俺の口に、クッキーが入れられ俺はそれを齧る。齧られて女神様の指に残った一切れを、女神様は笑いながら食べた。


「美味しいですか?」


「……美味しいです」


 素直に答えるのが悔しかったが、観念して感想を言った。


「良かった……もっと、食べてくださいね? あーん」

「あの、出来れば1人で食べさせて…………あーん」


 抗議は届かず無言で構えられたクッキーを食べた。


「紅茶もどうですか? 火傷しない様に口移しで……」

「流石にそれは無理! 頼むから1人で飲ませて!」


 どうしても口移しは嫌だと必死に抵抗し、俺はファーストキスの死守に成功した。





「……美味しい、ですか……ふふふ」

「女神様、何か言った?」

「いえ、何でもありません」


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