ポーカーゲーム
「それを、光の大戦と呼んでいる」
黒服の男の言葉に、女は瞬きすらしなかった。
男は続ける。
「お前が選んだ次の人生は、大戦後の破滅と絶望の世界だ。お前が14歳の時に大戦が勃発。親しい肉親は全員他界。そこからお前は幾多の苦しい選択を迫られて行く事になる」
男は淡々と続ける。その瞳には、探るような色は垣間見えない。
「事前に何度か説明を受けていると思うが、人生のすべてが決まっているわけではない。だが、困難な道に間違いはない」
それでも、と言葉を区切る。
「その人生を選ぶのか?」
女は沈黙した。当然の事だろう。
彼女が選んだ来世には、リスクが多すぎる。
もっと違う人生があるはずなのだ。
彼女は前世、実に慎ましく生涯を全うした。大きな罪を犯す事もなく、与えられた命を途中で投げ捨てる事もしなかった。家族を愛し、目に映るすべての者を愛し、誰かのために身を投じる事ができる人間であった。
神が望む理想の形で、天寿を全うしたのだ。
……そういった者に提示される来世は実に多い。そして、どれもが大差なく幸福な物だ。
なのになぜ、この道を選ぼうというのか。
男は目の前の女をじっと見る。感情のない目である。
やがて女は静かに頷いた。
「そうか」
目を伏せた男の顔が、少し笑ったように見えた。
「ならば一つ、勝負をしよう」
言うと、男はトランプを取り出す。
「神より提示を受けている。お前がその来世を選ぶなら、前世の業に免じて、一つ力を与えようと」
長い指がカードの束を慣れた様子で切って行く。
「ハンディをやろうと、仰っている」
女はトランプを見もせず、じっと男を見ている。
「ただし、俺に勝ったらだ」
「……」
男は女の前に5枚のカードを投げて渡す。
自分の前にも5枚。
5枚と5枚。残りのカードは中央に置く。
女は興味なさそうにカードに視線を落としたが。
やがて、すっと手を伸ばしカードを手に取った。
男はニヤリと笑った。
「ポーカー、一回勝負だ」
1回目、男がパスして、女も降りる。
再度カードを切って配りなおす。
ここでも男がパスをする。女も降りた。
3回目のカード。
男がここで動く。カードを2枚交換する。
パスした時と同様に、特に表情の変化はなく。
それは女も同様にして。彼女は1枚だけカードを交換する。
ここで勝負が決まる。
双方の目には何も過らない。
ただ導かれるままにカードを前に。
表へ返す。
「……ブタか」
互いに役なし。
揃う事なかった5枚のカード。
だが――男は気が付いた。
2人のカードは同じだった。
色は違えど、同じ数字。
こんな奇跡があるのか、と。
「……もう一度するか?」
引き分けは選択肢の中になかった。
女は首を横に振って立ち上がった。
「ハンディはどうする?」
男は追いかけるように声をかけた。
女はひと時男を見つめ、たった一言呟いた。
「……生まれる時の条件は、皆、同じ」
ハンディなど、いらないと。
女は行った。
彼女が向かうのは地獄の世界。
自ら望んで、その中に身を投じる。
なぜなのか、どうしてなのか。
……なぜ、あえてその道を選んだのか。
もっと違う人生があっただろう?
もっと楽な道が幾らでも――。
「……答えは出ましたか?」
声は、背後の闇から湧き出た。
そして闇から、もう一人黒服姿の男が現れる。
こちらは転じて、満面の笑み。
……まるで絵に描いたかのような笑顔だった。
「なぜ彼女が、その人生を選んだのか」
「……いいや」
「ならば、あなたはどうされる?」
男は黙った。そして彼女が出て行った扉をずっと見つめた。
「あなたにも道は幾多ある」
「……」
「だがもしもその道を選ぶなら、あなたに待ち受けるのも試練。罪人達が泣いて赦しを乞うほどの苦境と困難が待ち受ける」
「……」
「それでもあなたは選ぶのか? ――彼女を守るという、来世を」
男は一つ目を閉じた。
やがて口だけ開いた。口の端は笑っていた。
「……見てみたかったんだ」
「……」
「一体どんな奴なのか」
「答えは出ましたか?」
もう一度黒服は尋ねる。
男は目を開いた。
それはすがすがしいほどの色だった。
笑みが答えを言っていた。だからもう、黒服は問いかけはしなかった。
女が行ったのと同じ扉へ、男も促す。
さあ行こう、誰が言ったかはわからぬ言葉。
「ああ、そうだ」
思い出したかのように黒服は男に尋ねた。
「ハンディはどうされますか?」
男は失笑した。
「生まれる時の条件は皆同じ」
女と同じ言葉を言ってから、
「ああ……このトランプだけ、貸してくれ」
「いつまで?」
「次に会う日まで」