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復讐譚には折れた剣を  作者: 中ノ森
―第5章― 涙の祝祭
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50話 あまりよくない旗が立った


 何故ここに、とフィアナは呻くように言った。

 薄青の目をこの上なく見開き、それから気まずそうに逸らす。

 

 「エイレン?」


 フィアナの呼んだ名に、目を瞬かせるフリード。少女たちはきょとんとして二人を見上げている。


 「……この者が、お前の?」

 「は、はい……」


 エイレン、という名は知っている。

 フィアナの身辺調査をした際に、東大陸武術の師として出てきた名前だ。彼女の師匠と同じくらい謎が多い人物で、『東大陸の血を引く男』としか判明しなかった。


 「……若いな」


 ぼそりと漏らす。フィアナが師匠の年齢は二十だと教えてくれた。勝手に三、四十代だと思っていたが、寧ろ自身より年下らしい。外見も思ったより細身だった。背はすらりとしているが、筋骨隆々ではない。


 しかし、立ち姿は一分の隙もなく洗練された印象だ。フィアナともどこか重なるのは、フィアナが彼から教示を受けているからだろうか。



 さて、驚いているのはこちらだけではない。

 エイレンは先程から挙動不審気味で、何か尋ねたそうにしている。


 「フィ、フィアナ。少しお前の状況が飲み込めないのだが。その男や子供は……というか、その格好」


 ごくり、と唾を飲み込む。


 「最近こちらに顔を出さなくなったのは、女として生きていくことにしたからか?」

 「……今まで、エイレンが私を女だと思っていなかったことはよく分かりました」


 いや、言いたいのはそういう事じゃない。

 完全に勘違いされたフィアナは、少し疲れたような顔で訂正を入れる。


 「別に私的にどうこうというわけではなく……騎士団の任務の一環です」

 「任務? 騎士学校生にもそのようなものがあるのか」

 「あー……それは」


 まずそこからだった。

 第三騎士団に入ってからはバタバタし過ぎていて、手紙の一つも書いていない。


 唯一知る術としては《アイオロス》が発行している大衆紙のフィアナの記事だ。しかし、エイレンはフェロニア語の会話こそ滑らかにできるが、読み書きはそこまで堪能でない。目的を持ってしっかりと読み込まなければ内容を把握できないだろう。


 「……少し事情がありまして。場所を移しても構いませんか?」


 エイレンとフリード、両方に問う。二人共問題ないというように頷いた。どうせこの後ついでに会いにいくつもりだったので、丁度良いと言えば丁度良い。

 フィアナたちは、ひとまず少女らと別れることにした。


 「じゃあ、私たちはこれで」


 少年はしっかりと妹の手を握り、それから頭を下げる。きちんと教育はされているようだ。よく見ると服の生地もしっかりとしているので、意外と余裕のある家庭の子供かも知れない。


 「……ありがとう」


 去り際にぽそりと言った少女の頭を、フィアナはぎしぎしと油の足りていないカラクリのような動きで撫ぜた。




◇◆◇◆



 ここへ来るのももう随分久しぶりな気がする。


 しかし、よく考えてみると騎士団に入学してからまだ二月も経っていない。随分と濃密な時間を過ごしてきたせいでもっとずっと長く感じるが。


 (トリシャの件に、この前の暗殺未遂……厄介な時期に来てしまったものだな)


 しかも、ただ傍観するならともかくしっかり巻き込まれてしまっている。貧乏くじを引いたどころかフィアナが疫病神であるかのようだ。どちらも国家事案レベルの問題が、この短期間でこうも立て続けに。


 (叙任式の前に死ぬのでは)


 思わず溜息をつきたくなったが、二人の手前自重した。

 見ると、エイレンは慣れた様子で寄ってきた野良犬を足で追い払っている。心配なのはフリードの方だ。


 (こんな場所に連れてきてしまって良いのだろうか)


 師匠たちの家は王都の裏路地にある。この辺りは、あばら家か少し立派なテントのような家しかないので、丈夫な木で作られた家というのは珍しい。


 とは言っても、やはり第一王子をお迎えするには問題しかない。象に犬小屋を用意するようなものである。

 そして、なによりも心配なのは。


 「エイレン、その……師匠は」

 「ああ、悪鬼殿は一週間ほど前から出かけている」

 

 心の底から安堵の息をついた。

 良かった。本当に良かった。


 相手が王族だからと敬意を払うような殊勝な生物ではない。そもそも国王陛下とすら懇意にしているのだ。フリードに対して無礼を働きまくってフィアナの寿命を縮めるのは目に見えている。


 (しかし、師匠がここを空けるのは、何か良からぬ企みごとをしている場合も多いからな……)


 なんだか嫌な予感がする。

 この感覚はよく当たるのだ。王から唐突に第三騎士団長になれと言われた日のことを思い出す。


 (……いや……考えるのはよそう)


 どちらにせよ、今のフィアナにはどうしようもない。今の任務のことに集中せねばと、軽く首を振った。


 その間に二人は席に案内され、手際よくエイレンが茶を入れた。フィアナが代わろうとするも、その格好で竈に近づくな汚れる、と制される。

 どちらにせよフリードは飲まないだろうが、一応もてなす意思を示すために出すのは構わないはずだ。


 (……ん?)


 エイレンの行動に特におかしな点はない。しかし何かを忘れているような気がしてフィアナは首を傾げた。茶を淹れ終えて正面に座った本人に、怪訝そうに見られる。


 「どうした?」

 「あ、いえ……」

 「そうか。なら、そろそろお前たちについて質問をしたいのだが、いいか?」


 (……あ!!)


 忘れていたことを、ここで思い出した。

 フィアナにとっては当たり前でも、さっき会ったばかりのエイレンには分かり得ないことがある。そして、さっさと教えておかなければならなかったことがある。


 「貴殿は王立騎士団の者なのか? 生徒を預かるということはそれなりの信頼を置かれているようだが、任務とはいえ恋人同士のような格好をさせるというのは……」

 「エ、エイレン!」


 随分と動揺もなく家に入れたと思ったが、それもそのはず。

 弟子と一緒に街を歩いている男が第一王子殿下であるなどと、どうして思うだろうか。


 フィアナはエイレンに向かって、必死に口パクで『王子! 王子!』とフリードを示す。しかし中々伝わらない。正確に言うと『お、う、じ』という音は伝わっているのだろうが、突飛過ぎて意味が分からないようだ。


 フィアナの焦りとエイレンの疑問。延々と双方を間近で見せられていたフリードは、小さくため息をつく。


 「この程度で不敬罪だと喚くつもりはない」

 「で、殿下……」

 「『殿下』?」


 フィアナの言葉を反芻し、漸く『おうじ』の意味をじわじわと理解したらしい。じわじわと汗もかいてきている。

 騎士団所属の野郎だと思っていた人が、実は王族でした。エイレンはフェロニア王国に来て一番の恐怖体験をした。


 「な……っ!!」

 「さて、それで本題だが」


 さらりとこの話題を終わらせたフリードは慈悲深いのか冷たいのか。エイレンなどはまだ混乱の極みだが、彼がそういうのならば従う他ない。


 「まずシルヴィアのことだ。この者は特例で騎士学校を急遽卒業した」


 フリードは淡々と、フィアナが王に招喚されてから今の任務までの流れを説明する。事実のみを述べているのだが、いかんせん『どういうわけか』の流れが多く、なんとも雑なものに聞こえた。


 ここまで驚くポイントを散らされると、エイレンの反応は逆に薄かった。最後にはフィアナにどうして連絡を寄越さなかったのかと言ったものの、あとは「はあ成程」といった様子である。


 「そういえば……悪鬼殿が以前に『あいつは出世する』などと珍しく褒めていたと思ったが、そういうことか」


 一介の騎士学校生から次期第三騎士団長、確かに大出世である。嬉しくない。


 「あの爆破事件の現場にも居たのか。よく無事だったな」

 「はい。運に味方もされましたので」

 

 あれは無事というのか、とフリードは素朴な疑問を抱いたが、フィアナも何でもないことのようにしている。やはりこの男からの教えはかなり影響を与えているらしかった。単に本人の性質の可能性もあるが。

 

 「ああ、それで武器を消耗してしまったので、研いでいただきたいのですが」


 武器は持ってくるのではなく、ここに送った。何も問題が起こらなければ夕方には届くはずだ。


 「分かった。出来る限り早く済ませる」

 「ありがとうございます」

 「……そうだ、フィアナ」

 

 ふと、エイレンが真顔になった。


 「こういう場所に住んでいると、良からぬ輩の自然と耳に入ってくるからな。……最近、珍しい容姿をした子供を売り飛ばす商人がこの辺りにいると噂がたっている。お前ならその辺りの男に遅れをとることはないだろうが、気をつけておけ」


 人身売買。それは、フィアナが生まれてからずっとまとわりついてきた危険だ。聞いていてあまり気分の良いものではなく、眉をひそめる。その毒手を伸ばされたことはいままでにいくらでもあった。


 「分かりました。忠告感謝します」


 丁寧に礼を言ってから、ちらりと隣を見る。視線が合い、フリードは分かっているという風に頷いた。念の為に騎士団を動かして調べてくれるらしい。


 (何事もないと良いが)


 願ってはみたものの、つい最近までの事件まみれの過去を振り返ると、それはあまりに儚い願いに感じられた。






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