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復讐譚には折れた剣を  作者: 中ノ森
―第5章― 涙の祝祭
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49話 事件と保護と再会と



 祭りに相応しくない物騒で無粋な連中がいた。


 まず、思わず眉を顰めたくなるような殴打の音がした。次に悲鳴。そして怒声。

 騒ぎの中心を知るのに時間はかからなかった。見ると、身なりの良い男と商人らしき男が興奮した様子で睨み合っている。

 おろおろと二人を見守るのは可愛らしい容姿をした若い娘だ。


 (……もう、なんとなく分かった)


 フィアナは特に驚くでもなく冷たい視線をやる。既に野次馬たちが集まり始めており、数人が「騎士団を呼べ!」と叫んでいた。当然行くわけにはいかない。


 「ふざけるなよ、このドブネズミ野郎!」

 「そのドブネズミに女取られた間抜けはどこのどいつだ? なんなら鏡でも売ってやろうかお坊ちゃんよ!」

 「やめて二人とも! 私のために争わないで!」


 泥沼化。


 (……恋人の祭りね……)


 残念ながら復活祭(オースターン)にそのようなご利益は無かったようだ。

 喜劇にすらなれないとんだ茶番である。

 こちらに火の粉が飛ぶ前にさっさと場所を移そうと、フィアナはフリードを仰ぎ見る。


 「……?」


 同じく呆れたような色をしているか、はなから興味を示さないとばかり思っていたが、フリードの目は険しさを帯びて細められていた。何かを見ている。


 「……あ」


 視線を辿り、理由を悟る。

 野次馬たちの中で、二人の子供が身動きが取れなくなっていた。普通に歩行していたら見物人の波に巻き込まれたらしい。十歳ほどの少年が、妹らしき少女の手を引いている。妹の目は片方は瞑られ、もう片方は白く濁り焦点があっていなかった。


 (見えていないだろうな)


 光を失っている少女は、周りから聞こえるたくさんの大人の声に怯えているようだった。空いた方の手で、強く耳を塞いでいる。兄は兄で、抜け出したくとも妹を連れていては素早く動けず難儀しているようだ。


 「フィアナ」


 名を呼ばれて顔を上げる。

 フィアナは一つ頷いた。そして少女の元へ向かう。フリードは少年の手を引いた。


 「こっちに」

 「……っ! やぁ……っ」


 突然現れた新たな声に、少女の肩がびくりと震えた。縋るように兄の手を強く握る。

 少女の恐怖は分かるが、どう対処すれば良いか分からずフィアナは小さな手を掌に収めたまま固まる。


 「えっ、と」

 

 正直、握っている力加減もこれで良いのか分からない。幼い子供と触れ合った記憶は皆無に等しかった。静かに焦るフィアナに対し、フリードは慣れた様子で少女の頭に手を置く。


 「……大丈夫だ。ここは今、近くに怒っている人がいるから、少し、静かなところまで離れよう」

 「……!」


 男性の低音に一瞬怯えた様子を見せたが、穏やかで優しい声と手つきに少女から少し力が抜ける。暫くの後、こくりと頷いてくれた。


 (よし、すぐに……)


 離れようとしたフィアナだったが、一際甲高く上がった悲鳴に振り向いた。


 「っの……! 叩き斬ってやる!!」


 育ちの良さそうな方が剣を抜いた。

 お世辞にも手練とは言えないとこの時点で分かるが、素人の振り回す剣でも十分に危険である。


 「お願い、止めて!」

 「お前は引っ込んでいろ!」


 娘の制止に耳を貸さず、慌てだした商人へ迫る。完全に頭に血が昇っているようだ。


 (不味いな……)


 騎士団が到着する気配は無い。見たところ、野次馬の中に腕に覚えがある者も居なさそうだ。

 フリードならば止められるだろうが、論外だ。格下とはいえ自ら危険に身を晒すほど己の価値が分からない人ではない。


 (……私が行くわけにも)


 小さなナイフは隠し持っているし、丸腰だとしても背後から近づけばなんとかなるだろうが、目立ちまくりである。できれば何食わぬ顔で子供たちを連れて避難したい。商人には自分でなんとかして欲しいところだ。しかし、


 (うわ……)

 

 逃げようとして転けた。立ち上がろうとするも、腰が抜けているのか動けない。運動神経も度胸も底辺である。むしろ何故剣を持っている相手を煽ったのか。


 このままでは血が流れる。

 さてどうするか……と悩んだところで、ふとこちらに向かってくる人影に気づいた。人混みをものともせず、一陣の風のようにこちらへ向かってくる。


 (……ん?)


 顔まで隠す外套はいつぞやの暗殺者たちと重なったが、武器を手にする様子はない。翻った裾から覗いた長靴(ちょうか)は、異国風の造りだった。


 年齢は分からないが体格からして男性。するりと野次馬の中に体を滑り込ませると、背後からいきなり剣を構える男の膝の裏を蹴りつけた。


 「ぅあっ!?」


 体勢を崩したところで首に手を回し、一気に落とす。

 白目を剥いて男は意識を失った。剣が石畳に落ちる乾いた音が響く。一同が呆然としている中、ようやく騎士団が駆けつけた。


 「こっちだ!」

 「おい、倒れてる奴がいるぞ!」


 バタバタと騒がしくなった現場に、フィアナは一瞬男から視線を外した。本当に僅かな間で、恐らく数秒ほど。

 

 (……!? どこへ行った?)

 

 なのに、突然現れたあの人物を見失った。

 ありえない。たったあれだけでどこへ行けるというのか。周囲の人々も同じような状況だった。


 「これは誰が?」

 「いや、さっき、マントを着た男が……」

 「どのくらい前だ?」

 「いや、ほんと、さっきまで居たんだって!」


 騎士団に事情を聞かれた野次馬が必死に訴えている。胡散臭そうな目で見られているが、彼は嘘を言っていない。本当に、煙のように消えてしまったのだ。フィアナは辺りを見渡す。


 「お前でも追えなかったか」

 「はい、申し訳ありません……殿下、あの者は……」

 「分からない。だが、少なくとも今のはただの善行だな」

 

 フリードの呟きに、頷いた。

 入退場がやたらと速かっただけで、やったことは人助けである。


 (あれなら、騎士団でもトップレベルと言えるな。もしまたどこかで会ったら……)


 誰の元で学んだのか、是非聞いてみたい。

 そんなことを考えていたフィアナだったが、くいくいと裾を引かれて我に返った。


 「…………」


 すっかり忘れていたが、少女と手を繋いだままだった。少女は何かを訴えるように口を動かしている。


 「?」


 が、分からない。

 またまごついていると、今度は少女の兄が助けてくれた。


 「誰か来るって」

 「えっ?」

 「近づいてきてる」

 「え」

 「後ろから……物凄く静かに」


 通訳してくれるのは嬉しいが、なかなかにホラーである。勢いよく振り向くと、黒色が目に入った。思わず瞠目する。


 「「!」」


 どう見ても、先程の人物であった。

 いつか再会することを願いはしたが、まさかの数秒後。まだ少し距離があるので、気づかれた向こうも驚いている風だった。


 「……私たちに用があるようだな」

 「い、行きましょうか」


 敵意はないようなので近づく。

 気配を断ち切ったように佇むその人物は、比較的人目につき辛い建物の影にいた。


 「……?」


 視線はよく見えないが、どうもフィアナとフリードを交互に見ているらしい。


 「……!」


 息を呑み、動揺する様子が伝わってくる。こちらとしては全く意味が分からない。

 そして、それぞれが手を繋いでいる子供たちに気がついたようだ。


 「……!?」


 ぐら、と外套が一歩よろめいた。

 何やら大変な衝撃を受けている。「こ、子供まで……!?」という声が聞こえた。


 「いえ、あの」

 「…………」

 「別に私の子じゃ……というか、貴方は一体」

 「……悪い、邪魔をした」


 

 ちょっと待て。



 馬に蹴られる前に退散とばかりに去ろうとした男の砂色の外套をがしりと掴む。

 妙な勘違いをした挙句に向こうからの情報ゼロで帰す訳にはいかない。


 「……シルヴィア」


 窘めるようにフリードが言った。

 確かに、普通の令嬢は他人の外套を引っ掴んで引き止めたりはしない。

 

 「すみません、失礼な真似を」

 「いや、それは構わないが……フィアナ」


 はい、と応えようとして固まった。

 今のは、外套の男の台詞である。


 (……何故私の名を知っている?)


 こちらの混乱が分かったのか、男は思い出したようにフードを外した。

 濡れ羽色の髪が零れる。現れた切れ長の瞳も、同じく深い射干玉(ぬばたま)だ。この国では珍しい色彩だが、海の向こうではこのような人ばかりだという。


 東大陸に行ったことがないフィアナにそのことを教えてくれた人物は、少し眩しそうに目を細めた。フィアナはあんぐりと顎を落とす。


 

 「エ、エイレン……!?」



 この人こそが東大陸武術の師匠。

 齢二十になる、黒い色彩を纏った青年である。





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