48話 王子の授業
西の第二地区はまだ、ちらほらと人が集まり始めた程度の状態だった。
見物人と思しき人々はいくつかの塊となって何か話している。どこで話を聞こうかとフィアナが辺りを見回していると、一人の男性が声をかけてきた。歳は三十くらいか。
「やあお嬢さん、あんたも見に来たのかい」
人当たりの良さそうな笑顔で、こっちこっちと手招きする。
流れでフィアナとフリードは三、四十代の男女三人の輪に混ざった。
「おやおや、若い人たちは良いねえ」
微笑ましげに言った女性に、フリードが訂正をいれる。もうこの従兄弟設定要らないような気がしてきた。
彼女と話していた男は、あなたに興味がありますといった顔でこちらを見る。
「じゃあお嬢さんは『聖涙探し』も初めてなのかい」
「はい」
「陛下は面白いことを考えるよなあ。うちの爺さんも楽しみが増えたって喜んでたよ」
「国王陛下が……?」
フィアナは『聖涙探し』を企画したのは国王だとは知っている。
しかし敢えて首をかしげると、男は得意げにこのイベントについて話してくれた。
「本当に陛下は遊び心があって、いい王様さ。何かとやってくれるから飽きないね」
「《アイオロス》はもっと王室の個人を取り上げてくれるといいんだけどね」
「まあ、確かにあまり王子や王女様たちのお人柄は分からないな」
女性の言葉に男は頷く。
狐顔の男の顔が頭に浮かび、思わず顔をしかめそうになった。もしこの会話を彼が聞いていれば嬉嬉として調査に乗り出すのだろう。
しかし、割と有意義な情報だ。
王宮に民衆の生きた声が入ってこないように、彼らにもフリードたちの言動は伝わらない。 輝かしい武勇伝だけでなく普段の行いも意外と興味があるものらしい。
(エルヴィーラ様に話せば、その辺りも上手くやってくれそうだな)
今の台詞をしっかりと頭に刻んでいると、不意に女性がこちらに矛先を向けた。
「ちなみに地方ってどの辺りだい? あたしゃ王都を離れたことがないからねぇ。遠くの方の暮らしは気になるよ」
「北のディステルからだ。近くに鉱山があるから、彼女の家も含め武具や装飾品の加工をしている家が多い」
するりと、フィアナの代わりにフリードが答える。とりあえず肯定するように頷いておいた。
「ほう、ディステルかあ、そりゃ遠くから来たもんだ。王都は暖かくていいだろう」
「そう……ですね」
こちらをのぞき込むように言ってきたのは、最初に声をかけてきた男性。
思わず目を逸らしてしまった。薄青の瞳に気がついたのか、髪色に違和感を感じたのか、先程からどうもこちらをじっと見てくる。基本的に見られるのは苦手だ。居心地悪く身じろぎした。
「すまないな、人見知りなんだ」
年頃の娘に対しては少し距離が近めだった男性を牽制するように、フリードが一歩前に出た。そして仕方なさそうな顔で肩をすくめる。
「訛りは気にする必要は無いと言ったんだが……」
「ああ、そういうことだったのかい。あたしたちも、下町訛りは酷いけどねぇ」
アハハハ、と陽気に笑う女性。
ちなみに、隣の男性の背中をバシバシと叩く手はかなり力強かった。もしも第一王子殿下がされそうになったらどうにかして救出せねば。
「というかお兄さん、男前だねえ。結婚は?」
「していない」
「おや勿体ない。あんたみたいなのが見逃されてたとは……」
通り過ぎる女性たちが時折こちらを見てくる。
その殆どはフリードに目を止めているのだろう。フィアナには品定めするような視線が飛んでくる。その中には棘が多分に含まれていた。
「お嬢ちゃんは、恋人とか婚約者は?」
「いえ、まだ……」
「あら、あんたも別嬪なのに。王都でいい人を見つけたかったら、『聖涙探し』に出てる騎士様なんかどうだい」
そっちのお兄さん程じゃないかも知れないけど男前揃いだよ、と何故か小声で勧められる。
「……悪いが、彼女の町は家同士の付き合いが重要視されている」
まあ小声だとしても、この距離だ。
内容が聞こえていたフリードは二人の会話に割って入った。
(職人の家にはありがちだな)
話に矛盾は無いし、特に嘘をつくところでもない。ディステルという町は本当にそういう傾向があるのだろう。
なるほどとフィアナは普通に知識として受け止めたが、周囲はそうでは無かったようだ。
「……なんだ、兄ちゃん俺のこと睨んでくると思ったら、やっぱり狙ってたのか」
「それでなくても、あんたは若い子と見たら飛びつき過ぎだよ! 怖がっちまったらどうするんだ」
「あの子は確かに美人だなあ。この祭りに誘ったんだから、どっかでビシッと決めるつもりだろ?」
「最近若い子たちに人気の店を教えてあげようか? 頑張りなよお兄さん、ちゃんと幸せにするんだよ!」
ひそひそ、ひそひそ。
しかし先程も言ったが、この距離である。
フィアナにはすべて聞こえている。ついでに言うとフリードの眉間の皺も見えている。
(やめてくれ)
絵に描いたような余計なお世話だ。
彼はそうそうに三人から抜け出し、「自分でどうにかする」と言っていた。もはや否定は諦めたらしい。
「じゃあねお二人さん!」
「是非楽しんでってくれよ」
別れを告げてからも、背中には好奇の視線が突き刺さっていた。恐らくにやにやしながらフィアナたちを見守っているのだろう。フリードは少し疲れていた。
「……手でも繋ぎましょうか?」
「結構だ」
あの三人から意気地無しと思われないように、という善意からの言葉だったのだが、揶揄に思われたのか即答で拒否された。
いよいよ『聖涙探し』が始まろうとしていた。
しかしフィアナたちの目的は飽くまで集まってくる人たちの方だ。
お喋りそうな娘たちの集団を探し、聞き耳を立てているのを悟られないように近くで街を眺めながら会話を聞いていた。
今のところ収穫はなく、彼女たちの騎士談義は遠慮がなさすぎて最早残酷だということしか分からない。
ちなみに、ボリスへの評価は『つまらなそうな男』だった。
(面白いけどなあ)
面白いので、包み隠さず内容を本人に伝えておこうと思った。
「……シルヴィア」
辺りに目をやっていると、不意にフリードに名を呼ばれる。
「はい」
恐らくこの任務のことだろうと真剣な面持ちで応じたが、次に出てきた台詞は少なくともフィアナの中では唐突だった。
「この祭りが行われたという最古の記録は、七百年程前だ。当時は『涙の日』と呼ばれており、王はアレクシス・コルネリウス・クレーメンス・エーリヒ・フェロニア」
呪文か。
滑舌よく流れ出たきた言葉だったが、そのまま滑らかに脳内を通り過ぎた。情報の欠片も残らない。
「この時代は国が安定しており、フェロニアの文化が大きく発展した。王宮の装飾などに一部用いられているムーサ式が確立したのも……」
フィアナは目を白黒させた。
ここまで饒舌に話しているフリードは見たことがない。
(歴史マニアなのか?)
一瞬そう思ったが、本人は特別生き生きとはしていない。
滔々と語られるそれは、知識を詰め込むだけの授業によく似ている。暫く語ったフリードは抑揚のない声で締めくくった。
「……そして、現在に至る。ここまで理解できたか?」
「あ、あの、これは……」
「オルフェから、お前と街を回るついでにフェロニア史などについて教えてやったらどうかと進言された」
本当に授業だった。
あの男余計なことを、と思ったが知識不足は否定出来ない。そして、これからそれらを学ぶには圧倒的に時間が足りないことも。
「自国に疎い騎士団長などあってはならない。しかし、お前はどうやら知識がかなり偏っているようだ。今日一日で詰め込ませてもらう。死ぬ気で覚えろ」
本気の目だった。
迫力に圧されるように、フィアナは小さく頷く。
時間を惜しむようにフリードはすぐ別の説明を開始したため、今回は楽な仕事ではなかったのかという裏切られた感を慌てて胸にしまいこむ。
先程は殆ど聞き流した淡白な言葉の羅列に耳を傾けた。
周囲には心から祭りを楽しむ人々。
華やかな屋台に飾り、鳴り物の音。
そんな中で、お世辞にも教え方が上手いとはいえないフリードからお堅い内容の授業を受ける。
初めて参加した復活祭だが、既に嫌いになりそうだった。




