47話 公開告白
想像以上の人、人、人だ。
フィアナは小さな体を隙間に滑り込ませながら、前を行く背中を追っていく。
城下に着いたら、まずは『聖涙探し』の見学をする予定である。正確に言うと、見物をする人々から話を聞くつもりだ。
ターゲットは若い女性。毎年このイベントは見目の良い騎士が駆り出されるので、それを目当てに訪れる娘が多い。
自然と口にする話題は騎士や王立騎士団のこととなるので、話しかけなくともその場に居れば評判は耳に入る。
(……と、殿下は言っていたが)
問題なのは麗しい騎士を見ようと足を運ぶような娘たちが、美形の見本市に居そうなフリードを放っておくかどうかということだ。
群がられてはバレる危険性は高まるし、何より情報収集にならない。そしてその間フィアナはどうすれば良い。
(……いや、もしかしてその為の恋人っぽい奴か?)
流石に相手がいる者には突撃はしてこないだろう(従姉妹設定だが)。自分の存在は全くの無意味かと思っていたが、そうでもないようだ。
「……今年の会場は西の第二地区。もうすぐだ」
聞こえるか聞こえないかの声でフリードが言った。
大通りを抜ければ、人混みは随分マシになる。余裕が生まれたので、フィアナは少し辺りの様子を見回してみた。
(私と同じような格好の者は一定数居る……これなら、溶け込めているか)
すれ違った恋人の腕に己のそれを絡めた少女は、やはり白いワンピースを身に纏っていた。フィアナと違ってアクセサリーの類はつけていないが、パッと見は殆ど一緒だ。
(……ん?)
見ると、向こうから歩いてくる少女の胸に薄青の石がはめられたブローチが輝いている。
それはいいのだが、なんだかやたらと露店に興奮しているようだ。見慣れていないのだろうか。
(いいところのお嬢様なのかもな)
だとしたら仕方がない。
(ああ、向こうの女性もか)
あちらは白のワンピースに勿忘草色の刺繍が施されている。銀糸も使っていて、派手さはないが品の良い美しさがあった。庶民が着るものではないだろう。
あの女性もやはり、市井のものを珍しそうに眺めている。
(……いや、待てよ)
分かり易い。
一見同じだが、庶民のワンピースと貴族のそれはどこかが決定的に違う。
(スリの良い標的じゃないか)
祭りでは、誰もが気分が高揚し気持ちが緩む。
フィアナは金銭の類を全てフリードに預けているが、あの女性の手には小さな鞄がある。持ち方も用心している様子がまるでない。
金持ちにありがちな世間知らずらしい。
なら、せめて隣にいる恋人らしき男にしっかりしてもらいたい所だが。
(……ほら、狙われた)
程なくして、フィアナは不審な動きで女性に近づく男に気がついた。
さてどうしたものかと悩む。自業自得ということで見過ごしても良いが、微妙に寝覚めが悪い気持ちもある。
フィアナはちょいちょいとフリードの裾を引っ張った。
何事かと振り返った王子に、笑顔を見せる。
「……上手くはないな」
すかさず飛んできた批評。
別に笑顔の自然さを検定してもらいたかった訳では無いのに(そして不合格)。
けれどフィアナはここでめげることなく、できる限り明るい声を出した。
「まあ、あちらに何か面白そうなものがー」
「……?」
何を始めたのかという顔のフリードから離れ、足早にスリの男の元へ接近した。
男は露店を覗くふりをしつつ距離を詰めている。あのまま女性にぶつかって、財布を抜き取る腹づもりだろう。
しかし、それが実行されるより早くフィアナは無邪気を装い突撃した。
「いっ!!」
硬い踵で男の足の小指を踏み、ぐりっと擦る。相手は突然の痛みに呻いた。
そこで初めて存在に気づきましたというようにフィアナは目を丸くする。
「きゃあ、ごめんなさい」
「い、いや……大丈夫だよ」
男は忌々しそうな顔をしつつ、一応は女性への対応として快く許してくれた。だがそれ以上この場に留まることはなく、そそくさと去っていく。
狙われていた女性はきょとんとしていたが、恋人は何か勘づくものがあったようだ。「やっぱりその鞄は僕に預けてくれないか」と持ちかけている。
それを見届け、役目を終えたフィアナはさっさとフリードの元へ帰ろうと思ったが、
「ごきげんよう、今日は祝福の日に相応しいお天気ね」
思いがけず女性に話しかけられ、ぎこちなく微笑んだ。
彼女はお喋りな気質のようでその後も会話を続けてくる。
「その格好、とってもよく似合っているわ。よく見ると目の色も素敵ね! そうだ、もうすぐ『聖涙探し』が西の第二地区で始まるらしいわ。貴女は見に行くの?」
「え、ええと」
どう答えるか迷っていると、後方にいたはずのフリードがフィアナの横に立った。
「この方は……貴女のパートナーかしら?」
にこりと微笑まれ、とりあえず全力で首を横に振っておく。
意外なことにすぐにフリードが口を開いた。
「いいや、私は彼女の従兄弟だ。彼女は復活祭に参加したことがないらしいから、案内をしている」
「あら、そうだったの」
女性はしげしげとフィアナたちを見比べた。
「ふふっ、今はそうでも、いつかこの恋人のお祭りの素敵なご加護があるかもしれないわね」
(あってたまるか)
曖昧に苦笑しつつ、心の中で断じる。
そんなことがあれば国を巻き込む大騒動である。
「……そういえば、うちの第一王子殿下は御婚約されないわよねえ」
ふと思いついたように女性が言った。
降って湧いた好機に、フィアナの目がきらりと光る。
彼女はまだ話し足りないようだ。このまま誘導すれば王家に対する印象が聞ける。
置いてけぼり感のある恋人はフリードに話しかけていた。こちらも問題なく言葉を交わしていたので、フィアナは女性に狙いを定めた。
「確かに、なさいませんね」
「まあ私には想像もつかないほど難しい事情が絡んでいるのでしょうけれど、いつか素敵な結婚をして欲しいわ」
それに頷きつつも、少し眉を下げる。口元には困ったような笑みを浮かべた。
ただの笑顔ですらフリード曰く『上手くはない』フィアナにとってはかなり高等な技術だ。
「でも、あのフリードリヒ殿下が誰かとご成婚されるのは……正直寂しい気持ちもあります」
「うふふ、確かにフェロニアの乙女は複雑ですわね」
微笑ましいものを見る目で見られた。ファン認定されたのだろう。
「王子はまるで物語の中の人物のような、完璧で素敵な方ですよね」
「ええ、そうね! 今の国王陛下も立派な方だし、次代にも優秀な王子がいらっしゃるなんて国民として誇らしいわ」
好感触。
やはり王族人気は高いようだ。さらに掘り下げてみる。
「そういえば、半年程前にスリヴァルディ領で起こった土砂崩れのときも……」
「ああ! あのときの対応は素晴らしかったわ!」
「はい。冷酷だと言われておりますけれど、本当は心優しい方だと思うんです」
「避難民への気遣い方が丁寧だものね」
「その通りです」
フィアナは大きく頷く。
規模が広く王都でも騒がれた事故だということを差し引いても、きちんと実績を認知されていることが分かった。
予定外ではあるものの、収穫がある会話だったと言える。
「ふふっ、本当に殿下のファンなのね」
「はい。もしも私がどこぞの姫君だったら、ころりと恋に落ちてしまいます」
「あらあら、熱烈ね」
「ここまで心惹かれるのはフリードリヒ殿下だけです」
(……さて、このくらいにしておくか)
そろそろ『聖涙探し』の会場へ向かわなければ。
フィアナは早々に会話を畳んだ。
「それでは、私たちはこの辺りで……」
「あらそうなの? では、ごきげんよう。今日の貴女たちに幸福が訪れますように」
祈りの言葉と共に優雅に礼をされる。
フィアナもそれに合わせ、静かに膝を少し曲げて同じ祈りを返した。
女性たちと別れ、二人は暫く無言で歩いた。
フリードにもこちらの会話内容、というかフィアナの台詞は聞こえていたようだ。
視線を寄越さないまま、フリードは呟く。
「お前は、神経が太いな」
「よく言われます」




