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復讐譚には折れた剣を  作者: 中ノ森
―第5章― 涙の祝祭
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46話 年頃の少女という初体験


 生成り色の生地に、勿忘草色が映える。

 裾がふわりと広がるワンピースは可憐だがそこそこ動きやすい作りだ。


 胸元に輝くのは、涙の形に加工した水色の宝石がはめ込まれたブローチ。耳元の銀細工の先にも同様に加工された石が揺れていた。

 髪は基本流して、編み込み部分をベルベットのリボンで結んでいる。


 「……完成、ですか?」


 こういった類のものはさっぱり分からないので、何から何まで世話になったメイドに尋ねる。

 彼女は長年この城に勤めていて、フリードがお忍びで城下へ行くことを知っている数少ない一人だった。


 「はい。よくお似合いですよ」

 「そう……なのでしょうか」

 「ええ。フィアナ様は元が色白でいらっしゃるので、白粉をはたく必要もなさそうですね」


 それを聞いてほっとする。

 感謝はしているが、ここまで長かったので早く解放されたかった。


 (それにしても……こんな格好をすることになろうとは)


 フィアナはため息をついた。

 仕事とはいえ、落ち着かない。


 コンセプトは『祭りを楽しむ育ちの良いお嬢様』だそうだ。


 貴族は皆この祭りのシンボルである涙の形の装飾品を身に付ける。

 それから、勿忘草もこの祭りでよく登場する物だ。

 この青は「白の戦乙女」の瞳の色であり、闇に呑まれかけていた神に『私を忘れないで』と訴えたことからも(ゆかり)があるとか。

 

 「本当にお可愛いらしいですわ。銀髪のままにしていたら、まさに本物の『白の戦乙女』のようだったでしょうね」


 絶賛してくれるメイドに苦笑を返す。

 白い髪に白い肌、青い目をしていたという彼女とは何気に特徴が一致してしまっていたフィアナだった。


 しかし、今のフィアナは銀髪ではなく妙にキラキラとした栗色の髪になっている。

 本当はよくある茶色に染めるはずだったのだが、地が銀のせいか上手く染まらなかったのだ。


 まあ元の銀よりは大分マシなので、仕方なくこの出来で妥協することになった。

 近くで見ると不思議な色だが、一見しただけでは特に何も思われまい。


 「それでは、お連れしますね」


 メイドに案内され、向かうのはフリードの元。

 向こうも向こうで変装をしているはずだ。

 商会から腕の良い者を連れてくると、オルフェが張り切っていた。


 『フリードの王子顔を誤魔化すのは結構大変だからねー』


 王子顔という単語は知らないが、恐らくフリードのような顔を言うのだろう。

 民衆への露出も多い第一王子はフィアナよりも変装が難しそうだ。


 「フィアナ様は、復活祭(オースターン)の城下へ行ったことがありますか?」

 「いいえ……」

 

 前を行くメイドの質問に、フィアナは少し気まずそうに答える。

 復活祭(オースターン)の日はたいてい騎士学校は休みだったので、師匠たちの元へ行って稽古をつけてもらっていた。

 故に分からないことが多いので、今回の護衛任務にはそれほど自信がない。


 「あら、そうなんですか。なら今回はお仕事ですけれど、羽を伸ばすつもりで楽しんできたらどうでしょう。人生、うまく息抜きするのも必要ですよ」


 年嵩のメイドは半分振り返り、茶目っ気たっぷりに片目を閉じる。人生の先輩の言葉にはひとまず素直に頷いておいた。


 メイドは、民衆が集まりやすいところやお喋りな店員がいる店を教えてくれる。

 城下では色々と話を聞き出さなければならないので、フィアナはありがたく情報を拝聴した。

 

 「まあ、フリードリヒ殿下が上手くやってくださると思いますけどねえ」


 ではやはり自分が変装までして側にいる必要はないのではないかと思ったが、脳裏に軽薄な第一王子側近や第二王女の顔がちらついた。

 彼らがなにやら面白半分で決めたに違いない。


 (迷惑な……)


 フィアナはため息をつきたい衝動を必死で抑えた。

 


◇◆◇◆



 そうこうしているうちに、目的地についたらしい。

 ここですよ、と扉を示される。

 開け放たれた先には、見慣れた背格好の見慣れない男が立っていた。


 こちらに背を向けている。

 茶色の髪に、貴族のお坊っちゃんといった服装。傍らに控えているオルフェで、その人物の正体を悟った。


 「……あっ! フリード、フィアナちゃん来たよ!」


 ぶんぶんとこちらに手を振ってくるオルフェ。

 適当に会釈をして、フリードにはきちんと礼をした。


 「お待たせいたしました」


 いつも通りの仕草なのだが、格好が違うので自分でも違和感がすごい。

 そういえば、自分は普通の令嬢らしい仕草をうまく出来るのだろうかと不安になった。


 「……来たか」


 フリードは特に何も思っていないような顔でフィアナを眺めている。

 前髪が敢えて目にかかるようになっているのは、青い瞳の色を誤魔化すためだろう。


 (……ん?)


 ここで、フィアナの視線は顔から逸れる。

 服で隠しきれない首から顎の下にかけてのところの肌が、酷く爛れていた。火傷の痕だ。


 「え……っ」


 いつそんな怪我を。

 思わず目を見開くフィアナに、フリードは首を横に振った。


 「これも変装の一つだ」

 「おっ、フィアナちゃん騙された? すごいでしょこれ。うちで開発したんだよねー」


 特殊な素材を使っているらしい。

 とんでもなく大雑把な説明しかしてくれなかったが、確かにこれは本物にしか見えない。少しでも注意をフリードの顔から逸らすためのメイクだとのことだ。


 (これなら……数度見たことがある程度の者なら、殿下だとは気づかないな)


 フィアナは安堵する。

 自分には正体も何もないようなものなのでバレるということはないが、フリードが気づかれた場合、お忍びで女性と出掛けていたという風に捉えられるので厄介なのだ。


 「フィアナちゃんも化けたよね。一瞬分かんなかったよ」

 「何かおかしなところはありませんか?」

 「んー、まあ特にないかな? フリードは何か気づいた?」

 「……民間人には違和感を持たれないだろう」


 及第点だが、やけに体幹がぶれず体重移動の仕方が上手いので、ある程度鍛えている者には素人ではないと気付かれるかもしれないとのことだ。


 「何か聞かれても、お前は適当に誤魔化しておけ。後は私が対処をする」

 「分かりました」


 感情が顔に出辛いフィアナにとって嘘は苦手分野ではないが、あまりに無表情なので余計不審に思われかねない。


 (……ん? だがフリードリヒ殿下も)


 彼もフィアナに負けず劣らず愛想が無いが、大丈夫なのだろうか。城下の人々から評判を引き出すにはある程度会話を続けなければならない。


 誰かと楽しそうに世間話をするフリード。これほど想像出来ないものも珍しい。


 「さぁーってと、準備は整ったし、行きますか!」


 しかしオルフェは全く問題視していないようだった。

 フィアナには良く分からないが、まあなんとかなるのだろう。





 用意された馬車に乗り込む。

 本来フリードが乗るべきような豪奢なそれではなく、民間人も使っている簡素な馬車だ。

 

 ガタガタと揺られながら、フィアナは窓の外の景色を眺めた。自分と同じような格好の娘が何人もいる。これなら上手く紛れそうだ。

 

 「……シルヴィア」

 「はい」


 不意にフリードに名を呼ばれた。

 しかしその後言葉が続くことはなく、じっと顔を見つめられる。思わず背筋が伸びた。


 (な、なんなんだ)


 緊張した面持ちのフィアナに、フリードは少し眉を寄せる。


 「……やはり兄妹は無理があるか」


 その呟きに行動の意味を理解した。

 そういえば、二人の関係性の設定を決めていない。いざというときのために口裏合わせは必要だろう。


 (異母兄妹……? 私が妾の子で……いや、あまり捻りのないものが良いか。これでは祭りに一緒に来るほど兄妹仲も良くならなさそうだし)


 ややこしいと、自分たちでボロを出す可能性が上がる。フィアナは考え込んだ。

 外を眺めると、二人で歩く妙齢の男女の関係などほとんど一種類だった。


 恋人設定が一番自然であることには、とっくに気がついてはいる。


 なんといっても今日の祭りの主役は「白の戦乙女」とこの地に君臨した神。

 つまりは、恋人たちである。

 永遠の愛を誓った二人にあやかろうと、恋人同士で祭りを楽しむのはフェロニア国民が古来からしていることだ。


 「「…………」」


 フィアナとフリードは目を合わせない。

 しかし心の内は同じであろう。



 ((兄妹よりも無理がある……))



 即座に案を却下した。

 恋人と街歩きをするような甘い顔を作れるほど、二人の表情筋に柔軟性はない。

 

 (どうしたものか)


 周りからは恋仲に思われたとしても、できれば設定は別なものにしたい。

 悩んでいると、フリードが口を開いた。


 「お前は祭りに合わせて田舎から観光に来ていて、王都に住む従兄弟の私がその案内をしている。……ということで問題は無いか」


 言われた内容を頭で反芻する。

 フィアナは地方の田舎娘。

 フリードは王都に住む従兄弟。

 

 これならフィアナが祭りの内容に疎くとも不自然ではないし、訛りが酷くて喋るのが恥ずかしいことにしておけば会話を避けられるだろう。


 「了解しました」

 「直に到着する。お前は私の半歩後ろを歩け」

 「はい」


 祭りの喧騒が近づいてきていた。

 遠くの協会では鐘が鳴っている。祭りがピークを迎えるのはもう少し先だが、既に大変な賑わいである。


 「……歩く速度を落とす必要があるか」


 ぼそりとフリードが呟いた。

 それは吐息の中に溶けたほんの小さな声だったが、耳が良いフィアナはしっかりと認知する。

 

 (……私の靴か)


 そしてその理由にも思い当たった。

 瞳と同じような薄青のそれは踵が高く、美しいが硬いものを蹴ったら折れそうに華奢。

 履き慣れていないと疲れそうな造りだった。しかし、


 「いえ、必要ありません」


 はっきり否定したフィアナに、フリードはやや目を見張る。

 そもそも聞こえていたことが驚きだろう。

 

 「いざとなれば走れます」


 万が一戦闘になれば蹴り飛ばすようにして脱ぐが、それ以外では問題なく動ける。着替えの際に実際に試したので、フィアナは自信を持って言った。


 「……そうか」


 フリードが頷いたところでら馬車が止まった。

 扉が開き、まず男性が先に降りる。


 地面に足をつけたフリードから、当然のように差し出された手にフィアナは首を傾げる。

 見慣れない光景だったので、普通に何をしているんだろうと考えてしまった。


 「……エスコートされる練習が必要だったようだな」


 

 まだ城下に到着して数秒だが、先が思いやられる。

 フィアナは反論できずに俯いた。





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