45話 次なる任務
結局、にまにましただけで詳しいことは説明せずにオルフェは出ていってしまった。
何だったんだと多少のもやを胸に抱えることになったフィアナは後日、気晴らしにとちょっとした訓練に使える器具を騎士団営所から失敬し、医務室で軽い運動をしていた。
「ほんと、信じらんねえ体してんな」
久しぶりに訪れたボリスの第一声である。
どうして動けるのだと長々言われかけたが、既に一通り医師に言われていると制した。
「騎士団の様子はどうですか?」
「相変わらずだよ。ただ、失踪した偽メイドの捜索は近々縮小されるらしい」
「ああ……」
忘れかけていたが、紹介状を奪って成り代わり、トリシャの件に関与していると思われるメイドがいた。
彼女は、結局見つからないままだった。
どこかで息を潜めているか、もう国外へ逃げたのかもしれない。どちらにせよこれ以上の大規模な捜索は難しい。
というのも、
「もうすぐ『復活祭』だろ?」
────この地に君臨していた神は、度重なる戦で生まれた血と憎悪により、悪神へと身を堕としかけた。
以前の記憶を忘れ、地を切り裂き人を屠る神を止めたのが彼の恋人である「白の戦乙女」。
彼女の流した涙により悪しき魂は浄化され、神は戦を鎮めた後、フェロニア王国の前身となる帝国を築いた。
フェロニア国民ならば誰でも知っている伝説だ。
復活祭はこの出来事を祝う日で、それはそれは盛大に行われる。
特に、「白の戦乙女」の涙を象った銀細工や涙型の石を探すイベント『聖涙探し』は盛り上がる。
城下の一角を完全に借り上げてまで開催されるのだ。
参加資格は、城下に住む十五歳以下の少年少女と騎士学校生から志願者を募り、抽選で五十名ずつ。
それから王立騎士団の若手から強制で五十名だ。
最も多く探し出した者には王家が何でも一つ願いを叶えてやる、ということになっている。
といってもこれはお遊びだということは承知の上なので、皆が願うのは『上司に一日敬語を使わせる』や『王家の夕食を一度だけ体験する』などくだらないことだ。
ちなみに、王立騎士団員は他よりも身体能力が高いので、ハンデとして全員ドレス着用である。
新人なら誰もが体験する洗礼のようなものだ。
「ボリス先輩は、今年は……」
「……招集が来た。因みに『今年は』じゃなくて『今年も』な」
やはり選ばれていたか。
去年までボリスは王立騎士団最年少だ。まあそうなるだろう。
「良かったですね。あれ、顔の良い人が民衆の露出度を高めるために何度も選ばれるらしいですよ」
「いや喜べるか!! エルヴィーラ殿下の考えそうなことだな、全く……」
やはりこの件もあの王女が関わっていたらしい。
参加できる人数は限られているが、見学は誰でも出来る。
少しでも騎士団人気を上げることにエルヴィーラは全力を注いでいるのだ。
「……ああ、で、話を戻すけどな。祭りの中に騎士団の捜索隊をうろうろさせるのも無粋だってことなんだが……きっかけに過ぎないだろうな」
もう見つかるまい、という判断だったのだろう。
あとは止めるタイミングが欲しかっただけだ。
「いったん事件は解決ですが……どうにもすっきりしませんね」
目の前の危機はどうにか凌いだ。
しかしまだ敵は見えない場所で牙を研いでいる。そして、それは必ずまたフィアナたちに襲いかかるだろう。
(ダジボルグ帝国は……また、フェロニアと戦を始めるつもりなのか)
何故、今なのか。
それはここで考えたところで分かるはずのない疑問だ。
時間の無駄だとフィアナは首を振った。
「……それはそうと、一週間後なら私ももう警備にも加われる気がするのですが」
このまま順調に回復していけば十分に可能だろう。
剣を持って立っていたり巡回したりする程度なら問題ない。
「みたいだな。だが、フィアナ。お前には既に別口の仕事が来てる」
「えっ?」
予想外の言葉に、何度か瞬きをした。
一応は重症を負っていたフィアナを名指しするなど、どういう任務なのだろうか。
「まあ、詳しくはあとから説明されるが……体調を鑑みて、復活祭の警備よりも肉体的には楽なやつらしい」
「……というと?」
「ある貴い方と、街歩きすることだ」
◇◆◇◆
第三騎士団の制服を身に纏ったフィアナは、数週間ぶりにフリードの執務室を訪れていた。
「……失礼致します」
こうしてこの重厚で簡素な意匠の扉に声をかけるのも、随分久しいことの気がする。
あの頃はかなり頻繁に来ていたせいもあるが。
(そういえば、ここに来る時は高確率で何かあったな)
初対面でフリードに要らないと一蹴されたり、麻薬が見つかったり臨時で警備をすることになったり。
だからよく来ていたような印象が強いのか、と納得する。
「フィアナ・シルヴィアです。フリードリヒ殿下がお呼びと伺い、参上致しました」
「……入れ」
いつも通りの簡潔な返事を貰い、中へ入る。
しっかりとした足取りのフィアナを見て、フリードは無表情に尋ねた。
「……怪我の具合は?」
「完治とまではいきませんが、大分良くなりました。ある程度の運動は可能です」
「……そうか」
自分を命懸けで守った騎士に対する言葉にしてはいささか冷たいようにも思われる。
ただ、使える駒の状態を把握しようとしているような。
しかしフィアナには、何となくこの王子のことが分かってきていた。
具合を尋ねたということは、フリードなりに心配してくれていたらしい。
だが、気遣っていると敢えて相手に悟らせるつもりもない。
だからフィアナも礼は言わない。
共に死の淵をくぐり抜けた二人の再会は、目に見えないところで行われた。
「……じゃあさっそく、任務について僕からさらっと説明しちゃうね?」
パン、とオルフェが手を叩く。
今日呼び出されたのは、明日に迫った復活祭で命じられた任務の詳しい内容についてだ。
「本来ならフィアナちゃんも新人として『聖涙探し』に招集されるはずだったんだけど、怪我がそこまで治るとは思ってなかったら除外されてたんだよね」
まだベッドの上で安静状態の予定だったので、その他の警備などはもってのほかだ。
しかしせっかく回復したので、仕事を任せたいと。
「実はこっちも毎年恒例。変装して、直接平民の声を聞きに行くんだ」
「平民の声……ですか?」
「うん。そういうのは王宮に着くまでに多少変わっちゃってることが多いから。でも、生の声なら間違いない」
「はあ……」
少し話が見えない。
貴い方と街歩き、と言うくらいだからお忍びで祭りを楽しみたい令嬢の護衛でも任されるのかと思っていた。
(それに『噂が王宮に着くまで』ということは、普段王宮にいる人物に限定されるんだが……)
オルフェはさらに続ける。
「それから、マンデル祭りで敵がこっちの地理も利用してくるってことが分かったからさ。裏通りのことも改めて淘汰しておかないと。
フィアナちゃんのお師匠さんたちって、そういう所に住んでるんだよね?」
その辺りは身辺調査で把握済みでもおかしくないので特に何も思わなかった。
しかし、
「どっちにしろ、近いうちに行くつもりだったんでしょ?」
「えっ?」
何故、それが分かったのか。
言い当てられたフィアナは少なからず驚く。
これを説明したのはフリードだった。
「お前の使う短刀は特注品だろう。片刃の剣は東の文化で、切れ味はこちらより遥かに勝ると聞く」
そこらの店でぽんと売っているものではない。
買うにも手入れするにも、専門家が必要になる。
「そういった武具管理の適任者は、お前の東大陸武術の師。先の戦闘では、補充が必要な程度には刃を消耗していたように見えた」
全てお見通しかと、フィアナは息をついた。
確かにフリードの言う通り、何度も使用した短刀は刃こぼれが酷くなまくらと化している。休みが取れたらすぐにでも研いでもらいに行くつもりであった。
(……それで、結局)
誰の護衛をしろというのか。
結論を急かすようにオルフェの顔を見たフィアナに、相手は極上の笑顔で告げた。
「じゃあフィアナちゃん、復活祭の日はフリードをよろしく」
数秒固まる。
何故こうなるのか、という感情とぶつかるのは、やはりこうなったか、という相反する感想。
どちらにせよこちらの返答は一つしか用意できない。
「……了解致しました」
フリードに向き直って、さらに一礼する。
第一王子はただ黙してそれを眺めていた。
皆が笑顔で楽しむ復活祭。
しかし自分たちだけは終始無表情かつ無言で過ごすことになりそうだなと、フィアナは確信めいた考えを抱いた。




