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復讐譚には折れた剣を  作者: 中ノ森
―第4章― マンデル祭り
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43話 傷口と共に残る



 気分は最悪だ。


 まず、肩にじくじくとした痛みを感じていた。

 ナイフの刺さった腕にも同様。

 蹴られた箇所は鈍痛を持っているし、酷く頭痛がする。


 それから、頭の芯が固く凝ったような感覚がしていた。何か薬が効いているのかも知れない。

 フィアナは目を開けることが出来ないまま、引き結んだ口から呻き声を漏らした。


 がさりと、近くで衣擦れの音がする。


 「気がついたか」


 薄く目を開けると、初老の男がこちらを覗き込んでいた。おそらく医者だろう。

 吸い吞みのようなものを口元へ持ってきてくれる。


 「飲めるか。ゆっくりな」


 痛みで気が付かなかったが、そういえば喉も乾いていた。

 言われるままに口を開け時間をかけて水を飲み下す。

 喉を通るひんやりとした感覚が、少しだけ苦痛を緩和させてくれた。


 「命に別状はないし、今後後遺症が残るようなこともない」


 はじめに医師が言い切った。


 「ただ、毒を受けたからな。今も動き辛いだろう?」


 フィアナは頷くのも億劫で、視線だけで肯定を示す。

 粘り気のある水の中に横たわっているようだ。何をするにも体が重い。


 「数日で解毒は済むから問題ない。傷口も割と綺麗だったし、清潔にして療養をとればすぐにくっつくさ」


 それを聞いて、とりあえずは安心した。

 自身のことは分かったので、フィアナはその他の状況を尋ねるために口を開いた。


 「殿、下……は」


 痺れが残っていて、舌っ足らずな子供のような声だった。

 けれどその短い言葉の意味は通じたようで、医師は少し考えような素振りを見せる。


 「無事だよ。だが詳しいことは騎士団の人に聞くのが早いな……そういえばそろそろ」

 

 独り言のように呟き、入口へ視線を向けた時だった。

 タイミングよく扉が開く。


 「先生、様子を……」


 入ってきたのはディルクだった。

 いささか疲弊しているように見える。後始末に追われていたのだろう。

 いつもより影を落としている若草色の瞳は、フィアナの様子を認めて見開かれた。


 「気がついたんですか!」


 それから破顔し、良かったと息をつく。


 「心配は要らないと伺っていましたが……もう三日目になるので」


 今度はフィアナが驚く番だった。

 三日目になる、というのはつまり。


 「もう三日も目を覚まさなかったんですよ、フィアナさん」


 あの後すぐに医師の元に運ばれたフィアナは、初日に僅かな時間だけ目を覚まして状況の説明を大まかに行ったらしいが、全く記憶にない。


 「まさかあんなことが起こるなんて……王宮は大騒ぎですよ」

 「副団長さん、この子はそこら辺が気がかりみたいだから教えてやってください」

 「分かりました」


 医師は己の椅子を譲り、本人は薬の調合に奥の部屋へ引っ込んでいった。

 ごほん、とディルクは軽く咳払いをする。


 「まずは味方の損害ですが、それほど大したことはありません。フィアナさんが一番の重傷者です」


 避難中に一般人が数名軽傷を負った程度で、爆発での死者はいないという。

 元々あの辺りの建物は重要文化財で、国の管理下にあるため住民が居ないのが幸いした。


 あとは、一人の騎士が馬に吹き矢を仕掛けた男を追って戦闘になり、腕に一太刀受けたそうだ。

 傷は深くなくもう治療は済んでいるとのこと。

 

 「敵の死体は、五人全員見つかっています」

 

 (……ん?)


 フィアナは眉を顰めた。

 

 (五人(・・)全員……?)


 フィアナが倒したのは四人だ。

 もう一人いたのかと驚いたが、ひとまず今は流すことにした。


 「最後の一人の傷自体はすぐに死ぬものではありませんでしたが、毒薬を口腔内に仕込んでいたようで……間に合いませんでした」


 最後に見えた青年が何かを飲み込んでいる様子はフィアナも目にしている。あれは自決用の毒だったらしい。

 手加減をする余裕は無かったし練度を見るに口を割るかどうかは微妙だが、一人くらい生きたまま捕らえたかった。


 「犯行の詳しい手口は一から捜査中です。現在分かっているのは、爆薬は恐らく爆発直前に仕掛けられたらしいということですね」


 パレード前に不審物調査は行われたそうだ。そのときに異常は無かったという。

 ここから先はフリードリヒ殿下の見解ですが、とディルクは前置きした。


 「敵は爆薬に火をつけてから炸裂までに、少し間の空くような工作をしていた可能性が高いです」


 火をつけた人物が逃げるまでの時間を稼ぐためだ。

 しかしそうすると、フリードが通る際にタイミング良く爆破するのが難しくなる。

 

 「吹き矢は『フリードリヒ殿下をその場に留めさせる』ために使用されたようですね」


 馬を制御不能にして運行を阻止し、その間に瓦礫の雨の餌食とする算段である。

 フィアナの馬も狙ったのは単に外したか、もしくは周りの民衆をより混乱させることで人並みを乱し、その場からフリードを脱出させにくくしたのかも知れない。


 (騎士団の動きが迅速で良かった)


 退避が的確だったので無用な犠牲を払わずに済んだ。

 フリードとフィアナが無事だったのは、幸運としか言いようが無い。馬が暴れながら微妙に前進していたのが功を奏した。


 「あっ、殿下自身は全くの無傷ですので安心してください」


 ディルクにお墨付きを貰う。

 あちこちボロボロだが、フィアナは一応役割を果たすことができたということである。


 「この功績は大きいですよ。なにしろあの混乱状態で最後まで殿下を守り通したんですから」


 ディルクは興奮気味に言った。

 今回のフィアナの働きは、実力と忠誠どちらも証明にもなる。剣の実力に疑問を唱える輩を牽制できるだろう。


 「何か勲章を貰えるかも知れませんね。そういうの、結構強みになりますよ」


 そういう彼の胸にはいくつもの名誉ある証が輝いている。

 異例の若さで副第三騎士団長に登り詰めたディルクが言うと、説得力があった。


 「それでは、自分はそろそろ……」


 ここで、ディルクは早くも立ち上がった。

 やはり忙しくしているらしい。


 「オルフェ様にお願いされて見に来たので。あと、ボリスも相当心配してたので、目が覚めたことを早く伝えないと」

 

 できればその二人はあまり連れてこないで欲しいと思ったが、フィアナは無言で聞いていた。


 「じゃあ、安静にしていてくださいね。というかできれば寝てください。治りが早いですから」


 そう言い残し、ディルクは去っていった。

 フィアナは言われた通りに大人しく目を閉じる。散漫とした思考がいくつも浮かんでいた。


 まだ、謎が残っている。


 (敵の五人目は、どこで死んだんだ?)


 自分とは対峙していない。途中で爆発に巻き込まれたのだろうか。


 (どちらにせよ、もう一人来ていたら危なかった)


 フィアナもフリードも凶刃にかかっていた可能性は大いにある。体力的にもあの辺りが限界だった。

 いや、寧ろあれでも限界は超えていた。


 (私が、死ななかったのは……)



 ────今回の事件で、最も不可解な人物の働きによる。



 (フリードリヒ殿下は一体何者なんだ?)


 今思うと、たかだか外套が死角になった程度では暗殺者の後ろは取れないだろう。

 敵がフィアナによって疲弊させられ、そして獲物に止めを刺す瞬間という最も隙が大きい時だとしても。


 普通の王子以上に訓練を受けているのだろうか。

 だとしたら、何故。


 (……やはり、分からない。あの人のことは、何も)


 フィアナは大きく息をついた。

 三日も寝続けたらしいというのにまだ体はだるかった。考えることすら面倒だ。

 

 薬草をすり潰す音が隣の部屋から聞こえてくる。

 規則的なそれに身を委ねていると、簡単にまた眠りの中へ落ちていける気がした。


 (ああ、でもなんだか今日は悪夢を見そうだ)


 この不愉快な胸のざわめきが、早く傷と共に消え去ってくれればいい。



 

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