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復讐譚には折れた剣を  作者: 中ノ森
―第4章― マンデル祭り
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41話 幼き日に壊れたもの


 いずれ、仲間が倒れていることに気づかれる。


 その前に身を隠さなくてはと、ひとまず二人は爆発でめちゃくちゃになった建物の影にいた。

 まだ無事な場所はこれから爆破される可能性があるため、近づかないほうが良いとのことだ。


 「塞がれたのは南側の入口……私たちが入ってきた方だ」


 地面に図を描きながらフリードは小声で説明し、南の入口に×の印をつけた。


 「このまま真っ直ぐ抜けた北側の入口はまだ確認していない。しかしまだ騎士団が到着しないことを見ると、こちら側にも何らかの細工をされた可能性がある」


 北側に斜線を入れる。

 罠がある可能性も高いが、ここには確実に騎士団が向かっているはずだ。早く合流に漕ぎ着けられるかも知れない。


 「残りは東西の細道だが、ここは帯刀した体格の良い男は通れない」


 つまり騎士団との合流が遅れる可能性がある。

 そして、再び爆撃を受ければ、二人とも瓦礫の下敷きになることは免れないだろう。


 フィアナは図へ向けていた顔を上げる。


 「では、危険を承知で一度北へ向かいますか?」

 「……いや」


 予想外なことに、返ってきたのは否定の言葉だった。

 フリードは何かを探るようにこちらを見つめる。


 「……フィアナ・シルヴィア。一対一なら、奴らは倒せるか」


 過小評価も過剰評価も許さない目だった。

 この返答によってこれから行く道が変わるということは分かる。


 フィアナは暫く考えた後、静かに頷いた。


 「はい」


 剣を振り回せない路地で戦うなら、敵が持っていたような短刀やナイフの出番になる。

 普通、騎士か暗殺者なら暗殺者に利がある環境だ。


 ────しかしそれは、両手で剣を構えるような普通の騎士でいえばの話。


 (私の戦い方は、騎士というよりも暗殺者(あちら)に近い)


 あとは単純な力量の差である。

 ならば。


 「……一対一なら、私が勝ります」


 敵よりも己が強いとフィアナは断じた。

 酷く無造作にフリードは頷く。


 「そうか。その言葉を信じる」


 あまりにあっさりとし過ぎている返答だった。

 フィアナが訝しんだことを読み取ったのか、口を開く。


 「確かにお前の言葉を信じる材料は僅かだ。だが……疑う材料はそれよりも更に少ないと思っている」


 簡潔な理由だった。

 フィアナが僅かに敵と接触した際に測った力量の差を信じると。お前は驕ることも偽りを言うことも無いと。


 この信頼は忠誠心を煽るためのものなのか、それとも。


 (……どちらでも良いか)


 味方同士で腹の探り合いをしている場合ではないのだ。

 フリードの意図がどうであろうと、フィアナのするべきことは一つ。


 「己の持つ技量の全てをかけ、命令を実行します」


 色味の違う青の目が交錯した。

 今この時の言葉に偽りはないと、瞳に力を込める。


 「……ご指示を」


 フリードは音もなく立ち上がった。


 「これから西へ向かう」


 視線の先には、人ひとり通るのがやっとの細い道があった。


 「私が先を行く。お前は後をついてこい」


 フリードならこの辺りの地理も完全に頭に入っている。袋小路に追い詰められることは無い。

 もしも敵に見つかったら、そのときは。


 「出口までずっとあの道幅のはずだ。否応なしに一対一に持ち込むことが出来る。一人ずつ確実に倒せ」

 「はっ」

 「出口まで一気に走り抜ける。後方は時折確認しろ」

 「了解しました」

 「……いくぞ」


 辺りの気配を確認してから、二人は地面を蹴る。

 土煙の中を抜け、薄闇の中へ入っていった。




 ざらついた煉瓦の壁の間を縫うように走っていく。

 フリードの言葉通り、道幅は狭い。


 (……もし、次の瞬間爆発が起これば)


 フィアナたちは死ぬ。

 あまり考えないようにはしたものの、死の気配はすぐそばにまとわりついていた。

 痛いほどの静寂が続き、息が上がっていく。


 ふと、背後を確認した。


 「……っ!」


 足音がしたわけではない。

 フィアナが振り向いたのは、獣じみた勘に頼ってのことだった。



 そして、全く人の気配の漂わない後方から、死神と同じ色をしたそれは現れた。



 「……殿下!」


 鋭く叫んで敵の襲来を伝える。

 フィアナは立ち止まり、レイピアと短刀を構えた。

 勢いそのままに飛び込んできた男を迎撃する。


 いつ勘づかれたかは分からないが、ここでもたついていては次が来る。

 それに、体力のないフィアナにとって先手必勝はいつもの戦い方だ。


 「ふ……っ!」


 横薙ぎに通り過ぎた短剣を身を低くして躱し、拳を叩き込む。

 敵は呻いて上体を屈ませた。

 その隙に武器を持った方の腕を取り、肘に挟んで一気に力を込める。


 ミシリ、と嫌な音がする。


 「ぅあぁ……っ!!」


 男は絞り出すように悲鳴を上げた。

 おかしな方向に曲がった腕を離すと、男の手から短剣が落ちる。フィアナの刃を阻むものは何も無い。


 返した短刀は、確実に喉を捉えた。

 

 高く飛沫いた液体が頬にかかった。視界に映っていた銀色の毛先は、今は赤い。

 血振りをすると、濃い鉄の匂いが鼻をついた。


 (……よし)


 男が絶命したのを確認して、フィアナは振り向く。

 こちらを見ていたフリードの感情はいつものことながら読み取れない。


 「……行きましょう」


 静かに促す。

 無言のままでまた走り出した。


 人を殺めたのは、これが初めてではない。


 フィアナが思うに、自分が他の者達と差があったのはこのことも大きい。人を斬ったことがある者とない者では、何かが決定的に違うのだ。

 それは先程のような実戦で如実に現れる。


 十六の娘が人を手にかけるなどと、狂気めいているだろうか。


 (……だが、それがどうした)


 狂っていなければ復讐など考えない。

 あの日〈祟りの森(フルーフヴァルト)〉で壊れたもののなかには、きっと────。


 「シルヴィア」


 振り向かないまま、フリードが名を呼んだ。

 意識が別のところにいっていたことに気がつき、フィアナは自分を叱咤した。


 「はい」

 「この先、一箇所だけ道が二つに別れる。そこが敵が潜んでいる危険が最も高い。だから……」


 フリードの言葉は、ズン、という重たい音によって途切れた。


 「何だ……?」


 遠い。

 そしてすぐに二度目が鳴った。

 近くはない。だが、


 「近づいている……?」


 三度目の音で、地面が揺れた。

 その頃には音の正体に気づいていた。


 「急ぐぞ!」


 フィアナたちが吹き飛ばされたものに比べれば随分小規模だが、間違いなく爆発が起こっている。

 虱潰しに爆破して回っているのかもしれない。


 まだ距離があるがいずれここも危ない。

 速度を上げて走りながら、フィアナは敵の行動を考えていた。


 (仲間が減らされていることに気づいたか、それとも騎士団の足止めがそろそろ限界なのか)


 いずれにせよ、危機ではあるがこちらにとっては事態は好転していると見ていい。

 本来なら確実に止めを刺したいはずなのだ。それを諦めさせることはできた。


 「……もうすぐだ」


 フリードの言葉に前を見ると、道が二手に別れていた。

 一方は地下の方へ行くらしい。


 「あの先は北へ繋がっている。もしかするとあそこから……」


 何かが光った。


 「っ!」


 鈍色の軌跡が頭上を通過し、煉瓦へ突き刺さる。

 フィアナは壁に手をついて跳び、フリードと敵の間に立った。


 再度飛んできたナイフを弾く。

 フリードの悪い方の読みが当たってしまった。

 北側から爆撃し、こちらには人を張っていたか。


 暗殺者は距離を保ちながら威嚇のようにナイフを投擲してくる。

 後ろにフリードがいる以上、全てに対処しなくてはならないフィアナはじわじわと消耗していく。


 体力もそうだが、なにより時間がかかることが厄介だ。

 相手はここでフィアナたちを足止めをして、爆撃による瓦礫で潰したいのだろう。


 (させるか……!)


 転がっていた瓶を相手の眼前へ蹴り飛ばす。

 向こうの攻撃が一瞬止んだ。

 その隙に首元のタイを引きちぎり、懐へ手を突っ込む。ひんやりとしたそれを指の間に挟んだ。


 人よりリーチの短いフィアナは、相手の懐に飛び込むような近接戦闘を得意としている。

 間合いを乱す小技として、暗器の使用は不可欠だった。


 やはりつくづく騎士より向こう側に近い。

 フィアナは下から上に大きく手を振り上げ、針を打ち込んだ。


 相手が針に対処しているうちに距離を詰め、大きく踏み込んで短刀を薙ぐ。


 目にも止まらぬと言えるほどの速度だったが、向こうの対応も早かった。

 短刀が相手の喉に食い込んだ瞬間、腹部に打撃を受ける。

 短刀から伝わる手応えは浅い。仕留め損ねた。


 「ぐ……っ」


 まともに蹴りを食らって壁に叩きつけられたフィアナに、短剣が振り上げられる。


 「っ!!」



 迫る刃を、避けなかった。



 肩の肉を裂いた剣は、骨にあたって止まる。

 最初に感じるのは熱さだった。続いて痛みが神経を駆け巡る。

 だが、フィアナは口の端を吊り上げた。



 「……私の勝ちだ」


 がしりと相手が短剣を持つ手首を掴み、反対の手を振り上げる。


 避けようのない刃は、今度こそ深く男の喉笛を抉った。



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