39話 薄紅の花咲く祭りへ
マンデル祭り当日。
王宮の中庭では、騎士たちや役員が城の中と外を行き来しながら忙しなく動き回っていた。
小柄なフィアナは彼らに埋もれてしまわないように必死に間を縫って歩く。
(……あそこか)
幸い、探していた人物はすぐに見つかった。
(あれは……すごいな)
遠目でもよく分かる。
まるで、夢見る乙女が想像した『いつか自分を迎えに来てくれる王子様』のような衣装だ。大いに目立っている。
「フリードリヒ殿下」
少々近寄りがたかったが、フィアナは声をかけた。
金の髪をさらりと揺らしてフリードは振り向く。
「来たか」
派手な衣装と対照的に、発せられる声はいつも通り淡々としている。
いつもなら緊張を煽るそれがなんだかとても落ち着いた。
「今日はよろしくお願い致します」
「……ああ」
(……それにしても)
フィアナは思わずじろじろと不躾に見てしまったが、それは相手も同じだった。
しばらく考え込んだ後、フリードは口を開く。
「……その衣装は」
「……エルヴィーラ殿下が、今朝」
歯切れ悪く答える。
突然部屋に突撃してきたと思えば、いきなり着せ替え人形となるはめになった。
フィアナが現在着ているのは、いつもの制服よりも数段豪華なものである。
恐らく舞台衣装と同じように、遠くから見ても映えるように作られているものなのだろう。間近で見るとかなり煌びやかだ。
そして、たった今気づいてしまったことがある。
二人が微妙な顔つきでお互いを見ているのには理由があった。
フリードが着ているのは、白を基調に青と金が入った衣装。
対してフィアナは、黒を基調として銀の差し色があるもの。
そして細かい意匠を見るにこれは。
「……どうやら、私と対になっているようだな」
「……そのようですね」
同じような衣装では比べられて可哀想に……という先日思った未来のフリードの花嫁への適当な同情が見事に自分にブーメランである。
(いや、これだと“比べられる”というより……)
フィアナはふとエルヴィーラの陰謀を感じた。
「第三騎士団長は基本的に私と行動を共にすることになる。……姉上は民に私とお前がセットだと印象付けてしまう気か」
フリードが口にしたことにより、予感は確信に変わった。
確かにこれは二人が並ぶことにより完成する衣装だ。
そもそも、騎士が第一王子と対になる服を着るなどまずありえない事態である。
このあからさまな特別扱いにまた他の騎士たちは騒然となり、貴族たちは騒ぎ立て不服を言うだろう。フリードに。
(……まあ私に責任があるわけではない)
しれっとフィアナは引き攣った顔のフリードから視線を逸らした。
動機はどうあれ第三騎士団長として認められるよう奮闘しているフィアナとしては、エルヴィーラは現時点では強力な味方と言える。
今朝も食らった抱きしめ攻撃はその対価ということで耐えよう、と自身を強く持つ努力をした。
フリードは渋面をしていたが、公務を前に早くも気持ちを切り替えたようだ。
気を取り直すようにフィアナの方へ向き直る。
「パレードの行程は頭に入っているな」
「はい」
フリードたちは、騎士に護衛をされながら馬で街中を進み教会を目指す。
エルヴィーラは馬車だ。第一王女は既に他国に嫁いでいるので不参加、第三王女も何故か参加しないらしい。
フィアナはフリードの斜め後ろを付き従って行く。
昨日久々に乗馬をしたが、技術は問題ないと言われた。
しかも乗るのは国のパレードで使われるような優秀な馬なので大丈夫だろう。
「……そろそろ頃合だ」
フリードが呟いたのと殆ど同時に、二頭の馬が連れられてきた。
白馬と青毛の馬。
どちらがどちらに乗るかは聞くまでもない。
(馬まで白黒か……徹底しているな)
いっそ感心していると、フリードは慣れた手つきで白馬に跨った。
絵本から飛び出してきた王子様の完成だ。多少女性に媚びすぎな気もするが、黄色い声を浴びるには十分な出来である。
(そしてその隣に私はいなければならないわけだが)
これでエルヴィーラの狙い通り、フィアナも注目の的だ。
必要なこととはいえ精神的に疲れる。基本的に衆目にさらされるのは苦痛でしかない。
うんざりしつつも、こればかりは仕方がないのでさっさと馬に乗る。
フリードの姿に気付き、皆が道を空けだした。その後ろをフィアナもついて行く。
(何事もなく終わればいいが……)
ダジボルグ帝国と繋がる敵は内部に入り込んでいる。もはや味方も信用ならない状況だ。
いざというときは一人でフリードを守り切るくらいの覚悟をしておかなければならない。
(……そういえば)
この王子はどのくらい戦えるのだろうか。
王族なので一応一通りの訓練は受けているはずだが。
(微妙なところだな……)
思うに、剣術などは“嗜みと教養”程度だろう。
第一王子なら他にいくらでもやるべき事がある。特にフリードは内政と軍事両方に携わっているが、どちらかといえば内政寄りだ。
(型の基本はできる……ぐらいか?)
聞いておけばよかったとフィアナは苦い顔をする。
(あの人なら何でもできますと言われても納得しそうになるが。……いや、待てよ)
はたと気がつく。
フィアナは一時期王宮でフリードについて色々聞いて回ったことがある。
その時の使用人たちの台詞を思い出した。
身内贔屓も多少あるだろうが、王宮勤めの人々の評判は良かった。しかし。
(剣術に関することが、何一つ出ていなかった……)
剣術ならば、政治手腕などより余程分かりやすく良い悪いが分かる。得手としているならば騒がれるはずだ。
……つまりはそういうことなのだろうか。
(身のこなしは問題なさそう……いや、仕草は長年の積み重ねでなんとでもなるか)
令嬢たちが重たいドレスを着て踊れるからといって、軽い服なら早く走れるかといえばそうではないのだから。
(……ふむ)
フィアナはとりあえずフリードの剣術の練度を、中の下くらいだと思うことにしておいた。
落馬の際の受身さえ出来てくれれば、といった感じである。
(そういえば、フリードリヒ殿下のことは評判でしか知らなかったんだな)
なまじ噂に登るので情報が入ってきやすく、なんとなく知っているような気になっていた。
だが噂は噂だ。もう少し主のことくらい把握しなければと反省する。
(オルフェ様なら知っているだろうか)
長い付き合いのようだし、親友を自称するくらいだ。人より詳しいだろう。
フィアナは祭りが終わったら色々と教えてもらうことに決めた。
(まずは、この祭りを無事に終わらせなければな)
そんなことを考えているうちに、パレード前の所定の位置には到着した。
あとは他の準備を待って城を開門し、民衆が待つ城下へと向かうことになる。
しかしまだ少し時間がありそうだ。
手持ち無沙汰になったフィアナは、懐からパレードの進むルートの書いてある紙を取り出した。
割と詳細な地図になっている。
頭の中に入っている知識をなぞるように地図を眺めていると、ふとこちらへ真っ直ぐに進んでくる足音に気がついた。
「……オルフェ様」
「やあ! フィアナちゃん」
「オルフェ?」
フィアナの声に、前にいたフリードが振り返った。
オルフェも祭りに合わせ少し豪華な服装をしているが、態度はいつもと同じくやや軽薄だ。
へらりと笑って片手を上げる。
「二人の衣装見に来ちゃった」
「帰れ」
「そんな言い方しなくても」
「大変恐縮ですがお引き取り願えますか?」
「ごめんフィアナちゃん丁寧に言って欲しいなって意味じゃないんだ」
即座に吐き捨てたフリードに、無表情に促すフィアナ。
どちらにせよ冷たくあしらわれているが、ここでめげるような男ではない。
「いよいよだねー。フィアナちゃんは馬車とかで王都見て回ったことある?」
「いえ。そもそもあまり歩き回ったことがありません」
「えっ? そうなの?」
「国外にいた期間が長いので。それに騎士学校生は、敷地内からさほど出ませんから」
パレードの道の中には、実は今回初めて通る場所もある。
そう話すとオルフェは目を丸くした。
「へー、じゃあ観光じゃないけど、この辺りとか見といたほうが良いよ。結構歴史的価値のある通りだから」
フィアナの持っている地図の一箇所を指す。
「十一年前のあの大地震で壊れなくて良かったよねー」
「大地震?」
「えっ、すごかったじゃん。覚えてない?」
「いえ……全く」
「……シルヴィア、オルフェ。時間だ」
首を傾げると、逆に不思議そうな顔をするオルフェ。
互いに疑問符を浮かべた状態だったが、静かな声音でフリードが遮った。
「おっと、それじゃ僕も行かなくちゃ。二人とも、頑張ってね~」
ひらひらと手を振るオルフェは、少し離れた場所にある馬車へ向かっていく。
その背をしばらく見送り、フィアナはまた前を向いた。
概ねの準備が整ったようだ。
近づいてきた家臣の一人がフリードに一言二言告げる。それに一つ頷き、フリードはよく響く声で命じた。
「開門!」
ギギギギギ……。と重厚な音をたて、大きな門がゆっくりと開いて行く。
遠目に見えるのは城下の家々の屋根。あちらこちらに薄紅が飾られているのが見える。
門が開き切ると、演奏隊は高らかに笛を吹き鳴らした。
「行くぞ」
半分振り返って告げたフリードに、フィアナは、瞳に力を入れて頷く。
朗々とした音楽の中、マンデル祭りが始まった。




