4話 好青年
結局その日はそれ以上何もせず、部屋に運ばれてきた食事をとって一日が終わった。
再びドアがノックされたのは、次の日の朝のこと。
「失礼致します。フィアナ様、朝食をお持ちしました」
「……あの」
きびきびとした動作で料理を並べるメイドに、フィアナは聞いてみる。
「すみません。私は今日、何をすれば?」
そこまでは知らされていないかと思ったが、メイドはつつがなく答えた。
「はい。朝食後、ディルク・スリヴァルディ様がお見えになりますので、ご挨拶を」
「ディルク様というと……副第三騎士団長の?」
思わず顔を引き攣らせる。正直、あまり会いたくない相手だった。
突然現れ自分の上司になるなどとのたまわれ、ディルクがフィアナにいい感情を覚えているとは思えない。
それに、第三騎士団の多くは子爵以上の家柄。お貴族様がぽっと出の平民のフィアナに団長の座を取られたのだ。さぞ屈辱なことだろう。
「それでは。時間に余裕が御座いますので、どうかごゆっくり召し上がりください」
優雅に礼をし、メイドは退室する。
一気に憂鬱な気分になったフィアナは、豪華な朝食を草でも食むかのような顔で口に押し込んだ。
◇◆◇◆
朝食が下げられ、またしても手持ち無沙汰になった。椅子ではなくベッドに腰掛け、ため息をつく。
(副第三騎士団長殿をわざわざ呼びつけなくても私から行くのに……)
ディルクはもうじき訪れるようだ。第三騎士団と第一騎士団の合同訓練の、簡単な打ち合わせ中らしい。
それが終わり次第フィアナの元へ来て、顔合わせが済んだら訓練に参加するそうで。
(私のせいで二度手間じゃないか。何故こんなに部屋から出させてもらえない)
流石に違和感がある。扱いに困って放置されているのか。
フィアナは二度目のため息をつきながら寝転びかけ、
「失礼します! フィアナ・シルヴィア殿!」
突然響いた張りのある声に、上体を跳ね起こした。
息を止め、ドアを見つめる。
「ディルク・スリヴァルディです!」
「!」
本当に御足労いただいたようだ。
一つ、大きく息を吸う。
相手が何を言おうとも、怒りはもっともだ。王に吐き出すことの出来ないそれの矛先が自分に向くのは、ある意味仕方のないことだろう。
そう己に言い聞かせ、フィアナは出会い頭の罵声を覚悟し、ドア開けた。
「フィアナ・シルヴィアさんですね?」
意外にも、第一声は落ち着いていた。
立っていたのは背の高い男。歳は二十ちょっとくらいだろうか。収穫直前の小麦のような色の短髪に、健康的に焼けた肌をしている。男らしいがっしりとした体格で、かつ無駄な筋肉がない。
「……はい」
なんと言えばいいか分からず、無愛想ともとれる返事になってしまった。
一方、ディルクはフィアナを見下ろすばかりで何も言わない。なまじ長身なので威圧感が辛い。
「自分は……」
ようやくディルクが口を開く。感情を押さえ込むような微かに震えた声。
フィアナは今度こそ罵声を予感し、しかしフィアナに非があるわけでもないので、しっかり目を見ていようと、俯きがちだった顔を上げた。
「自分は貴女に……」
「…………」
「ずっとお会いしたかったです!!!」
「……は?」
がしっと手を握られ、フィアナは目を白黒させる。
「うわあ、本物だ! 噂通り綺麗な髪と瞳ですね! 自分こんな色初めて見ました!」
無邪気にはしゃぐディルクに、フィアナは呆気に取られ動けない。
すると我に返ったのか、「すみません!」と慌てて手を離す。
「し、失礼しました! レディの体に断りもなく触れるなんて言語道断ですね」
「い、いえ、お気になさらず……」
フィアナはまだ状況を理解出来ない。
敵意を剥き出しにどころか感動を爆発させられた。これは一体どういうことだ。
「自分、フィアナさんの事はずっと前から知ってたんですよ。というか、結構な人が知ってると思いますけど」
「は、はあ……」
確かに、ただでさえ騎士学校の女子生徒の割合は一割程度だ。それにフィアナの容姿や師匠のことを考えると、目立ちもするだろう。
「あの『神喰いの悪鬼』がただ一人とった弟子なんですよね!? あの伝説の方から直接剣を学んだんですよね!?」
「……ディルク様。とりあえず中に入りましょうか」
見事な肺活量と腹筋を駆使した声がガンガン廊下に響いている。フィアナは促すように手で部屋を示した。
「あ、す、すみません。つい興奮して……」
自覚したのか、ディルクは少しシュンとなる。
なんというか……。
(大型犬、みたいだな)
目を輝かせて語るディルクからは、ちぎれんばかりに左右に振られる尻尾の幻覚が見えた。
フィアナはなんだか和むなと、自分より年上の男に抱くものではない感想を抱いた。
「……師匠に憧れている方ですか?」
「師匠って呼んでるんですね……! はい、勿論です!」
「……そうですね。師匠は武人としては間違いなく大陸一の強さでしょう」
「ですよね! フェロニアの男ならみんな彼に憧れていますよ!」
知っている。だからフィアナは無闇に人々の夢を壊さないためにも、師匠のことは口にしない。
知らなくてもいいことだってあるのだ。武術と悪巧み以外は十歳児以下だなんて、知らなくていい。
「その……ディルク様」
「ディルクでいいですよ。まだ自分のほうが階級は上ですけど、慣れていた方がいいと思いますし」
「……では、ディルクさん、でよろしいですか?」
フィアナが折衷案を出すと、どうぞとディルクは快諾した。
本当に嫌味のない態度に、フィアナはいよいよ疑問を覚える。
「ディルクさんは、私に腹は立たないんですか」
「え?」
「女性が第三騎士団長になった前例はありません。なにより、私はまだ騎士学校も卒業しておらず何の実績もありません。不満はないんですか?」
(……いや、何を言っているんだ、私は)
無いわけが無い。だがフィアナに腹を立てるのは筋違いだと考え、気を使っての態度だったらどうする。
失言だったとすぐにバツの悪い顔をしたフィアナに、ディルクは若草色の瞳をぱちぱちと数度瞬かせ、
「はい」
迷うことなく頷いた。
目を見開くと、ディルクは苦笑する。
「正直、皆は自分のように考えてはいないでしょう。不満に思ってる奴もたくさんいると思います」
でも、とディルクは真っ直ぐな目で言い切った。
「自分は、不満に思うことはありません」
理解が出来なかった。
ディルクは二十代で既に副団長位に就いているが、大抵は三十過ぎあたりの者が就任するのだ。並大抵の努力で手に入れた座ではないだろう。
(なのに、何故)
フィアナの考えていることを悟ったのか、再びディルクが口を開いた。
「自分は、団長になりたいとは思わないんですよ」
あまりにあっさりとした理由に、フィアナは拍子抜けする。
ディルクは少し目を逸らして呟いた。
「元々自分が志望したのは、第一騎士団でした」
(ああ、なるほど)
第一騎士団は、民と国に剣を捧げ、尽力する。
第三騎士団は、王族を守護し、国の顔となり、“飾り”となる。
ディルクが望んだのは、前者だったというわけだ。
恐らく家柄か何かで第三騎士団に配属されたのだろう。
「まあ、理由はそれだけではないんですが……。ともかく、自分は反対しません。自分に出来ることならなんでも協力します!」
これは喜ばしいことなのか。
むしろ猛反対してくれたほうが良かったような。フィアナは曖昧な顔で頷いておく。
「まあ、第三騎士団長の場合、一番大切なのは主との相性とか信頼関係ですから、なんとかなりますよ!」
「…………」
思い出されるのは、あの第一王子の冷酷な表情。
元々こういう性分なのかなどと考えたが、思えば付き合いの長いオルフェが驚いていた。
寡黙で有名な方ではあるが、普段はあそこまで棘は無いのだろう。
「相性と信頼関係……ですか」
「はい! 相性と信頼関係です!」
「……本当に?」
「本当です!」
「私に気を遣って言っているわけでは……」
「ありません!」
「なるほど」
頭を抱えたくなる話である。




