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復讐譚には折れた剣を  作者: 中ノ森
―第4章― マンデル祭り
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38話 臨時警護終了



 フリードには酷く不可解だった。

 

 自分は何もしなくとも多くの者を萎縮させてしまうということは知っている。

 フィアナ・シルヴィアもまた、自身と居る時は常に居心地悪そうに視線を微かに彷徨わせていた。


 なのに何故、さっさと退室してしまおうとしないのか。


 自ら警備などを申し出たフィアナの後ろ姿を、思わずまじまじと見つめてしまった。



 柔らかく降り注ぐ日光。

 艶やかな銀糸の髪がその陽の光を弾く。

 背筋は凛と真っ直ぐに伸び、一部の隙もなく手は腰の剣に掛かっている。


 フィアナの周りに漂うのは、いつでも張り詰めた空気だ。


 まるで刃のようだと、フリードは心中で形容した。

 美しいのに、他者を触れさせない何か。


 珍しくぼんやりとしながらそんなことを思っていると、少しぎこちない動きでフィアナが振り返った。


 その表情は、やはり気まずそうだ。


 「……や、やはり……」


 フリードはこの『やはり』は逆接だと思った。

 『やはり警護を止めても良いですか』、という類の台詞だろうと予想する。


 出ていきたいのなら止めるつもりは無い。

 フリードは頷いた。


 「そうか、分かった」


 ほんの僅かな時間だったが、十分助かった。退室して良い。

 正確に伝えるにはそこまで言うべきなのだが、フリードは口にしない。


 加えて無表情である。


 政治的な駆け引きにおいてなら、自身が与える情報を最小限に留めるのは才能と言えるが、日常でもそれではコミュニケーションを取るのに支障をきたすだけだ。


 彼が寡黙だとか無愛想だとか言われる由縁である。

 今回もまた、相手には伝わらなかった。


 「……ええと、その」


 どうしていいか分からないフィアナは冷たい汗を頬に流す。

 薄青の瞳に浮かぶ戸惑いに、フリードも気がついた。


 「どうした?」

 「『やはり、私がいては邪魔でしょうか』とお尋ねしたかったのですが……」


 なにやら勘違いされたらしいことは感じ取ったらしい。遮られた言葉を再度伝えてみる。

 対してフリードは思いがけない言葉に目を丸くした。


 「邪魔とは、どういうことだ?」

 「視線を感じましたので……髪が陽で光って目障りだったのかと」


 今度はフリードが戸惑う番だった。

 フィアナは自身の髪にあまり良い感情は持っていないらしい。想像以上に後ろ向きな言葉に目を瞬かせる。


 「邪魔だとは感じていない。立ち姿が美しいと思って見ていただけだ」


 これも正確に言うなら『銀の髪とフィアナの纏う空気が刃のようで美しい』と思っていたのだが、大胆に省略する。

 受け取りようによっては口説き文句である。


 「……え、あ、分かり……ました」


 平然としているフリードに、フィアナは先程よりもぎこちなく頷く。

 照れは無いが少しばかりいたたまれない。


 (いつか余所でやって他国の姫と面倒なことにならなければ良いけど……)


 かの高名な第一王子殿下とのやりとりで国を憂う日が来るとは。フィアナはなんだか一気に疲れた。


 「ええと……誤解が解けたようでしたら、警備を続けてよろしいでしょうか?」

 「ああ、頼んだ」


 フリードがペンを持ったのを見て、また窓の外へ体を向ける。遠くの渡り廊下を数名の騎士が通っているのが見えた。

 服装からして彼らは第一騎士団だ。丁度訓練を終えたところらしい。


 マンデル祭りの警備にあたる者たちは今日は実際街に行っているようなので、王宮に残る組だろう。


 (パレードか……実際に見たのは確か……)


 今から三年前だ。

 師匠に引き取られた後はすぐに国外に出ていたフィアナは、実に八年ぶりにフェロニアに帰ってきていた。


 当時十三歳。

 師匠に連れられてやってきたパレードは、なかなか忙しかった。


 (わざわざ自分から騒動に首を突っ込むのはまだいいとして……なぜ師匠(あとひと)は私を巻き込むんだ)


 フィアナはげんなりと当時のことを回想する。





────────



 パレードはよく賑わっていた。


 皆、熱烈に王族たちを歓迎している。そんな中、フィアナはふと様子がおかしい集団がいることに気がついた。


 フリードの登場に盛り上がる民衆の中で、至って冷静にフェロニア語ではない言語を話しながら最前列に向かっている。


 師匠にそれを伝えると、にやりと口元が歪んだ……と思えば師匠はフィアナの首根っこを掴んで集団を追った。


 『はっ!? ちょっ……』


 その時、近くで悲鳴が上がった。


 あの妙な集団のうちの一人が、パレードの行列へ抜刀しながら突撃したのだ。

 他の仲間が護衛を抑え、男は真っ直ぐにフリードの元へ向かっていた。


 そこまで把握したところで、不意に体が浮いた。

 フィアナはこれから何をされるか一瞬で悟る。


 『~~っ!!』


 一拍置いて、力の限りに男へ向かって投げつけられていた。


 予測していた分余裕があり、男に足で着地しクッション代わりにして、受身をとる。

 物凄くダイナミックな飛び蹴りに見えなくもなかっただろう。


 (なんて迷惑な……! どうして師匠がいるときに限って刺客が来るんだよ……!)


 男の目的や師匠の思惑も分かったので(止めるためとはいえ相手に弟子を投げつけるという選択は意味が分からないが)、迷うことなく剣を抜いた。


 あとは大暴れである。

 主に師匠がだが。


 フィアナは勢い余って他の市民や王族たちに被害がいかないようカバーをするのに精一杯だった。

 肝心の集団への攻撃はついでだ。


 ────その後、すぐにフェロニア王国を出たフィアナは、この事件が神格化され『マンデル祭りの守り神』なるものに自身が昇華されているなどとは露ほどにも知らない。


 ともあれ、マンデル祭りに対するイメージは、「酷い目にあった祭り」だということだ。




────────



 (でも、ボリス先輩の話だと警備も当時より強化されているみたいだけど……今は)


 ダジボルグ帝国とのことがある。

 まだトリシャの件もカタはついていないので、かの国がすぐに次の手を打ってくるかは分からないが。


 (そういえば、そのトリシャのほうもマンデル祭りのこともフリードリヒ殿下が主導してるんだよな)


 凡才な王子ならば、トリシャだけでも十分手に余るだろう。

 けれどこの王子はマンデル祭りの警備体制から段取りまで決めている。


 頭の造りが常人とは違うのだ、というのはそうだと思うが、だからといって負担にならないというわけではないだろう。

 最近は執務室に篭もりきりで仕事ずくめだという。


 (そういえば、目の下に隈があったような)


 フィアナほどではないが、フリードも肌の色が白いので分かりやすい。

 まあ、気づいたところで何が出来るわけでもないのだが。


 (寧ろ私も負担要素なのか)


 フィアナの第三騎士団長の件も大いに彼を悩ませ、仕事を滞らせる原因である。

 フィアナに非があるわけではないが、フリードが被害者だということは間違いない。


 (休息……は、必要だと思うが)


 取りたくなくて取らないわけでもあるまい。

でも、マンデル祭りが終わったらオルフェあたりに少し打診できないかと思った。


 


 暫く、フィアナは無言で警備を続けた。

 勿論何も起こることなく時が過ぎ、部屋の空気は十分に交換された。


 「……そろそろ、窓を閉めてもよろしいでしょうか」

 「ああ、そうだな」


 了承を貰い、窓を閉じてしっかりと鍵を占める。

 フリードに向き直ると、視線がぶつかった。


 「それでは、私はこれで」

 「……フィアナ・シルヴィア」

 「はい」

 「礼を言う」


 続いてかけられた言葉に、薄青の瞳は少し見開かれた。


 礼を言われるようをことはした自覚はある。

 だが、王子がわざわざ礼を言うほどのことではないと思っていた。

 そういうことを積極的に言いそうにないフリードなら尚更。


 (そういえば、警備を申し出たとき私の都合を気にしていたし……フリードリヒ殿下は、意外と)


 臣下を気遣うタイプの方なのか?


 フィアナはつい考え込む。

 その結果、


 「……どうした?」


 返事をすることをすっかり失念するという失態を犯した。


 「っ、失礼しました。……いえ、私で構わなければいつでもお声がけください」

 「……分かった」

 「では、失礼致します」

 「ああ」


 散らばった本を踏まないように気をつけながら、扉の前で再び一礼し部屋を後にする。


 同時に、気を抜くように息を吐き出した。


 フリードの傍は何もしなくとも少し緊張する。

 人よりかなり肝が座っていると言って良いフィアナでこれなのだから、慣れていないメイドなどは大変だろうと思う。


 (そういえば、フリードリヒ殿下は結婚しないのか?)


 もう婚約者はいてもおかしくない年齢だが、そういった話は聞かない。

 大国の時期国王であの容姿と手腕なのだから、さぞ打診の手紙は多いはずだ。


 (……相手は、お気楽なくらいがいいのかもしれないな)


 流石に馬鹿は駄目だが、真面目すぎてもフリードの傍にいるのはきつそうだ。

 一晩同じ部屋とか、フィアナは絶対に嫌だ。


 (どんな方なんだろうな)


 その人は結婚式でフリードと対になる衣装を着るだろう。

つまり見た目の比較をされやすくなり、『花嫁より花婿の方が美人』などと言われてしまう運命にある。


 可哀想になと、実にどうでも良さそうな顔で呟いた。


 



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