37話 理解出来ない二人
「だから何度も謝ってるじゃないですか……」
「ごめんで済むなら王立騎士団は要らないんだよ!」
騎士団復帰初日。
フィアナは目を釣り上げたボリスに怒鳴られていた。
理由は簡単である。
尋問が終わったら連絡を入れろというボリスの言葉を、フィアナがすっかり忘れていたからだ。
フィアナが今日顔を見せるまで、ずっと尋問されているものだと思っていたらしい。
お蔭でボリスは気が休まる暇もなく、さらには大真面目な顔でディルクにこの事を相談してポカンとされた。あの悶々と考えた時間は何だったのか、等とボリスは嘆く。
「すみませんって。でも、ボリス先輩も謹慎が解けて良かったですね」
「ああ……事情は、知ってるんだよな?」
ダジボルグ帝国がトリシャに関わっているということは、国の上層部と当事者たちしか知らない。
「大変なことになったな……」
罪は晴れたが喜んでいいのか分からないと、ボリスは以前のフィアナと同じことぼやく。
「そういえば、謹慎中はマンデル祭りの警護の訓練はどうしてたんですか?」
「勿論、俺もディルク副団長もインメルマン団長も不参加だ。部屋で基本体制を覚えただけだな。これから忙しくなる……」
「ボリス先輩ってどこの配置でしたっけ?」
「俺はエルヴィーラ殿下の馬車の周辺だ」
「……あ」
そういえば、エルヴィーラにボリスの好きなタイプをばらしてしまったが言っておいたほうが良いだろうか。
「どうかしたのか?」
「いえ」
まあいいか。
あっさりとフィアナはその話を頭の隅に追いやる。
「そういやお前の配置……」
そう、そちらの方が余程問題なのだ。
「まあ確かに殿下のすぐ脇の従者は何でいるんだよって感じだったからな。昔はいざというときの盾の役目だったらしいけど」
今はパレードの行路を弓で狙えそうな高い建物も騎士団がおさえているし、そのような事態になれば周りの騎士団が動くので本当に不要だろう。
伝言係とか言っていたが、どうせパレード中は傍を離れられない。
「これからフリードリヒ殿下のところに行くのか?」
「はい。ご挨拶に」
例え自身の立場を守るためだったとしても、フィアナがフリードにまた助けられたことに変わりはない。
まあ行かなくともじきに呼び出されるだろうということもあるが。
「じゃあ俺は訓練に行くから、またな」
「はい。ではまた」
背を向けかけたフィアナは、ふと足を止める。
「先輩」
「ん?」
「“心配”してくれて、ありがとうございました」
「……おう」
少し照れくさそうにボリスは目を逸らした。
『だから……っ、“迷惑”じゃねぇけど、“心配”したっつってんだよ!』
思い出されるのはいつかの自分の言葉。あの時はさらりと流されたが、フィアナは覚えていたのか。
何とも言えない顔をしていたら、この生意気な後輩は半眼でこちらを見返した。
「なんですか、その顔」
「なっ、なんでもねえよ!」
今怒鳴られたのは理不尽だと、フィアナは憤慨する。
しかしボリスは真っ赤だと分かっている顔で言い合いをするのは避けたく、動揺の理由を悟られる前に踵を返した。
「なんなんだ一体……」
ボリスのいなくなった廊下にポツリと落ちる声。フィアナは首をかしげた。
だがすぐにこんなことをしている場合ではないことを思い出し、フリードの執務室へ向かった。
道中、挨拶の内容を考える。
(この度は……ありがとうございました、でいいのか?)
その前にまず迷惑をかけたことを謝らなければならないか。
いや、何を言っても『別に構わない』と冷たく言われる気しかしない。
(でもヨハネさんの話を聞く限り、完全に私のせいで《アイオロス》に借りを作らせたようだしな……)
フリードとはいえ、あんな厄介な相手に借りを作るのは痛手なはず。構わないということはないだろう。
それを考えると憂鬱だ。
考えつつも、足はしっかりと執務室へと向かっている。
そしてあの分刻みの予定表をこなしていたせいで、移動時間短縮が染み付いた歩みはやたらと速く、思っていたより早く目的地に到着してしまった。
一つ息をつき、フィアナは扉を叩く。
「フィアナ・シルヴィアです」
一拍置いて、声がかかる。
「……入れ」
「はっ、失礼します」
答えたのはフリードだ。
いやここは第一王子の執務室なのだから当たり前なのだが。いつもオルフェが先に返事をするので、今回もそれを予想していた。
今はフリードしかいないらしい。
そうと分かれば余計に緊張する。ゆっくりと扉を開けると、飛び込んできたのは意外な光景だった。
「……現在は惨状だが、気にしないでくれ」
「……はっ」
フリードの言葉通り、よく片付いていた執務室はかなり雑然としている。
床には西大陸の地図が広がり、その上には大量の古そうな本。
適当に縛ってある書類の束も転がっていた。
さらには本から舞ったらしい埃が部屋中にきらきらしており、空気も悪い。
色々と立て込み、片付ける暇もないほど忙しかったのだろう。そしてどうやら今もそれは変わらないらしい。
これは挨拶も手短にしたほうがいいかもしれない、と思いつつフィアナは口を開く。
「トリシャの粉の件で参りました」
「謝罪と礼、悪いがどちらも受け取らない。これは私が己と国の利を考えて行ったことだ」
ぐ、と言葉に詰まるフィアナ。
手短どころか先手を打たれて何も言えなくなった。
こちらを見るフリードの青の瞳は凪いでいて、しかしどこか疲れているようにも感じる。
「……っ、けほっ」
お時間を取らせて申し訳ありません、と言おうと思ったところで、埃を吸い込み軽く咳き込む。
それを見たフリードは何か言いかけたが、今度はフィアナの方が早かった。
「……恐れながら」
「なんだ」
「かなり、空気が悪いように感じます。この中で作業されるのは殿下のお体によろしくないかと……」
「それは、そうだが……」
埃の中に潜む病もある。
歯切れ悪く進言したフィアナだったが、フリードとて望んでこの環境にいるわけではない。
部屋に大窓はあるが開け放つのはあまりに危険だ。有能が故に、フリードは国王と同じかそれ以上に命を狙われている。
ましてやこの大国フェロニアの王子だ。たとえフリードがぼんくらだったとしても殺す理由はいくらでもある。
では、窓の付近に護衛を置いてから換気をすれば良いのではという話だが。
今は内部にダジボルグと繋がる敵がいる状態。
下手な人員を配置するのはかえってリスクが伴うし、信頼できる者は今マンデル祭りの警備訓練や、敵と思われる失踪したメイドの捜索で手が回らない。
そもそも資料の散らばったこの部屋に近づけられるのは、トリシャにダジボルグ帝国が絡んでいると知っている者だけだ。
(でも流石にこのままでは)
ここで、気がつく。
この部屋を警備することでができる、フリードに危害を加えることがなく、ダジボルグ帝国の件を知っており、またマンデル祭りの警備訓練がない者。
「……殿下」
フィアナは、示すように自分の胸に手を当てた。
「でしたら、私が窓の前に立ちます」
「何?」
「私が辺りを警戒していますので、換気されるのはいかがでしょう」
その申し出は、意外なものだったらしい。
フリードは無表情のまま何度か目を瞬かせた。
「……お前は、不都合ではないのか」
「はい?」
思わずといった風の問いかけだった。
フィアナは怪訝そうな顔をする。
予定があるとすれば、これからまた語学の勉強をしなければということくらいで、それはフリードとて分かっているはずだ。
「私は問題ありませんが……やはり、差し出がましいことを申し上げてしまったでしょうか」
気になるのはそこである。
出会って間もない自分を信用しろと言うつもりはない。
いいから出ていけと言われれば即座に退出するつもりだったが、やがてフリードは静かに言った。
「いや……頼む」
「御意」
承諾を貰ったフィアナは内鍵を開け、窓を開ける。
ちらりと室内を見たが、簡単に飛んでいきそうなものはなかった。今日は風も穏やかだ。
(それにしても)
風を頬に受けながら考える。
ここに来たのが自分で本当に都合が良かった。
本来ならば帯刀状態でここへ来ることは禁じられているが、第三騎士団の一部の者だけは認められている。
フィアナもその一部の者なのだ。
無意識に剣の柄を撫でながら、辺りを見渡す。
(流石堅城……弓矢でここを狙えそうな場所はないな)
窓からの襲撃は殆ど不可能だろう。強行突破をしてくる強者がいない限り。
(だが今は油断は禁物だな。……というか初めての室内での警備がフリードリヒ殿下って……そこを豪華にしてはいけないだろう……)
ため息をつきたくなったが、さっそく作業の邪魔をしてどうすると慌てて飲み込んだ。
因みに、外の廊下のほうには護衛が二人いる。
彼らのように、フリードの邪魔をしないようできるだけ気配を消して影のように佇もう、と気を引き締めた。
しかし。
直ぐに思い当たった。
気配は消せても、そもそも容姿の自己主張が激しい。この髪は陽の光を反射してやたらと光るのだ。
これは視界の端でなかなかに鬱陶しいのではなかろうか。
「…………」
加えて、背後から視線を感じる。
窓の外にを向いているのでフリードと目が合うことはないが、背中に刺さるそれが気になって仕方がない。
これは『やっぱり邪魔』という類の視線なのか。
フィアナは向けられる負の感情には敏感である。
しかしフリードは己の内側を全く見せないので、己の判断に自信が持てない。耐えきれずにフィアナは振り向いた。
「……や、やはり……」
私が居ては邪魔でしょうか?
と続けようとしたのだが、
「そうか、分かった」
何故か相手は即座に頷いてしまった。
「……!?」
何が分かったというのだ。
フィアナは固まる。
フリードはフリードで、動こうとしないフィアナに不思議そうな顔をしている。
((……どういうことだ?))
埃が舞っていた部屋に、今度は疑問符が乱舞していた。




