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復讐譚には折れた剣を  作者: 中ノ森
―第4章― マンデル祭り
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36話 最悪な好転



 神話の時代。

 とある国は永遠に太陽の失われない、常夏の世界を求めた。


 そこで、その時代は人間界に多く存在した精霊たちを捉え、力を奪い取ることで太陽神ダジボーグを人の手に堕とそうと考えた。


 しかし、罪のない善良な精霊たちを殺す彼らの行動はすぐに神々の怒りに触れる。

 神々は、彼らの国を永遠に氷に包まれる不毛の土地にし、何人も逃げられぬように国の周りを険しい山脈で囲った。



 その国が、現在のダジボルグ帝国だと言われている。



 

◇◆◇◆



 「それで、その宗教はダジボーグを信仰してるの?」

 「ああ。かの神の怒りを鎮めるた神めに生まれた宗教で、かなり歴史は古い。建国と同時に生まれた宗教だ」

 「ふぅん……」


 フリードの説明を聞きながら、オルフェは唸った。


 「でもそれ、フェロニアすごい関係なくない? フェロニア人たちが信仰するかなそれ」

 「この宗教の基本理念として、『万人平等』がある。うちは実力主義で蹴落とし蹴落とされの風潮が強いからな。そこに惹かれたのだろう」


 実力主義だからこそ発展したのだが。

 しかしその競争社会に疲れ、脱落していく者達もいる。


 「甘い言葉吐かれてふらふら~っと?」

 「ああ。宗教の勧誘より薬を服用させることが先なのかもしれないな。少量の麻薬によってわずかに生まれた隙間に漬け込み宗教に入れ……」

 「ある程度懐柔したらあとはもう麻薬でぼろぼろに、ってわけね」


 吐き捨てるようにオルフェが言った。

 表情には出さないが、胸糞悪いのはフリードも同様である。


 「あ、そうだ北の御三家たちの調査結果だけどね」

 「ああ」

 「シロ、だってさ。何も出てこなかったって」


 こうなると、ますますダジボルグ帝国が関与している可能性が濃厚である。


 「大した対策の打てないままマンデル祭りに入ることになるな」

 「開催は変わらないんだよね?」

 「ああ。中止などにすれば、この程度で揺らぐ国だと言うようなものだからな」


 あと数日で祭り本番だ。

 そちらの準備には問題がないが、いかんせんトリシャのほうのごたごたが収まらない。


 「御三家がシロなら余計にフィアナちゃんに容疑を擦り付けたいだろうしね……」


 現在フィアナは《アイオロス》にて保護されている。

 今のうちに彼女の疑いも晴らさねばならない。家の後ろ盾のないフィアナの首は簡単に飛ぶ。


 「その件に関してだが」


 光が見えてはいる。


 「〈祟りの森(フルーフ・ヴァルト)〉についてフィアナ・シルヴィアから詳しい話を聞き、それを大衆紙に掲載するようヨハネに交渉した」


 もともと相手の要求でもあったので、二つ返事で了承をもらった。その記事は可能な限り早く掲載するように依頼した。


 本来は、ただ単に国民にフィアナの存在を知らせ、その特異な経歴と女性の社会進出の先駆けとなるような人物だということをアピールし、人気を集める目的だった。


 姉であるエルヴィーラも大層フィアナが気になっていたので、協力して彼女が捨て駒にするには惜しい人材だということを上に訴えるつもりだったのだが。

 

 (これは、違う方向に作用しそうだ)


 大衆紙に取り上げられることで、多くの人間が『フィアナはダジボルグ帝国によって迫害された人間である』ということを知る。


 フィアナはダジボルグ帝国を恨んでいるのだと、皆が思うだろう。

 つまり、そんなフィアナがダジボルグ帝国が黒幕のトリシャの件に関与しているという主張は限りなく弱くなる。


 「……皮肉だが、ダジボルグ帝国がこの件に関与していれば、スリヴァルディ家たちとフィアナは救われる」


 ただ、まだ裏付けが不十分だ。

 ダジボルグ帝国のような重大な件について、不確かな情報を流すわけにはいけない。


 「急がねばフィアナ・シルヴィアのほうが手遅れになる。こんなことを必死に裏付けるのも嫌気がするが……」

 「ん、了解。なんとしてでもこの件を証明すれば無実の罪は晴れるってわけね」


 シンプルな言葉にしたオルフェは、すぐさま動き出した。


 「ちょっと商会のほうに行ってくる。物流からは俺が調べるよ。そろそろ北方に行ってた調査団からの報告の追加が来るはずだから、フリードはそっち頼むよ」

 「……分かった」


 足早に部屋を出ていくオルフェの後ろ姿を見送り、フリードは息をついた。


 オルフェは仕事に関しては極めて有能だ。

 アドリオン商会の協力も厚いし、そちらからの情報には期待できるだろう。


 だが、北方の調査団からの報告までにはあと半日ある。

 そろそろと言えなくもないが、急を要するこの事態の中ではまだ間がありすぎる。


 そんなことはオルフェも承知の上だろう。


 (寝ろ、ということか)


 ここ数日、フリードはベットに横になるという動作をしていない。最近はそんなに頻繁にオルフェと顔を合わせていたというわけでもないのだが、悟られたか。


 普段ならそんな遠まわしな忠告は無視するが、確かに今夜あたりには多少なりとも休まねば激務に耐えられまいと思っていたところだ。

 そのタイミングすら見計らっていたとするなら恐ろしい。


 (頼むから普段からそうしてくれ)


 切れ者になるのは時々ではなくできれば常に。

 もっというならテンションを下げて。


 ここにはいない幼馴染み兼側近に、フリードは心の中で注文をつけた。



◇◆◇◆



 「あ、それはこっちにお願いします!」

 「はい」

 「次は棚の一番上にあるそれを向こうに!」

 「はい」



 《アイオロス》本社にて。


 次から次へと飛んでくる指示に従い、フィアナは紙の入った箱を持ってあちらこちらを駆け回っていた。

 もう数日滞在しているので、慣れたものである。


 「いやー助かりますー。うちの社員みんな運動神経が十二歳から発達が止まっていて……」


 体力勝負にめっぽう弱い彼らは、使い勝手良いフィアナに大変感謝していた。


 「動かないとかなり鈍るので……」


 絶えず走り回っている今でも、距離がないので大した運動にはならない。


 息一つ切らしていないフィアナに、社員たちは化物を見るような視線を浴びせた。雑用を買って出ているというのに不条理である。


 少し手が空いた時、社員の男が話しかけてきた。


 「そういえば、珍しいですよね」

 「色がでしょうか」

 「いや、髪とか目もなんですけど」


 それ以外で自分は珍しいものを持っているだろうか。

 フィアナは首をかしげる。


 「姓です。シルヴィアさんという名前の人は聞いたことがありますが、姓ではありません」

 「ああ……そういえば」


 確かにフィアナもどこの国でも聞いたことがない。

 名前では割とあるのだが。


 「こんどヨハネさんに聞いてみましょうか。あの人博識なので」

 「……いえ、結構です」


 あの男は苦手だ。

 できればあまり関わりたくない。ここの社員からの信頼は絶大なのだが。


 「そうですか……」


 男が残念そうに言ったとき、勢いよく扉が開いた。

 ばさりと広がる長い髪は、見事な金髪。


 

 再びここを訪れたエルヴィーラは、フィアナを別室へと呼び出した。聞かれては困る話らしい。


 「会えて嬉しいわん、フィアナちゃん。今日はね、あなたをお迎えに来たのよう」


 フィアナは目を見開いた。

 それはつまり。


 「もう大丈夫、ってこと。フリードとかオルフェ君とかが色々頑張ってくれたみたいねん」


 予想よりも大分早い。

 ここにいるので情報が全く入ってこないが、なにか自体が大きく動いたのだろうか。


 「加えて、インメルマン家とスリヴァルディ家、ハルナイト家の疑いも晴れたわ」

 「えっ」


 つまり冤罪をかけられていたものたちはこれで皆自由の身となる。


 「それは……何よりですが……何故」


 フィアナの問いに、エルヴィーラは少し顔を曇らせた。


 「あまり良くない事態は変わらないわ。ダジボルグ帝国が黒幕だからみたい」

 「え……」


 思ってもみなかった単語に、フィアナは絶句する。


 「でも、これでその〈祟りの森(フルーフ・ヴァルト)〉関係者のフィアナちゃんは容疑者にしにくくなったわん」


 〈祟りの森(フルーフ・ヴァルト)〉はダジボルグ帝国との戦がすぐに再発する予兆とも言われた。

 帝国の関与が王宮で発表された今、〈祟りの森(フルーフ・ヴァルト)〉の記事には国の上層部も敏感になるだろう。


 「事態は好転したのか……悪くなったのか……」

 「少なくともフィアナちゃんにとっては好転よ。よろこんでいいのよん」


 にっこりと微笑むエルヴィーラ。

 そしてその女神の笑みを湛えたまま、すっと一枚の紙を差し出した。


 「これは……」

 「マンデル祭りの要項よん。マンデル祭りでは、なんとしてもフィアナちゃんを国民にお披露目したいのん。《アイオロス》のおかげで今は注目度が上がっているから」


 どうやらフィアナについての記事はすでに出回っているらしい。ヨハネも相当仕事が速い。


 「でもね、やっぱり警備体制はもうカッチリしてるし、訓練してないフィアナちゃんを突っ込むのは……」

 「迷惑極まりないですね」


 自分がほかの騎士だったら絶対に嫌である。

 フィアナは断言した。


 「そう。だから私陛下に進言したのん。フィアナちゃんの配置」

 「陛下に?」


 責任者のフリードではなく、何故国王陛下なのか。

 その理由は、すぐに分かった。


 「毎回、マンデル祭りってフリードとかの脇に一人付き人が常にいるじゃない?」

 「ああ……そうですね」


 フィアナも一度だけ間近で見たことがある。


 「あれ、実は大したことしてないの。せいぜい急な変更があった場合の伝言係よ」

 「はあ」

 「そこなら出来ると思って」

 「……はい?」


 改めて、差し出された紙をよく見る。

 フリードの付き人、つまり隣に配置された人員の欄に、フィアナの名前があった。


 なるほどそういうことか。

 国王陛下に言ったのは、フリードを通すと却下されるからか。


 「並んだら面白いかと思って。楽しみにしてるわん」



 キャピキャピした笑いを見せるエルヴィーラに、フィアナは要項を床に叩きつけたい衝動と格闘した。





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