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復讐譚には折れた剣を  作者: 中ノ森
―第4章― マンデル祭り
36/55

35話 埋火



 協力と言っても、なんということは無かった。


 ヨハネと同じような『取材』である。

 こちらはかなり良心的な内容だが、何故だか偏っている。


 「ぜひ、貴女の恋のお話とか聞きたいわん」

 「恋ですか……したことがないので」

 「あらん、残念。好きなタイプは?」

 「特に」


 答えられる質問が少なくて申し訳ない……というか、一体そんなことを聞いてどうするつもりなのだろうか。


 「ボリス先輩の好きなタイプなら知っていますけど」

 「えっ!? 彼、こういう質問はいくらしても答えてくれないんだけど……」

 「いつだったか、酔わせて吐かせました」


 さらりと酷いことを言い放つフィアナ。

 動機は『暇だったから』である。


 「あら仲良しなのねん。参考までに、ボリス君の好みのタイプは?」

 「確か『小柄』で『色白』、性格は『冷静』で『強気』とかだったような……」

 「へえ、意外」


 嬉々としてメモをとるエルヴィーラ。

 フィアナは当時のことをぼんやりと思いだす。


 酔うと普段より素直になるので、好きなタイプはという質問にもすんなりと答えた。


 (それにしても、冷静で強気って……可愛くなさすぎるんだが)


 その答えを聞いたフィアナが『多分そういう女性は先輩の手に余りますよ』と助言をすると、ボリスはさめざめと泣いていた。


 「第三騎士団はディルク君とボリス君っていう花形がいるから助かるのよねん。第三騎士団は性質上国民に嫌われやすいから」

 「確かにそうですね」


 第三騎士団を運営する資金には国民の税金が入っているわけだが、彼らの活動が国民に直接的な利を与えることは少ない。

王都の年配の方や男性はもっぱら第一騎士団を好いている傾向にある。


 「まあ、意外と若い女の子の支持は得やすいけど」

 「ああ……」


 一方で、ミステリアスなエリート集団的な立ち位置で人気を集めているらしい。


 しかし、それも間違いなくこの目の前の女性 の手腕であろう。軽薄に見えてエルヴィーラは相当な才女なのだ。


 「できれば第三騎士団を幅広い年代にプロデュースしたいわん。ディルク君はおば様たちにも人気なんだけど、ボリス君はどうしても若い子中心ねー。無口でクールだから」

 「無口でクール……」


 意地っ張りで対人経験値が低いだけですよとは言わないでおいた方がいいのだろう。


 「騎士団もそうですが、フェロニアは王族人気の高さが印象的な気がします」

 「王家のほうは全力でフリードに乗っかってるけどねん。使えるものは弟でも使うわ」


 やはり金髪碧眼美形王子というのは王道なようで相当珍しい。物語から飛び出してきたようだと評判である。


 「ふふ、そしてねん。フィアナちゃん、今リュネット王国でとある本が流行ってるの知ってる?」

 「リュネット王国、ですか。いえ……」


 存じ上げません、と言いかけて、ふと気がつく。

 どこかで聞いたことがあるような無いような。


 (ん? 思い出したくもないが……以前、リュネット王国の公爵夫人とお茶会をしたときに……)



 『私の好きな物語にね、女の騎士が出てくるのよ。城下で流行っていた俗な本なのだけれど、とっても面白くて。主人公の少女が殿方よりも格好いいと評判なのよ』



 まさか。

 恐る恐る顔を上げると、満面の笑みのエルヴィーラがいた。


 「リュネット王国は西大陸の流行の先駆けよん。そのジャンルは斬新だし、これからくると思うわあ」


 がしり、と掴まれた手が痛い。


 「その時が来たらよろしくねん? フィアナちゃん?」



 ああ、流行なんて大嫌いだ。


 遠い目をしながら、新たなジャンルを開拓した顔も知らない本の作者を恨んだ。



◇◆◇◆



 換気されていないのか、空気は悪い。


 高く積まれた紙の束に、どこからか引っ張り出されてきた古い本が散乱している。

 まるで戦場のような様子だが、その中心に座する人物は、くたびれた様子もなく背筋を正してペンを走らせていた。

 

 「フリードー。そろそろ休憩しないと倒れるよー?」


 ガチャン、と無造作にカップを机の上に置き、オルフェは勝手に砂糖とミルクをガバガバ入れる。


 「ほら甘いもの飲みなって。お前食事もまともにとってないだろ」

 「……まだ、問題ない」

 「問題あるわ! 紅茶飲む時間を浪費したところで最終的な結果に大きく関わると思う? ほら、口開けろ」


 ぐいぐいと唇にカップを押し付けてくるオルフェに、ついにフリードが折れた。


 「……で? どう、何か分かった?」


 ペンを持ったままだが、一応紅茶を飲み干したフリードに、オルフェが尋ねる。


 「麻と、特定の染料の消費量がおかしい」

 「麻と染料?」

 「ああ。どちらも北部ではそこまで重宝されるものではなかったのだが……」


 トン、と細く白い指が机を叩いた。


 「そしてその染料の元は、主にフェロニアの北部の一部や、西大陸の北に自生している、暑さに弱い植物のものだった」

 「フェロニアで流通は?」

 「あまりしていない。もっと安価な染料がいくらでもあるからな。需要がない」


 それが急に求められるようになった。

 例によって、フェロニアの北部だけで。


 「その染料の名前と、麻の組み合わせに覚えがある気がして、王宮の書庫に行ってきた」

 「ああ、だからこの埃っぽい本……」


 かなり古く、保存状態もそれほど良くない。

 奥の方に突っ込まれていた部類のものだろう。


 「てかお前よくそんなの覚えてるよね。頭ん中どうなってんの気持ちわるい、たい痛い痛いごめんなさい」

 「そして先程判明したが……」

 「あっ、スルーなんだ」


 オルフェの頬骨の部分にカップの取手をごりごりと押しつけながら、フリードは静かに告げる。


 「ダジボルグ帝国の古い民間信仰で、麻とその染料がよく用いられるそうだ」


 ダジボルグ帝国。

 その言葉に、オルフェは顔を強ばらせる。


 「え……嘘でしょ。その民間信仰とトリシャの関係って……」

 「少なくとも、その民間信仰とトリシャは直接的な関係はない。だが、薬物を流行らせる際に、宗教は時折媒介に選ばれる」


 信仰によって精神を、麻薬によって肉体を。

 全てを掌握し、良いように人々を操り金を巻き上げる。

 そういう手口は少なからず存在する。


 「……でも、待ってよ。そうしたら……」


 このトリシャの件は、国のごく中枢まで敵の手が入り込まなければ起こりえないことだった。

 それが、黒幕がダジボルグ帝国となれば。



 「……最悪の場合、ダジボルグ帝国(あちら)がフェロニア王国の中に入り込んでいる可能性がある」



 オルフェは、黙り込んだ。

 十六年前に終わった長きにわたる戦。


 それが、また始まろうとしているのかも知れない。


 「このタイミングということは、現政権から私に代替わりする不安定な時期を狙っているのだろう。これは宣戦布告とも取れる」


 フリードは、冷たい青の相貌を眇めた。


 「……陛下に報告は」

 「これはあくまで推測の域を出ない為、まだ報告はしない。この件は内密にしろ」

 「……分かった。でさ、フリード」


 オルフェは話題を変えた。

 ダジボルグ帝国が絡んでくると、他にも色々と影響が出る。


 「今内通の容疑をかけられてる三家はどうなるの? 北部でトリシャが流行ったのはあの三家が内通者だからじゃなくて、単純にダジボルグ帝国側の国土だったからかも知れないよね」


 ああ、とフリードは頷く。


 「私は三家の当主をそれぞれ知っているが……皆国を裏切るなら死を選ぶような者たちだ。個人的に内通者の可能性は極めて低いと思っている」

 「助けられそう?」

 「……もしダジボルグ帝国が裏にいれば、それは不味い状態と言えるが、逆に彼らの罪を晴らす強いカードになる。尚のこと、早急に事実を明らかにしなければならないだろう」


 あの北の王者が、西大陸を統べるこの国へ向けて牙を研いでいるかもしれない。

 万が一戦になれば、数え切れないほどの死人が出、血が流れる。


 王族として、それだけは何としてでも止めねばならない。


 「ダジボルグ帝国へ放っている密偵からの報告はまだないが……近々数を増やすことになるかも知れないな」

 「了解。その手続きはしとく。まあ、あまり増やしたくはないけどね……」


 送っても、帰ってくる確率は半分程度だ。

 まだ戦は始まっていないが、少なくともこれから密偵で死者は出るだろう。


 「……ほんとに、なんで戦争なんて仕掛けてきちゃうかなあ……」

 「…………」



 オルフェの言葉に、フリードは答えない。

 とても単純で、それこそ学も何もない子供でも言える台詞。


 だが、それが今の己の心情を表す全てだと思った。




 

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