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復讐譚には折れた剣を  作者: 中ノ森
―第3章― 白き侵入者
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30話 正しい選択



 まさに狐のような目だと、フリードは思う。

 よく童話に悪役として出てくるような、ずる賢く残忍で、計算高い生き物。


 思えば、髪の色も狐の毛皮に似た少しくすんだ金だ。

 その姿さえもやはり好きになれないと、本人を目の前にして感じる。


 「さてさて、今日はお招きいただきありがとうございます殿下。なんだか大変なご様子ですね」


 目の前の男……ヨハネの口の端が吊り上がった。

 この不気味な表情が、この男にとっての『笑顔』なのだろう。




 指示を出してから数刻後、ヨハネが王宮に到着した。

 応接室で、フリードはヨハネと向かい合う形でソファーに座っていた。


 内容が内容なので、人払いはしっかりしてある。

 部屋にはフリードとヨハネのみ。

 普段ドアの前に控えさせている使用人も、今は隣の部屋に下がっている。


 フリードは、無駄話をすることなく本題に入った。


 「トリシャの件が民に漏れれば混乱が起きる。その前に情報操作をしたい」

 「ほお……」


 前が見えているのか不思議な程に細い瞳に、面白がるような光が宿った気がした。


 「しかし、我が《アイオロス》にも民衆に正確な情報を届ける矜持(プライド)があります。それをねじ曲げるのは……」


 全くそのようなことを思っていない顔で、ヨハネはぬけぬけと言った。


 「ですから、無条件でというわけにはいきませんねえ」


 本当に、何故この男が商人にならなかったのかが分からない。巧みな話術で相手から利を搾り取ることを、この男は最も得意としているのに。


 「……望みはなんだ」


 こちらから条件を提示していけば、ヨハネは『いいえ』を繰り返し極限まで報酬を吊り上げるのだろうが、そう簡単にはいかせない。


 「言ってみるといい。そちらの望む条件はなんだ?」


 フリードは敢えて尊大な態度をとる。

 頼んでいるのはこちらだが、この男の前で臆せばそこで終いである。


 依頼しているとはいえ、自分は王族。

 権力を盾に取ることになるが、今は使えるものならなんだって使う。


 「そうですねえ……私が興味があるのは」


 また。

 ヨハネの口元が笑みの形に歪んだ。


 「取り調べを受けている、銀髪の次期第三騎士団長さんですかねえ」

 「…………」


 フリードの瞳が剣呑な光を帯びる。


 ヨハネが言っているのは、言わずもがなフィアナのことだろう。

 しかし次期第三騎士団長の件は、少なくともまだ騎士団外には漏れていないはずだ。


 (いや、それはハールマン侯爵との一件で目立ったから致し方無いが……)


 問題はその前の台詞だ。

 取り調べのことまで、何故この男は知っている。


 「あの少女は……とても、面白いですねえ」


 フリードの様子を気にも留めず、ヨハネはつらつらと語り連ねる。


 「まずその容姿。銀髪に薄青の瞳という組み合わせは聞いたことがありません。どこかの少数部族の血でしょうか? 顔立ちも美しいとは我々にとって到れり尽せり。見た目のインパクトがあるのがもっとも話題性を呼びやすいですからね」


 貴方のように。

 フリードを手で示しながら、にっこりとヨハネは笑う。


 「そして出自。〈祟りの森(フルーフヴァルト)〉の生き残りですか。あの事件に巻き込まれた子供は自殺するか、生きていても体なり心なり壊れていますからね。彼女のように自立しているのは稀ですよ」


 フィアナについては既に調べあげているようだ。

 あの忌まわしい事件のことも。

 勿論、少しの同情も持ち合わせることなく。


 「さらには経歴も。あの『神喰らいの悪鬼』の唯一の弟子にして、王立騎士学校創設以来の天才児。在学時にも既に事件の解決に何件か関わっているようですねえ、いや素晴らしい」

 「……それで? お前の望みとフィアナ・シルヴィアがなんの関係がある」


 悦に入った語りにこれ以上付き合うつもりは無いと、フリードは核心をつく。


 「おや、長々と失礼いたしました。それでですねえ、是非、彼女とお話がしてみたいと思いまして」

 「話?」


 フリードは怪訝そうに聞き返す。

 あのヨハネが提示する条件にしては、随分とぬるい。


 「初の女性第三騎士団長になるのかもしれないのですからね。それでなくとも初の第三騎士団員ですから」


 それに、とヨハネは続けた。

 恐らくこちらが本当の理由なのだろう。


 「〈祟りの森(フルーフヴァルト)〉の大量虐殺はおぞましい事件ですが、謎が多い。民衆は、関心があるのですよ」

 「…………」


 ヨハネの言わんとすることを察し、フリードの目の色が変わった。


 「……フィアナ・シルヴィアに当時のことを語らせると?」


 普段より数段低い己の声に気づいてはいたが、フリードは改める気にはなれなかった。


 「それは人道的に認められない。フィアナ・シルヴィアは王立騎士団員だ。私は彼女を守る義務がある」


 強い口調で、フリードは断じた。

 しかしヨハネはあくまでも微笑を浮かべたまま言う。


 「それは勿論承知の上ですが……あの事件は再びダジボルグ帝国との戦争が起こる予兆なのではという見方もあります。追求するのはフェロニア王国の為にもなると」


 そう言うと、ヨハネはおもむろに紙の束を取り出し、机の上に置いた。


 「これは我々《アイオロス》が調べた〈祟りの森(フルーフヴァルト)〉大量虐殺事件の資料です。国家機密文書もあると思いますが、ここにあるものとそう変わらないはずです」


 ヨハネは紙の上に指を滑らせた。

 束の厚さはかなり薄い。せいぜい五枚程度だろう。


 「あれだけ大きな事件なのに、たったこれだけですか? おかしいですよね」

 「それは……」


 フリードは苦い顔をした。


 それは恐らく、彼らが〈祟りの森(フルーフヴァルト)〉に追いやられた経緯に起因する。

 この事件を掘り下げれば、彼らが国の関所の不手際により不当に不法入国者扱いされたことが露呈するからだ。


 国はどこまでも彼らにしわ寄せをやったようだ。

 腐敗した古狸どものやり方と、それをどうすることも出来なかった自分に反吐が出る。


 「……文書は故意に焼かれた可能性が高い。それに関しては国で謝罪をし、生き残った者たちがこの国や母国で生きていけるような手当を行っている」


 この政策はフリードがこれまでに唯一、家臣の反対を完全に押し切る形で決定したものだ。

 間違ったことをしたとは思っていないが、あれが英断などとはもっと思っていない。


 (……ただの、自己満足だ)


 罪の意識から、少しでも開放されたいがための。

 フリードは僅かに目を伏せ、しかしすぐにまた青の双眸でヨハネを捉える。


 「この件に関しての聴取はすでに終わっている。これ以上掘り返して彼らの傷口を抉ることを認めることは出来ない」

 「本当にそうですか?」


 ヨハネはしつこく食い下がった。


 「その聴取の対象に子供は入っていませんでしたよね。人道的な部分もあれ、殆どが恐慌状態でとても話など聞けないという理由で。でも、面白い証言が取れたんですよ」


 ぴらり、と一枚の紙を抜き取ってフリードの前に差し出す。

 見覚えのある名前だった。それは当時担当だった、引退した元騎士の証言。


 「阿鼻叫喚、まさに生き地獄と化した現場でただ一人だけ、泣きも喚きもしない、小さな女の子がいたそうです」


 銀の髪に、薄青の目をした。


 両親を目の前で殺されるという残忍極まりない目に遭っていながらも、その亡骸に縋ることなくただ集落の焼け跡を見つめていたという。


 「……世界には様々な人がいますよね」


 突然、ヨハネが切り出した。

 そして芝居の役者のように両手を広げる。


 「心優しい人、意地の悪い人、運動能力に長けた人、何の特技も無い人。まあ違いはあれど平凡な人間がほとんどですが、時に貴方のような特殊な人間も生まれる」


 私も入りますかね? とヨハネはわざとらしく首を傾けた。


 「だから、この事件の子供たちも様々だと思うのですよ。血の海の中に心が壊れ、生きながらに死んだ子供たちに対して、彼女……フィアナ・シルヴィアがいるように」

 「……お前は」


 僅かに掠れた声が、フリードの喉から漏れでる。

 怒りの片鱗が見て取れた。


 「お前は、あの事件に関してフィアナ・シルヴィアは何も感じなかったのではないかと言っているのか?」

 「そういう人間なのかもしれないと申し上げています。元より感情というものを持ち合わせていない人種なのかも……」



 「……ふざけるな」



 決して大きくはない、それでも殺気と紛うほどの怒りを孕んだフリードの声に、ヨハネの糸目が僅かに開いた。


 それ以上の言葉を紡ぐことはなく、フリードはただヨハネの言葉を真っ向から否定した。


 (何も思わない筈がない。お前に一体、何が分かる)


 しかし、フリードがそれを言う資格はない。


 彼女の苦痛を決して理解しえないのはフリードとて同じであり、ヨハネに憤る権利があるとすればそれは恐らくフィアナだけなのだから。


 「おや、怒らせてしまいましたか? これは大変失礼致しました」


 驚いた様子も束の間、ヨハネは悠々と頭を下げる。


 「ですが、こちらの出す条件は変わりません。是非、お考え直しくださいますよう……」



 立ち上がり、恭しくお辞儀をする。

 ヨハネはあの気味の悪い笑顔を一つ残し、王宮を去っていった。


 ヨハネがいなくなった後も、フリードはそこに座ったままだった。



 ────王族として選ぶべきはどちらなのかは、分かっている。


 そこに伴う感情が、相反しているだけで。






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