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復讐譚には折れた剣を  作者: 中ノ森
― 第1章 ― 勅命
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3話 解けない氷塊



 執務室に居るというフリードの元へ向かう途中。頬を染めて挨拶をする女性たちに、オルフェは余裕のある大人の笑みで応えていた。


 なんとも言えない気配を背後から感じ取り、振り返ること無く唐突に問う。


 「猫かぶってやがんな……とか、考えてない?」

 「いえそんな滅相もない」


 棒読みで返したフィアナにクスリと笑う。

 フリード相手だと、主に惚れて仕事にならない……という可能性もあったので、恋愛体質だったらとオルフェはひそかに危惧していたが、これから心配いらないだろう。


 まあ、事前に調べた結果やら先程レイピアを突きつけられたことやらでその可能性は限りなくゼロに近かったが。


 「普段はちゃんと真面目に側近やってるんだからね?」

 「そうですか」

 「本当だよ?」

 「そうですか」

 「給金泥棒とか言わないでね?」

 「約束はしかねます」

 「会って数分でこの評価を下された僕って」


 なかなか手厳しい少女だ。

 オルフェは、こういう親愛の表現方法もあるのかと無駄に前向きな捉え方をする。


 「……あ、そうそう。君の身分のことなんだけど」


 王が突然フィアナを召し上げたことでドタバタしており、まともな説明はしていないはずだ。

 王は第三騎士団の補佐にすると言っていたが、まだその段階にすら持っていくのは難しい。


 詳しいことは副第三騎士団長にまかせるとして、まずは自分の立ち位置くらいは知っておきたいだろう、とオルフェは判断する。


 「今はまだ平民身分かな。ただ、フリードが認めれば第三騎士団と同じで、子爵位相当だね」

 「認める……というと?」

 「あー、この辺はかなり適当かなー」


 国軍を何故か騎士団と呼び続け、周辺国からも騎士の国だなんだと言われているが、やはり廃れてはいる。


 一応、王または王子と副騎士団長、一定数の立会騎士、そして“王宮内で一定以上の地位の第三者”。

 ……というよく分からない上にアバウトな条件が定められてはいるが。


 「だいたいは、王か王子と副第三騎士団長と、第三騎士団全員でやるのかな?」

 「王宮内で一定以上の地位の第三者というのは……」

 「要らなくない? えっ、要る?」

 「私に言われましても」


 あれこれと話しているうちに目的地につく。

 執務室の前に立つと、オルフェは中に向かって声を張り上げた。



 「フッリードくーん、あ~そ~ぼぉ!」

 「失せろ」



ドア一枚挟んだ温度差が激しい。

間髪入れずに、冷たい声が返ってきた。しかし慣れているオルフェはめげない。


 「冷たいなあ。じゃあこの()僕のトコに持って帰っちゃうよ?」


 へらへらとしたオルフェの態度に、そばで聞いているフィアナとしては呆れを通り越し冷や汗ものだ。

 第一王子殿下の怒りなど一生買いたくない。


 (というか、フリードリヒ殿下は幼い頃から知っている仲だからいいとして、何で私の前でもそれなんだろう……)


 残念ながら第一王子殿下と同じだとて、光栄に感じる訳では無かった。


 「……『この()』?」


 厚い扉を挟んでも玲瓏れいろうとしている声が怪訝そうに低められる。


 「そ。ほら、話聞いてるでしょ? フィアナちゃんのこと」

 「…………入れ」


 オルフェがそう言うと、少し間が空いたが許可が出た。


 「お邪魔しまぁ、っ!?」

 「し……失礼いたします」


 オルフェの顔面に氷水の入ったゴブレットがめり込んだことに驚きつつ、フィアナも中へ入る。


 「痛っった!! 何するのさ親友に!?」

 「誰のことだ」


 薄々感づいてはいたが自称親友だったらしい。

 ゴブレットを投げた張本人は飽くまで冷淡にオルフェの文句を斬る。


 (この方が、フリードリヒ殿下……)


 思わず、フィアナは息を飲んだ。


 耳の下辺りで揃えられた髪は、月の光が形を成したかのように艷めく見事な金色。顔の造形は絵画や彫刻の人物ように整い、どこか浮世離れしているほどだ。


 何より惹き付けるのが、長い睫毛に縁取られた青金石(ラピスラズリ)の瞳。静かに凪いだそれは、周りの熱を吸い取ってしまいそうに冷たい光を(たた)えている。


 国王が言ったという『国一番の美人(・・)』は、揶揄を含んではいるが、事実でもあったらしい。


 これほどまでに美しい人間を、フィアナは見たことがなかった。



 ────けれど、何かが記憶に引っかかる。



 (『こんな綺麗な人見たことない』……と、以前にも、誰かに思ったような……)


 失礼なことに、フィアナは息を詰めてじっとフリードの顔を凝視してしまった。 しかしどういうわけか、フリードも二度三度瞬き、じっとフィアナのことを見つめている。


 「本当に────……」


 形の良い唇が何かを呟く。

 小さすぎて聞き取れなかったが、予想はついた。


 フィアナは銀髪だ。

 白子症 (アルビノ)を発症した者達の白髪(はくはつ)も十分珍しいが、それとも違う。


 瞳も、フェロニア王国では王族や上流貴族によく見られる濃い青ではなく、ごく透明度の高い水宝玉(アクアマリン)のような薄青である。


 フィアナは自分と同じ色彩をした者に会ったことがないほどだ。驚かれるのには慣れている。


 「お初お目にかかります、フィアナ・シルヴィアと申します。この度は────」

 「必要ない」

 「……は、い?」


 (つまづ)くこともなく紡がれた挨拶は、フリードによって遮られた。

 嫌悪を隠すことのない視線が降り注がれる。


 「お前は、私に必要ないと言っている。今は陛下が戯れをしているが、じきに追い返す。挨拶は不要だ」


 先程オルフェをいなしていたそれよりも、さらに冷たい声音。払い除けるような、強い拒絶の色を示していた。

 フィアナの返事を待たずに、顎で扉を示す。


 「分かったのならば、もう下がれ」

 「は、はい……」

 「……は? ちょっと、フリード……」


 失礼しますとドアの前で頭を下げたフィアナを、フリードはう一瞥もしない。 オルフェは呆気にとられたようにそれを見ている。


 「おい! なんだよ今の……!」


 閉まりかけた扉の向こうで、言い争うような声が聞こえた。


 フィアナをよく思っていない、というのは第一王子殿下にも言えることらしい。


 (それはそうか。私がフリードリヒ殿下に仕えることになったら、私への批判を被るのは殿下だ)


 王はフリードとも対立しながらフィアナを第三騎士団長にしようとしているのか。

 フリードは『じきに追い返す』と言っていたが、王はやると言ってたら必ずやる人だ。他者が何を言おうと聞き入れないだろう。それが、実の息子で、次期国王のフリードだとしても。


 そこまでして第三騎士団長にする価値が、自身にあるとは、フィアナはどうしても思えなかった。




◇◆◇◆



 自室までは、メイドが案内してくれた。


 (流石王宮……造りが複雑で広い。早く覚えなければ)


 それも含め、やることは山積みなのだろうが、何をしていいか分からない。どうすればたったの半年で、小娘が第三騎士団長と認められるようになるのだろうか。


 「そんなこと……」


 ボスン、とベッドに後ろ向きに倒れ込む。


 (できるわけが……)


 ふと思い浮かんだのは、師匠の顔だった。

 修行の際、上手くいかなかったフィアナに見せるあの顔。


 『なんだ? できねえのか?』


 挑発だと分かっていてもあそこまで腹が立つ顔などこの世にありはすまい。


 そして師匠は、フィアナが『不可能』なことは決して言わなかった。

 注文してくるのはいつも、本当に死ぬ気でやってなんとかできるようなことばかり。


 『ほぉれみろ、できただろ? ま、俺には及ばないけどな』


 フィアナを褒めるでもなく、勝ち誇った顔で見下ろしてくるので結局屈辱なのだが。

 今もどこかであの顔をしているのだろう。できないなんて言わないよなと酒をくゆらせながら。


 (本っ当に腹が立つ)


 何を考えているのかと憤ってみたものの、何故師匠が自分を第三騎士団長にしたいのかは、分かっていた。


 いくら師匠に殴られようと怒鳴られようと、一つだけ、フィアナは幼い頃から曲げなかったことがある。


 ────大陸の“北の王者”・ダジボルグ帝国。

 長きにわたり戦を続けてきた敵国とは十六年前、フィアナの生まれた年に停戦が結ばれた。


 しかし、フィアナの住んでいた集落はある日突然、彼らに襲撃されたのだ。


 たくさん殺された。

 すべて壊された。

 何も残っていない。

 あの場所にも、フィアナの手の中にも。


 だから、フィアナは決して彼らを、そして兵を率いていたあの男を許しはしない。

 残された己の命全てを、復讐の為に使うと誓ったのだ。


 (……無理なんだ、今更)


 生きる理由を変えるのには、少し、この想いは根を張りすぎた。


 ごろんとフィアナは寝返りを打つ。


 第三騎士団長ともなれば、その動きは制限される。常に第一王子を護衛するということは、常に第一王子の監視下にあるということでもある。

 加えて、そのような役職につけば当然の如く顔が売れ、秘密裏に国外にでることなど不可能になるだろう。



 ────ああ、またあの声が聞こえる。



 『やめとけよ。つまんねぇだろンなこと』


 目も合わせず、しらけた顔をつくって。


 「……うるさいな」


 絶対に見せない心配を、こんなときばかり見せる師匠の声は耳にこびりついて、ひどく耳障りで。



 だから、大嫌いなんだ。


 

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