28話 北を守る騎士たち
ボリスは、どこか騒がしくなる王宮に気がついていた。
(何かあったん……だな)
ディルクとフィアナが話していたことと繋がっているのだろうか。知りたいが、先程から探しているフィアナもディルクも見つからない。
(まだ命令は下りなさそうだし、騎士の出る幕じゃない話なのかもな)
となると、ディルクはともかくフィアナの姿まで見えないのは何故だろうか。
(経験を積ませるためか? それにしてもなあ……)
部屋や訓練場などを訪れてみたがどこにも居なかった。ディルクも同様である。
他に二人が行きそうなところ……と考えてみるも思い浮かばない。
「実家からなにか聞いてないか、か」
フィアナからの言伝を届けてくれたディルクは、そんなことを聞いてきた。
あれはどのような意味だったのだろう。
ハルナイト家のことが知りたかったのか、伯爵家のことが知りたかったのか。
(国の北部の様子……ではないよな? ディルク副団長だって北部出身なんだから)
なんにせよ、気になるところがあったということだ。
まだボリスには知らせるべきではないと判断された何かが。
「あー……分かんね」
ボリスは後ろ向きにベッドに倒れ込んだ。
(妙に疲れるな、最近……)
淡々とした毎日を送っていたが、フィアナが騎士団に来たことによって乱されてしまった。
そしてなにより厄介なのは、フィアナに振り回されることを心地よく感じてしまっている自分。
じわりと赤くなった頬を隠すように両腕で顔を覆い、照れ隠しに呟く。
「つか、ほんとにあいつどこにいんだよ……」
少し目を離すとすぐに遠くにいなくなる。そして何故だか危険なことに巻き込まれている。
(なんか、またやらかしてるんじゃ……)
先日聞いたハールマン侯爵に対して針を投擲した事件を思い出したボリスはいてもたっても居られなくなり、勢いよくベッドから起き上がった。
扉を開け放ち駆け出そうとして、たたらを踏む。
「え?」
気難しい顔をした男がちょうどこちらに歩いて来ていた。
夜色の上着は見るからに動き辛そうで、戦う必要の無い役職であることがひと目でわかる。
役人の中でもお偉方なのだろう。
(なんでここに?)
ここは王立騎士が生活している離宮である。
大きくまとめれば王宮内だが、役職の高いものは妙な自尊心を働かせて近づきたがらない。
目の前にいる男も、何故自分がといった様子で不服そうだ。
「ボリス・ハルナイト殿とお見受けする」
「……はい、そうですが」
「急ぎ来てもらいたい。ハルナイト家の出自である貴殿に話がある。内容は着いてから話す」
「は?」
傍若無人な物言いで、役人の男は面倒くさそうに既に歩き出していた。
(なんなんだよ。せめてどこに連れてくのかくらい教えろよ……)
知らぬ間に動き出していた何かは、自身にも関わってくるものだったらしい。
(『ハルナイト家出身の貴殿』てことは、実家の方でなんかあったのか)
そうなるとまたディルクの言葉が思い返される。
ディルクは既にハルナイト家で何かがあったのを知っていたのか。
(何か不祥事……? いや、父上に限ってそんなことは……)
昔から、曲がったことが大嫌いな厳格な人だった。
頑固で融通はきかないが、不正を犯すくらいなら自ら命を絶つような人だ。
(くそっ、何が起きてんだよ……)
ばたばたとメイドがかけていく音が、また、聞こえている。
◇◆◇◆
通された部屋に入ると、ボリスは目を見開くことになった。
「ディルク副団長! と、インメルマン団長……!?」
集められたのは一人ではないようだ。
この面子を見て、ボリスは収集をかけられた条件を薄々察する。
(北で何かあったのか)
二人の前に立っているのは、ボリスを呼び出しに来た者よりさらに高位の役人のようだった。
既にあらかたの説明をしたらしい。
「来たか、ハルナイトの」
「インメルマン団長……。これは、一体」
いつも豪胆に笑っているインメルマンが、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「厄介な事件が起こった」
「厄介な……?」
ディルクのほうを伺うと、同意するように頷かれる。
「ボリス。今日俺が聞いたことを覚えているか?」
「あ……実家からなにか聞いていないかって……」
やはりあの問いは関係あるのか。
「実は、国の北部で犯罪数が急増していると報告が上がった。上層部ではその原因を探っていたんだ」
「もしかして、フィアナに話してたのって」
「ああ、このことだ。彼女は国外での見聞が豊富だから、似たような事例を知らないかと。しかし、彼女にも分からない様子だった」
そして今、その原因が分かった。
「トリシャというものを知っているか」
「確か、麻薬だったと……」
「ああ。それが北部に出回っている可能性が高い」
「なっ……!」
麻薬が出回っている。
よりにもよって、騎士の家が護る北で。
「さらに、そのトリシャが見つかったのは、この王宮だ」
「…………」
驚きに言葉も出ない。
しかし、最も耳を疑ったのはその次だ。
「発見したのはフリードリヒ殿下とオルフェ様、それから、フィアナさんらしい」
「フィアナ!?」
なんでそこで後輩の名前が出てくるのか。詳しい状況はディルクも知らないらしい。
「フィアナさんは今別室で取り調べの最中だ。そして俺たちは……」
ずい、と役人の男が一歩踏み出してきた。
「シュトルンク家、スリヴァルディ家、ハルナイト家には外部への重大な情報漏洩の嫌疑がかかっている。よって、三名には事態が解決するまでの謹慎を言い渡す」
一方的に告げられ、ボリスは早々に部屋に押し込められることになった。
これが冷たい石壁の独房ではなく、自室なのが救いか。
(解決するまで……か)
ベッドの上に胡座をかき、深く息を吐き出した。
非常に曖昧で、上にいいように期間を変えられる表現だ。
(父上がそんなことをするわけがない。でも)
この際、誰がやったかは大きな問題ではないのではないだろうか。どの家だとしても大醜聞だ。国に与える打撃も大きい。
(国が望むのは……悪を裁くことじゃない)
被害を最小限に抑えて、この事態を収束させることだ。
事態を収めるには犯人が必要だ。
全ての罪を被って『解決』の二文字を与えてくれる人物は、本当に悪いことをした者でなくとも構わない。
(この中だとそれは……)
もともと、この国に古くからある騎士の家は二つだった。
その二つと、そのうちの一つから生まれた家を合わせたのが現在の騎士の名門の三柱。
別れてから時が経ったために三つの家がそれぞれ地位を確立しているが、元をたどれば“分家”である家があるのだ。
────ボリス・ハルナイトという名は、厳密に言うと省略形だ。
ボリス・ハルナイト・フォン・シュトルンク。
それが正式な名前。
“フォン”は『○○の出身』という意味を持つ。大昔は貴族も姓を持たず、地名を名乗っていた名残らしい。
二百年ほど前までは“フォン”とその後の姓をつけることが義務だったが、今はハルナイトのみを名乗ることが許されている。
つまり、ハルナイト家は分家なのだ。
今から遡ること五百年前に、シュトルンク家から派生した。
それ故に三家の中では権力が低い。
(最も『犯人』に向いている……)
ボリスは眉を寄せた。
このまま犯人に仕立てあげられるか、それとも。
(フィアナが……罪を被せられるか)
どちらにせよ状況は最悪だ。
名誉挽回の機会すらも自分たちは与えてもらえない。
こうして閉じ込められるのを理不尽に思いつつも、それを自然なことだと理解してもいる。
持て余した苛立ちのような感情は行き場を失ってしまった。
「……クソっ」
不思議と恐怖はない。
漠然とした不安はあるが、最悪あと数ヶ月で死ぬかもしれないことに慄いてはいなかった。
(実感できてねえからなんだろうけど……)
それ以外にも確実に一つ理由が思い当たる。
閉じた瞼の裏に、ひらりと銀色の髪が舞った。
(取り調べって、何されんだろうな)
もう一つどうしても気がかりなことがあって、自分のことに集中できない。今回もしっかりと巻き込まれてくれた後輩のことだ。
終われば連絡を寄越すように言付けてあるが、いつまでかかるのか。
(あいつは大丈夫だよな? たまたまそこに居合わせたから一応話聞いてるだけだよな……?)
どうかこれ以上フィアナが巻き込まれませんように。
────騎士学校時代。
ひと目でそれと分かるほど深い傷を負いながらも、滅多に見せることのない笑みを作った青白い顔を、今でも覚えている。




