27話 罪の大きさ
執務室へ続く道は封鎖され、使用人たちにはすぐに気休め程度の箝口令が敷かれた。
さっきからお偉方がしきりに行ったりきたりしている。
フィアナは隅の方で突っ立っていた。
やはり何度か重要参考人として連れていかれそうになったが指示通り『殿下のご命令です』と断り続けた。
そうして揉めているうちにオルフェが気づいてくれた。のらりくらりと連れ出してくれ、なんとか今は落ち着いている。
「……あれ?」
二人で空き部屋で待っていると、フリードは意外な程に早く戻ってきた。
オルフェが声をかける。
「もう大丈夫なの?」
「ああ。まだ検査は不十分だが無理やり出てきた」
「それ大丈夫って言わないと思う……」
至極真っ当な呟きだが、フリードは無視して椅子に座る。
僅かに目が充血していた。作用が微かに現れているのだろう。
「……香りを嗅いだせいですか」
「そうだな。私は効きやすい体らしい」
フィアナの問いにフリードは肯定を返した。
「だが、この程度なら一週間もせずに抜ける」
「というか本当に効いてるの? いつも通りにしか見えないんだけど」
「いや、判断力がどうにも鈍っている」
「ああ確かに。普段のフリードなら絶対飲まないもんね」
納得したようにオルフェは頷いた。
だったら勧めるなという話である。
「オルフェ。専門家の到着はいつになる」
「あと半刻だって」
「それから……」
「あの」
申し訳ないとは思ったが、フィアナは話を遮った。
二人の視線が集まる。
「ここに来る途中偶然メイドから話を聞きました。その紅茶、毒見をした者がいるのですよね?」
「ああ、うん」
オルフェは入口の方を見た。
「すぐ連れてくるように言ったんだけど……」
遅いな、と呟く。
二人の指示は迅速だったし、既にそれなりに時間が経過している。なのにメイドが訪れる気配はない。
「名前くらい聞いとけば良かったな」
オルフェは頬を掻いた。
だが、つい先程まで王宮にいたことは確かなのだ。連れてくるのにそこまで時はかからないだろう。
「毒見が一口だけならばそこまで大きな影響は出ないはずだが、一応その娘にも医者を手配しておくか」
「そうだね……。それで」
問題はここからである。
誰も薬物の餌食にならなくて済んでよかった……で終わる問題なわけが無い。
「この紅茶がどうやって検査をくぐり抜けたのか、王宮への搬入ルートを一つひとつ洗わないと」
オルフェは眼光を鋭くする。
フリードがすぐに追加で指示を出した。
「それはお前からエヴァルト殿に頼んでくれ。厄介な仕事を押し付けて悪いが、適任だろう」
「了解」
オルフェの父であるエヴァルトは国家お抱えの大商会アドリオン商会の代表だ。流通に関して玄人中の玄人である。
「私たちは別で調べを進める」
トン、とフリードは机を指で叩いた。
「本来これは我が国にあってはならないものだ」
入ってきたのは南大陸からだろう。
それが度重なる検査を抜けて北部まで到達したということは、この国の警戒態勢に抜け道ができているなによりの証拠。
「だが、思いがけず謎が解けた。何故、北部でのみ犯罪数が激増したのか」
このトリシャの粉の流行と時を同じくしたのは、絶対にただの偶然ではない。
「判断力の低下と、興奮状態……。人間を犯罪を起こす状態に変えたのは、諸侯の治世ではなくトリシャのようだな」
北部で数が増えたのは、強盗、窃盗、暴行、強姦だとディルクが言っていた。
トリシャを服用した精神状態では、あらゆる犯罪を起こしやすくなる。内容が絞れなかったのはそのためか。
「つまり、紅茶という形で流行っているのが貴族というだけで、トリシャ自体は民間にも出回っていることになるな」
「平民の間にも……」
一度薬物に染まってしまった人々から薬を抜くには、並々のことではない。
フリードのように一度きりだったり、僅かな服用ならばいいが、それだけで済んでいる者がどれだけいるか。
「……今から追ってもあまり証拠の類は出てこないだろうな」
国内に入る際、王都を出入りする際、そして警備の厳重な北部で出回る際。
幾度もの検査をくぐり抜けるには、綿密に練られた計画でないと不可能だ。
「……何故、北部なのでしょう」
フィアナの疑問が、静まった部屋に落ちた。
「僕も思った。南から輸入するんだし、そのまま南部で流行らせちゃ駄目なのかな。何も王都を抜けたりするリスクは要らないわけだし」
「王都では全く出回りませんでしたからね……」
「うん。裏市場のこともアドリオン商会はけっこう把握してるけど……そんな話は全く聞かなかった」
二人の視線は、自然とフリードに集まる。
フリードは「あまり言いたくはないが」と前置きしてから言った。
「協力者が北にいる、というのが無難な見かただろうな」
「協力者……」
「この計画には、フェロニア王国内部からの情報提供がなければ不可能だと言ってもいい。必ず内通者がいる」
検査の内容も、本来は秘匿にされている。諸外国は対策の立てようすらないはずなのだ。その詳細を知るものが、援助をしなければ。
相手が北部を選んだ理由を、フリードがさらに挙げる。
「アドリオン商会の情報網を恐れたこともあるだろう。南部の方は特に事業が盛んだからな」
「うん。北部は商会からってより、普通に王都経由で物が流通してるからね」
固定されたルートと検査を必ず通るので安全性は高く思われるが、王家と繋がっているアドリオン商会の目も届かない。
「……ですが、そうなるとかなり絞れるのでは?」
フィアナは呟いた。
北部の物資の流れを握っていて、その詳細を知り、抜け道を作ることができる家など限られている。
(それって……)
己で言っておきながら、冷たいものが背を滑り落ちていくのを感じた。
「────ディルク君のスリヴァルディ家、ボリス君のハルナイト家、そしてインメルマン団長のシュトルンク家」
オルフェが、三つの家名を上げる。
どれも騎士の名門。この国の模範でなくてはならない家。
元より麻薬に対する刑罰は非常に厳しい。
それに加えて、今後も王国に重大な影響を与えるような他国への情報漏洩が重なるとなると、極刑にすら値する罪だ。
もし……本当に、その三家のどれかに内通者がいれば。
(どの家も、家名ごと王家へ忠誠を誓っている……。騎士の誓いに、背くことになる)
「取り潰しは逃れられない……そして」
そこでフィアナは言葉を切った。
そして、最悪の場合。
「一族郎党、処刑も有りうる……」
無機質な声が、感情を伴わずに口から零れ落ちた。
誰も否定はしなかった。
そのことがますます己の言葉の現実味を帯びさせていく。
(それも、三人の中で一番危ない家は多分)
「失礼いたします」
フィアナの思考を遮ったのは、到着した医師の声だった。
念のためオルフェも検査を受けて欲しいとのこと。フリードはこれからすぐに王のところへ行くようだ。
フィアナは自ら医師の後ろに控えていた王立騎士の元へ行き、分かっているという風に頷いた。
やはり何もなしというわけにはいかない。
「……では、我々も行きましょう」
「はい」
有無を言わせない様子の騎士に大人しく従う。
聴取が行われるのは仕方がない。
(ある程度の事情はオルフェ様から言ってもらったし、メイドが紅茶を淹れているころ私はディルクさんと話していた)
すぐに身の潔白は証明できる。
(だが……)
“事実”というものが、どこまで役に立つか。
一度だけ振り返る。
フィアナを見送るオルフェとフリードの顔は、苦々しげに歪んでいた。




