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復讐譚には折れた剣を  作者: 中ノ森
―第3章― 白き侵入者
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25話 ディルクの相談



 適当に王宮を歩き回り、時間を潰す。

 ずっとフィアナに付き合っていたボリスはいい人なのか暇なのか。指摘しようかとも思ったが止めておいた。

 さっき散々からかったので十分だろう。


 ぞろぞろと騎士たちが集まってきたのを認め、フィアナはその中にディルクの姿を探す。


 「お、あそこじゃないか?」


 フィアナより上背のあるボリスが先に見つけた。


 「じゃあ、行ってきますね」


 ひと声かけてフィアナは駆け出す。

 ディルクもすぐにこちらに気がついたようだった。


 「フィアナさん! よかった。体の調子はもう大丈夫なんですか?」

 「はい。ご迷惑をおかけしました。もう大丈夫です。明日からまたご指導よろしくお願い致します」

 「迷惑なんて。もう何ともないようなら何よりです」


 そう言って笑う顔は爽やかだが、いつもより生気がないように見えた。


 「……何かありましたか?」

 「別になんでもありませんよ」


 気になって尋ねたフィアナに、始めディルクはそう言ったが、自らすぐに取り消した。


 「いや、すみません。フィアナさんには話しておいた方がいいですね」


 フィアナの顔つきが険しくなる。


 次期第三騎士団長(フィアナ)には、話した方がいいこと。

 つまり、団長に叙任予定の半年後でも未解決かもしれないほど、それが難儀な問題であることを示している。


 (下手をすれば国レベルの規模の事案ということか)


 ディルクはちらりと周りを見渡し、視線で食堂の外を指す。フィアナは強ばった面持ちでこくりと頷いた。




 連れて来られたのは、来客室などが列なる廊下。来客のない今は使われていないし、掃除もとうに終わっている。

 この時間帯の人通りは極端に少なかった。


 「……実は」


 そうディルクが切り出したのは、実家であるスリヴァルディ領の犯罪数が突然増えたということ。

 そして、それはスリヴァルディ領だけでなく、国の北部で同様の報告が上がっていること。


 「それは……妙ですね」

 「ええ。自分もこのようなことは初めてで……」

 「犯罪の内容は?」

 「強盗、窃盗、暴行、強姦……などですね」


 何か特定の犯罪が横行しているのではないという。

 ならば、普通に全体の治安が下がったというのか。


 「……確か、フェロニア王国は北部の方が治安はいいはずですよね?」

 「ええ。刑罰も厳しいですし、騎士団の巡回も王都と同じかそれ以上に徹底しているので」



 二人であれこれと話し合ったが、結局これといった答えは見つからなかった。



 「すみません、お役に立てず」

 「いえ、気にしないでください」


 ディルクは軽く手を振り、思い出したように言った。


 「……ああ、そういえばフィアナさん。オルフェ様がずいぶん心配していましたよ」

 「え」


 なんとなく予想はしていたが、やはり話は伝わってしまっていたか。

 

 「そうですか……では、ご挨拶に伺った方が良いですね」


 オルフェが聞いていたということは、恐らくフリードの耳にも入っただろう。

 執務室へ行けば二人共いるだろうか。


 「すみません、ディルクさん。これから執務室へ向かうので、もし食堂でボリス先輩が私を待っているようでしたら先に戻るように言伝をお願いできますか?」

 「はい、お易い御用ですよ。分かりました」

 「ありがとうございます」


 あまり遅い時間になれば無礼になる。

 フィアナは急いで廊下を進んだ。


 

 考えるのは、先程聞いた話。


 (北の領地か……治安が良いとは聞いていたが、行ったこともないしなんとも言えないな)


 王都から北上したことがない。

 フィアナは案外フェロニアで過ごした時間も少ないのだ。


 (治安が悪い、で思い出すといえば南大陸の方だ)

 

 あそこは西大陸に比べると良くも悪くも自由だ。

 フィアナは人攫いに遭わぬようにいつも以上に気を使わねばならなかったし、それでなくともおかしな薬を勧められる。


 違法酒場などもあちこちにあった。

 酒税を払っていないばかりか、犯罪者から金をもらって客を流し、麻薬を買わせるようなことをしている店すらある。


 フィアナも師匠に連れられていったことがある。

 店内は酒池肉林といった様子で、だらけた顔の大人たちが女を引き寄せていた。

 黒い外套で髪と目を隠した怪しい格好のフィアナに目もくれず。


 当時は十二歳だったが、異様さは容易に感じ取れた。恐らくあそこにいたものは皆、何かしらを吸引していたのだろう。


 (師匠は『こういう場所でも生き残れるようになれ』と言っていた……)


 確かに連れ回される場所は危険なところが多かった。

 その師匠がフィアナを北へ連れていかなかったというのは、そういうことなのだろう。


 (やはり北は安全なはずなんだ。どうして急に……)


 ブツブツと呟きながら歩いていると、向こうからメイドが歩いてくるのが見えた。


 オルフェを見なかったか尋ねてみると、カタカタと音を立て押していた小さなワゴンと共に足を止める。


 「オルフェ様でございますか? 先程お茶のご用意を命じられて、今はフリードリヒ殿下の執務室にいらっしゃいます」

 「分かりました。ありがとうございます」


 メイドは微笑み、さらにこう付け足した。


 「なんでも、つい最近から貴族の方たちの間で流行りつつある珍しいお茶なんだそうですよ」


 フィアナは話好きではないが、妙に気になってつい聞き返す。


 「珍しいお茶?」

 「ええ。でも、王都からは離れたところで流行っているようですから。ここではあまり知られていませんね」

 「南の貿易品ですか?」


 新しいものに関しては南部がフェロニア最大の玄関口と言える。

 北部には大山脈が走っていてあまり行き来は盛んではないし、なによりダジボルグ帝国があるからだ。せいぜい、決まった国から氷を輸入する程度。


 「そのあたりはよく……ただ、主にフェロニアの北部で流行っているようです」


 フィアナは怪訝そうに眉を顰めた。

 どうにも奇妙な話である。


 北部と南部の流通の架け橋は中央、つまり王都。

 その王都で全く話題にならずに、北部でのみ流行るというのは考えにくい。


 紅茶なのだから北部だけに需要がある製品というわけでもないだろう。寧ろ、王族や多くの貴族が住まう王都付近でこそ受けが良さそうだ。


 かといってこのメイドが嘘をつく理由も見当たらない。

 内心首を傾げつつ、フィアナは質問を投げかけた。


 「貴女はその紅茶を飲んだことがありますか?」

 「いえ、ありません。同僚たちもないかと。ただ……」


 メイドは何かを思い出そうとする様に斜め上の方を見る。


 「最近入った子かしら。一人だけあると言っていました」

 「その娘の出身は分かりますか」

 「ごめんなさい、地方としか……。献上品の紅茶も一口だけその子に飲んでもらいました」


 この堅城・ヴァイスモーントは何重にも警戒を敷いて献上品などのチェックを行っているとはいえ、よく知られていないものをそのままオルフェやフリードの口に入れるわけにはいかない。


 その新入りが自ら毒見を名乗り出たらしい。

 加えて、オルフェもそのとき目の前に居たそうだ。


 「飲んだ後もしばらく健康そうだったので、お出ししました」


 オルフェが目の前にいたのでは誤魔化しもきかない。


 (では、少なくとも毒ではないのか)


 メイドの言う“しばらく”がどの程度なのか分からないのでなんとも言えないが、少しでも危険と判断したのならオルフェやフリードは飲まないはずだ。


 「あと一つだけ。淹れた際の匂いは?」

 「それは……甘いような、苦いような、不思議な香りが致しました」


 甘いような苦いような香り。

 フィアナは首をひねった。少なくともそのような特徴を持った品種は知らない。


 「では、私はこれで」

 「はい。お引き止めしてすみませんでした」


 メイドの後ろ姿を見送りながら、フィアナは顎に手を当てた。


 (ん? でも、知っているかも知れない)


 どこでだったか。かなり前に耳にしたような。

 そして、あまりいい記憶ではなかった気がする。


 「南大陸、か……?」


 先程南大陸のことを考えていたのでそう思えるだけか。

 

 (……駄目だ。思い出せない)


 喉元まででかかっている感じはするのだが、どうしてもそこから先は。


 なんだかもやもやとしたものを胸に抱えながら、フィアナは渋面で歩き出した。




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