20話 兆し
やけに機嫌のいい鼻歌に、フリードは眉をひそめた。
「何か良いことでもあったのか?」
「うん、まあねー。最近面白そうなこと発見したー……っていうか何でそんな嫌そうに言うのさ」
「お前には基本的に不幸を望んでいる」
「さらっと言わないでよそういうこと!」
リュネット王国の公爵夫妻が帰国した夜。
オルフェは、仕事が一段落したフリードの元を訪れていた。
「フェロニア産には敵わないけど、リュネット産のワインもなかなかだね」
言いながらグラスをくゆらせ、香りを楽しむ。
だというのに目の前の無粋な男は、特に味わう素振りもなく淡々とワインを流し込んでいる。
既に二杯ほど空けているが、顔色一つ変わらない。
「酔っ払ったフリード、見てみたいんだけどね」
「ザルだからな」
「だよねえ。潰れてんの見たことない」
酔っ払わせてみようと周りで画策してしこたま飲ませたことがあったが、結局フリードが酔う前にこちらが潰された気がする。酔いすぎて覚えていないが。
「たまにはさ、こう、パーッと羽を伸ばしたりしないの?」
「無理だな」
「なんでさ」
「仕事がある。それに、王族とはそういうものだろう」
フリードの言葉に、オルフェは口をへの字に曲げた。
この男は何でもかんでも『王族とはそういうもの』で片付けるきらいがある。
「だって国王になったらもっと忙しいじゃん。王子のうちに遊べば?」
「必要ない。今の内に次の代の基盤を固めていかなければ、国民は安心できないだろう」
「そうだけど。せっかくフィアナちゃんも来たのに」
「……どうして、そこでフィアナ・シルヴィアが出てくる?」
少しの間。オルフェは器用に片方の眉を上げた。
「なんとなく?」
「…………」
黙り込んだフリードに、ここぞとばかりにオルフェは肘でつつく。
「ね、今なんて考えてた?」
「……お前の顔は、腹が立つなと」
「だからさらっと言うの止めてってば!?」
揺さぶったつもりだったが、やはりぶれていないのか。
(フィアナちゃんのことには多少反応するから、絶対何かあるんだけどなあ……)
それに、オルフェ自身。
(銀の髪……って、なーんか、見覚えあるんだよねえ……)
いつだったかは覚えていないが、昔だということは覚えている。銀髪など珍しいものは忘れなさそうだが、何か他にもっと重大なことがあったのか。
ちらりとフリードに視線をやるが、相変わらずの凪いだ目で書類に目を落としていた。
仕事は一段落したが、フリードとしてはまだ足りないようだ。
ワインを飲んではいるがここは執務室である。
「それは?」
「マンデル祭りの日程と警備体制だ」
「やっぱりか。でも、マンデル祭りの企画書見るまで春が来たって感じしてなかったよ。やだな~仕事内容で季節を感じるって」
王宮内の各所と執務室を往復する日々だったので、実感が薄かった。
四季のあるフェロニア王国では、季節の花が街の至るところに飾られ、花屋もあちこちにある。
街を彩る花の移ろいで季節を感じるのがフェロニアなのだが、最近は城下に降りる暇もなかったなとオルフェはため息をついた。
「今年はフリードも教会の儀式に参加するんだよね」
「ああ。民衆の前に出る機会を増やすためだろう」
「もう十分認知されてるけどね」
次期国王のお披露目、といっても十六歳で指名されているのだ。フリードは現在二十二。六年も経っている。
「フリードの似姿も出回ってるみたいだし。やだ~この色男!」
「どこの王族もそんなものだろう」
「えっ、んなわけないじゃん。王子様はみんな美形っていう偏見に苦しむ人だっているんだよ!?」
「お前は誰目線だ」
ちなみに、よく分からない力説をしたオルフェの似姿もある。騎士団ではディルクやボリスのものも人気なようだ。
第三騎士団は他に比べて民衆への露出が少ないので、市井の娘たちの憧れだったりもする。
「第三騎士団はみんな貴族で騎士だしねぇ。なんか、優雅で格好いい感じがするんだろうね」
「庶民は貴族をあまり良く思っていないと認識していたが」
「それと乙女の夢は別です~」
「だからお前は誰目線なんだ」
顎のあたりで両手をグーにするオルフェを、フリードは一瞥もしない。
「マンデル祭りよりも、寧ろ来月に控える『復活祭』の準備の方を急がなければな」
「今年からフリードが指揮するからね。でも、謝肉祭が無いだけまだ今年は楽で良かったねー」
「ああ、全くだ」
復活祭の四十六日前からが四旬節となり、信徒は肉を食べることと、祝宴を行うことを自粛する。
その期間に入る前に、街を上げてお祭り騒ぎをし、屋台で肉を食べる行事……つまり自粛前のはっちゃけ期間が謝肉祭だ。
フェロニア王国は自由信仰である。
元は唯一神ハイリヒキルキトを信仰する『ゼーゲン教』が国教だったのだが、現国王が十年掛けて改革した。
それを期に、この四旬節や謝肉祭も二年に一度の行事となった。
「凄まじい大騒ぎだからね、謝肉祭は。正直毎年やられて迷惑だった人もいるでしょ」
「フェロニア国民は普段勤勉な分ハメを外すときは色々と振り切るからな……」
爆竹で家が燃えかけたのは何年前だっただろうか。二人は遠い目をした。
「マンデル祭りの日程は昨年とほぼ同じ……。司祭も代替わりしてないし、まあ大丈夫だよね」
「ああ。マンデルの花もちょうど満開になったようだ。街では既に装飾がされている」
「あれ可愛いよねー」
ナッツを使ったパンや、マンデルの形の砂糖菓子の乗ったケーキなども人気である。ちなみにこの行事もかなり城下は盛り上がる。真面目だがお祭り好きな国民性なのだ。
「あとは晴れれば完璧だね」
「ああ……」
パレードは雨天の場合中止だ。
王族が馬と馬車で街を歩くパレードがこの祭りの最も盛り上がる部分と言っていい。
「……ただ」
フリードは硬い表情で口を開いた。
「ここが、最も危険な部分だ」
パレードは民衆との距離がかなり近い。
勿論護衛の騎士は配備しているが、王族を狙った攻撃に一般市民が巻き込まれる恐れがあるのだ。
過去に、パレードの途中で刺客がフリードを狙ったことがあった。
どよめきとともに人混みが波紋を描くように崩れ、下敷きにされた者の悲鳴が響いたのを覚えている。
幸い軽傷者が数人出ただけで済んだが、一時はパレードの廃止も議論された。
「あー! 覚えてる覚えてる! 僕とフリードが十九くらいの時だっけ」
オルフェはぽんと手を叩く。
「運良かったよねー、あれ」
「ああ。大惨事も有り得たからな」
偶然腕の立つ旅行者が民衆の中におり、刺客たちを薙ぎ払ったのだ。
瞬きをする間に男三人が倒れてたとか、あれは人間じゃなくて今の王族を守護する精霊だとか、色々な噂が流れた。
刺客は五名で、倒したのは二人組だったらしい。
フードを深く被っていたせいで顔が見えなかったのと、騒ぎのどさくさに紛れいつの間にか姿を消していたことで、民衆の間で軽く神格化されている。
「『マンデル祭りの守り神』だったっけ?この名前微妙じゃない? なんかマンデル大好きな神様みたいじゃん」
「……それは知らんが。あの年からは警備が強化されている。今年も問題なく終わるだろう」
「そっか」
軽口には付き合わず、あくまで事務的な返しをするフリード。オルフェは慣れたもので気にしていない。
「あ、そうそう。フリード、珍しい紅茶が今貴族たちの間で流行ってるらしいよ」
「珍しい紅茶?」
オルフェは大商会の息子なので流行には敏い。
商会で手に入れた情報をフリードに渡すこともまた彼の仕事の一つなのだ。
この紅茶は完全に彼の興味だが。
「うん。独特な味で美味しいって。たしか献上品の中に入ってた気がするなあ。ね、明日試してみようよ」
献上品は全てどこからのものか含めリストに記されているのだが、それは小さいからかリストから漏れていたので覚えている。
どこから来たのか分からない物を王族に勧めるなとフリードは嫌そうな顔をしたが、こういうことは初めてではないため、他の者に先に飲ませろということで納得した。
「……職務を疎かにはするなよ」
「はーい分かってます。それに、献上品だって王宮に入れるとき検閲厳しいんだから大丈夫だよー。いやー楽しみ!」
じろりと睨まれつつも、一人で盛り上がっているオルフェ。
何ということは無い会話だった。
────しかしこの紅茶こそが、マンデル祭りの直前に起こった“ある騒動”の中心となるものだったのだ。




