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復讐譚には折れた剣を  作者: 中ノ森
―第2章― 初任務
13/55

13話 境界線には、触れることなく



 その日はからりとした快晴だった。


 春が訪れるのはまだ少し先で風は冷たいが、過ごしやすいと言えるだろう。


 「……これが最終確認だ。皆、配置と今日の日程は頭に入っているな?」


 ディルクが第三騎士団の面々を見回して言う。

 護衛に参加する騎士は四十五名。

 二十名は王族の警護に残り、残り五名は通訳の仕事を手伝うことになっている。


 フィアナは勿論、護衛に参加する四十五名の一人だ。


 「それでは、これより歓迎の整列に向かう。全員、衣服に乱れはないな」


 皆が頷くのを見、ディルクは軽く顎を引き、マントを翻した。


 「行くぞ」


 その言葉と共に扉が観音開きに開けられる。眩しい光が飛び込んで来た。

 フィアナはぐっと唇を引き結び、毅然とした面持ちで皆に続いた。





◇◆◇◆



 所定の位置は王宮の中庭だ。


 新人であることを考慮してか、共にいるのは第三騎士団でも古株の騎士たち。

 有事の際は彼らに指示を仰ぐことになる。


 フィアナは武器の位置を確認し、皆に倣って前を向いた。

 周囲に目を配っていると、王宮内を循環している第一騎士団の警備の者たちの視線がちらちらと向けられているのが分かる。


 (珍しいのか)


 女がいることも。フィアナの持つ色彩も。

 どこに行っても悪目立ちしていたので、今更思うことはないが、気が散る。


 「……新人」


 すると、第三騎士団の一人が声をかけてきた。

 頬に傷のある古株の騎士の名は、確かアヒム。

 長年在籍している男で、ディルクの次に皆から頼りにされている。


 「緊張しているか」

 「ええ、少し」


 フィアナは正直に答えた。

 どういうわけか夫人のすぐそばに配置されてしまったのだから仕方がない。

 因みに、それが夫人本人の希望ということは、フィアナには知らされていない。


 (なんなんだこれは。新人いびりの一環?)


 表情を固くするフィアナに、アヒムはふっと口元を緩めた。


 「お前も緊張するんだな。落ち着いているように見える」

 「分かりづらいとは、よく言われますが……」


 人並みに喜怒哀楽は持っている。


 ただ、無意識に押さえ込む癖がついただけだ。

 押さえ込まれ続けた感情は、自分から身をひそめるようになった。


 「緊張しない特殊な人種がいることは知っていますが、残念ながら私は凡人なので」


 師匠や、恐らくあの語学教師がそうだろう。あとは国王か。

 我が道を行く彼らのなかに、そのような感覚はないのかもしれない。全く憧れないが。全く憧れないが。


 「女で第三騎士団に入って凡人はないだろう。そこから先はこれからの努力次第だけどな」


 何が言いたいのだろう。フィアナは首をかしげる。

 アヒムは苦笑して言った。


 「実は、俺は第三騎士団長になりかけたことがあるんだ」

 「……!」


 第三騎士団長に仮就任して、辞めた人たち。

 ディルクは具体的に誰とは言わなかったが、アヒムがその一人だったとは。

 驚くと同時に納得する。


 確かに適任だとフィアナから見ても思えた。

 剣や語学の能力は申し分ないし、周りによく気がつく人だ。


 「……もう聞いたかもしれんが、俺はフリードリヒ殿下の護衛中、暗殺者を殿下の元に向かわせてしまった」


 寝込みを襲われたわけでは無い。

 夕方、謁見の間から執務室へ向かう途中のことだった。


 「正直、賊が城に忍びこむなんて予想もしていなかった。俺はやつを止めることができなかった」


 いつの間にか現れた黒装束の男。振り下ろした剣は容易く躱され、男が短剣を取り出した。

 体勢を立て直すより、男が短剣を突き刺すほうが早い。

 己の体に刃が突き立てられるのを覚悟した。もしそうなれば相手の手を掴み、離さないと心に決める。


 しかし、男はそのまま地面を蹴って。

 自分の脇をすり抜けた刃が、フリードの眼前に迫るのを見て、血の気が引いた。


 「だが、人が集まり出す前にそいつは逃げ出した。せっかく難攻不落の城に忍び込んで、フリードリヒ殿下にまで接触して、あっさり退いていった」


 幸いだったが、奇妙な事件だった。


 「俺は、それが原因で第三騎士団長を降りたんだが……多分、それがなくともやめていたと思う」

 「……何故ですか?」


 フィアナの問いに、アヒムは思い出すかのように目を細める。

 自分が第三騎士団長に仮就任したのは七年前のことだ。

 フリードはまだ十四歳だったか。


 「第三騎士団長に必要なのは主との信頼関係って、言われなかったか?」

 「ディルクさんがそう仰っていました」

 「そうか。それは正しいが……違う」


 カシャン、とアヒムの剣が鳴った。


 「特に今はな。陛下は国民からの人気は高いが、諸侯からはこれでもかと恨みを買ってる。貴族のものだったこの国を、再び王族のものにしたからな」


 殿上人の世界では、恨みは容易く殺意に変わる。

 それでなくとも王族は絶えず命を狙われるものだ。王に差し向けられる刺客の数は夥しい。


 そしてそれは、王の後継者たるフリードも同じこと。

 若くから頭角を現し経験も積んできた王子を見れば『王家は安泰だ』と誰もが考える。

 そして敵は『フリードさえいなければ』とも。


 当人の才能、残るは王女しかいない状況……。

 王家は大打撃となる。


 「俺のときは、何処に行っても城を出れば何かしら騒ぎがあった。毒を盛られるのは日常茶飯事。ほかの国の使者に金を握らされそうになるのもしょっちゅうだったし、女を送られたこともある。……家族を盾に取られたこともな」


 アヒムの家族は無事だったが、次の代の第三騎士団長、アヒムの後輩騎士は家族を惨殺され、自害した。

 アヒムはその騎士と共に亡骸発見していた。



 床に転がる小さな手。

 それが名残惜しく父親へ向けて振られているのを、つい先日見たばかりだった。


 見開かれた目と、恐怖に歪んだ顔。

 それが穏やかに夫に向けられていたのを、つい先日目にしていた。


 人だと判別はつくが、人の形ではなくなってしまっているモノが、床にまき散らされていた。


 吐き気をもよおすような惨状で、口元を覆ったアヒムの隣。

 絶望を突きつけられたひとりの男の慟哭が響いた。



 「……それでも第三騎士団長はフリードリヒ殿下を守らなくてはならない。本当は信頼関係、なんて軽いものでは足りないんだ」


 その必要なものを、アヒムはフリードに対して持つことが出来なかった。


 「殿下は……持たせてくださるつもりも無いんだろう」


 他者と自分。明確な線引きをする方だった。

 フリードはきっと、一度たりともアヒムを心から信頼はしなかった。そしてそのことを隠そうともしなかった。


 「俺は、フリードリヒ殿下に全てを懸けることはできない。それを悟ったから辞めたんだ。暗殺者の件は、口実だよ」


 語り終え、アヒムは泣き笑いのような顔をする。


 「突然こんな話をしてしまってすまないな。ただ、お前も第三騎士団長に望まれているようだから、知っておいたほうがいいような気がしたんだ。……じゃあ、邪魔をしたな」


 元の位置へ戻っていくアヒムを見送り、フィアナは再び前を向く。もう第一騎士団員の視線は感じない。けれど。


 (……さっきより、気が散る)


 周囲を警戒しているはずの耳に、アヒムの言葉が繰り返し流れる。


 『殿下は……持たせてくださるつもりも無いんだろう』


 フリードは第三騎士団長となるフィアナを受け入れてはいない。

 それは、何に対する拒絶だろうか。


 (だが、ご自分の立場も分かっておられるはず)


 自分は絶対に死んではならないのだと知っている。

 自分の為に、誰かが犠牲となっても。


 ならばフリードの拒絶は、何を望んでのことなのだろう。


 明確に引かれた線の向こう側。

 独りで立っている王子は、誰かがその線を越えることを望むだろうか。


 (ああ……)


 この話をされた意味を理解し、フィアナは自嘲的な笑みを浮かべた。

 アヒムには悪いが、その“誰か”にフィアナは決して、なり得ない。



 アヒムがフリードの引いた線の前で引き返したのなら、フィアナはその線に背を向け、ただ一点に刃を向けているのだ。






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