私がお姉様を好きなワケ
言の葉さんからいただきましたリクエスト小説です。
※シリアス
※主人公がジーナに転生する前、姉妹たちの幼少期の話です。
※ジェシーの言葉遣いが大人っぽいのは、それだけジェシーが大人びているということで許してください(^-^;
窓から暖かな日の光が差し込んでいる。外では小鳥たちが元気に飛び回り、そよ風が花々を揺らす。
それらに誘われるようにしてベッドから降り、窓の方へ近付こうとした。
ところが、二歩歩いただけで私の体はその場に崩れ落ちた。目眩がして、あまりの気持ち悪さに先程食べた少量の食事を床に吐き出してしまう。
私は、生まれつき身体が弱いです。
運動をすると直ぐに過呼吸になる。食事を食べても戻してしまう。少し立ち上がっただけでも激しい目眩に襲われる。頻繁に高熱を出す。
食事を多く取れないから体は痩せ細り、動き回れないから筋力もない。
ベッドの上から、外を元気に走り回るジュリアお姉様を見るたびに思いました。
どうして姉妹なのに、こうも違うのでしょう?
ぼーっと吐き出したものを眺めていると、静かな音を立てて扉が開いた。
現れた人物は、私を見て少し目を見開くと、こちらへ駆け寄ってきた。
「ジェシー、立てる?」
ジーナお姉様は声をかけながら、私の脇に手を回して私をベッドの上に戻す。
「……お姉様」
「何?」
「どう、して……ここへ?」
ここは私の部屋です。お姉様が偶然間違えて入ってきてしまった、というわけもないでしょう。
首を傾げて尋ねる私に、お姉様は淡々と嘔吐物を処理しながら、無表情のまま言った。
「カージアン王妃シリーズの三巻を借りようと思ってただけ」
お姉様が言うカージアン王妃シリーズとは、今 巷で徐々に人気が出つつある小説の事。
優しくて明るい王妃、カージアンが王宮を飛び出し、困っている民衆を身分を偽りながら助けていくというストーリー。
私はこのお話がすごく好きで、部屋には全巻揃っているし、お気に入りの巻なんかは、暗記するほど読み込みました。
私のしゃべり方はカージアン王妃に影響されたものです。家族と一緒にいるよりもカージアン王妃を読んでいる時間の方が長かったので。
私も元気になったら、カージアン王妃のように、人びとを笑顔に出来る優しい人になりたいんです。
処理を終え、私の枕元からカージアン王妃の三巻を取ったお姉様はそのまま私のベッドに腰かけて本を開いた。
何を話すわけでもなく、ただベッドに腰かけて本を読むだけ。私はそれをみつめるだけ。
それでも、お姉様が読書をする間だけ、一人じゃないことが私には嬉しかったんです。
そんなある日のこと。
カージアン王妃を九巻まで読んだお姉様は、今日は当然十巻を借りにくるはず。十巻は私が一番好きな巻なんです。
王妃にパンを分けて貰った平民の女の子が、「私は王妃様のようになれますか?」と尋ねる。
するとカージアン王妃はこう答えるのです。
『諦めなければ、誰にだって等しく可能性はあるのですよ』と。
ベッドの上にその場面のページを広げ、うっとりとみつめる。
私も……諦めなければ元気になれますよね?
コンコンというノックの音が聞こえ、私は顔を上げた。てっきりお姉様だと思ったのに、そこへ立っていたのはお母様だった。
「ジェシー、病院に行くよ」
「………え」
「一度ちゃんと診てもらったほうがいい。ほら、早く準備して」
そう言うや否や、お母様は私を横抱きにして町の病院へ連れていった。
白い壁、消毒液の匂い。
白髪まじりのお医者様に、面と向かってこう言われました。
「病気自体は大したものじゃないが、ご飯を食べないのも、運動しないのもいけないね。このままじゃ、そう長くもたないよ」
初めてはっきり言われたこの言葉が、家に帰ってからもなかなか頭を離れてくれなくて、私は部屋に閉じ籠った。
「うっ……うぅ」
どうして?何故ですか?どうして私ばかりこんな辛い目に会わなければならないんですか。
ご飯を食べたくなくて食べない訳じゃないのに。怠けて運動しない訳じゃないのに。
ふと視線を上げると、ベッドの上には開きっぱなしのカージアン王妃十巻があった。
大好きだった、あのセリフ
『諦めなければ、誰にだって等しく可能性はあるのですよ』
それを見た瞬間、私は感情任せにそのページを破り捨てた。
何がっ!何が"等しく可能性はある"ですか!
「私には初めから可能性なんてありませんでしたっ!!」
元気になれる可能性も、カージアン王妃のようになれる可能性も、1%たりともありはしなかったんです。
溢れ出る涙は止まる気配がなくて、私はベッドに突っ伏して泣いた。
そうしていると、控えめなノックが聞こえ、扉が開いた。
「ジェシー、十巻を借りに来たのだけれど」
それは、普段なら心踊るジーナお姉様の声。でも今はそんな気分じゃありません。
「帰ってください、今は一人になりたいんです」
「ジェシー……」
「私は、このままじゃそう長くもたないそうです。……滑稽ですよね?無駄な夢ばかり描いて」
「"このままじゃ"長くもたないんでしょ?ならこれから変わればいい。ジェシーが諦めたらダメだよ」
……諦める?違う、私は希望を捨てずに頑張りました。その結果がこれです。私の気持ちの問題じゃない、これは私に定められた運命なんです。
お姉様もカージアン王妃も、他人事だと思って勝手なことばかり。
「健康なお姉様にっ、私の何がわかるって言うんですかっ!?」
私は十巻と破ったページをお姉様の足元に投げつけた。
普段温厚な私の行動に驚いたのか、お姉様の綺麗なアメジスト色の瞳が僅かに見開かれた。
私は呼吸を整えてから静かに、もう一度言った。
「帰ってください」
お姉様を直視することが出来なくて顔を背ける。
「……わかった」
お姉様が屈む気配がする。きっと本を拾い上げているんだろう。
すんなりと受け入れてくれたお姉様にホッと息をつく。これがジュリアお姉様ならもう少し渋ると思います。
部屋を出て扉を閉める直前お姉様は言った。
「明日小学校で運動会がある。私、マラソンで一位を取るから」
小学校……そういえばお姉様たちは学校へ通っているんでした。本来なら私も来年から通えるのですが、きっと無理でしょうね。マラソンで一位を取るなんて、夢のまた夢です。
そんな私に向かって優勝宣言、嫌味としか思えません。
私が無言を貫いていると、やがてお姉様は完全に扉を閉めて遠ざかっていった。
どうしてお姉様は、最後にわざわざあんなことを言ったのでしょう。まさか本当に嫌味だったんでしょうか?
その夜、いつもより家の中が騒がしかった。何事だろうと思っても、私にはベッドから降りて状況を確認するだけの体力がない。
暫く、落ち着かない気持ちで扉を眺めていると、おもむろにドアが開いた。
「ジェシー」
その隙間からひょこりと顔を覗かせたのはジーナお姉様だった。昼間の件があってなお平然と訪問してくる様子に複雑な心境になりましたが、ジーナお姉様の足を見た瞬間、そんな感情はぶっ飛びました。
「お姉様、その足は!?」
お姉様の足には、ぐるぐると白い包帯が巻かれていた。痛むのか、お姉様は足を引き摺りながら移動している。
「ちょっとね……骨折はしてないけど、強く捻っちゃったみたいで」
包帯の上からでも足首の部分がひどく腫れ上がっているのがわかる。あれじゃ歩くのも辛いはず。
それなのに、お姉様の顔はどこか晴れやかだった。それどころか、私を真っ直ぐに見据えて言った。
「私、マラソンで一位を取るから」
それは、昼と全く同じ言葉。でも持っている意味はまるで違った。
無茶です。絶対無理です。そんな歩くこともままならないような足でマラソンだなんて。
前にお母様が言ってました、ジーナお姉様は明日のために、ずっと前から練習をしていたのでしょう?なのにこんな怪我をして、辛いはずです、悲しいはずです、悔しいはずです。
それなのに……どうしてそんなに凛と前を向いてられるのですか。
「明日の運動会はジェシーにも見に来て欲しい、それだけ言いに来たから。おやすみ」
次の日、お母様に抱っこして連れていってもらったお姉様たちの運動会。元々運動神経のいいジュリアお姉様は大活躍。
それに比べてジーナお姉様の記録はひどかった。
マラソンなんて言うまでもありません。
スタートからかなり遅れ、足を引き摺りながらやっとの思いで進むお姉様に、先生方は何度もリタイアするように言いました。でもお姉様は頑なに首を横に振った。
もう他の選手たちがゴールしきってもお姉様はやっと半分を終えたくらい。
見てられなくなって目を背けようとしたら、お母様に阻止されました。
「ジェシー、ジーナがどうしてあそこまで頑張るかわかる?」
「……え?」
その問いかけに思わず顔をあげると、優しげな笑みを浮かべる美しい顔があった。
ジーナお姉様と同じ黒髪を軽く払ったお母様は、「見てご覧」とグラウンドを指差した。
その先には、相変わらず苦しそうにしながら歩を進めるお姉様の姿がある。
ところが、さっきとは違うところがあった。
「頑張れ!」
「リリークさんもう少し!」
「嬢ちゃん、ファイトだー!!」
いつの間にか、会場全体が、無茶な挑戦をするお姉様を応援していた。リタイアさせようとしていた先生方まで、メガホンを使って叫んでいる。
「ジェシー、片時も目を離すんじゃないよ」
言われなくても、視線が吸い込まれるように、お姉様にしか行かない。
あと数メートル。気づけば私も固く拳を握り締め、「お姉様…頑張って」と呟いていた。
そしてお姉様がゴールした瞬間、会場は盛大な拍手に包まれた。先生や友達が、わっとお姉様を囲む。
痛かっただろうに、苦しかっただろうに、当のお姉様はとてもいい笑顔で笑っていた。
「あれが、貴方の姉さんよ。カッコいいでしょう?」
私はお母様のその言葉に、涙を流しながら何度も頷いた。
「は、い……自慢の、お姉様、です」
その後の休憩時間にこちらにやってきたお姉様は、私を見るなり「ごめん!」と頭を下げた。
慌てて頭を上げさせると、お姉様は恥ずかしそうに苦笑した。
「一位になれなかった」
私はそれに首を横に振る。
「充分でした。すごくかっこよかったですよ」
「……本当に?」
「ええ!」
「じゃあ、私はジェシーを元気付けられた?」
「……え?」
思わず首を捻ると、お姉様は体操着の下から一冊の本を取りだし、私に渡した。
それは、カージアン王妃の十巻だった。
「これ……」
「確かに、何の不自由もない私が何を言ってもお門違いだと思ったから……」
「まさか、私のために怪我をしたのですか!?」
驚いて声を上げると、お姉様は顔を赤くしてそっぽを向いた。
「いやぁ……本当はね、タイヤを腰に巻き付けて走ろうと思ったんだ。そのハンデで優勝できたらジェシーを元気付けられるかなって。それでタイヤを探しに不法投棄のゴミの山を掻き分けてたら、落っこちちゃって……」
「本当、バカよね」とお母様は呆れたようにため息をつき、ジュリアお姉様は「ハラハラさせるよね」と苦笑した。
……私の、ために?
「ねぇ、ジェシー。カージアンの言ってることは綺麗事かもしれない、けどね」
お姉様がページをめくる。そして開いたページは、私が破り捨てたあのページだった。テープでぎこちなく修復されたそれに、涙で視界が歪むのがわかる。
「信じていれば、本当にそうなると思うんだよ」
ボタボタと落ちる涙が本にシミを作る。
「諦めて欲しくない。私は、ジェシーならカージアンみたいになれるって思うから」
私は手で顔を覆いながら、頷くことしか出来なかった。
それから私は頑張りました。吐いたってご飯を欠かさずに食べたし、目眩がしても無理にでも身体を動かしました。
その甲斐あってか、生きることさえ危ぶまれていた私の体調は徐々に回復に向かっていきました。
無理だと諦めていた学校に行くことも出来たんです!ほとんど保健室登校でしたけどね。
初めて町に出掛ける時、不安は色々あったけれど、町の方々も優しく迎えてくれました。今じゃ町に行く度、たくさんの方が声をかけてくださいます。
そういえば、お姉様が黒いマントを羽織るようになったのは、私が町に出掛けるようになって何日か経ってからでしたね。
私は黒マントのお姉様も大好きですけど!
かっこよくて、優しく、美しい ジーナお姉様。
お姉様は私に、カージアン王妃になれると言ってくださいましたけど……。
「お姉様!大好きですっ!!」
私は学校から帰ってきたお姉様の背中に、不意打ちで抱き付いた。
私の中で、もう何年も前からお姉様がカージアン王妃なのですよ。