if話~もしもラスのヘリに乗っていたら~
「それじゃ、お願いします」
「かしこまりました」
ラスくんの一言で浮かび上がる鉄の塊。
隣に座る、どこか楽しげな笑顔の爽やか王子様に、早くもヘリコプターに乗ってしまったことを後悔した。
少しだけ前に遡る。
ジュリアと副騎士団長のイベント(といっても、このヘリのせいで潰れてしまったのだけど)に遭遇し、棘の迷宮から出てきた私は とても具合が悪かった。
吐き気がし、目が回り、足がもつれる。私はちゃんと家に帰れるのかな?途中で倒れたりしないだろうか?そんなことを考えながら、重い足を引き摺って歩いていた時
「みつけた。だから送るって言ったのに」
なんともナイスなタイミングで現れるものだから、関わってはいけないとわかっていながらも、 大丈夫? と伸ばされた、白くて私のより一回り大きい手を取ってしまった。
そして私は今ヘリの後部座席に、アナブル家の跡取り息子と並んで座っている。
「どこに送ればいいかな。自宅?病院?あ、僕の家ならふわふわなベッドとアナブル家専属の医師もいるけど……」
「家でよろしくお願いします。もちろん私の」
釣れないなぁ~とクスクス笑いながらも、運転手さんにしっかりと指示を出すラスくん。ヘリはゆっくり旋回し、私の家の方向に飛んでいく。
一つ言いたいことがあるとすれば、何で私の家の方向知ってるんですか運転手さん。
「……………」
「……………」
ヘリに乗ること約5分。あれから全く会話がない。
私は特に気にしてないけど(だって学校でも会話する人いないし)ただ、さっきからラスくんが気まずそうだ。
チラチラこっちを見てきたり、俯いたり、何かを言おうとして止めたり。そんな人が隣に居るから、こっちまで落ち着かなくなってくる。
「あの、さ…リリークさんは好きなものとかあるの?」
やっと話しかけてきたと思ったら、なんだその初対面の挨拶みたいな質問。
まぁでも勇気を出して話しかけてくれたんだし………好きなものか。
「乙………特にないです」
「そ、そっかぁ~」
危ない、乙女ゲームって言うところだった。
それにしても、乙女ゲーム以外に好きなものが思い浮かばない私って……なんか虚しくなってきた。
「じゃあ休日は何してるの?」
「勉強ですかね」
「……そっかぁ~、偉いね」
「ありがとうございます」
「……うん」
「………………」
「………………」
ダメだ、思っていたよりも会話が続かない。するとラスくんが悲しげな顔で
「もしかしてリリークさん、会話続けるつもりない?」
と言ってきたけれど、続け難い話題を振ってきたり、相槌に そっかぁ~ しか言わないラスくんもラスくんだと思うんだ。
これは予測に過ぎないけど、恐らく いつも回りに気を使われる側のラスくんは、自ら話題を振るなんてことがあまり無かったんじゃないだろうか。
不慣れなら仕方ない。ここは私が助け船を出してあげよう。
「アナブル様、暇ならゲームでもしませんか?」
「ゲーム?」
遠足の時の退屈なバスの時間や様々な待ち時間を潰すためのお手軽なゲームなら、日本人の記憶を持ってる私のほうが詳しいだろう。その中で初心者でもわかりやすいゲームは……
「しりとり とか如何ですか? 」
それから簡単にしりとりの説明をして、さっそく勝負を開始した。飲み込みの早いラスくんはすぐに覚えてくれたんだけど
「し、シロップ」
「プランタジネット朝」
「……え?今なんて言っ」
「"う"だよ、リリークさん」
「あ、はい………うー、後ろ」
「ろ かぁ。ろ、ろ……ロマネ・コ○ティ」
なんというか、言葉のチョイスが違う。時々わからない単語が飛び出してくる。
しりとりはダメだ、貴族との差を感じる。他にいいゲームはなんかあったっけ?
「……あ、今度は古今東西ゲームにしましょう」
「ここんとうざい?」
「はい」
これならばお題を 高いもの とかにしない限り、格差を感じることもないはず。これの説明もざっとして、ラスくんが理解してくれたところでゲーム開始。
さて、お題は何にしようかな。
「ねぇリリークさん、お題は僕が決めていいかな?」
私がお題を決めかねていると、ラスくんがそんなことを言ってきた。
「え、別にいいですけど……どうして?」
「さっきのしりとりは負けてしまったから、今度は僕が勝てるものにしようかと思って」
ちなみに、しりとりはラスくんが"騎士団"で終わらせました。
というか、このゲームに慣れている(友達とやったことはないけれど)私に勝つなんて、どんなお題でも無理だと思う。だから私は余裕ぶってお題を決める権利をラスくんに譲った。
「それじゃあお題は……"古今東西 相手の良いところ"」
パンパン(←手拍子)
「えっと、優しい?」
パンパン
「面白い」
パンパン
「さ、爽やか?」
パンパン
「可愛い」
パンパン
「……………カッコいい?」
パンパン
「髪がサラサラ」
パンパン
「え、えっ………あ、人気者!?」
パンパン
「字が綺麗」
パンパン
「う……えっと、あ、ちょっと待っ」
焦る私を、可笑しそうに笑ったラスくんは
「ダーメ。時間切れ、君の負けだよ?」
素晴らしく爽やかにムカつくことを言ってきた。
このお題は私には向いてない。ゲームをコンプリートして彼を知りすぎているあまり、初デートの時の完璧なエスコート とか、庶民であるヒロインとの結婚をすんなり受け入れてくれた素敵なご両親 とか、言ってはいけないことばかりが浮かんでくる
というかこのゲーム、こんなに恥ずかしいものだっけ?なんで私の字なんか知ってるんだ。
「アナブル様もう一回…」
「すみませんラス様」
初心者に負けたことが悔しくて、もう一回勝負を申し込もうとしたところで運転手さんがこちらを振り向いた。
「熱中されているところ申し訳ないのですが、到着致しました」
その言葉に慌てて窓の外を見ると、そこはよく見慣れた庭だった。いつの間にか着いていたらしい。
私は先に降りたラスくんに手を引かれながら外に出る。
「あの、アナブル様」
「うん?」
「その……ありがとう、ございました」
最初はとても嫌なヘリコプターだったけれど、正直言うと助かったし、それに…初めて相手がいるゲームが出来て、少しだけ楽しかった。
私がそう言うとラスくんは一瞬 瞠目し、次には柔らかな笑顔を浮かべた。
「…どう致しまして」
私はラスくんの手を離し、家に向かって歩いていく。
「あ、リリークさん!!」
呼び止める声に振り向くと
「また勝負しようね」
ラスくんが喧嘩を売ってきた。
残念ながらその喧嘩を買うことはないけれど。
これ以上攻略対象と関わるのは危険だ。
私は返事代わりにペコリとお辞儀をして家の中に入った。
………あれ?そもそも何で私はヘリに乗せられたんだっけ?
あ、そうだ。熱があって…………え?私、熱は!?
急いで棚の引き出しにあった体温計を取りだし、わきに挟む。
帰ってきたジュリアとジェシーがその体温計が示す数値を見て絶叫するのは言うまでもない。
作中に実在するワインの名前とか国家?の名前が出てきますが、気にしないでください。気にしたら負けです(笑
この後ラスにゲームブームが訪れ、騎士団の皆がしりとりや古今東西ゲームに付き合わされたなんてことがあったりなかったり……。