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3.怒れる狼と、疲れ果てた狂い人

ギリィ…、とその男が噛みしめた犬歯は薄い皮の組織である唇をブチィ! と音を立てて破った。その犬歯は伸びきって、とても人間のそれとは思えない。険しい顔は本性の獣を露骨に表していた。セイルはそのオリーブの瞳を静かに向けてその主-ヴィネを映しだした。

中年の美しい男、しかし本性は狼のその男は険しい顔を変えぬまま血に濡れた唇を、シャツに入れていたポケットから取り出した白いハンカチーフで拭い取る。


「…アルヴィン…あの悪魔め、性懲りもなく現れよって。海外で派手にやらかしているとは聞いていたから当分こちらには来ないと思っていたが…」

「俺は疎いのですが、主。彼は―そして彼の率いる『セブンシンズ』とは一体何なのですか」


差し障りのない様に会話に質問を差し込んでみたが無意味だったようだ。途端ブワッ、と尋常ならない殺気がこぼれ出す。これに耐えられるのもやっとだ。セイルは苦痛に眼を細めてそれを堪えた。そのまま腰を折って視線を外す。


「申し訳ありません主、おこがましい真似を。ですが知っておきたかったもので…」

「その志にルナを護る、という意思が入っているのならば教えてやる」


そう言って主は店のカウンタ―テーブルから立ちあがると、ゆっくりとこちらを見据えた。そのエバーグリーンの瞳が煌々と輝きを放つ。


「無論、その命を賭して、だ、セイル。分かるな?」


その言葉を受け、セイルは膝を折り、静かにその頭を床に向かって垂れた。


「勿論です主。わが命のある限り、その使命はわが魂にありますれば」


静かに、静かにセイルは言葉を選んで彼に放つと、彼は満足したようにゆっくりと頷いた。


「…セブンシンズはテロリスト集団だ。自分達は「断罪者」と名乗っているがね。

世紀が変わる前から存在し、幹部は七人からなる大組織。しかし警察は依然としてその姿を掴むどころか捕まえる事すらしない。何故か分かるか? 」


コツ、と彼の革靴が地面を叩き、音のない室内に反響する。セイルはきょとん、としていいえ、と素直な返答を返した。そうだろうな。それを聞いたヴィネは、ため息の様な声でそう言った。


「…素直に考えるがいい、セイル。警察の内部に内通者がいると考えれば、捕まえる気すら起こらないだろう? 」

「!…なんと…」


く、く、く、と低くこもった笑い声を漏らしながら、自嘲の笑みでヴィネは笑って返す。


「…そうだろうな。ああ、そうだろう。誰だって正義の味方がよもや悪と繋がっているとは思わぬ。だから私はあそこが嫌いだ。だが、同時に理解できる事もある。悪魔が存在する事が出来るのは神がその存在を許したからであるのと同じように、この世界の正義も悪を許したのだと。その存在は許されたのだと。…私の歪んだ憶測だがね」

「…誰も気がつかないからとも言えるのではないでしょうか」

「そうだな。あそこの連中は誰も気が付いていない。だから許している、見逃している、見えないように視線を逸らしている。それでも現実に変わりは無いよ。正義は悪を許した。それだけだ。それ故にルナは貸しだされた、と私は思っている」


その瞬間にまたヴィネの表情が醜く歪む。余程嫌なのだろうか。セイルはふとそう思ったが、主の事に口を出すつもりは毛頭無かった。


「アルヴィンにとってルナは取り戻したい存在に他ならない。あの畜生、ルナを忘れた訳では無かったか、そうだな、諦める訳が無い。…しかししばらくは様子見だ。しばらくはその力使わせて貰うぞ、フォリ」


そう言って彼が次にその視線を向けたのは奥の方の闇の中だ。やがてその中からフラフラとしながらやってきたのは片目を眼帯で覆った青年だった。以前は眩しかったその金髪は、今や色素が抜け落ちてくすんだ銀色になっている。やや青ざめた顔のフォリはまるで幽鬼のような表情でギロリ、とこちらを睨みあげた。


「…全く。しばらく潜ってやっとの事で相棒を連れ帰ってみたら今度はお姫様が連れ去られるなんてね。可笑しくて反吐が出そうだ。まあ声を聞いた限りでは元気そうだけども、あれは空元気だね。他の事に意識を向けて忘れたいって感じだ…当然だろうがトロア。アイツはルナを一番残酷な形で殺したんだ。心をなぁ…」

「おやドゥ。自分では出て来れないと思っていたが」


意外だな、とヴィネが軽い口調で片眉を上げた。その反応に、先程まで濃い青の瞳をしていた青年はいつの間にか変わっていた明るいグレイの瞳をヴィネに向ける。


「へ、今そう簡単にくだばれねぇよ。そうだろおっさん? 俺達の女王様をそうそう奪われてたまるかってんだ。俺達は狗だ。それも極上の餌を貰って育てあげられた月の女神の狗だぜ」

「お前の言い分はどうでもいいが、忠誠心だけはある事は分かった。もうトロアを出せ、お前では惚気しか言わんから話が進まん」

「この爺! ………はいはいドゥ、もう少し黙っててくれるかい。…それで、ルナはどうする気なのかな」


喋りつかれたのか、トロアは座らせて貰うよ、と言って傍のカウンターテーブルの椅子に足を組んで座った。ヴィネはギロ、とトロアを睨みあげた。


「………あそこは異質でな。最も今の所彼女は『貸し出された』だけだ。無闇に手を出せる状態ではない。…アルヴィンはルナを殺す事はしない。だから今の処は様子を見るしかない。だからお前の…お前たちの力を借りるんだ」

「……警察の能力者に対する扱いなんてそんなもんだったね…いいよ、だけどその間僕達はここに足繁く通う様になるけれど」

「結構。話は通しておく。…お前もお前の片割れも素行だけは良くしておけ。我ら狼莫迦は殺したい主義だ」

「…ああはいはい、分かってるよ。じゃあもう帰るけど、良いかな。実を言うとさっきルナと会話させただけで結構使っちゃってね。あながち異質だなって言うのも分かる気がするよ」


よいしょ、と立ち上がって、トロアは見えない方の眼に掌を当てて苦笑する。そんな彼にヴィネはそうか、とにべもなく言い放っただけだった。そのままじゃあね、と手を振ると、シルバーの髪をたなびかせながらトロアはゆっくりと扉を押し開けて笑い、重厚な音を立てて扉が閉まった。




*身体の主導権を握ったのはトロア。ドゥは相変わらずこのまま。金髪は銀髪になりました。

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