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13.どんなに苦しくても、愛してる。

「現場に残された遺体の破片が見たい」


カインは現場から帰ってからまず先にアンナにそう伝えた。時間がかかるかもしれないと言われ、それなりに待つ事を覚悟していたのだが案外要望は早めに叶ったようだった。


「終わったら声かけてね」


何故か地下のひんやりとした一室に通され、アンナは静かに自動扉の向こうへと姿を消した。それを見届けてから部屋の中に視線を向ける。部屋の真ん中にある台には肉片の様なものが乗っているのが見える。近づくと案の定バラバラになっている遺体が視界入りこんだ。


「ある程度塩漬けだから、日持ちするんだろうか…」


罰当たりな事を思ってすぐさまそれを打ち消し、人間の様に深呼吸を2、3度繰り返して心を整えた。そしてそのまま手を指し伸ばして記憶の海を探り出していく…

…ザザザザザ……海の音…歌声…塩辛い…これは…海の匂いか…?…聞こえる…聞こえる…歌声…歌声……ブツ。

―ハッ。

ぼんやりとしていた意思が徐々に現実に戻ってきてはっきりとしてくると、先程感じ取った感覚たちを思い出していく。


「……海…歌声…匂い…海の匂い。歌声…か」


その場から離れ、その小さな一室に用意されていたチェアにどっかりと腰を降ろす。上を見上げれば煤けたコンクリートの天井が視界に入る。少しだけ休憩をして、カインは深くため息をついた。しかしこの地下の薄汚れた一室にバラバラの遺体と閉じ込められているなんて、普通の人間だったら気が狂うレベルだ。自分も何処か考えが鈍っている気がする。右腕を顔に乗せ、視界を遮った。

(遺体からは意思が全くと言っていい程読み取れなかった…俺の能力の違いと、さすがに遺体がバラバラという事もあるんだろうが、それにしても何かがおかしい…なにも読み取れないというのが逆におかしい)

しばらく思考を一巡二巡させて、カインは今何よりやれるべき事を最終的に導き出した。


「…遺体の身元を調べてみる必要がある…か」


腕を持ち上げて視界を直し、反動をつけてゆっくりと持ち上げる。室内光はこの小さな室内を煌々と照らし出している。そしてばらばらとなった遺体も。それは痛々しいというよりも何故かおぞましかった。以前はそんな事を思いもしなかっただろう。それは今までの幸せな、今よりも少しだけ幸せな時間に感化されてしまったせいなのかもしれない。


「……」


自分は女々しい。今もこうして、騙していたとはいえ、幸せな時間を思いだしては懐古している。しかし今、あの笑顔、困った顔も泣き顔もはっきりと思いだしたいのにもう薄れかけている。記憶の中に消えかけている。思いだしたいのに、思いだせない。それはきっとこの命を長く生きているせいだと思う。長く生きていると大事な事ですら無意識に忘れていくと言う事を、忘れていた事を今改めて思い出した。

出逢わなければ良かった。今分かった。愛おしいから騙した。嫌われたくないから騙した。

俺を変えた人。俺を作った人。俺を狂わせた人。帰らない。自分からその手を離した。自分から刃を握り、その身に突き立てて殺した。それなのに。

(―自分は今、呆れるほどに女々しい…)


「…っく…」


彼の思いがあまりにも激しくて、廊下で控えていたアンナは思わず両手で胸を抑えてしゃがみ込んだ。息を詰め、中に居る彼に聴かれぬ様に息を殺して呼吸を整えてからため息を逃す様に顔を天井に上げた。白い喉が闇の中にボウと扇情的に浮かび上がる。

彼は知っているのだろうか。血族を作った事はないと昔聞いた事があるから、恐らくは知らないのだろう。吸血鬼には本能的に備わっていると思っていたのに。

彼と―カインと再会してから、彼の感情がよくリンクする。彼に近づく、触れる―そう言った行為の瞬間勝手に配線を繋がれるみたいな感覚だから、慣れていない自分にとっては苦しい。それが―その愛情が自分に向けられた情ではないから、余計に苦しい。


「…くる…しい…」


切り裂かれる痛み。胸を潰される、苦しさ。その中にふと現れる甘い感覚。全てが―その全てが1人の人間に向けられている、なんて。そう思う度にじくり、じくりと滲みだす嫉妬(インヴィディア)。だからこそーだからこそ自分は今ここに居て、今こうして彼の傍に居る事が出来る。あまりにも皮肉で、どろりと甘く、残酷な現実。


「分かっている…」


そう、分かっている。どんなに苦しくても、残酷でも受け入れる。そう決めたのだ。こんな風にした彼が憎い。

あの子を思う彼が憎い。

でも―愛している。どうしようもないくらいに、愛している。それが己の最大の感情だった。


「は…分かってるわ…うるさいわよ…分かってるってば…」


グラリと傾く霞んだ視界、真っ暗な闇の中で蒼い瞳の美麗な悪魔の声が囁く。


―大罪たちー我らが大罪たちー


『成せ、己の罪を―それがたとえ地獄の深淵を見る事であっても……』




蒼い目=アルヴィン。

彼らにとって暴食のgulaは何をしでかすか分からない暴れ馬であり、恐れの対象であります。



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