奇跡
視界がはっきりしてくる。
俺達は見覚えのあるところまで来ていた。
ここは、サイドバードの郊外。
一瞬にしてラージェからサイドバードまで還ってこられるのだから、大魔導師アトラスの力を改めて思い知らされる。
俺の腕の中には永遠に目覚めることのないエスメラルダが眠っている。
俺が旅になど誘わなければ、エスメラルダは死ぬことが無かったかもしれない。
所詮、結果論だと頭では、分かっているのだがエスメラルダの顔を見ていると、気持ちの方を抑えることができない。
「いつまでも、考えていても仕方がないさ。とりあえず、エスメラルダを弔ってから、これからのことを考えよう。」
ラーズも悲しいことぐらい顔を見れば分かる。
それでも、俺のことを励まし、気を使ってくれる。
ティファニーは俺の側でまだ涙を流している。
いつまでも悲しんでいるわけにはいかない。
俺達は、サイドバードの教会に足を運んだ。
サイドバードの教会は城と同じくらい大きい。
街の外からでもよく見えるため迷うことはない。
俺達は教会の中に入っていく。
そこはやたらとだだっ広く、真正面には神像が奉られており、その前に一人の女性が祈りを捧げている。
「すいません。」
邪魔をしては悪いと思いつつ、俺は声をかける。
「はい、何かご用でしょうか?」
気を悪くした様子もなく、対応してくれる。
「その方がお亡くなりになったんですね。」
俺が何か言う前に、見ただけで気づいてくれる。
「そうなんだが、アイリーナを呼んで欲しいんだ。」
「あなた達が、アイリーナの言っていた人達ね。」
何か一人で納得している。
「あっ、ごめんなさい。わたしはアイリーナの修行仲間のシルヴィアといいます。少し待ってください。すぐ呼んできますので。」
そう言ってそそくさと、外へと出ていった。
待っている間、俺達の間には何の会話も存在しない。
沈黙がずっと続いている。
「えらく早い再会ね。」
シルヴィアと一緒にアイリーナがやってくる。
そしてすぐに俺の所にやってきて、エスメラルダの顔をのぞき込む。
「本当に死んじゃったんだ。」
あれだけ喧嘩していたにも関わらず悲しいのか、アイリーナは突然涙を流し出す。
「あなたは、みんなを連れて部屋に行ってなさい。この方はわたしが預かります。良いですか?」
アイリーナの姿を見てシルヴィアが気を使っているのがうかがえる。
「ええ、お願いします。」
そういって、俺はエスメラルダを祭壇の上に載せる。
また、俺の目から涙がこぼれ落ちる。
「行きましょ。ライン。」
アイリーナが慰めてくれるかのように、俺の肩に手を置いてくる。
そして、俺達はアイリーナに案内されて部屋へ行く。
案内された場所は、簡単にいえば待合室のような所だった。
しかし、さすがに神殿の待合室だけあってすべての物が整頓されており、床や壁までもピカピカに磨かれているため、何となく落ち着かない。
そこでラーズがアイリーナと別れてからのいきさつを全て話していた。
その話を聞いてアイリーナは、くらい顔がさらにくらくなる。
「オルボルクの兵士を殺して、よくここまで戻ってきたわね。」
いつものアイリーナではなく、言い方も柔らかい。
仕方ないとでも思ってくれているのだろうか?
「これからは、オルボルクとも敵同士になるわけだ。」
ラーズは気楽に言っているが結構大事なのは言うまでもない。
あのときは、頭に血が上っていたためそんなこと考えている余裕もなかったが・・・。
「何、気楽に構えているのよ。すぐに王様に会って事情を話さないと、本当にそうなるわ。わたしちょっとお城へ行ってくる。」
アイリーナが外へ出ようとしたとき、ラーズがアイリーナを引き留める。
「バカヤロー。そんなことしたら下手すりゃ即打ち首だぞ。」
「わたしがうまく話すわよ。事情をきちんと話して、自首した方が罪だって軽くなるはずだから。」
アイリーナの言う通りかもしれないが、ラーズの言ったことの可能性もあるため、さすがに自首などする気にはならない。
それに俺は何も悪いことをしたと思っていない。
とにかく、エスメラルダの弔いをシルヴィアという人に頼んだ以上、もうこんな所に用はない。
「ラーズ、ティファニー、もう行こう。もう用は済んだ。」
「ちょっと待ちなさいよ。もう行く気?」
俺が出ていこうとすると、アイリーナが前に立ちはだかる。
「ここにいれば、いずれオルボルクの兵士に俺達のことが知れ渡ってしまうだろ。そうなる前に、この街を出ていきたいんだ。」
アイリーナはしばらく悩んでいる。
「いいじゃねえか。しばらくここにいようぜ。もちろんアイリーナが俺達がいると言うことを誰にも言わない、というのが条件だ。」
本当にいいのか?それで。
ラーズのは何か考えがあるんだろうが、やっぱり不安で仕方がない。
「もし、わたしが誰かに言ったらすぐにここを出ていくの?」
「ああ、それで俺達は完全にオルボルクを敵にまわすだろうし、これはラインに判断を任すがメルシンの方についちまうことだってあり得る。」
おいおい、ちょっと待て。
どういうつもりなんだ。
俺はオルボルクにつくつもりはないが、メルシンにだってつくつもりはないぞ。
しかし、ラーズの台詞はアイリーナにはかなり堪えたようだ。
「分かったわ。でもいずれ分かることよ。きっとここにも調査に来るから。」
「そん時は、とっとと逃げるさ。少なくともお前に迷惑はかけない。」
すでにここに俺達がいる時点で迷惑になっていると思うのだが・・・。
「と、いうことで、俺はちょっと出かけて来る。調べたいことがあるんでな。」
「ちょっと待ちなさいよ。」
アイリーナの制止を無視してラーズは外へ出ていく。
ラーズの調べ物というのはどうせ、自分の捜し物のことだろう。
何にしても、俺は暇になったわけだ。
「アイリーナ、入るわよ。」
さっきエスメラルダのことを頼んだシルヴィアが部屋に入ってくる。
「お墓に埋葬しましたので、来てください。」
シルヴィアが墓の場所に案内してくれる。
俺達は何も言わずに後に続いていく。
エスメラルダの墓は、極々普通の墓だった。
「エルフの弔い方を知らないものですから、みんなと同じようにしたのですが、いけませんでしたか?」
俺だってエルフの弔い方なんて知らない。
何か違うような気もするが、大したことでもないだろう。
「いえ、ありがとうございます。」
俺が一言御礼を言っている間、ティファニーはずっと手を合わせて拝んでいる。
「わたしがもっと強ければ、エスメラルダさんを死なせることがなかったんですよね。助けてもらったのに何もできなくて、本当にごめんなさい。」
それを聞いて俺もまた、涙がこみ上げてくる。
ティファニーにとってエスメラルダは、恩人に当たるのだが、その恩を返せないのが本当に辛いのだろう。
俺にしてもエスメラルダには、いろんなところで支えてもらっていた。
これから俺はどうしたらいいのだろうか?
「何暗い顔してるのよ。そんな顔エスメラルダだって見たくないわよ、きっと。」
アイリーナが励ましてくれる。
「そうだな。」
俺は無理矢理笑顔を作ってみせる。
さすがに顔がひきつっているのが自分でも分かる。
「そうそう、無理にでも笑っていれば心の傷は癒やされていくものよ。」
アイリーナにこんなこと言われるとは思わなかったな。
「ラーズが帰ってくるまでは、部屋で待っていましょ。」
俺はアイリーナの言葉に素直に従った。
「おう、悪いな、待たせちまって。」
ラーズが帰ってきたのは飛び出して三日後の昼だった。
もうそろそろここを出ていかないと、不味いというのにこの男はそんな緊張感は微塵も見せはしない。
しかしそれ相応の情報をつかんできたようだ。
「俺の捜しモノが見つかった。今からすぐに向かうぜ。」
「何処へ行くのよ?」
「ベイルート国のフェースっていう小さい村だ。」
フェースなんて村、聞いたことないぞ。
とにかく目的地が決まった以上こんなところでのんびりしている余裕はない。
「分かった。ティファニー、すぐに旅立つよ。」
「うん、分かった。」
ティファニーは笑顔で答える。
お爺さんに言われて始めた旅だが、本人は結構楽しんでいるのかも知れない。
エスメラルダのことももう大丈夫なようだ。
「もう、行っちゃうんだ。」
アイリーナが何か悲しそうに呟いている。
俺達はもう多分オルボルクには戻ってくることは出来ないだろうから、アイリーナと会えるのはこれで最後かも知れない。
そう考えると悲しくもなるが、今はそんな気持ちになっている暇がない。
「じゃあな。」
一言言葉をかわして俺達はまたオルボルクを後にした。
「ティファニー、フェースってどんな所なんだ。」
ちょうどベイルートの領地に入った時だった。
ラーズを先頭にフェースという所を目指しているわけだが、やはり名前も知らない所に行くのはやはり不安がある。
「実はわたしもどういうところかは知らないの。フェースという所はベイルートの領地内にあるというだけで、実際ベイルートから隔離されているし・・・。」
なんだ、そりゃ。
そんなところが存在すること自体信じられないし、そんなところにいったい何があるというんだ?
「ティファニーが知らなくて当然だな。フェースって所は、はぐれ者が寄せ集まって出来た村だからな。それにベイルートから隔離されてるんじゃなくて、ベイルート国じゃないんだ。いってみればフェースっていう小さな国なんだ。」
やたらと詳しく説明してくれる。
盗賊だから世界の情報に詳しいんだろうか?
「まあ、行ってみればどんな所かは分かるだろう。」
そうこういっていると、村らしきものが見えてくる。
この国、というより村はロザリオ山脈という山の梺に存在している。
「ここだ。」
俺達はフェースの入り口の前に立っていた。
大きさとしては俺の住んでいた村と結構いい勝負かも知れない。
「止まれ!ここからは通すわけにはいかない。」
俺達が、村に入ろうとするところを、二人の見張りの人に止められる。
「どうしてですか?」
「今、戦争の最中だからだ。怪しい者を通すわけにはいかない。」
言っていることは分かるのだが、ここまで来て引き返すのか?
「じゃあ、ここにカグアス国の王女シンシアがいるだろう。ルヴァイヤードが会いに来たと伝えてくれないか?」
カグアス国の王女シンシアだってぇぇぇぇぇ!
行方知れずだと聞いていたが、こんな所にいたのか。
それにルヴァイヤードっていったい誰がだ?
見張りは相談してから、
「ちょっと待ってろ。」
一人が村の奥に入っていく。
しばらくして、さっきの見張りが一人の女性を連れてくる。
背丈はアイリーナとそう変わらないだろう。やたらと長い栗色の髪をポニーテールにしている。年齢は俺と大して変わらないだろう。
その女性はじっくりとラーズの顔を眺めている。
「今頃何のようですか?ルヴァお兄さま。」
ルヴァお兄さま?
ラーズに向かってそう言ったってことは、ラーズがルヴァイヤードってことか?
そしてカグアスの王子ってことになる。
俺はしばらく現実を見ることが出来なかった。
「国を、そしてわたくし達をお捨てになった方が今頃、わたくしに何の用ですか?」
言葉とは裏腹にシンシア王女の顔は嬉しそうだ。
何年も会っていなかった兄との再会だから当然か。
ラーズの捜し者ってのはこのシンシア王女のことだったんだな。
てっきり物だと思っていた。
普通捜し人を捜しモノ何て言い方するか?
まあ、とりあえずは目的を達したようなので良しとするか。
「みなさん、長旅で疲れたでしょ。こちらへどうぞ。」
案内されたところは、とてもじゃないが一国の王女が住むには似つかわしくないところだった。
「汚いところですが、ゆっくりしていってください。」
そう言うと王女はすぐに外へと出ていってしまった。
さてと、
「ラーズ、どういうことか説明してくれるんだろうな?」
「ああ、分かってる。ここまで来てしらばっくれるのも何だからな。」
なかなかいさぎよくて結構だ。
「さっき知ったとおり、俺の本名はルヴァイヤード=カグアス。カグアス国の第一王位継承者だった。俺は親父のやり方が気に入らなくて、五年前に城を飛び出したんだ。」
「何が気に入らなかったの?」
俺もティファニーと同じ疑問を抱いていた。
「ラージェでサリアンって奴が言っていたろ。メルシンがカグアスに援助を求めたが断られたって。あの時俺もその場にいたんだ。カグアスの王子として・・・。俺は親父に援助するように勧めたんだが、親父は断固として拒んだ。その頃のカグアスが苦しかった訳でもないのにだ。何故だと思う?」
俺とティファニーにそんなこと分かるわけもない。
俺達二人は首を横に振る。
「親父は俺にこう言ったよ。メルシンはいずれ滅ぶだろう。そうしたら我が国がメルシンを吸収し、その領地をお前に与えてやるって。俺はそのためにメルシンを見捨てた親父が許せなかった。それが俺のためだとしてもだ。」
しばらく沈黙が続く。
カグアスの王はそんなことを考えていたのか。
子供のことを考えてしたんだろうが、確かにやりすぎだ。
「そんな親父に愛想尽かして俺は、国を出てしばらく旅に出た。そしてある人に出会って盗賊としての技能を身につけた。そして俺は義賊として国民が平等に暮らせるように今まで頑張ってきた。そんなときにカグアスが滅んだという情報が入ってきた。不思議とあんな親父でも心配になるもんだな。死んだと聞いて本当に悲しかった。でも、シンシアが行方知れずだという情報も入ってきていた。そこで俺の旅の目的が二つ出来たわけだ。一つはお前達が知ってるとおり、妹を捜すこと。もう一つは親父の敵討ちだ。」
そこでしばらくラーズは話をきる。
ラーズのような人間が敵討ちなんて考えるとは思わなかった。
ラーズも人の子ということか。
「これからどうするの?」
「もちろん、メルシンの阻止、と言いたいとこだがメルシンの目的が俺の理想としている国作りなのかも知れないからな。今は親父の仇よりそっちの方を見極めたい。しばらくここにいるのも悪くはないだろ。」
そう言ってラーズはゆっくりと立ち上がり、
「いいか、この話はシンシアには内緒だぞ。」
そうクギを刺して外へ出ていった。
その場には俺とティファニーだけが残った。
初めて知ったラーズの過去と思いは俺の胸の中に重くのしかかってくる。
自分の理想か親の仇討ちかなど、俺だったらどちらも選ぶことなど出来ないだろう。
「わたしちょっと出てきます。」
ティファニーも外へ出ていく。
何かくらい顔をしていたがどうしたんだろうか?
そんなことより俺はこれからどうしたらいいのだろうか?
本当ならオルボルクに協力して、メルシンの侵攻を阻止するべきなのかも知れないが、俺達はすでにオルボルクから追われる身となっている。
それにオルボルクはエスメラルダの命を奪った国だ。
俺はラーズのように割り切ることは出来ない。
「すいません、お邪魔でしょうか?」
気が付けばシンシア王女が入り口の所に立っている。
「いえ、どうぞ。」
別に俺の家ではないのだが、王女は何か遠慮がちだ。
王女は俺の隣に腰を降ろす。
「ライン様は今まで兄と一緒に旅をしてらっしゃったんですよね。これまでの兄がどんなことをしていたのか教えて頂けませんか?」
よほどラーズのことが気になるのか、王女の目からは真剣さがうかがえる。
しかし、俺としてもラーズのことをそんなに知っているわけではない。
「俺もラーズと出会ったのは、最近なので今までどうしてたかなんてよく知りませんが、見ての通り盗賊をやっていたみたいですよ。」
そう告げた瞬間、シンシア王女の表情は暗くなってしまう。
こんな顔をされると、ラーズに口止めされていたことを言いたくなってくる。
ラーズを裏切ることになるかも知れないが、ラーズの名誉回復にもなるだろう。
このまま誤解されたままじゃあまりにも悲しすぎる。
「もっと自分の兄を信じたらどうですか。ラーズは自分の理想を叶えるために盗賊という道を選んだんですから。」
「どういうことですか?」
「ラーズの理想というのは、全ての庶民が分け隔てなく暮らせる国を創ることです。だからラーズは悪人や金持ちからしか盗みはやらないと聞きました。」
「わたくしにはよく分かりません。兄は国の王子という立場にあった人です。そんなことしなくても庶民を幸せに出来る立場にあったはずです。」
シンシア王女の言いたいことは分かる。たぶんそれが普通の人の考えだと思う。
「王子という立場だからこそ出来ないことなんですよ。ラーズが王様なら別でしょうが、王子じゃあ自分の意見を通すことが出来なかったんです。それに王女の前でこんなことを言うのは失礼かと思いますが、あえて言わせていただきますと王族の方々は庶民の生活レベルを知りません。知らないから庶民を幸せになんてことは出来ないんだとラーズは判断したのでしょう。」
一応親との反発の部分は隠して話しておく。
王女はうつむきながら何か考えている。
ちょっと言い過ぎたかも知れない。
「確かに国が滅んでここに来るまで普通の庶民がどんな生活をしていたかなんて分かりませんでした。それなのに庶民を幸せに出来るなんて単なる奢りに過ぎなかったんですね。わたくしはこれほど自分が恥ずかしく思ったことはありません。」
いや、そんな大袈裟なモノでもないんだが・・・。
まあ、分かってくれたみたいだから良いとするか。
「一つ聞いても良いですか?」
「何でしょうか?」
「シンシア王女はラーズ、いやルヴァイヤード王子のことをどう思っているんですか?」
意外な質問だったんだろうか?
王女の表情からは驚いているように見えた。
「わたくしは今までルヴァお兄様のことを嫌っていました。何も言わずに勝手に出ていったとき本当に悲しかった。わたくしをこんなに悲しませるお兄様なんて・・・、と、思っていました。でもあなたの話を聞いて少しは昔のように好きになったような気がします。不思議なモノですね。何も分からなかった時は嫌いだったのに、理由が分かるとまた好きになれるなんて・・・。」
王女の顔は今までにない笑顔に変わる。
人間というのは不思議なモノで何も分からないと不安になるくせに、何か一つでも分かると途端に安心できるようになる。
「昔から王女はルヴァイヤード王子のことが好きだったんですね。」
「はい。わたくしにとってルヴァお兄様はあこがれの人なんです。剣術も並外れて強いし、知識も豊富でその上ものすごく優しかった。」
確かにラーズの剣の腕は並外れているというより人間業ではないし結構いろんなことを知っているが、優しいかあ?
俺はあの男のせいで牢屋にぶち込まれたことだってある。
やたらと王女が多弁になる
ラーズのことを嫌いだったとか言っても、本当は心配でたまらなかったんだろう。
俺には兄弟がいないから王女やラーズのような心境はよく分からない。
この二人のいつまでも心配し会える関係がすごく羨ましくなってくる。
「ラインさん、ラーズさんがいません。」
いきなり大慌てで、ティファニーが駆け込んでくる。
ラーズがいなくなった?
いったいどういうことだ?
ティファニーは泣きながら、俺にしがみついてくる。
「とにかく村中を捜そう。」
俺は慌てて外へ出てラーズを捜しだす。
しかしこの村は狭い。
捜す場所などすぐに無くなってしまう。
いったい何処に行ったんだ?
「どうしよう。」
ティファニーが俺のそばで呟く。
シンシア王女はただ呆然としている。
「まあ、ラーズのことだからちゃんと帰ってくるよ。勝手に消えたりしないさ。信じて待ってよ。」
俺はティファニーの頭にポンと乗せる。
「わたくしの時は、勝手に消えて帰ってきませんでしたわ。」
いらんことを・・・。
シンシア王女の一言にティファニーの顔は更に暗くなる。
ラーズとティファニーは出会って、ほとんど間がないのだが、ここまでラーズのことを心配するようになるとは・・・。
ラーズのことが大好きだ、というようには見えなかったし・・・。
単ある仲間意識なのか、エスメラルダがいなくなったことが効いているのかも知れない。
何にせよ、俺達に出来ることと言えばラーズを信じて待つしかない。
実際、ラーズがいたからといって、何をするわけでもないのだが・・・。
ラーズが消えてから、四日たっていた。
その間、俺達はとりあえず畑仕事などをして生活をしていた。
さすがにタダで飯にありつこうというわけにはいかなかったのだ。
シンシア王女でさえ、手にまめなどを作りながら懸命に畑を耕している。
ここでは身分など関係ないようだ。
それは良いことなのかも知れないが、一国のお姫様もなかなか落ちぶれたモノだと、不謹慎ながらに思ってしまう。
「ライン様、またお料理を教えて頂けますか?」
日はもう沈もうとしていたとき、シンシア王女が鍬を置いて、俺の所に歩み寄ってくる。
村に来てラーズが消えてすぐに、この王女の料理を食べさせられたわけだが、俺は食べた瞬間に三途の川に足を片一歩突っ込んだような気がした。
ティファニーも口にした瞬間、外へとダッシュしてしばらくしてげっそりした顔で帰ってきたのを覚えている。
作った本人は、自分の料理のまずさを自覚しているのか、料理には一切手をつけず生野菜をバリバリと食べているのだからなかなかいい性格をしている。
そういうわけで、今まで一人暮らしをしてきて、一応一通りの物が作れる俺がこの王女に料理を教えてると言うわけだ。
「おいしい!前よりずっと美味しいですよ。」
ティファニーがシンシア王女の作った料理を絶賛する。
確かに味の方はかなり旨くなっているが、見た目が悪すぎる。
切った材料の大きさや形が悪い。
シンシア王女の包丁で数回手を切っている。
見た目繊細そうに見えるこの人も実は不器用なのだ。
しかし、これだけ手を切ったにも関わらず、やりきってしまう所は誉めるべきだろう。
そんな安らいだ一時も長くは続かなかった。
村の見張りをしている人が、家の扉を勢いよく開ける。
「ラインさん、村の入り口で客が来てるよ。オルボルクの騎士のようだったが・・・。」
オルボルクの騎士だとぉぉぉ!
やばいなあ。
俺達の居場所をもう突き止めてきたとは・・・。
「何人くらいいましたか?」
「一人だったよ。」
俺達を捕まえるのにたった一人でくるとは、舐められたモノだ。
でも、一人くらいなら何とかなるな。
「すぐに行きます。」
俺は剣を持ってゆっくりと立ち上がる。
「わたしも行きます。」
ティファニーも俺の後に付いてくる。
「あなたがラインさんですね。」
「そうだけど。」
「僕はオルボルクの騎士見習いでシルフィードといいます。あなた方のお力を借りたくて馳せ参じました。」
礼儀正しく挨拶をしてくる。
どうやら俺達を捕まえに来たのでは無さそうだ。
「助けをってどういうこと?」
「簡単に言いますとオルボルクにメルシンが攻めてきたんです。それで相手には魔物もいまして、我々の兵力だけでは苦しいと、近衛隊長殿が判断されて僕があなた達ならと思いここまで来ました。」
「近衛隊長が俺達を?」
「いいえ、あなた達を呼びに来たのは僕の勝手な判断です。」
「俺は君に会ったことがないんだけど・・・。」
「あなた達のことは、兄のリックから聞いてましたから。それにここにいるというのは、我々もここにシンシア王女がいるという情報を手に入れたのと、あなたの仲間にあのルヴァイヤード王子がいたからです。」
確かにラーズがルヴァイヤード王子だと知れば、妹のシンシア王女の所にくるというのは容易に想像できるだろう。オルボルクのエルディール王やその重臣達ならルヴァイヤード王子の時のラーズと面識くらいあるだろうし・・・。
「いいんじゃねえか。助けに行っても。」
気が付けばいつの間にかラーズが帰ってきている。腰には見慣れない長剣を携えており服装も新しくなっている。
「いつからそこに?」
「ついさっきだ。サリアンと対等に戦うための準備をな。」
準備というのはおそらく、この長剣のことだろう。
「そんなことより急いでオルボルクに行く準備をしようぜ。」
「行きたければ勝手に行ってくれ。俺はやめておくよ。」
俺の言葉にラーズとティファニーは、驚きを隠せないようだ。
「どうして・・・?」
ティファニーは瞳に涙を浮かべながら、ずっと俺の方を睨んでいる。
俺はただ沈黙している。
オルボルクと何もなければ、迷わずに応援に行っただろう。
しかし俺はどうしてもエスメラルダのことを忘れることが出来ない。エスメラルダを殺したのが、オルボルクの兵士である以上俺はどうしてもオルボルクに行く気にはならなかった。
「ああ、分かった。俺とティファニーの二人で行く。」
「ちょっと、ラーズさん。」
ラーズは多分俺の気持ちを察してくれたんだろう。
しかしティファニーの方は納得してくれない。
「ちょっと待ってください。またわたくしを置いて行ってしまうおつもりですか?ルヴァお兄様。」
いつの間にかシンシア王女も俺達に所まで来ている。
兄妹そろって盗賊の素質に秀でている。
「お前が来ても足手まといになるだけだ。大人しくここで待っていろ。」
「嫌です。せっかく会えたのにまた離れるなんて、わたくしには耐えられません。」
兄妹が言い争っている時、俺は始めにいた家へと戻っていく。
「ラインさん。」
ティファニーが声をかけてくるが、俺は無視して帰っていった。
辺りはもうすっかり暗くなっている。
俺は床の上に横になり目を閉じていた。
自分自身でまだ迷っているのが分かる。
俺の選択は間違っていたんだろうか?
そのことばかりが頭に浮かぶ。
「何を迷っているの?ライン。」
急に辺りが明るくなり、俺の手の平くらいの一人の女性が姿を現す。
俺は夢でも見ているんだろうか?
その女性は紛れもなくエスメラルダだった。
「いったい・・・、どうなっているんだ?」
エスメラルダは俺を面白そうに見て笑っている。
「あたし達妖精族は死んでしまうとみんながみんなじゃないけど精霊になってしまうみたいなの。あたしは森の妖精族のエルフだから森の精霊。でも本来は木々のあるところにしか存在できないんだけど、あなたが身につけているその宝石の自然力のおかげでいつでもあなたのそばにいられるの。」
この宝石にそんな力が宿っていたとは・・・。
「でも本来は、あなたと話をすることなんて出来ないの。」
「どうゆうことだい?」
「あたし達精霊は、普通の人間に見ることの出来ない存在なの。だからあたしがいくらあなたの側にいるといっても、あなたにあたしの存在を確認する事は出来ないのよ。」
「でも、現に君は俺の目の前にいるじゃないか。」
「そう、これはあたしがあなたの精神に干渉して夢という形であなたに接しているの。でも、あたしは森の精霊だから本来こんなことは出来ないのよ。」
エスメラルダの表情が苦しそうになっていく。
「前に人間の中に精霊に干渉するのはすごく精神力が必要とするって言ったことが会ったでしょ。」
そういえばそんなことを言ってたことがあったなあ。その時、確かエスメラルダは倒れてしまったんだ。
「精霊になってもそれは一緒で人の中に勝手にはいるのは、結構辛いのよ。精霊っていうのは、すべて精神体だからあたしの存在自体消えて無くなりかねないの。」
おいおい、ちょっと待って。
それってすごく大変なことじゃないか。
「そこまでして、どうして・・・・。」
「あなたがつまらないことで悩んでいるからよ。」
俺の悩みはそんなにつまらないことなのか?
エスメラルダを殺したオルボルクを助けになど行くこと何てないじゃないか。
俺は間違っているのか?
「あなたにはもっと自由でいて欲しい。本当はオルボルクに行きたいんでしょ。あたしのことなんかで自分を縛るのはやめてよ。オルボルクにはきっとあなたの助けが必要な人が沢山いるはずよ。アイリーナだってきっと待ってる。あなたに知り合いを見殺しにする事は出来ないはずよ。アイリーナとは喧嘩ばかりしてたけど、あたしは結構アイリーナのことを気に入っていたの。どうしてもあたしのことで自分を縛りたいならあたしのためにオルボルクを、アイリーナを助けに行って。」
エスメラルダの言葉で自分の心が軽くなっていくのが分かる。そして自分が何をすべきなのかも自分で感じることが出来る。
「これ以上、君に迷惑はかけられないな。俺はオルボルクへ向かうよ。君を殺したことは許せないけど全ての人が悪い訳じゃないから。」
「ええ、頑張ってね。あたしは何時だってあなたの側にいるから。」
そう言い残してエスメラルダの姿は消えていく。
そして俺はゆっくりと目を開ける。
辺りはすでに真っ暗になっている。
今見ていたのはいったい何だったんだろう。
夢だったんだろうか?
まあ、夢でも何でも良い。エスメラルダと会い、話すことが出来たんだ。
俺は長剣を片手にとって、エスメラルダに言った通り、今から行って間に合うかどうか分からないが、とにかくオルボルクへ向かう。
村の入り口まで来た時、そこにシンシア王女が立っているのに気づく。
ラーズ達とオルボルクへ向かったとばかり思っていたが、ラーズに無理矢理残されたんだろうか?
「お待ちしておりました。」
向こうも俺に気づいたのか先に声をかけてくる。
「こんなところで何をしているんですか?」
「ルヴァお兄様に言われてあなたをお待ちしておりました。あなたなら必ず来てくれるから待ってあげて欲しいと。」
ラーズの奴・・・。
俺をそこまで信用してくれているとはな。
「それじゃ、行きましょうか。」
「少々お待ちください。」
そう言うとシンシア王女は笛のような物を取り出し、それを吹き出す。
しかし、音は全くしない。
壊れているのか?
それでも王女は全く気にした様子もなく笛を吹き続けている。
すると何かが空からやってくる。
それは体長約三メートル位だろうか。肌というか鱗の色は金色で大きな翼を二つ持っている。
それは紛れもなくドラゴンだった。しかも伝説にしか存在しないと思っていたゴールドドラゴンだ。
少し小さいような気もするが、多分子供なんだろう。
成長したドラゴンなら体長十メートル位にはなるらしい。
それでも俺にとっては十分衝撃的だった。
まさか伝説のゴールドドラゴンをこの目で見ることが出来るとは・・・。
「この子に乗っていけば間に合います。」
この子って・・・・。
「シンシア王女って竜騎士だったんですか?」
「この子、シャインアースっていうんですけど、シャインアースには戦闘訓練は受けさせていません。この子はわたくしの大切な友達ですから、そういうことはさせたくありませんから。」
ゴールドドラゴンの友達なんてなかなかすごいぞ、この王女は。
「シャインアース、わたくし達を背中に乗せて下さい。」
シンシア王女が頼むとシャインアースは身を屈め、早く乗れと言わんばかりに顔をこちらに向けて睨んでくる。
これはちょっと怖いぞ。
「早く乗って下さい。」
シンシア王女は素早くドラゴンの背中に乗っている。
俺も無言で頷き、なるだけドラゴンを刺激しないようにゆっくりとシンシア王女の後ろに乗る。
「ライン様、しっかり捕まっていて下さい。シャインアース、飛んで下さい。」
そのかけ声と共にシャインアースは翼を羽ばたかせる。
「うわぁぁぁぁっ。」
空を飛ぶこともドラゴンに乗ることも初めての俺には、これまでにない恐怖がこみ上げてくる。
俺は思わずシンシア王女にしがみついていた。
そして俺とシンシア王女、それにシャインアースはオルボルクへと飛び立った。




