第6話「分岐」
揺らぎを含んだまま維持されている世界の中で、個体ごとに選択された基準が互いに干渉しながらも同時に成立している状態を観測し、それぞれの選択が局所的な現実として固定され始めていることを確認する。
同じではない。
だが。
消えもしない。
通り。
人が歩く。
足音が揃わない。
一歩ごとに、わずかに違う。
その違いが、重なる。
誰かが左へ進む。
別の誰かが、右へ進む。
同じ場所。
同じ時間。
だが。
進む方向が違う。
それでも。
ぶつからない。
「……通れる?」
誰かが呟く。
次の瞬間。
通る。
“別の形で”。
同じ通りが、二つに見える。
左へ進む流れ。
右へ進む流れ。
両方が成立する。
「……どっちだ」
問いが出る。
答えは出ない。
必要がない。
選んだ方が、現実になる。
対象の男が歩く。
止まらない。
「……こっちだ」
言う。
その瞬間。
周囲の一部が従う。
だが。
全員ではない。
別の誰かが、逆を選ぶ。
「……いや、こっちだろ」
視線が分かれる。
動きが分かれる。
世界が、分かれる。
同じ場所にいるはずなのに。
違う景色が見える。
誰かにとっての通路が。
別の誰かには壁になる。
その逆も成立する。
手を伸ばす。
触れる。
だが。
別の人間の手は、空を切る。
「……見えてるか?」
問いが飛ぶ。
「……見えてる」
「……何もない」
答えが分かれる。
その瞬間。
距離がずれる。
同じ場所にいるはずの二人の間に。
“見えない差”が生まれる。
それでも。
会話は続く。
成立してしまう。
男の視点。
自分が選んだ方向と別の人間が選んだ方向が同時に成立していることを認識しながら、そのどちらも否定されずに存在している状態を受け入れている。
「……いいな」
短く言う。
これは崩壊ではない。
分裂でもない。
“並列”だ。
複数の現実が。
同時に存在する。
一方。
高い位置。
世界を見る。
通りが増えている。
一本ではない。
だが。
重なっている。
離れてはいない。
「……分かれたな」
静かに言う。
完全に別れたわけではない。
だが。
同じでもない。
揺らぎを持ったまま。
複数の基準が動いている。
「――これで広がる」




