第3話【決戦前夜】草履の保温テクニックと気象観測
秀成:
「ついに清須での生活が始まりましたが……伯父上(藤吉郎)が打ち明けた『父上の仇討ち』、泣けますね。自作のお守りを、槍の名人・城戸小左衛門に奪われたなんて……」
員昌:
「戦場での手柄横取りは日常茶飯事だが、足軽にとっての『戦守り』は命の次に大事なもの。それを奪う城戸という男、なかなかに下劣よな。部下であるはずの藤吉郎をコテンパンにしておるしな」
秀成:
「出てきましたね歴史的名シーン『草履温め』。藤吉郎が信長に『尻に敷いたか?』と疑われた絶体絶命の瞬間……父上が割って入った!『兄は雨が降る前兆を察し、草履が湿らぬよう懐に入れていたのです』と、 百姓時代の気象知識を論理的な説明に変えて、信長を納得させた。これこそ、のび太のピンチを救うドラえもん……」
高虎:
「史実でも秀長様はこうした『説明能力』が抜群でした。ドラマではそれが、百姓としての『生活の知恵』から来ていると描いているのが面白い。信長も、小一郎の感性だけでなく、知性に価値を見出したのでしょう」
員昌:
「史実では、どうやら初期の頃は信長公の直臣だったようだぞ。信長公から命じられて、秀吉様とは全く関係なく、伊勢長島への軍事行動に参加してたりするようだからな」
高虎:
「秀長様は、オールマイティーな極めて優秀な武将です。人情にも厚く、仕えるのにあれほど素晴らしい方はいらっしゃいません!! 人の能力を見る力がある信長公が秀長様を直臣したということは、相当、能力を買っていたということですな」
秀成:
「でも、今回ドラマでは、調子に乗って和睦を提案しちゃった父上が、信長に殴られるシーンはヒヤッとしました……」
員昌:
「信長公が怒ったのは、意見の内容ではなく『覚悟のなさ』だ。2万5千の敵を前にして、逃げの口実として和睦を語る。あれは武士としては許されん」
高虎:
「直殿にもしかられておりましたな。『傷つかないように格好をつけているだけ』『戦わずして逃げるつもりか』……直殿の言葉は、小一郎の甘い認識を叩き直す、まさに杭打ちのような鋭さでした」
員昌:
「こういう時、女子の方が腹が座っておるの。男の背中を押すのは、いつの世も好いた女子じゃな」
秀成:
「お祖父様にもそんな経験がおありなのですか!?」
員昌:
「(しまったという顔で)なんのことかわからんな。そんなことより次の話じゃ。今回、驚いたのは小一郎の『トンビの低空飛行=雨の前兆』という気象観測だ」
秀成:
「百姓時代の経験を活かしたサイエンスですね!信長様も最初は疑っていましたが、本当に雨が降ってきた時の『当たっておったな』という顔、完全に父上に興味を持っていました。やはり、父上は戦国武将として突出した存在だったんですね。誇らしいです」
秀成:
「ところで、話は変わるのですが、あの槍の名人・城戸小左衛門は実在するでしょうか?」
員昌:
「資料に名前が出てくる実在の人物だそうだ。信長公の最側近「六人衆」の一人で、槍の使い手として身辺警護についておったようだ。一つの資料にしか名前がなく、活躍の記録もない。架空ではないのかもしれないが、早々に亡くっておるのかもしれんな」
秀成:
「では、桶狭間で亡くなっていても史実的におかしくないわけですね。しかし、信長公の警護役なら、秀吉がいる足軽隊にいたわけではないでしょうが、これは創作でしょうね。しかし、秀吉の親の仇とは、城戸某の扱いがひどいような」
員昌:
「そういう役回りがいないと、ドラマが面白くないではないか!だが、もしもわしがそんな扱いを受けたら、本部に乗り込んで暴れるがな」
秀成:
「本部ってどこですか笑」
員昌:
「雨は降った。敵は油断している。信長がパッと寝床から飛び起きて出陣を命じるシーン、鳥肌が立ったの」
高虎:
「ウンチクを語ってよろしいか?信長公が桶狭間の直前に、評定をろくに行わず、家臣にも相談しなかった理由。それは、迫り来る今川が圧倒的な強さを誇っている状況で、寝返っている家臣に作戦の中身を知らせないためです。奇襲を成功させるには、その存在を知られないことが絶対条件。姿が見えてしまった奇襲は奇襲ではありませんからな」
員昌:
「高虎の言うとおりじゃ。あの状況下では城内に寝返りの一人や二人おるであろう。”情報”の重要性を何よりも知っていた信長公らしい行動だな」
秀成:
「そういえば聞いたことがあります。桶狭間の戦いの功第一は『今川義元が桶狭間にいるという情報を届けた者』であったと。義元の首を取った者ではなく、情報を持ってきた者を評価するという信長公の特異性が際立っていますね」
高虎:
「さあ、次回はいよいよ桶狭間。雨中の機動戦……しっかり見届けさせていただきましょう」
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