1章 -執着-
執着は、なくならない。
捨てれば苦しみから解放される。
そういう考え方があるのは知っている。
たぶん、それは正しい。
でも理解しているからといって、できるかどうかは別だ。
生きている限り、人は何かに縋る。
それを受け入れて、苦しみながら前に進むしかない。
(分かっている。
だからといって、割り切れるほど器用でもない)
電車がトンネルを抜けた。
窓の外に、青々とした景色が広がる。
澄んだ空気と、陽の光を受けてきらきらと反射する湖面。
どこか懐かしくて、現実味の薄い風景だった。
この秋、季節外れの転校を決めてまで、僕がここに来た理由は単純だ。
消え行くなにかを捕まえたかった。
儚いなにかを掴みたい。
失ってしまった人を、少しでも近くに感じたい。
(そんな縋るような、下らない理由だ。
でも、それ以外に選べる答えがなかった)
電車が減速し、やがて小さな駅に滑り込む。
「……ここか」
改札を抜け、古い駅舎を出る。
午後二時。傾き始めた日差しが、静かな町を照らしていた。
想像はしていたけど、かなり静かだ。
人も少ないし、建物も年季が入っている。
(でも、コンビニは一応ある。
生きる分には困らなさそうだ)
スマホの地図を頼りに、事前に内見もせずに購入した家へ向かう。
電波は入るが、快適とは言い難い。
しばらく歩いて、目的の家に辿り着いた。
「……写真より、古いな」
まぁ、そんなものだろう。
雨風を凌げて、帰る場所になるなら十分だ。
「……今日から、よろしく」
誰に聞かせるでもなく、そう呟いて玄関を開ける。
中は古いが、極端に汚れているわけでもない。
住めないほどじゃないし、広さも一人には持て余すくらいだ。
「家具がないから、余計に広く感じるだけか」
少しだけ、ため息をつく。
「……掃除、しないとな」
荷物を置き、とりあえず最低限の生活を整えることにする。
明日は学校と役所で手続きがある。
どれだけ時間が取られるか分からない以上、今日のうちに買い出しは済ませておきたい。
再び玄関を出て、スマホの地図を確認する。
(最寄りの食料品店……一・二キロ先か。
歩けない距離じゃない)
慣れない田んぼ道と、山沿いの道。
圧倒されるほど自然が多い。
歩いていると、小さな商店がいくつか集まった一角に出た。
(この辺りで生活は完結しそうだな。
……助かる)
必要なものを一通り買い揃え、寄り道はせずに帰路につく。
探索したい気持ちがないわけじゃない。
でも今日は、そんな余裕はなかった。
(焦る必要はない。
ここに来た理由は、逃げるためじゃない)
家に戻り、買った袋を置く。
静かだ。
不思議なほど、落ち着く。
(しばらくは、ここで暮らす)
それだけを決めて、僕はその日の夜を迎えた。
1章では主人公の名前すらでないみたいです。




