第四話
薄暗い室内が目に映る。
窓からうっすらと朝日が差し込んできているから、時刻は明け方なのだろう。
一瞬混乱するが、すぐに昨日の出来事を思い出す。アンが出て行った後、戻ってくるのを待っているうちにいつの間にか寝てしまっていたようだ。
「……そうだった、異世界に召喚されたんだっけ」
ベッドから出ようと上半身を起こしたところで、隣に寝ているアンの存在に気が付いた。
ドキリと心臓が跳ねる。
同じ布団で、ピンクのネグリジェという薄い衣装で寝ている彼女の姿が目に映ったからだ。
思わずそちらに視線を向けそうになるのをこらえ、俺はベッドを出て立ち上がる。
ふと違和感に気付く。何故だか昨日よりも一段と体がスースーと空気に触れる感触がある。
自身が着ている服を見る。
そこにあったのはアンが着ているものと同じ、色違いのグレーのネグリジェであった。
「はぇ?!」
思わず変な声が口から洩れる。
(なんでこんなものを着ているんだ?!)
思わずその場にへたり込む。自然と女の子座りをしている自分に気付き、さらなるショックを受ける。
「……あ、起きたんですか?」
俺があたふたとしているとその気配に気づいたのか、アンが眠たそうな眼をこすりながらのっそりと顔を上げる。
「あの、アンさん、この服って……」
俺は震える声でアンにたずねる。
「昨日熟睡しちゃってて、汗もかいてたみたいなんで私が着替えさせたんです。やっぱり似合ってますねぇ」
寝ぼけ眼でアンが言う。
(女の子に着替えさせられた?!いや待て、今は俺も女だ。セーフ……なのか?)
複雑な気持ちがこみあげる。
「……昨日の服は?」
「魔法で綺麗にしてあっちにかけておきました」
「あ、ありがとう……」
立ち上がりアンが指をさした方向へ服を取りに行く。こんなひらひらした薄い服は着てられない。
俺はすぐさま服を着替えた。
「ミリスタ魔法学院か……」
食堂の壁に掲げられた高章に記された学校名を見ながら、俺はつぶやく。
(というか、ナチュラルに異世界の言葉が読めてるなぁ)
目の前には、朝食のトーストをかじるアンの姿がある。
現在、俺たちは学園内にある食堂に来ていた。
百人程度は入りそうな広間だが、今はぽつぽつとまばらに人がいるだけだ。
さすがに斧は邪魔なので、アンの部屋においてきている。
「授業ってどんなことをするの?」
「一年は座学中心で、二年生からは魔法に関する実技の授業が多くなりますね」
「そうなんだ」
「……ペルちゃんってもっとこの学校に詳しいのかと思ってました」
「なんで?」
「いえ、私がその……一年生かどうかって聞いてきたので……」
アンが少し気まずそうに言う。
「えーっと、人づてに聞いたくらいだからそんなに詳しくはないよ。そういえば昨日なんで校長先生に会いに行ったの?」
「昨日大型の獣が出たじゃないですか。それを報告しなくちゃいけないんですが、授業のある日は外出できないので校長先生経由でそういうのはやってもらうことが多いんですよ」
「なるほどねぇ」と俺はうなずく。ギルドと言う存在も確かにゲームのなかにはあったが、クエストカウンターとしてしか認識してなかったな。
「それともう一つ聞きたいんだけど、ロクシーヌさんが期限とか言ってたけど、あれってなん?」
アンが少し困ったように笑う。
「二年生になったら召喚獣と協力して課題をクリアしなくちゃいけないんだけど……私今まで一回も成功してないから自動的に失敗になるところだったんだ」
「それに失敗してたら……」
「退学だったんだ……。でも、ペルちゃんが来てくれたから何とかなりそう!本当にありがとうね」
アンはにっこりと俺に微笑む。
「そういえば私からも聞きたいんですが、ペルちゃんってどこから……」
「随分と余裕そうだな、アナスタシア」
その声の持ち主は、緑の髪を短く切りそろえた少年だった。
青色の長袖の上着と同じ色の長ズボンを身にまとっており、冷徹そうな表情でアンに視線を向けている。
いつの間にか遠巻きにこちらを見つめる複数の生徒がいることに気がづく。彼らの視線はすべてレオンに向けられていた。学校内では有名な生徒なのかもしれない。
「あ……レオンさん」
少年——レオンが苦手なのか、アンは縮こまってしまう。
「召喚獣は呼べたのか?今日が試験の期日だろ?」
「えっと……はい、呼べました」
アンが一瞬こちらに視線を向けたのにつられ、レオンもこちらに視線を向ける。
「あれが噂の人間の召喚獣か。ロクシーヌがお前が召喚に成功したと話しているのを見た時は冗談かと思っていたが……」
(なんだこの態度のでかいガキは……)
俺は少々むかつきを覚えるも、一旦は静観することにする。
ふぅ、とレオンがため息をつく。
「しかしついてないな。強い召喚獣を呼べていれば今回の試験はパスできていたかもしれないが、あれじゃあな」
レオンはチラリと、俺に視線を向ける。
「えっと、そんなことは……」
「試験で怪我をする前に、自分から退学届けを出しに行ったほうがいいんじゃないか」
「お前、さっきから失礼なことばっかり言って何なんだ」
黙っていようと思っていたのだが、レオンの物言いがずいぶんなものだったのでつい口を出してしまう。
「なんだ、喋れたのか」
「当たり前だ」
俺は席を立ちあがる。
「落ちこぼれに現実的なアドバイスをしているんだ。何が悪い」
「あれのどこがアドバイスだ!」
「ぺ、ペルちゃん、大丈夫だから……」
アンがそういうが、俺の怒りは収まるわけもなくレオンに向かって詰め寄る。
「もし仮に試験に合格できたとして、落ちこぼれはそのうち俺のような天才との差に絶望して立ち直れなくなる。そうなる前に立ち去ったほうが良い」
自分で自分を天才だというのだ。それなりの自信はあるのだろう。
アンが落第寸前だというのも事実なのだろう。だが、ほんの一日程度しか一緒にいない間柄だが、彼女がとてもまじめなのはわかる。
(腹が立つ。あったときから、アンのことはなんとなく放っておけない。悲しむ顔を見たくない)
「じゃあもし俺たちがその天才様に勝てたら、アンは落ちこぼれじゃないってことだ」
俺がそう言った途端、今まで余裕の表情を浮かべていたレオンは眉間にしわを寄せ、鋭い視線をこちらに向ける。
「はっ、何を言い出すかと思えば……」
冷ややかにこちらを睨みつけながらレオンが続ける。
「できない奴は何をやったってできないんだよ。未来永劫、落ちこぼれは落ちこぼれだ」
吐き捨てるようにそんなことを言う。
「じゃあ、もうアンの召喚獣がお前より強いってことに気づいてないんだな」
「……何を言い出すかと思えば。お前みたいなガキに何ができるっていうんだ。見たところ、魔力の流れも感じないが」
「戦士だからな」
「その細腕で戦士?笑わせるな。それに……イフリート!」
レオンがそう言うと、その背後に人型の炎が現れる。それはツイソルに出てくる、魔術師がレベル三十で召喚できるようになる炎の精霊『イフリート』だった。
「こいつより強いっていうのか?」
そのままの強さかどうかはわからないが、俺の召喚時のレベルが五十。ステータス的に負けることはないだろう。
「もちろん。試してみるか?」
ふん、と俺は精一杯挑発的な笑みを作る。
「……上等だ。三十分後に決闘場に来い。逃げるなよ」
それだけ言うと、レオンは踵を返しどこかへと歩いて行く。レオンの背後にいたイフリートはいつの間にか姿を消していた。
「そっちこそ後で吠え面かかせてやるから待ってろよ」
レオンの背中に向かってそんなことを言う。
「あ、あの……ペルちゃん……?」
アンはあっけにとられたようにこちらを見ていた。
「あ……ごめん」
少々頭に血が上り、当の本人を置いてけぼりにして変な約束をしてしまったことに俺は反省した。




