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第9話 本番

ナナはいつも無口なままだが、その表情は一段と暗く落ち込み、ドラムのスティックを握ろうともしない。博士も研究所の奥にこもり、徹夜で機材をいじっては無言のまま時を過ごしている。

 (かなで)はギターを抱え、テフナがいつも座っていた椅子を見つめていた。彼女の笑顔を思い出すたび、胸が締め付けられる。大切な仲間がもう二度と戻らないという事実が、彼の心を引き裂いていた。


 数日が過ぎても、誰もが立ち直れずにいた。やがて公演の予定日が迫ってくると、「もうやめるしかない」と奏の口からこぼれるようになった。

 「テフナがいないのに……俺たちがステージに立つ意味なんて……。ボーカルだっていないし、無理だよ……」

 呆然とつぶやく奏は、ギターを床に置いたまま動こうとしない。だが、その姿を見た博士が珍しく険しい目をして近づいてきた。


 「おい、奏。あの子が最後まで何を願っていたか……考えたことはあるのか?」

 普段は飄々としている博士の声は低く、説得力を帯びていた。

 「テフナは、君の曲をもう一度聴きたいと言って、最期の力を振り絞ったんだ。……それでもなお、君は諦めるのか? せめて、彼女の気持ちをくんでやれよ」

 「で、でも……ボーカルはテフナだけだったんだ。彼女がいないなら……」

 「テフナが“音楽”をどれほど大切にしていたか、思い出せ。あの子は小さい頃、戦争で家族も失い、体も蝕まれながら、それでも歌うことを選んだ。君は、その歌声に救われたはずじゃないのか?」


 鋭い指摘に、奏は声を詰まらせる。テフナが歌う姿に何度励まされ、何度支えられてきたか数え切れない。逃げたい気持ちと、仲間を想う気持ちがせめぎ合う。博士はそんな奏の肩をきつくつかみ、言葉を続けた。

 「テフナは最後まで歌を諦めなかった。それは、自分がいなくなっても音楽が続いてほしいからじゃないのか? なあ、奏……あの子の願いを無駄にする気か?」

 いつもの冗談まじりのトーンはなく、博士は真摯なまなざしで奏を見据えている。やがてその眼差しに背中を押されるように、奏は唇をかみ締めた。


 数日後、奏は皆の前に立ち、決意を告げた。

 「……俺、歌うよ。テフナが残してくれた曲も、俺が引き継ぎたい。逃げるのは……やめる」

 博士は力強く頷き、ナナも静かにスティックを握りしめる。こうして公演は予定どおり行われることとなり、悲しみに暮れていた研究所にはわずかに希望の光が差し込んだ。


 そして当日、大広場には人があふれ返っていた。奏はステージ中央に立ち、まずはテフナの死を伝える。

 「突然ですが、ボーカルのテフナは……もうここにはいません。病で倒れて……亡くなりました」

 会場には動揺と衝撃の声が広がった。奏は震える声を抑えるように深呼吸した。


 「でも……彼女は最後まで歌を諦めなかった。だから俺……その想いを背負って歌います」

 奏がそう告げると、博士のベースが低く重なる。ナナのドラムが静かにリズムを刻み出す。大舞台の空気は張り詰め、人々は息を呑んで見守る。


 奏がギターをかき鳴らす。紡がれるのは、テフナへの感謝と別れ、そして前に進むための決意を込めた新曲。深い悲しみの中で奏が必死に書き上げた曲は、これまでにない熱量を帯びていた。


「**あなたがいたから ここまで来られた

  孤独な夜さえ 強く照らす灯火

  そっと伸ばしてくれた手を想う


 あなたがいたから 強くなれた

  傷ついても 信じる道がある

  その声は 私の背中を押す


 空を見上げて 祈るように歌う

  消えない思い出が ここに生きてる

  重ねた日々を糧にして もう一度歩き出せる


 別れは終わりじゃなくて 新しい始まり

  あなたの笑顔が導いたから

  強く笑って 未来を描いていくよ


 愛しさを抱きしめながら 僕は進む

  どんな絶望にも負けない

  あなたと共に奏でるよ この歌を**」


 奏自身も涙をこらえきれず、声が震え、ギターの音が時折揺らぐ。それでもその想いは、観客の心を引き込むに十分だった。大広場は静まり返り、すすり泣く声が方々から響く。

 曲が終わると、嵐のような拍手と嗚咽が一斉に起こった。目を覆いながら涙を流す者、立ち尽くしている者、いろんな人がいる。それでも皆、奏と同じ痛みや共感を抱いていた。


 ステージの上で、奏は空を見上げる。瞼を閉じると、テフナが「大丈夫だよ」と微笑んでくれるような気がした。彼女の最後の言葉と笑顔を思い出し、ほんの少しだけ唇がほころぶ。

 (ありがとう、テフナ……。俺はもう逃げない。あなたが信じてくれたこの音楽を、ちゃんと続けていくよ……)


 悲しみは消えないし、失ったものは戻らない。それでも、ここから先へ踏み出す力をテフナがくれた。奏はギターを静かに抱え込み、心に固く誓う。拍手が鳴り止まない会場を見渡し、はじめて彼女の死と正面から向き合えた気がした。

 涙を拭いながら、博士とナナも舞台袖でそれぞれ切ない笑みを浮かべる。ホーピーズは、もうテフナのいない新しい明日へ進まなければならないのだ。


 こうして、大舞台でのライブはテフナの不在を抱えながらも大成功を収めた。悲しみを乗り越えるにはまだ時間が必要だろう。けれど少なくとも、この一夜が奏と仲間たちに確かな一歩を踏み出させてくれたのは間違いなかった。


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