第7話 大舞台への挑戦──揺れる心
結婚式での演奏が国中で評判となり、ホーピーズは一躍人気者になっていた。ある日、新たな知らせがもたらされる。「この国でいちばん大きな広場でライブをしてほしい」という依頼だ。かつては娯楽が乏しく暗かった土地だが、今やバンドの音楽が希望の光として注目されているのだ。
「広場って……あの戦時中に兵士の式典をやってた場所だろう? 国最大級の広さだぞ!」 博士はまるで少年のように目を輝かせ、大声で喜んだ。ナナも珍しく「あんな広い場所……すごい……」と呟き、興奮を隠せない。テフナは笑顔で手を合わせ、「もっとたくさんの人に私たちの音楽を届けられるんだね!」と声を弾ませた。
しかし、主人公・奏は喜びと同時に胸の奥で小さな不安が疼いていた。
(国で一番大きな広場……父さんがライブをやるならまだしも、俺にそんな舞台が務まるのか……)
父・大生へのコンプレックスと、文化祭での失敗が頭をよぎり、思わず目を伏せる。だが仲間がこれほど嬉しそうにしているのを見て、自分だけ暗い顔はできなかった。奏も無理やり笑みを作り、「そうだね、やるしかないよね」と言葉を返す。
ライブは一カ月後と決まった。そこに向けてメンバーたちは各々の課題を克服しようと意気込む。博士の研究所は昼夜を問わず、にぎやかな稽古場と化していた。
まず博士は、広場の巨大なスペースを活かしたステージ演出を思案していた。
「ふっふっふ、今度は電飾だけじゃない。スモーク装置や光の反射を使った演出……いや、いっそ爆発的な花火に近いものまで考えてみるか……」 「でも博士、それって危なくないんですか……?」と奏が不安げに言うと、博士はどこ吹く風。
「安心したまえ。私は人を傷つける兵器なんて二度と作らない。ただ、人を喜ばせる道具はとことん作りたいんだ。もちろん安全面は考慮するよ!」
その目はキラキラと輝いている。奏は父ほどの才能がない自分を卑下しがちだが、博士の発明に対する情熱を見るたびに「やっぱり何かを作り出すってワクワクするものなんだ」と背中を押される気がした。
一方のナナは、ドラムセットの前で黙々とスティックを振り下ろしていた。休憩もそこそこに、メトロノームのような機械を相手に延々と練習を続けている。
「……大きな会場だと……音が散る。正確なリズムが……必要……」
その表情には普段の無口さ以上の熱意が見え隠れする。奏は「無理しないでね」と声をかけるが、ナナは短く「うん」と答えるだけで、またドラムに集中する。内に秘めた闘志が、彼女を突き動かしているのだろう。
ボーカリストのテフナは発声練習に余念がない。彼女も元々上手いのだが、広場という広大な空間で声がきちんと届くように腹式呼吸の練習やリズムトレーニングを欠かさない。
「前回のライブより、もっと伸びやかに歌えるようになりたいんだ。大勢の人に伝わるように……」
その姿を見るたび、奏はなぜか胸が温かくなると同時に、自分の将来への迷いを思い出してしまう。
(父さんみたいにプロのアーティストになんてなれるはずない──でも、テフナの歌やこのバンドがどんどん大きくなるのは、嬉しいんだよな……)
そんな中、奏は自分だけの大きな課題に直面していた。「せっかくの大舞台だから、新しい曲を作りたい」と思い立ったのだが、いざ書き始めると全く捗らないのだった。
ある夜、研究所の片隅で奏はギターを抱え込み、ノートに書き散らしたメロディやフレーズを眺めていた。
「……なんかイメージがまとまらない……。もっと派手で盛り上がる曲にしたいんだけどな……」
ペンを走らせても、曲の展開が浮かぶたびに「違う」と頭を抱え、消してしまう。文化祭の失敗が心にこびりつき、「あのときみたいに中途半端な曲を披露して笑われたらどうしよう」という不安が拭えない。
(やっぱり父さんみたいな圧倒的センスがないと、こんな大舞台で通用する曲なんて作れないんじゃ……)
そこへ、練習を終えたテフナが顔を出す。
「奏、まだ起きてたんだね。……もしかして、曲作りに行き詰まってる?」
彼女はノートを覗き込み、たくさんの修正痕を見て心配そうに言った。
「うん、ちょっとね。大舞台だし、最高に盛り上がる曲を作りたいんだけど……どうにもピンとこないんだ。全部しっくり来なくて」
奏は肩をすくめるように笑ったが、その表情には焦りがにじんでいる。
「父さんのような才能があれば、こんな苦労しないんだろうけど……。俺には無理なのかも」
自嘲気味につぶやく声に、テフナは強い口調で言葉を返す。
「そんなことないよ。今まで奏が作った曲で、私も博士もナナも、そしてみんなの心を動かせたじゃない。もっと自分を信じてみようよ」
そう励ましながら、テフナは少し照れくさそうに言い足した。
「それに……実は、新曲は二人で歌いたいなって思って……。サビの部分だけでも、一緒に声を重ねたいの。大舞台だし、新しい挑戦をしたいっていうか……」
思いがけない提案に、奏は目を見開く。
「え……二人で? 俺が歌うってこと?」
「あ、嫌ならいいの。ほら、前に文化祭で失敗したことがあるって言ってたし……無理させるのも悪いから……でも、私、奏の声がすごく素敵だと思うんだ。二人で歌ったら、もっと曲が広がるんじゃないかなって」
テフナは恥ずかしそうに視線を落とすが、その声には確かな期待がこもっている。
しかし奏は胸がぎゅっと締めつけられる感覚に襲われ、言葉に詰まった。文化祭での失敗がトラウマとなっていて、人前で歌うなど考えただけで震えてしまう。それに、父との比較も絶えず頭をよぎる。
「……ごめん。俺、歌には自信ないし……ギターだけでも手一杯で……」
短い拒絶。テフナの表情からは微かな失望がうかがえた。
「……そう、わかった。……ごめんね、急に変なこと言って。もし気が変わったら教えてね……」
そう言ってテフナは、ノートやギターに触れることなく部屋を出ていく。足音が遠のいていくなかで、奏は強い自己嫌悪と焦燥感に苛まれていた。
(メンバーのために最高の曲を作りたいって言っておきながら……結局、俺はビビって逃げてるだけじゃないか……)
翌朝、テフナと顔を合わせた奏は、何となくぎこちなく会話を交わす。彼女はいつも通り微笑んでいるが、その笑顔の奥に少し寂しさが混じっているのを、奏は感じ取った。博士やナナも気づかないふりで二人を見守っている。
(どうすればいいんだ……。このままじゃ、せっかくの大舞台が台無しになっちまう……でも、歌うのはやっぱり怖いし……)
時間は止まってくれない。リハーサルや準備は進み、博士は着々とステージ装置を完成させ、ナナはドラムを進化させ、テフナは歌の表現力を高めようと日々練習を欠かさない。
一方で奏は新曲がままならず、“ダブルコーラス”の提案も拒否したまま。心の迷いを抱え込みながら、カレンダーを見つめる。大舞台の日は、もうすぐそこまで迫っていた。